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調査コードネーム:夢はあなたの心の願い 〜嘘八百屋〜
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :界境線『札幌』
募集予定人数 :1人〜2人
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さてさて。困りましたね。
眠り続ける少女、でございますか。
本来なら、それは医者の領分だと思うのですが。
ええ。
判っておりますとも。
医者がさじを投げたからこそ、このような陋屋にお運びくださったのでしょう。
子を思う親の気持ちでございますね。
ただ、娘御は、眠り続けたいのかもしれませんよ。
あのようなことがあったのですから。
起こすのは、かえって意志を無視することになるかもしれません。
それでも、かまいませんか?
承知いたしました。
そこまでおっしゃるなら、この嘘八百屋、全力をあげて事に望みましょう。
は?
具体的な方法ですか?
夢に潜ります。
ええ。そういうこともできるのですよ。
私ひとりでは心許ないですから、何人か連れて。
ただし、必ず回復できると確約はいたしかねますよ。
最終的には、ご本人の意志が決めることですから。
それで、よろしゅうございますね?
※ちょっと特殊なお話です。
舞台は、少女の夢の中になります。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
受付開始は午後8時からです。
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夢はあなたの心の願い 〜嘘八百屋〜
親子連れやカップルがひしめていてる。
「‥‥バーゲン会場みたいだな」
新千歳空港に降り立った武神一樹は、苦笑しつつ肩をすくめた。
どうやら、最も混雑している時期に当たってしまったらしい。
さっぽろ雪祭り。
北の拠点都市における、最大級のイベントである。
訪れる観光客は、およそ二二〇万人。
ざっと計算して、札幌の人口が二倍になることなる。
しかも受験シーズンと重なるため、混雑ぶりは目を覆うばかりだ。
「失敗したな‥‥ホテル、いまから取れるだろうか?」
下顎に右手をあてる。
いつもの癖で、何の準備もしないままきてしまったが、失敗だったかもしれない。
この様子ではどこのホテルも満室であろう。
「ま、嘘八百屋に泊めてもらえばいいか」
ごくわずかな思考の後、ごく簡単に決定する。
相手は迷惑かもしれないが、さしあたり、これが一番効率的である。
「いずれにしても、会わなくては仕入れができんからな」
ひとり頷く。
黒髪黒瞳の青年は、東京で櫻月堂という骨董品店を営んでいる。
その仕入れのため、たびたび札幌を訪れているのだ。
こうして、とりあえずの方針を決定した武神。
歩き出そうとしたしたその先に、
「む? あれは‥‥」
見慣れた後ろ姿を発見した。
まったく、奇妙なところで会うものだ。
「何をしているんだ? こんなところで」
歩み寄って声をかける。
「ナンパなら間に合ってるわよ」
振り返ったシュライン・エマの機嫌は、すでに危険領域に達していた。
羽田でナンパされ、機内でナンパされ、新千歳でナンパされ。
その総数は一〇回を超えている。
まあ、青い目の興信所事務員でなくとも不機嫌になろうというものだ。
「おいおい。俺だ」
「なんだ‥‥一樹さんか」
「なんだとはご挨拶だな」
青年が苦笑を浮かべる。
つられるようにシュラインも笑った。
「綾のところにでも遊びに来たのか?」
「だったら気楽でいいんだけどね。仕事よ。一樹さんは?」
「仕入れだ。が、どうやら目的地は一緒みたいだな」
「ええ」
なにしろ付き合いが長い二人だ。
多くを語らずとも理解できる。
むろん、彼ら自身の洞察力があってのことだが。
「嘘八百屋さんから草間興信所(うち)に斡旋があってね」
「ふむ‥‥」
腕を組む調停者。
どうやら、のんびりと仕入れ、というわけにはいかなくなったようだ。
少女は眠り続ける。
すべての苦しみから逃れるように。
一二歳。
過去より未来に、ずっと多くのものを持つ年齢である。
「原因はなんなんだ?」
武神が訪ねる。
「昏睡状態の原因でございますか?」
「そうじゃなくて。こうなってしまった原因よ」
嘘八百屋の言葉に反応したのはシュラインだった。
蒼い瞳に、韜晦を許さぬ光が宿っている。
肩をすくめる奇妙な雑貨屋。
「言いづらいのは判るが、原因が不明のままでは適切な対処などできんぞ」
調停者も促す。
たとえ気分な悪くなるような話でも、聞いておかなくてはならない。
「わかりました。お話ししましょう」
やや躊躇った後、そう告げる嘘八百屋。
身振りで二人に椅子を勧める。
一ヶ月ほど前の話だ。
札幌市内の、とある銀行に強盗が入った。
犯人は猟銃で武装し現金を要求する。
だが通報で警察が駆けつけると、行員や客などを人質にとって籠城した。
