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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


欠落少女

□■オープニング■□

 チャイムもノックもなく静かに開いたドアに、武彦は気づかなかった。
 いつも初めに依頼者の相手をする零が、風の流れを感じ開かれたドアに気づく。
(あら……?)
 そこには、薄汚れた子どもが立っていた。
「いらっしゃいませ」
 そう告げてもいいのか悩んだ一瞬。
「わたしのイタミをかえして……?」
 少女が先に口を開いた。抑揚のない、無機質な声で。
「『歯車』には、なりたくないの」


「『歯車』になりたくない? 本当にそう言ったのか?」
 少女を武彦の前へ連れて行った零は、武彦に先程の言葉を伝えた。少女はそれ以上、自分からは何も言わなかったから。
「はい……確かに言いました」
「そうか……」
 そう呟いてから、武彦は何かを考えるように。視線を宙に移して煙草をくゆらす。
 そしてやがて、その目は再び少女を捉えた。
「――フィクションだと、思っていたんだがな」
「? 何がですか?」
 首を傾げた零に、武彦は少しわらって。
「感情の一部を無理やり消し去ることで、人は時に不思議な力を得るという。その力で『歯車』を回し、様々な動力をつくりだすエコ団体があるという噂を、以前麗香から聞いたことがある」
「え……それって」
「気づいたか? エコ以前に人権を侵した方法さ。それは人のためかもしれないが、そこには確実な犠牲がある」
 そう告げる武彦の顔も、少女に劣らず無表情だった。
「じゃあ、この子は……」
 哀しそうな声の零に、武彦はゆっくりと頷いた。
「――彼女がイタミを取り戻したら。何かが、わかるかもしれないな」



□■視点⇒鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)■□

「お前と話したら、何かわかるかもしれないと思ってな」
 草間探偵は俺に、電話口でそんなことを言った。
「俺と? 何故だ」
 当然の疑問を返した俺に、草間探偵はおそらくわらって。
「会ってみればわかるさ」
 そして一方的に電話を切った。
「………………」
 俺はしばらく受話器を見つめてから、思い出したようにゆっくりと下ろす。
(何なんだ、一体)
 考えながらも、足は玄関へと向いていた。


 俺が草間興信所に着いた時、応接コーナーのソファに座っていたのは、知り合いである光月・羽澄(こうづき・はずみ)と、海原・みなも(うなばら・みなも)という少女だった。光月の方は偶然、海原の方は俺と同じで、草間探偵に呼ばれたらしい。
 他にも2人――シュライン・エマと御影・瑠璃花(みかげ・るりか)がいて、問題の少女を風呂に入れてやっているのだという。
 俺はソファについて初めて、今回の仕事の内容をちゃんと聞かされた。
(そして)
 風呂から上がってきた少女を見て、奇妙な感覚を覚えた。
(無感情な声)
 失われたイタミ。
 光を通さない瞳。
(――ああ、そうか)
 ふと気づいた。
(俺に、似ているのだ)
 だとしたらこの子も、感情を消されてしまったのだろうか?
「……ね、自分の名前は憶えてる?」
 俺がそんなことを考えている間にも、会話は始まっていた。
 最初に訊ねたのはシュライン。
 少女は御影に着せ替え人形のごとく髪をもてあそばれながらも、ゆっくりと口を開いた。
「――あ、い……」
 抑揚のない声。
「まぁ、あい様とおっしゃるの? 素敵なお名前ですわね♪」
 髪を梳かしながら御影が告げる。何故かとても楽しそうに見える。
「あい様は、何故『歯車』になりたくないとお思いになりましたの?」
 続けて、御影が問った。
(直球勝負か)
 俺は感情の在処を探るように少女――あいを見つめる。
 あいはたっぷりと間を置いてから。
「……だって……なるなって……」
 そう答えた。
「なるなって言われたの? 誰に?」
「――おにぃ…ちゃん………」
 次のシュラインの問いには、すぐに答えた。さらに御影がまた、問いを投げる。
「お兄様がいらっしゃるのね? 他のご家族はどうしていらっしゃるの?」
 次々に放たれる質問を、俺はただ聞いていた。言葉を挟む余地も必要もなかった。
(俺と話せばわかる)
 草間探偵はそんなことを言っていたが、それはハナから無理のようだ。
(大体にして)
 俺相手では、余計喋らないだろう。
 それ以降何故か、何を訊いてもあいは答えなかった。やがて御影があいの髪を結い終わり、あいのイタミを戻すため、皆で外に出てみることにする。
「答えなくていいから、聞いてね」
 事務所を出る前に、シュラインはそんな前置きをして、あいに告げた。
「『歯車』になりたくないって言った時、自分の胸で何かモヤモヤしなかった? や、その時というよりその『歯車』って言葉に…かしら。言わなくていいから、それをしっかりと感じていてね。そこがイタミを知るあなたの入り口になると思うの」

