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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


チョコレート防衛大決戦

●オープニング
 バレンタインデーは恋する乙女の決戦日。

 都内某所の「約束の木のある丘」公園では、当日多数のカップル達が、告白したり、愛を確かめあうために混雑することが予想されていた。
「ここに予告状が来たの!」
 雫は、ティーンズ誌を開き、公園の記事のあるページを開いて見せながら、ゴーストネットに集まった顔見知り達に話するのだった。
「予告状って誰から?」
「‥‥よくわからないわ。予告状には怪盗マロン伯爵ってあるけど、初めて聞くし。‥‥ただ」
「ただ?」
 雫は声をひそめて、皆を見上げながら答えた。
「日本色情霊連合とどうも関係があるみたい」
「なんだって!?」
 色情霊同士が手を組んだ、破廉恥なお騒がせ軍団「日本色情霊連合」。
 クリスマスにさんざん痛い目にあわされてからは、すっかりなりを潜めていたはずなのだが。
「ってことは、このマロン伯爵っていうのも破廉恥な奴なのね」
「そうだと思う」
 雫はぷぅと頬を膨らませた。
「みんなどうかお願い。この破廉恥なマロン伯爵を絶対捕まえてこらしめて上げて!? 女の子が心を込めて作り上げた大切なチョコレートを奪うなんて、絶対に許さないんだから」

●真名神・慶悟さんの場合♪

「今度は伯爵だと‥‥? しかもマロン‥‥既に何でもアリか‥‥」 
 
 ゴーストネットOFF。
 インターネット喫茶で、一台の掲示板に見入る男性ひとり。
 額に青筋がたつくらいにその画面を睨みつける彼に、なかなか近づく人も現れない‥‥のだが、勇気を出して、雫はコーヒーを手に話しかけてみることにした。
「やっぱりマロン伯爵の書き込み見てたんだ。真名神さんなら気付くかと思ってたんだ☆」
「う、ん? ああ、ありがとう」
 コーヒーを受け取り、どこか憮然とした表情を見せつつ、慶悟は頷いた。
「連中には昔から関わってるしな」
「今度はどうする?」
 雫の問いかけに、慶悟は形よい顎に手を当てつつ、「そうだな」と背筋を伸ばす。
 一見していい男である。端正な顔立ちに優しい眼差し、背も高くスタイルもいい。どこか遊び人風情で、日によっては甘いコロンの香りが残っていたりする。
 しかし、一張羅らしい黒いスーツはどこかよれているし、時々、その下のシャツのボタンが外れているのを目撃することもある。
 都会の雰囲気の美青年。でも、どこか頼りない。
 でも、こういう人に弱い女性も多いのよね。
 雫は心の中でこっそり思う。
「そうだな。チョコを奪いに来るって事は、アベックがいちゃついてる場所にやって来るってことだな。ベンチ、木陰、‥‥狙いは告白の樹か」
 顎を撫でつつ呟く慶悟に、雫がこっそり抱く印象は伝わるまい。
「‥‥そうだね〜。告白の樹の下でチョコを渡すのが定番みたいだね☆」
「ふむ‥‥まあ、また仲間をひきつけてやってくるだろうからな。罠を仕掛けておくかな」
「誰かと一緒に行くっていうのもいいんじゃない?」
「ん?」
 慶悟は雫を見つめる。
「それは、まあ。アベックの方が敵も油断はするだろうが‥‥誰かって?」
「相手をしてくれる人、探してるヒトがいるんだ☆ よかったらお願い☆」
 雫は両手を合わせてにっこり微笑む。
 慶悟は、「まあ構わないが」と首を斜めにうなずいた。

