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チョコレート防衛大決戦
●オープニング
バレンタインデーは恋する乙女の決戦日。
都内某所の「約束の木のある丘」公園では、当日多数のカップル達が、告白したり、愛を確かめあうために混雑することが予想されていた。
「ここに予告状が来たの!」
雫は、ティーンズ誌を開き、公園の記事のあるページを開いて見せながら、ゴーストネットに集まった顔見知り達に話するのだった。
「予告状って誰から?」
「‥‥よくわからないわ。予告状には怪盗マロン公爵ってあるけど、初めて聞くし。‥‥ただ」
「ただ?」
雫は声をひそめて、皆を見上げながら答えた。
「日本色情霊連合とどうも関係があるみたい」
「なんだって!?」
色情霊同士が手を組んだ、破廉恥なお騒がせ軍団「日本色情霊連合」。
クリスマスにさんざん痛い目にあわされてからは、すっかりなりを潜めていたはずなのだが。
「ってことは、このマロン公爵っていうのも破廉恥な奴なのね」
「そうだと思う」
雫はぷぅと頬を膨らませた。
「みんなどうかお願い。この破廉恥なマロン公爵を絶対捕まえてこらしめて上げて!? 女の子が心を込めて作り上げた大切なチョコレートを奪うなんて、絶対に許さないんだから」
●水野想司さんの場合♪
「あれ? こんな書き込み何時の間に?」
雫はマロン公爵の書き込みの下に、いつの間にか増えていた新しいレスの存在に気付いた。
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☆マロン公爵からの予告状☆
はじめまして諸君。私の名は怪盗マロン公爵と申す。
先日は、私の弟分たるちかん戦隊達をこてんぱんにしてくれちゃって、本当にありがとう。
私の心はメラメラと燃えたよ。
というわけで、今回、「約束の木のある丘」公園に集まるカップル達の持つハート型の恋心を片っ端から奪ってあげようと思う。
そのうえ、犯人は「ゴーストネット」のメンバーと宣伝しておいてあげるとも。
悪いけれど、私は君たちが想像するより強いからね。用心してかかるように。それでは。
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☆悲しい話☆
こんな話を知ってますか。
もうあまり長い時間を生きれない不治の病の少女が一人。
同じ病室で知り合った少年は、退院して、空気のいい田舎へと引っ越してしまうという。
彼女は少年にほのかな恋心を持っていました。きっともう二度と会えなくなってしまう。
そう思った少女は無理をして、必死で生まれてはじめてのチョコレートを作りました。
そして、少年に高鳴る胸の鼓動を押さえつつ電話をかけた。
「よかったら、もう一度会ってください。あの公園で」
けれど、公園には意地悪な『盗賊』が潜んでいるといいます。
その『盗賊』はその少女のチョコレートを奪って食べてしまったのです。
少女の悲しみはいかほどのものであったでしょう‥‥。
あまりの悲しさに、ボクは涙が出るのを止められません。
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「うう、これって本当にあった話なのかな〜」
雫はパソコンの前で肘をつき、首をかしげる。
もし本当だとしたら、絶対に許せない話だ。
でも書き込みの時間を見ると謎は深まる。マロン伯爵の書き込みからそれは、30分程後に書かれていたからだ。
さらに夕方、雫がまたもやゴーストネットをチェックしていると、その書き込みにさらにレスがついていた。
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☆ど、どういうことだっ☆
>不治の病の少女
わ、私はそんなことはしてないぞっ。
公園にはこれから出かけるところだし。
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「これってマロン伯爵?」
コーヒーを入れてきて、HP更新のための作業を開始しようと、机につきながら先ほどのページをリロードする。
新しいレスが表示されていた。
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☆認めないのですね☆
公園にはこれから行かれるのですか。
勝てば『人でなし』、負ければ『半殺し』
せいぜい頑張ってくださいね☆
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「‥‥なんとなく公園に行きたくなっちゃったかも」