どこにでもあるような強盗立て籠もり事件である。
だが、よくあることで済ませられないのは、人質にされたものの心情だ。
その日、少女――垣内美咲は、母親と一緒に銀行を訪れていた。
そして、人質にされた。
犯人にとっては、抵抗力の弱い子供を盾にすることで、活路を見いだすつもりだったのかもしれない。
もちろんそんな理屈が、人質にされた美咲に通用するわけがない。
少女は暴れ、結果として犯人から暴力的制裁を受けた。
猟銃で殴られ、腹部に蹴りを叩きこまれ。
程度としては軽傷にとどまるが、少女の心に傷を残すには充分だった。
事件発生から解決までの五時間。
それは少女にとって永遠にも等しい恐怖の時間だっただろう。
解放されると同時に眠りに落ちてしまう。
「ふむ‥‥」
「その事件なら新聞で読んだけど、こんな後遺症があったなんてね」
思慮深げに腕を組む武神と、溜息を漏らすシュライン。
報道は、事実のすべてを網羅しない。
プライバシーもあるし、放送時間や紙面の限界量という問題もあるからだ。
ある意味、情報統制ということになる。
ただ、規制するのは官憲ではなく現実だが。
「これもPDSDってことかしらね‥‥」
青い目の美女が呟く。
PDSDとは、心的外傷後ストレス障害のことである。
よく使われる表現を用いれば、トラウマということになろうか。
「本来なら、精神科医やカウンセラーの分野だがな」
武神の言葉ももっともであるが、なにしろ美咲が目を醒まさない限り、どんな治療も施しようがない。
「警察もねぇ。もうちょっと考えて解決してくれればいいのに」
「そうだな」
結局、一瞬の隙を突いて犯人は射殺されている。
少女の目前で。
むろん、警察にも言い分はあるだろう。
事件発生から五時間を経過して、少女の精神力が限界を超えていたこと。
度重なる説得に犯人が応じなかったこと。
場所が市街地だっただけに、犯人を暴走させるわけにはいかなかったこと。
さまざまな事情が、発砲に慎重な日本警察の背中を押したのだ。
そしてその判断は、けっして誤ったものではない。
「あくまで治安維持、という意味ではだがな」
武神の表情はほろ苦い。
警察としては、事件の解決を最優先するのが当然である。
人質も、全員無事に救出された。
大成功だ。
「でも、一人の多感な女の子にとって、それがどれほどの負担になるか‥‥」
凶悪犯に人質に取られ、暴行を加えられ、あげくに目の前でその死を見る。
ショックを受けないわけがないのだ。
「だがまあ、警察のやり方を否定するのは後日のこととして。俺たちはどこまでやればいいんだ?」
やや抽象的な問いを調停者が発した。
つまり、夢に潜って、どこまで少女の心をケアするか、という話である。
意識を回復させるにとどめるか。
それとも、記憶の封印なりの具体的な手段を講じるのか。
「そうでございますね。でき得るならば、この方にはご自分のお力で傷に立ち向かって頂きたいものですが‥‥」
「でも、それはちょっと酷かも」
「‥‥そうだな」
会話を交わす三人。
誰でも、心に痛みを抱えて生きている。
それを癒すのは、自分自身しかいない。
冷たいようだが、そういうものなのだ。
それが、生きるということである。
とはいえ、少女の傷は、一人だけで乗り越えるには大きすぎるかもしれない。
「とにかく、やれるだけのことはやってみましょ。どっちにしても家族のケアとかは必要になるわけだし」
総括するようにシュラインが言った。
青い。
青い世界だった。
一面の空と一面の海。
どこまでも。
無限に連なる蒼。
「きれいだけど、寂しい景色ね」
「俺はフロイトではないのでよくわからんが、こういうなにもない空間というのは珍しいんじゃないか?」
「これは、心の現れでございます。他者を拒む」
嘘八百屋の言葉に、なるほど、と、二人が頷いた。
たしかに海と空。
どちらにも人は存在できない。
「参りましょう。あまりのんびりしてもいられません」
「ええ」
「うむ」
青い空間を滑るように飛ぶ三人。
あまり長時間、他人の精神に潜り続けることはできない。
彼ら自身も危険だし、被術者の心にもダメージを与えることになるからだ。
三人は飛ぶ。
まるで背中に見えない羽根でもついているかのように。
なかなか現実ではあり得ない光景だった。
「ちなみにどこを目指してるの? 嘘八百屋さん」
「美咲の心の、一番奥の部分だろう」
シュラインの問いに答えたのは調停者だった。
現在いる場所は、少女の夢の外殻部である。
こんなところに原因があるわけがない。
やがて、
「見えてきましたよ」
嘘八百屋が言った。
はるか下方に洞窟が口を開けている。
「なんで海のど真ん中に洞窟があるの、ってツッコミは、なしなんでしょうね。やっぱり」
「だな。しょせんは夢の世界だ」
高度を下げ、洞窟へと侵入する。
黒い岩壁。陰鬱な雰囲気。
「核心に、近づいているようね」
シュラインが軽く周囲を見渡す。
まるで、悪竜の住処のようだ。
「さしずめ俺たちは、囚われの姫を助けにきた冒険者って役どころだな」
苦笑する武神。
「はい。そんなところでしょうね」
