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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


チョコレート防衛大決戦

●オープニング
 バレンタインデーは恋する乙女の決戦日。

 都内某所の「約束の木のある丘」公園では、当日多数のカップル達が、告白したり、愛を確かめあうために混雑することが予想されていた。
「ここに予告状が来たの!」
 雫は、ティーンズ誌を開き、公園の記事のあるページを開いて見せながら、ゴーストネットに集まった顔見知り達に話するのだった。
「予告状って誰から?」
「‥‥よくわからないわ。予告状には怪盗マロン伯爵ってあるけど、初めて聞くし。‥‥ただ」
「ただ?」
 雫は声をひそめて、皆を見上げながら答えた。
「日本色情霊連合とどうも関係があるみたい」
「なんだって!?」
 色情霊同士が手を組んだ、破廉恥なお騒がせ軍団「日本色情霊連合」。
 クリスマスにさんざん痛い目にあわされてからは、すっかりなりを潜めていたはずなのだが。
「ってことは、このマロン伯爵っていうのも破廉恥な奴なのね」
「そうだと思う」
 雫はぷぅと頬を膨らませた。
「みんなどうかお願い。この破廉恥なマロン伯爵を絶対捕まえてこらしめて上げて!? 女の子が心を込めて作り上げた大切なチョコレートを奪うなんて、絶対に許さないんだから」

●藤咲・愛さんの場合♪

「ふぅ‥‥。もうこんな時間?」
 歌舞伎町の女王の朝は遅い。
 けだるい声で呟き、居心地のいいベッドから上半身だけ起こすと、藤咲・愛(ふじさき・あい)は長い髪をかきあげ、深く息を吐く。
「やぁねぇ‥‥寝過ごしたわ」
 乱れた髪に手をやりながら、シャワールームへと真っ直ぐに向かう。
 湯をひねり、頭から浴びながら、ようやく全身が目覚め始めるのを感じる。
 
 昨日の夜は、何をしていたんだっけ‥‥。
 まあいいわ。きっと楽しかったに違いないし。
 
 思い出すだけ野暮だわ、と髪を拭いつつ、シャワールームから出るとバスローブをはおり、ドレッサーの前に腰を下ろし、手早く化粧水、美容液、乳液、クリームをなじませていく。
 タオルで包んだ髪をブローしながら、テレビをつけ、新聞を取り、そしてパソコンを立ち上げた。

 画面に点滅する「ゴーストネット」の文字。
 最近すっかりハマっているオカルト系の情報サイトだ。
 ずらりと並ぶ掲示板のうちの一つをクリック。書き込まれている文字の列を眺めていると、とある記事が目に留まった。

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☆マロン公爵からの予告状☆

 はじめまして諸君。私の名は怪盗マロン公爵と申す。
 先日は、私の弟分たるちかん戦隊達をこてんぱんにしてくれちゃって、本当にありがとう。
 私の心はメラメラと燃えたよ。
 というわけで、今回、「約束の木のある丘」公園に集まるカップル達の持つハート型の恋心を片っ端から奪ってあげようと思う。
 そのうえ、犯人は「ゴーストネット」のメンバーと宣伝しておいてあげるとも。
 悪いけれど、私は君たちが想像するより強いからね。用心してかかるように。それでは。

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「へぇ」
 これが例の、色情霊連合。
 噂にはちょっと聞きかじったことがあるような気もする。
 愛は常連と呼ばれるほどには、よく通っているインターネットカフェに携帯で電話をかけてみる。
 呼び出すとすぐにこのサイトの管理人、雫が電話口に出た。
 書き込みのことを話すと、「そうなの、もううんざりしちゃって」と困り声の雫の声が響いた。
「バレンタインにはた迷惑な話よねぇ‥‥どんな恨みがあるにせよ、無関係な恋する乙女を狙う男なんて最低よね」
「そうそう。恨みったって、全部向こうから勝手に名乗りを上げてきたことなんだよ」
「‥‥あたし行ってみるわ。‥‥こういうコはお仕置きしてあげなくっちゃね、ふふふふふふ‥‥」
 受話器に響く、魅惑的な響きをもつ女王様の微笑。
 電話の向こうの雫はきっと、ぞくりと背筋を寒くしただろう。
 けれど、気分をとりなおして明るく答えた。
「愛さんが行ってくださるなら心強いな☆ ぜひぜひこてんぱんにやっつけてあげてちょーだい☆ お情けは無用だよ☆」
「了解よ」
 電話を切ると、愛はさらにクスクスと笑って、まだ少し湿りけのある髪を拭った。
「‥‥腕がなるわね」