雫はずずとコーヒーを飲み、ぽつりと呟いた。
●約束の木のある丘公園
夕暮れの太陽。淡いオレンジ色の光に包まれ、あちこちのベンチでは寄り添うカップル達が密やかに愛を語っている。
男共の手にはリボンで結ばれたチョコの包み。
菓子屋の策略に従うのもせいぜいにしたまえ。雪山の遭難にチョコは有効かもしれないが、愛の象徴にするには、壊れやすいし、熱で形も崩れやすい。
「困ったものだ。それはそれで愛の真実かもしれないが、それを愛と呼ぶことには私は反対だよ」
約束の木の上に腰掛けたマロン伯爵。外見年齢、おおよそ10歳。金髪碧眼の美しい少年。シルクハットに黒いタキシードをつけ、黒いステッキをくるくると振り回しながら、辛そうに彼は嘆息する。
「愛といえば甘いもの。そこにしかロマンはない」
彼はステッキを掴むと、瞼を閉じる。
ステッキから黒い光が放たれ、少年の背中に黒い翼を生やした。
「‥‥さて行こうか。あんなたやすく語られる愛など、破壊するに限るのだ」
マロン伯爵は約束の木から羽根を広げて飛び立った。
しかし。
その視界に映る、今しがた公園に入ってきた様子の少女の姿に、マロン伯爵の体は硬直した。
つばの広い白い麦わら帽子。白いワンピースに黄色のリボンを飾りつけた色白の一人の少女。
その手にはピンクの水玉柄の小さな包み。
表情は麦わら帽子に隠れて見えないが、どこか儚げでつたない歩き方。
「もしや、あの子が掲示板の‥‥」
マロンはしばらくぼんやりとその様子を見つめた。
少女は公園の一番奥にある約束の木の根元に立つと、その背中をもたれる。小さく嘆息をついたように見えた。
目的の男に、きっと連絡がとれなかったのだろう、とマロンは推測する。
だから来てくれるかどうかわからない。
わからないけど、会えるとしたらもう今日で最後。だから待とうと決心した。
「素晴らしい‥‥これこそ、ロマンだ」
溢れる涙をぐっとこらえて、マロン伯爵は拳を握った。
そして地上に舞い降りると、羽根をたたみ、せしめてきていたたくさんのチョコをそこらに放り捨て、少女の側に駆け寄った。
「こんにちわ、お嬢さん」
「‥‥どなたですか?」
少年の姿はこういう時には役に立つ。マロンは心からそう信じていた。
「‥‥初めまして。私はマロン伯爵と申します、マドモアゼル」
「マロン伯爵?」
少女は繰り返す。
丁寧にレディに対するようにお辞儀をし、少女に伸ばした指先に薔薇の花を一輪。
「まあ」
少女は口元に手をあてて、驚いたような声を出す。
「失礼は承知であなたの様子を影からそっと伺っておりました。‥‥何かご事情がある様子、よろしければお話を聞かせてはいただけませんでしょうか」
「話すほどのことではありませんわ」
つんと少女は前を向く。
つれない態度にマロンは困った表情を浮かべた。
「私は、あなたのお力になりたいと思ったのです。一目お見かけして、なんというかその‥‥」
(溢れるようなロマンの予感に、胸をうたれてしまったのです‥‥)
言葉を胸にしまい、マロンは俯く。
少女は、しばらく黙りこみ、それから小さな声で言った。
「‥‥あの人にこれを渡してほしいのです‥‥」
そして胸に大事に抱いていたチョコレートをマロンに押し付けるように手渡すと、そのまま公園の出口の方へと駆け出していった。
「あああっっ。待ってくださいっっ!!」
叫ぶマロン。相手の顔も名前も電話番号も知らないんですがぁぁっ。
けれど少女は振り返ることなく、公園から駆けていってしまった。
「ふぅぅぅ。しかし、不治の病の少女にしては達者な走りでしたね‥‥、しかし、コレどうしよう」
マロンは自分の手の中の包みを見下ろした。
その様子を見ていた周りの人々の視線が僅かに痛い。
約束の木の下には、たくさんのカップル達が順番待ちをするかのように集まっている。
そこに少年ひとり。チョコを抱えて立っているのはいささか格好が悪い。
マロンは木から離れると、再びふわりと黒い羽根を出して空に舞う。それから辺りをいくら見回しても、彼女の相手らしい少年の姿は見当たらない。
「‥‥‥」
あのコの作るチョコってどんなものなのでしょう。
悪い考えは浮かんだら止まらない。
止まらない好奇心にマロンはそっとチョコレートの包み紙をほどき始めた。
(こういうパターンの場合、相手の男は翌日くらいに連絡に気がついたりするもんなんですよね。ふふふ。時遅しというやつなのです)
中から出てきたのは、手作り風のチョコレート。初めてのチョコレート作りだったのか、少々表面の出来上がりが波打っているが、そこもまたロマンだ。
「‥‥‥一口だけ」