     ★

 確かに、心が痛まねば楽ではあろう。けれど生きる実感も感じることはあるまい……と、俺は思う。
(俺自身)
 いまだに自分が、生きているのか死んでいるのか判断できないくらいだ。
(動いている実感はある)
 だがそれだけで、生きていると言えるのか――。
 そんなことを考えながら、事務所の外へ出た。
 すると光月が口を開く。
「私はちょっと、『N・E』について詳しく調べてみるよ。そこに何か、ヒントになるものがあるかもしれない」
 『N・E』というのはネオ・エナジーの略で、例のエコ団体の名称だ。
 別行動を申し出た光月に。
「それでは羽澄おねーさま、何かおわかりになりましたら、わたくしのピッチにご連絡下さいませ」
 承知した意味の言葉を、御影が発する。光月はそれに応えて。
「そうするよ。じゃあまたあとで」
 片手を軽くあげてから、1人別の方向へ歩いていこうとした。しかしふと止まって、こちらを振り返る。
「この仕事が終わったら、皆でチョコレートケーキを食べよう。もちろん、あいちゃんも一緒にね」
 そう笑みを残して、今度こそ去っていった。
「――さて、どうしようか?」
 その後ろ姿を見送った後、シュラインが口を開いた。
(イタミを返す)
 はっきりとした目的。
 そのためには、どうすればいいのか。
 ふと、俺は思い出した。
(人間の最も根源的な手段は恐怖である)
 H・P・ラブクラフトの言葉だ。
 俺は何故、あいがその団体の元にいて、何故被験者に選ばれたのかはわからない。
(けれどもし)
 もしあいが全てに絶望し、その団体に救いを求め。
(それでもなお)
 満足できずにここへやってきたのだとしたら……。
 あい自身が生きる気力を取り戻さなければ、何の解決にもならないのだ。
「俺に考えはある。が、それは最後の手段だ」
 その方法を考えて、俺はそう口にした。
(やり方は簡単)
 しかしできれば、やりたくなかった。
 すると今度は、海原が口を開く。
「あの、皆で水族館に行ってみませんか?」
「まぁ水族館! 素敵です〜♪」
「なるほど。いいかもしれないわね」
 2人の賛成の後に。
「……何故水族館なんだ?」
 俺は疑問を投げた。
(行ったことはある)
 だが何の記憶にも残っていない。
 俺にとっては、それだけの場所だった。
 海原は俺の方を見て。
「あたしも聞きかじりの話ですが、アニマルセラピーにイルカとの接触を行うというのがあるそうなんです。それなら、お魚と水槽を観ているだけでも、何か感じるところがあるかもしれませんよね? 本当は海の方が閉鎖感がなくていいのですが、あいちゃんが狙われている可能性もありますから……」
 そう説明した。
(そんなもんか)
 信じる信じないの問題ではなく、俺はただ頷いた。
 それから俺たちは、水族館へ向けて歩き始めた。