●約束の木のある丘公園

「あれ?」

 二人は待ち合わせ場所で出会い、お互いにぱっちりと視線を合わせた。
 青年の名前は真名神・慶悟。女性の名は天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)。
「そういえば、前に裕介との戦いの時も、一緒だったな」
 慶悟は苦笑しつつ、隣に立つ女性を見下ろす。
 撫子は「そうですわね」と小さく笑った。
「チョコは持参してまいりましたわ」
 撫子はそう呟き、白い包みの箱をハンドバックから取り出して見せた。
「差し上げるお相手が他にいるんじゃないのか?」
「‥‥秘密ですわ」
 二人はゆっくりと公園の中を歩いていく。
 公園はちょうど夕暮れ時。オレンジの夕日に照らされて、幾組ものカップル達が、ベンチの上や芝生の上で愛を語り合っている。
 2月の週末の特別な日。恋人たちは愛を交わす。
 つられたように、ほんの少し距離を縮めて歩く二人。
 しかし、照れている場合でも、胸をときめかせているわけでもなかった。
「‥‥あれが約束の木ですわね」
 声を潜めて撫子が囁く。
「そのようだな」
 慶悟が見つめる公園の中央の道の一番奥。そこに樹齢千年を超えるという見事な桜の木がそびえていた。
 今はまだ花も葉もついていない時期だが、老桜はそれでも雄大に荘厳に存在感を漂わせている。
「どういたしましょう。私は糸を使った結界を行う心づもりでおりますが」
「俺も、鼠取りをな。あちこちに仕掛けるつもりだ」
「それではこのまま散策を続けるふりをしつつ」
「そうだな」
 ほどなく罠は完成する。夕暮れの空が燈から藍に染まるまでの間には。

●マロン伯爵 参上。

 夜のベールが降りると、外灯の下に照らし出されるカップル達の密着度もさらに高くなる。
 男共の手には、皆同じ、リボンで結ばれたチョコの包み。
 菓子屋の策略に従うのもせいぜいにしたまえ。雪山の遭難にチョコは有効かもしれないが、愛の象徴にするには、壊れやすいし、熱で形も崩れやすい。
「困ったものだ。それはそれで愛の真実かもしれないが、それを愛と呼ぶことには私は反対だよ」
 約束の木の上に腰掛けたマロン伯爵。外見年齢、おおよそ10歳。金髪碧眼の美しい少年。シルクハットに黒いタキシードをつけ、黒いステッキをくるくると振り回しながら、辛そうに彼は嘆息する。
「愛といえば甘いもの。そこにしかロマンはない」
 彼はステッキを掴むと、瞼を閉じる。
 ステッキから黒い光が放たれ、少年の背中に黒い翼を生やした。
「‥‥さて行こうか。あんなたやすく語られる愛など、破壊するに限るのだ」
 マロン伯爵は約束の木から羽根を広げて飛び立った。

 悲鳴が上がる。
 約束の木の方向へと歩き出していた慶悟と撫子は、その声の方向を振り返る。
「今、いまこの手の中にあったのに!!」
 それは青年だった。一本の外灯の下で、恋人からチョコを受け取った瞬間に、その手からチョコがすり抜けてどこかに消えたのだ。
 恋人の少女は突然ぽろぽろと泣きだした。
「私見たわ! あなたの手からチョコが放り投げられるの! 私のこと嫌いだったのねっ」
「放り投げるだなんてとんでもないよ! そんなこと絶対にありえない!? それよりそのチョコはどっちにいったんだ?探すから、ねっ」
「知らない、もうっっ。あのチョコ徹夜で作ったのにぃぃぃっ」
 泣きながら駆けて行く恋人。追いかける男。
「うーん、これもまたロマン♪」
 にんまりと空で微笑む黒い翼の少年。
「チョコをなくしたくらいで、壊れる愛など薄っぺらいな。‥‥ん、意外に美味しい」
 空の上で、今ゲットしたばかりのチョコを口にする。
 翼を広げると人間の視界には彼は映らない。けれど、能力者は別。
「あれを見てください、真名神さん」
「ああ。‥‥どうやら毛色は今までとは違うが、あいつの仕業らしいな」
 慶悟と撫子が気付かないはずもない。
 けれど、二人が張った結界よりは僅か外の位置。マロンはチョコをあっと言うまに平らげると、次のチョコを目指して飛び回る。
「‥‥真名神さん」
 撫子は慶悟を見つめた。ああ、と慶悟も頷く。二人は約束の木の下に行くと、少し大きな声でなれぬお芝居を始めた。