「でも、こっちのほうがいいかもしれないわ。変に生々しいよりは」
「たしかにな。では多少演出するか」
「えぇ? なんか恥ずかしいなぁ」
調停者の提案に難色を示す美女。
「夢に照れてどうする」
そう言うと、武神の姿が変わった。
美々しいブレストプレートと、きらめく光彩を放つブロードソード。
冒険譚に登場するような格好である。
「剣士カズキ。というところだな」
「はいはい。じゃあ私は、魔法使いのシュラインね」
とんがり帽子とローブで身を包み、長い杖を持ったシュラインが言う。
「私は、ニンジャのライということで」
黒装束で短刀を持った嘘八百屋。
なぜ忍者‥‥。
剣士に魔法使いとくれば、次は僧侶あたりがセオリーだろうに‥‥。
期せずして同じ疑問を抱いた武神とシュラインだったが、口に出してはなにも言わなかった。
三人の冒険者が、洞窟を進む。
やがて、彼らの前で奇妙な光景が展開される。
逃げまどう少女と、それを追いかける醜悪な竜。
説明されるまでもなく、元凶だ。
少女は、つまづき、転び、壁を叩きながら助けを求める。
「助けるぞ!」
剣士カズキが勇躍して乗り込んだ!
竜の爪を、ブロードソードで受ける。
その後方から、忍者ライが疾走し、十字手裏剣を投擲する。
「大丈夫?」
少女に駆け寄った魔法使いシュラインが、優しく助け起こした。
「‥‥お姉さんたちは?」
当然の問いを発する美咲。
「冒険者よ」
しれっと答える魔法使い。
ここは、なりきって行かなくてはいけない場面なのだ。
「怪我はない?」
「大丈夫‥‥」
「あの竜は、あなたの力を狙っているわ」
「あたしの‥‥力?」
「そうこの世界を闇から解放するする力よ。光の巫女ミサキ」
「‥‥あたしにそんな力はないわ」
「気づいていないだけ。あなたは光の巫女。そして私たちの仲間」
無茶苦茶な話である。
まあ、とにかく少女をのせなくてはいけないから。
「そうだった‥‥あたしたちは光の戦士‥‥」
「そうよ」
なにもいうまい。
ちなみに、この間もカズキとライは戦い続けている。
ドラゴンブレスを剣ではじき。
竜よりも高くジャンプし。
なかなかに人間技とは思えない勇戦だった。
「いけない! カズキとライだけを戦わせちゃ!」
決然と立ち上がるミサキ。
巫女の衣装が凛々しかった。
「みんな! 一気に決めるわ!!」
声をかける。
軽く頷いたカズキとライが、二転三転と蜻蛉を切りながら定位置につく。
破邪の封印だ。
「愛と!」と、魔法使いシュラインが叫ぶ。
「勇気と!」と、剣士カズキも声を張り上げる。
「友情と!」と、忍者ライが続いた。
そして、
「希望よ!!」
ミサキの声とともに、清純な白い光がフィールドを包む。
『聖なる光!!!』
四人の声が唱和した。
強さを増す光。
漂白される世界。
まるで、扉が開くように。
新たな世界へと誘うように。
エピローグ
「目を醒ました美咲さまですが、奇妙なことを仰っているようですよ」
笑いを含んだ嘘八百屋の声。
「だいたい想像がつくわよ‥‥」
げっそりとするシュライン。
肩をすくめてみせる武神。
目ざめた少女は、夢の中で格好いい戦士たちに会ったと話しているらしい。
彼らが、現実へと導いてくれた、と。
冒険譚は、少女の心の闇から解放した。
「ま、問題はこれからだけどね」
「そうだな。あの娘にふりかかった出来事は、依然として残っている」
「でも、あの方は一歩目を踏み出しました。あとは家族や友人が手を差しのべるべきでございましょう」
微苦笑を交わし合う。
それにしても、なかなか恥ずかしい事をしてしまった。
「さて、と。東京に帰るか。愛の魔法使いシュライン」
武神がからかう。
普段なら、むきになって何か言い返すシュラインだが、
「そうしましょ。勇気の剣士カズキ☆」
ごく簡単で効果的な反撃をする。
古ぼけた雑貨屋。
得体のしれない道具たちが困ったように、三人の男女を見つめていた。
穏やかな、冬の一日だった。
終わり
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0173/ 武神・一樹 /男 / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
(たけがみ・かずき)
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
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■ ライター通信 ■
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お待たせいたしました。
「夢はあなたの心の願い」お届けいたします。
いかがだったでしょう?
楽しんでいただけたら幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
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