     ★

 水族館の中。
 普通の子どもならはしゃいだりするのだろうか。俺にもわからないが、あいは確かに違っていると思う。明らかに。
(俺に近い)
 2人で水槽を眺めていたら、親子にすら見えるかもしれない。
 そんなバカげたことを考えつくほど、結局あいは最後まで無表情だった。
 そんなあいを御影に任せて、俺たちは少し離れた所から様子を見ている。
「どうしてイタミがないだけで、ああも無表情なのかしら?」
 ため息と共に、シュラインが吐く。
 見つめているだけで、俺にはそれがわかったような気がした。
「感情は常に、一つではないからな」
 何の感情もない俺が応える。
「どういう意味ですか?」
 海原の問いかけに、俺は大きく息を吸った。
「――たとえば、『嬉しい』という単純な感情の中にも、『哀しい』『苦しい』『怖い』『後ろめたい』……色々な感情が少しずつ混じっている。『イタミ』一つないだけで、そのバランスが崩れるということ」
 視線の先で魚を見つめるあいを見つめながら。
「あの子は俺と同じで……どんな表情をつくったらいいのかわからないのだろう」
「鳴神さん……」
 俺は言い終わると、スタスタとあいの元へ歩いていった。そして自由な方の手を掴み、無理やり引いてゆく。
「鳴神様?!」
 一緒に引きずられそうになった御影が、驚いた声をあげた。
 その時俺は既に、決心していた。
「俺がしてやれることは、もう一つだけだ」


 あいを小脇に抱えて、呼び出したバイクに乗りこんだ。俺に振り切られた奴らが水族館から飛び出してくるが、構わずに走らせる。
 あいはまったく抵抗しないので、それでも危なくはなかった。
(あいは……)
 俺と似ていた。
 似すぎていた。
 だから、耐えられなかった。
 バイクに廃ビルを検索させ、そこへ向かう。
「立ち向かう気はあるのか?」
 たどり着いた廃ビルに潜りこんで、俺はあいを壁際に立たせた。
「お前にそれができるのなら、その足で歩いていけるだろう」
 貴様という気にはなれなかった。
 あいはなされるがままに立っている。返事も抵抗もない。
 そこからは俺も無言で、戦闘形態へと変身した。
(驚きすら見えない)
 お前は――


 何度も何度も、襲いかかった。
 しかしあいは、目を瞑ることも怯えることも、よけることもしない。
(何もない)
 俺のように……!
「目を覚ませ!」
 俺は叫んだ。感情の高ぶりとは違う。
(むしろ)
 より深く届くように。
 気がつくと、他の奴らが見ていた。どうやってここを知ったのかなんてどうでもよかった。
 それを考えるより前に。
「――ころしても、いいよ? イタミのないわたしならいらない」
 あいがそんなことを、口にしたから。
「わたしはわるいこなの。わたしはわるいこなの。わたしはわるいこなの……」
「…………」
 くり返すあいに、俺はもう手を振り下ろすことができなくなっていた。
 その隙に皆が走り寄ってくる。
「――どうして、そんなこと思うんですの?」
 手を取って視線の高さを合わせ、御影はあいに問いかけた。あいはその目を見ていない。
(変わったのか)
 変わってないのか。
 探るように、俺はあいを見続けた。
「……だ……て、かなしんで、あげられなかったの……」
「何を? 何を哀しんで?」
 さらに問ったのはシュライン。しかしあいはそれには答えない。
 代わりに答えたのは。
「その子を逃がすために、その子の兄が死んでいるんだ」
「?!」
 光月の言葉に皆が驚く中、俺はまだあいを見ている。
 海原が納得したように告げた。
「そうか……あいちゃんが失くしたイタミは、『悼み』だったのね……」
「ちょっと待ってよっ。それならちゃんと持ってるじゃない」
「え?」
 それを覆す言葉に、今度は俺もシュラインを見る。シュラインはその視線をかき分け、先程御影がしていたように、あいの手を取り高さを合わせた。
「……ね、あなたはお兄さんの死を哀しめなかった自分を、責めているのよね? その気持ちは、イタミではないの?」
(イタミ)
 それは、自分を責める想い……?
「これでも…いいの……? こんなわたしでも……おに…ちゃ……ゆる…てくれる……?」
 あいの声が途切れ途切れに聞こえる。それが溢れ出た感情のせいだと、誰もが疑わなかった。
(俺も)
 もう疑えなかった。
 あいは確かに、取り戻したのだ。
「何言ってるの。最初からあいちゃんの存在は許されているよ。あいちゃんが何をしてもお兄さんはあいちゃんが大好きで、だから自由に生きて欲しいと思ったんだよ」
 そんな光月の言葉に、あいはついに声をあげて泣き出した。
「……ぅわーん、うわーん」
 目の前のシュラインに抱きつく。
「ホントはね、ホントはね……とってもかなしかったの……でもね、でもね……やくそくだったから……ぁ」
 シュラインはあいをあやすように、背中を撫でている。
「羽澄おねーさま、どういうことですの?」
 振った御影に、光月は答えた。
「――結論から言うと、その子は元々感情操作されていないよ」
「え?!」
 それには俺も驚く。
(操作されていない?)
 あれだけ俺と近かったあいが。
 自分を見ているようで目が離せなかったあいが。
(どういうことだ?)
 俺の疑問を解消するように、光月は続けた。
「これは私の予想だけどね。自分と同じようにはなって欲しくないと、兄のゆうき君があいちゃんに暗示のようなものをかけていたんだと思う。それが先にあったから、後からかけられた感情操作は効かなかった。あいちゃんは組織内では『感情操作を行ったが力の得られなかった子ども』として扱われていたけれど、実際はそれを演じていただけなんだ。そして常に演じずにはいられなくなってしまった」
「まぁ……」
 声を漏らしたのは御影。
「ゆうき君は、いつかあいちゃんを逃がそうと機会を狙っていた。そして逃げた後あいちゃんが行くべき場所も、しっかりと教えこんでいた」
「草間興信所のことを?」
 俺が口を挟んだ。
 光月は頷いて。
「武彦さんは『怪奇探偵』として一部の方面ではやけに有名だからね。探られたくない要注意人物として名前が挙がっていてもおかしくはない」
「そっか……子どもの前だと思って油断して話していたそれを、しっかりと聴いていたのね」
 シュラインが納得の声をあげた。
 それからは。
 静かなはずの廃ビルに、あいの泣き声だけが響いた。
(俺たちは)
 ただ傍で待っていた。
 ためこまれたその感情が、昇華されるのを。