「あ、あのっっ、これ受け取ってくださいませんでしょうか」
「えっ、俺にかっ。本当にっっ?」
「はっ、はい、あなたに差し上げようと思って、作ってきたのですっっ」
「なに、それもてづくりだってっっ!?」

 言っていてかなり恥ずかしい。
 二人はお互いに顔を赤らめながら、半ば叫ぶようにして演技を続ける。
 その声は周囲の人々もの関心も誘い、辺りからはかなり注目を受けていたのだが、そんなことは構ってはいられない。

「ん?」
 マロンもその様子にようやく気付く。
「ロマンの香りがしますね〜♪」
 大きな青い瞳をぱちぱちと瞬きすると、彼は上機嫌で約束の木の下へと翼を羽ばたかせる。
 結界の範囲まで、あと10メートル、5メートル。

「そうですわっっ。うけとってくださらないなら、撫子、泣いてしまいますのっっ」
「そ、そ、そんなっっ。うけとらないなんて誰もっ。でも、ほんとうにおれなんかでっっ」

 3メートル、2メートル‥‥。

「あなたしかいませんのっっ‥‥‥慶悟さんっ!!」

 叫び、撫子は突然右手を振り上げた。
 張り詰めた鋼糸のトラップが、黒い翼を直撃する。
「わぁっっ」
 マロンは悲鳴を上げて、地面に落ちた。黒い羽根は周囲に無残に飛び散り、赤い血が滲んでいる。
「やりましたっ」
 撫子は強い手ごたえにぐっと拳を握る。慶悟も微笑み、そして自らの符を発動させた。
「行け、式神達」
 地面に待機していた式神達が一斉に動く。 
 マロンは片羽根を庇いつつ、ステッキを取り出すと、それをバトンのようにくるくると回す。
 強い風が吹き、式神たちははじき飛ばされる。
「させるかっ」
 慶悟は人差し指と中指をたて、顔の前で息を吹きかける。
 すると力を増やした式神達が、風を押し返しつつ、マロンの上に襲いかかった。式神に持たせた符。【捕縛結界】。
「うわあああっっ」
 マロンは悲鳴を上げた。
 体中が荒縄で結ばれたように動けない。
 さらにトドメをさすように、撫子が鋼糸で彼の体をきつく縛り上げた。
「痛いよー!! これはロマンのカケラもない仕業じゃないかっっ」

 訳のわからないことを叫ぶ幽霊に、撫子と慶悟は苦笑しつつ、近づいた。
「お前が新手のちかんオバケか」
「伯爵の前で、そんな下衆な呼び方は通じない」
 ぷいと横を向くマロン。
「口の聞き方がよろしくありませんよ」
 撫子はきりりと鋼糸を締め付けつつ、微笑む。
 見た目は美しいブロンド髪の美少年。何をどうやって間違えて色情霊などになってしまったことやら。
「痛いっっ痛いっっ、痛いってばー!!」
「マロンだかモンブランだか知らないが、人の恋路を邪魔すれば、あの世へ行くだけだ‥‥わかってるだろう?」
「‥‥あの世‥‥」
 マロンは俯いた。
「‥‥それは困るっっ!! まだやりたいコトいっぱいあるんだ!! 成仏はしたくないっっ」
「色情霊の条件は、強い未練か? さて、今日は仲間の姿はないみたいだな」
 色々と用意してきた符が無駄になってしまったな、と慶悟は苦笑する。どうやら今回の敵はマロン一人だったようだ。
「助けてよぉ〜‥‥お姉さん〜‥‥」
 キラキラとした瞳で撫子を見つめるマロン。撫子はにっこりと微笑むと、さらにキリキリと糸を絞る。
 そして、スラリと御神刀を抜き取ると、それをマロンに構えて見せた。
「これからもこのようなこと繰り返されるなら、神斬の威力を試してみますが、いかがでしょう」
「俺もあるぞ」
 慶悟は数枚の符をスーツのポケットから取り出した。
「【逐怪破邪】という符だ。‥‥どういう符なのかは、使って試すしかないな」
 おどろおどろしいオーラを放つ符。一発調伏されるに違いない。
「うっ‥‥」
 マロンはがっくりと肩を落とした。