●約束の木のある丘公園

 紺色のワンピースをなびかせ、愛はその公園を目指した。
 コンセプトは清楚でエレガントなお嬢様。
 白い藤のバッグの中には、上品な紫の包みにピンクのリボンがまかれたチョコレートが一つ。
「ここね‥‥」
 見上げた先は、約束の木のある丘公園。
 樹齢千年を超える見事な老桜を丘の上にそなえた広い公園だ。
 カップル達には格好のデートスポットで、ドラマの撮影に最近使われたことも話題の一つだった。
 成る程、噂にみあうほどのカップル達で賑わっている。

「さあ、かの方にお会いできるかしらね」
 愛の胸は甘い興奮の予感に、静かに盛り上がっていた。

 約束の木の上には、一人の少年が立っていた。その名をマロン伯爵。
 外見年齢、おおよそ10歳。金髪碧眼の美しい少年だ。シルクハットに黒いタキシードをつけ、黒いステッキをくるくると振り回しながら、辛そうに彼は嘆息する。
「若者よ。菓子屋の策略に従うのもせいぜいにしたまえ。雪山の遭難にチョコは有効かもしれないが、愛の象徴にするには、壊れやすいし、熱で形も崩れやすい。
 困ったものだ。それはそれで愛の真実かもしれないが、それを愛と呼ぶことには私は反対だよ」
 嘆くように深いため息をつき、少年は眼下に広がる公園のたくさんのカップル達を眺めていた。
 そして形のよい瞼をつむると、小さく呟く。
「愛といえば甘いもの。そこにしかチョコレートにロマンはない」
 彼はステッキを掴むと、強く握る。
 ステッキからは黒い光が放たれ、少年の背中に黒い翼を生やした。
「‥‥さて行こうか。あんなたやすく語られる愛など、破壊するに限るのだ」
 マロン伯爵は約束の木から羽根を広げて飛び立った。

 しかし。
 その視界に映る、今しがた公園に入ってきた様子の女性の姿に、マロン伯爵の視線はぴたりと止まった。
 上質な紺色のワンピース。ひらひらとその裾が北からの冷たい風に揺れる。
 僅かに俯き加減に歩いてくる彼女。
 白い藤のバッグを持ち、その中には紫色の包みが見える。
「‥‥うう。ロマンを感じますね。‥‥あれは丁寧に包まれてはあるが、手作りチョコとお見受けいたしました」
 他のカップルと違い、どこか元気のない様子。
 よそ見もせずに、真っ直ぐに約束の木めがけて歩いていく。
「ふーむ。私の予測では、あれは待ち合わせですね。しかも、「おとな〜」なカップル」
 腕を組みマロンは瞼を閉じ、想像をめぐらせる。
 女性の相手は多分、会社の上司といったところか。付き合いはじめて間もなく2年。
 そして上司には妻がいる。そしてふたりの蜜月は過ぎ、男の態度はだんだん冷たくなっていく。
 けれど女はあきらめきれない。未消化の心を抱え、会社帰りに待ち合わせをするのだ。奥さんの元に帰る前にどうか私のチョコを受け取って‥‥と。
「‥‥これこそ、ロマンです!!!」
 両手をぎゅぅっと握り締め、鼻血すら出そうな勢いで空を見上げるマロン伯爵。
 興奮気味に息をきらせながら、マロンは女性の後を追う。
「お、お、お、おとなな味のチョコをゲットですぅぅぅ〜〜!!!」

 約束の木の下につき、小さく溜息をつく愛。
 バスケットからチョコレートの箱を取り出し、何気に口元にあてて、ほうと一つ息を吐く。
「‥‥来てくれるかしら」

 清楚なお嬢様を抱きつつも、愛の警戒ラインは確実にその敵を捕らえていた。
 僅かに鼻息を荒く、やがて忍び寄ってくる羽根つき特殊物体。
(こんなに早く、寄ってくるとは思わなかったけど)
 人の目には見えなくても、誤魔化せるわけがない。
 それがそおっと手を伸ばし、愛のチョコレートに手を伸ばした、その時。

「お痛はいけないわ?」

 その手首を握りしめ、愛はにっこり微笑んだ。
 瞼を開いたその先にいたものが、黒い翼をもつ金髪碧眼の美少年だったことは意外だったけれど。
 しかし、そんなことで手を抜く女王様ではないのだ。
 ぱちぱち、と瞬きをするその幽霊の手首を捉えたまま、愛は隠しもっていた長い愛の鞭を引き抜く。
「悪いコトするコはお仕置きよ? 覚悟はいいかしらん?」
「!!!」

 ぱっしーん!!