     ★

「いっただっきま〜す♪」
 草間興信所へ戻った俺たちは、光月が言っていたように。全員でチョコレートケーキを囲んでいた。ガラじゃないとは思いながらも、おいしそうなので断ることはできない。
 どうやら草間探偵はまだ仕事中らしく、代わりに零が座っている。お茶は何故か、御影の執事・榊が用意していた。
「まぁおいしいですわ〜v さすがおねーさまっ」
 御影が感動した声をあげる。
「ほんと、さすがね羽澄ちゃん」
「おいしいです!」
 シュラインに続いて、御影も感想を述べた。
(ホントにうまいな)
 思ったけれど、さすがに口には出せなかった。
 光月は嬉しそうに笑って。
「よかった」
 と呟いた。
 BIP席に座っているあいはと言えば……。
「〜〜〜〜〜っ」
 余程おいしいのか、言葉もなくケーキにかぶりついていた。その表情には、もちろん笑顔が見える。
(俺は)
 羨ましく思ったのか、妬ましく思ったのか。
 自分でもよくわからなかった。
(ただ)
 いずれは、自分も。
 そんなふうになれるのだろうか。
 それはきっと遥か遠いことだろう。
 そんなことを思った。
(その日)
 俺のドッペルは生まれては消えた。










                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 1282 / 光月・羽澄    / 女  / 18 /
             高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
             あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
           翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 1316 / 御影・瑠璃花   / 女  / 11 /お嬢様・モデル】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして! ひよっこライターの伊塚和水といいます。
 この度はご参加ありがとうございました_(_^_)_
 少女と同じく無感情なキャラ、ということでずいぶんと対比させて使わせていただきましたが……どうやら私はクールな口調が苦手なようで(>_<) まったくイメージと違っておりましたらすみません。
 苦情・ご意見等ありましたらお気軽にどうぞ。

 それでは、次回も頑張らせていただきます〜_(_^_)_

 伊塚和水 拝