「ボクの負けだよぉ〜。チョコは返すから許して〜」

「食べてしまったのもあるだろう」
 溜息をつく慶悟に、マロンは俯く。
「でも、とりあえず返せるものは返したほうがよろしいですわね」
 撫子が言うと、マロンは撫子を見つめた。
「じゃあこの糸少し解いていただけませんか? このままじゃ返せないので」
「‥‥糸を?」
「お兄さんの結界も」
「‥‥なんだと?」
 慶悟と撫子は困って視線を再び合わせる。
 そして、苦笑しあうと、「じゃあ少しだけだぞ」とお互いの縛りを弱めたその時。

「ふわーっはっはっはっはっ」
 
 マロンはそこから飛び出し、宙に舞う。羽根はいつしか完治していた。

「まだまだ甘いですね、お兄さん、お姉さん♪」

「甘いのはどっちだ!」
 慶悟は笑う。マロンの両肩に一つずつの式神がついている。さらに右足にからむ鋼糸。
「わあああああっっ」
 地面にそのまま引きずられ、マロンはあっけなく墜落する。
「おとなしく成仏してくださいねっ」
 そこに振りかぶられる日本刀『神斬』。鋼の色は外灯の淡い光に艶かしく。空を斬り、マロンの上に振りそそぐ。
「さらばだな」
 慶悟の破邪の符もマロンの顔面めがけて、降りてくる。
 青い瞳を大きく見開き、それらの軌跡を見つめるマロン伯爵。
「うわぁぁぁぁぁっっっっ」
 大きく叫ぶと共に、その体から大きな閃光が立ち上る。

 閃光が消えた時、そこに少年色情霊の姿はなかった。そのかわり、数個の手付かずのチョコレートが転がっていた。

●エピローグ

「逃げられたのかな。‥‥よくわからないが」
「そうですね。でも手ごたえはありませんでした」
 公園の来た道を戻る二人。

 まさか「秘技・窮地の際は自爆」を行ったとは気付くまい。
 二人の背後の紅葉の木に隠れつつ、マロン伯爵は息を殺していた。

「まあいいか。これに懲りてしばらくは動けないだろう」
「そうですね。困った方々ですから、静かにして下さるのが一番です」
 夜道の風は涼しく、二人の髪を柔らかくなびかせる。
 相変わらず騒ぎが消えても、恋人たちの特別な日、公園の中は皆が愛を語っている。
「早く、帰ろうか」
「‥‥そうですわね」
 二人は苦笑しつつ、自分達には似合わない場所だな、と甘い公園を後にした。

                                     おわり☆
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0328 天薙・撫子 女性 18 大学生(巫女)
 0389 真名神・慶悟 男性 20 陰陽師
 
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■             ライター通信                ■
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 こんにちわ。またお会いできて大変嬉しいです。ライターの鈴猫です。
 チョコレート防衛大決戦をお届けします。

 納品が遅くなり申し訳ありません。
 おふたりをカップルにしたのは特にライターの特別な意図ではないです。(笑)
 撫子さんが「いなければどなたかを〜」とお書きいただいていたので、どなたかをお探ししたら、慶悟さんとが一番つりあいがとれそうでしたので。
 それでふと書き始めてしばらくして「あれ、このお二人前にも〜」と。
 ちかんオバケの第一話でしたね。
 しかし最強のお二人になってしまいました。
 後悔、ではないけれど、しまったー、と思ったのは秘密です(笑)

 OPではマロン「公爵」と書いてあったのですが、ちょっと訳あって「伯爵」に格上げしました。
 深い意味はないのだけど、申し訳ありません。

 >真名神さん
 これで17回目のご参加です。本当にいつもありがとうございます。
 今回はさすがにオバケも逃げ場がなく、自爆してしまいました。うう、口惜しい。次は負けないぞ〜(涙) 
 と申しております。

 >天薙さん
 ご参加本当にありがとうございます。またお会いできて本当に嬉しいです。
 今日は洋装で、とのことでしたので、少し活発かな、くらいのイメージでおりました。
 マロンも女性に負けたのはきっと本当にくやしかったことでしょう。

 それではまた違う依頼でお会いできることを願って。
 ありがとうございました。
 
                               鈴猫 拝