「はうううっっ」
 べち。
 叫び声を上げ、マロン伯爵は地面にぴちゃりと額をぶつけた。
 おかしい!! 何か違う!!
 けれど、何故かロマンを感じる!!

「もう一回!」
 紫のワンピースの女王様。辺りのカップル達の恐るべき視線も、物怖じせずに、振るう鞭で地面をうつ。
「いやあぁぁぁっっ!!」
 逃げようとするマロン。けれど、その逃げ足がどこかのろい。
 足にまきつく鞭に、再び襲いかかる鞭の甘い罠。

「はうぅぅ。女王様‥‥これは、私の研究にはないロマンの予感‥‥」
 マロン伯爵は甘い痛みに震えつつ、ぐったりと気を失っていた。

●エピローグ
 暗闇に薔薇が舞う。
 何と美しい。これもロマン。
 ふっと重い瞼を開いたとき、その視界の中には、清楚でエレガントな女王様がいた。
 夕暮れに包まれるオレンジ色の風景。涼しげな顔立ちの
「ん‥‥?」
「お目覚めかしら?」
 優しい声で愛が囁く。
 マロンは勢いよく身を起こし、瞼をこすった。
「‥‥わ、わ、わたしは、眠って?」
「ちょっときつかったかしら? 私のお仕置き」
「いっ、‥‥いえっっ!! ‥‥な、なんというか」
 ぽっと頬を赤らめるマロン伯爵。
「そう、いい子ね」
 愛は優しくマロンの頭を撫でた。
 女王様に必要なのは、飴と鞭の使いよう。けしてお仕置きだけじゃない、きちんとお仕置きを受けて反省した悪い子には、優しく愛してあげるのだ。
「はうぅぅん」
 子犬のような瞳で愛を見つめるマロン伯爵。既に心は女王様のもの。
「じゃあもう‥‥こんなおいたはしないわね?」
「は、はいですぅぅ〜‥‥‥‥って違うぅぅぅ!!!」
 マロンは突然叫ぶと、勢いよく羽根を広げ、空に舞い上がった。
 両腕で自分の体を抱きしめ、ぜいぜいはぁはぁ、と激しく息を吐く。
「‥‥お、お、恐ろしいっっ。罠にはまるとこだったです!! あなたは鬼ですかっっ」
「あらら」
 愛は腕をくみ苦笑する。
「私の能力から逃れるなんて、あなたなかなかやるわね?」
「‥‥危なかった。ほんっっとに危なかった!! 私はこんな危険な遊戯は嫌いだ!! そういうわけでさらばだっっ!!」
 泣きじゃくるようにその場で手足をバタバタと動かし、マロンは最後に頭を抱えて、さらに上空に浮かび上がった。
「あっ、待って!!」
「えっ」
 愛に呼び止められ、マロンはぴたりと動きを止める。愛はにっこりと微笑み、持参してきたチョコレートの箱を彼に見せた。
「よかったら、このチョコ持ってゆかない? あなたのために作ってきたのよ」
「‥‥‥」
 マロンは目をつむり、愛の腕から奪い取るように箱を掴むと、そのまま一気に東へ向かって飛び立っていった。

「また会いましょうね〜」

 茜色の空にキラリと消えていくその影を見送り、愛はいつまでも立ち尽くしていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0830 藤咲 愛 女性 26 歌舞伎町の女王  

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■             ライター通信                ■
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 こんにちわ。お会いできて大変嬉しいです。ライターの鈴猫です。
 チョコレート防衛大決戦をお届けします。

 お渡しするのが遅くなってしまい大変申し訳ございません。
 
 歌舞伎町の女王様ということでしたので、色っぽさ、激しさ、そして優しさをあわせもつお姉さまを想像して書かせていただきました。
 愛さんのイメージにあっていればよいのですが。
 マロン伯爵もすっかり魅力に負かされてしまったようです。
 今頃、空の上で新しいロマンを覚えて悶えてるかもしれません。いやはや。

 またOPでは公爵となっていたのですが、マロンが駄々こねまして、
 伯爵と変更させていただきました。申し訳ございません。

 それではまた違う依頼でお会いできることを祈って。
 ご参加本当にありがとうございました。
                             鈴猫拝