かぷ。
‥‥しょっぱかった。
マロンは目元に浮かんだ涙を拭う。
しかし、悲劇はそれではなかった。その刹那、マロンの浮かぶ空を指差し誰かが叫んだのだ。
「見て!!あの黒服の少年、薄幸の美少女が生まれて初めての作ったチョコレートを食べてしまったよ!!」
「えっ」
辺りをきょろきょろ見回すマロン。
公園にいるカップル達は誰も気付いていない。勿論そうだ。羽根を広げたとき、マロンの姿は人間には見えなくなるお約束というやつなのだから。
「どんな味だったかい!? 少女の切ない初恋の味は!」
再び声が響く。
マロンはゆっくりと後ろを振り返った。
そこには、白いワンピースの少女がいた。約束の木の、その先端に立ち、白い麦わら帽子に手をかける。
「‥‥許してはおけないよね☆ こういうの」
麦わら帽子がひらりと風に舞う。今まで帽子に隠されていた少女の顔が見えた。否、それは少年の面立ちをしている。
「何っ!」
吹きつける冬の風に白いワンピースのスカートをなびかせ、少年----水野・想司(みずの・そうじ)は、『光刃』を垂直に構えた。
「‥‥さあ、どうする? 君が食べてしまったチョコの責任をとってもらわなくちゃ困るよね☆」
「‥‥うっ‥‥」
塩味でも食べてしまったことは事実。言い逃れできない。
マロンは色々と反論したかったが、言葉を飲み、ただうろたえた。
「覚悟は決まった? さあ行くよっ」
想司は木の上から飛び上がった。素晴らしい跳躍で、マロンに飛び掛り、光刃で正面から切りつける。
「させない〜っ」
真剣白刃取りの要領で光刃を両手で塞ぐマロン。想司は「甘いね☆」と笑って、光刃に体重をかけつつ下半身をフリコのように揺らす。
そして振り上げた足で両足でマロンの腹部を強く蹴り上げた。
「うごっ!!」
腹を抑えるマロン。その手からこぼれた光刃を、野球のバッターよろしく振りかぶる想司。
「まだまだヒーローには色々役不足だね☆ 修行しなおし、だよ☆」
「わあぁぁっっ」
マロンは西の空に太陽と共に地平線の向こうに消えていった。
「さてと」
想司は再び約束の木の上に立っていた。
空はいつの間にか暗くなり、星が瞬く夜空と変わっていた。
とはいえ、悲しいかな、都会の空。地上の星に輝きを奪われ、輝く星はほとんど見つけられないような空。
それでも寄り添い愛を語る恋人たちは、満足げに肩を組み、耳元で愛を囁きあう。
想司はそれを優しく見つめていた。
そして語りかけるように優しく呟く。
「‥‥不治の病の少女は泣いたけど、不幸じゃなかった。自分が生まれてはじめての恋をしたことを知ったから。‥・・誰かのために胸が切なくなる思いを知ったから」
端正な表情の瞼をつむり、想司はそっと魔法をかけるように光刃を振るった。
光刃の先端から、ちいさな星みたいな光の粒が溢れ出す。
約束の木を包みこむように円を描き、光の粒はキラキラと輝きながら公園のすべてのカップル達の上に優しく降り積もる。
ベンチの恋人たちも、芝生の上の恋人たちも、空を見上げ、その不思議な奇跡を見つめる。
「・・・・ハッピー・バレンタイン。魔法使いからの贈り物だよ☆」
想司は俯きながら呟く。そしてもう一振り、最後の星のイルミネーションを散らす。とびきりたくさんの大小の星たち。
カップル達の感激の声が響く中、ふと気付くと、もうそこに少年の姿はなかった。
おわり☆
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0424 水野・想司 男性 14歳 吸血鬼ハンター
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ。またお会いできて大変嬉しいです。ライターの鈴猫です。
チョコレート防衛大決戦をお届けします。
ちょっと特別編で書かせていただきました。
他の方の納品の中でも、ちょっぴり活躍しているかもしれません。お時間があればごらんになっていただけると嬉しいです。
ご想像とはちょっと違った形の仕上がりになっているかもしれませんが、お気に召していただけましたでしょうか。
何かご意見等ありましたらテラコン等で送っていただけると幸いです。
個人的には水野さんのバレンタインはどんな風に過ごされるのかなぁと感慨深く思ってしまいました。
一人ぼっちで無いといいなぁ。それも似合ってしまいそうで、胸が痛いです。楽しげに過ごしてらっしゃると嬉しいのですが。
また違う依頼でお会いできることを祈って。
ご参加本当にありがとうございました。
鈴猫拝
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