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THE RPG 地下1F
「今まで言わんとこ、言わんとこ、思てたけどな……。」
淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい)は思いっきり息を吸った。
「こんのっクソがきャ〜〜!!! ようも、今まで好きかってヤッてくれたのぅ?! こっから出たら真っ先にオマエに……お前に…?」
隠しマイクの向こうで聞いているであろうアキラに向かって叫んだが、続きを思いつかなかったらしく、ちょっと考え込んでしまう。
「オマエから出演料もらうさかい!! 覚悟しとれぇ〜〜!!」
何度か口をパクパクさせた後、いまいち迫力にかけるセリフを吐いた。
三下もエディヒソイの要求には賛成の意を示すように深く頷いた。実験体として、突然こんなところに放り込まれたのだ。貢献しているのなら、見返りを求めてもいいはずだ。それこそ、死にそうな目にも合わされたのだし。
「とうとうあと1階というところまで上り詰めたな。ふふふ、俺もジョブレベルが上がってマス・オオヤマになったぜ。」
エディヒソイとは違い、時司・椿(ときつかさ・つばき)は胸を張って大威張りしている。
「なんですか、それ?」
「別に職業名じゃない!」
「…………そうですか。」
酔っ払いと会話を成立させる方が無駄な努力だと、三下は諦めて、さっさと引き下がる。まだ何か聞かされるのかと身構えたが、椿は明後日の方向を見つめて自己完結していた。
五降臨・雹(ごこうりん・ひょう)はにこにことそんな仲間の様子を眺めていたが、三下は異様な殺気を感じる。どういう理由でか、ものすごく怒っているようだった。
(ひ〜〜〜怖くて近寄ることも出来ません〜〜〜。)
こんな状態で、無事に地下1Fをクリアできるのだろうかと、三下はものすごく不安になった。
最後の階といっても、特に前回までと大差ないダンジョンが広がっていた。途中、襲い掛かってきた無数のロボットは、姿を認めた瞬間に、雹によって、バラバラにされてしまった。血が出なかったことに、雹はさらに怒って、ロボットを跡形もなく破壊してしまう。
「うっひゃっひゃ、すごいな魔法使い!」
椿はお気楽に雹を褒めていたが、エディヒソイと三下は、にっこりと微笑んでいる彼が気が立っていることを理解した。
「三下さん、下手なことしたらあかんで。マジで殺されんで。」
「ひ〜〜。やっぱりそうですかぁ?!」
自分が一番何かをやらかしそうな自覚のある三下は、真っ青になってがたがた震えている。
「三下さん、暴れないでくれませんか? 壁にも触らないでくださいね。罠でも発動したら大変ですから。」
しっかりと釘を差してくる雹に、三下はこくこくと頷くことしか出来ない。その動きですら、雹を怒らせるのではないかと、びくびくしていた。
どんどんダンジョンを進んでいくと、不意にコツーンコツーンという足音が近付いてくる。
「今度は一体なんやろ?」
「何であれ、始末するだけです。」
「でも、そろそろボス戦だから、みんなちゃんと回復しとけよ。」
「あ、あの……あの足音ってもしかして……。」
三下はその足音に聞き覚えがあるような気がした。だらだらと冷や汗が流れてくる。自分の予感が合って欲しくないと強く願う。
しかし、その願いは叶えられることはなかった。
『最後の階ということで特別ゲストに来てもらったよ!』
アキラが無常にも告げる。
「うっ、やっぱり……。」
姿を認めて三下が呻く。
「へ、編集長ぅぅ〜〜〜。」
泣く三下も黙る月刊アトラスの碇麗香編集長が恐怖の笑みを浮かべながら現れた。
「敵ですか?」
雹は一応先手必勝の手を止めて、三下を振り返った。
「ちょっと待って下さいっ!」
アキラが作ったニセモノかもしれないが、本物だったら洒落にならない。三下は悲鳴をあげて雹にしがみ付いた。
「離れてください。先に八つ裂きにされたいんですか?」
「それって、めちゃ悪役の台詞やけど……。」
エディヒソイは2人をなんとか落ち着かせようとしたが、それよりも先に素直な口が滑った。
「悪役で結構です。」
「待ってくださいって、編集長なんですぅ〜。」
「本物という確証は?」
「わ、分かりませんけど……でも、でも!」
上司の姿をしているものに、例えそれがニセモノだったとしても、刃向かうことは三下には恐れ多いことだった。
「なるほど。大ボスか!」
椿は大喜びで身構えている。
「確かに、ゴージャスソファに座って悠然としている、大魔王の風格を持ってるな。」
「大魔王とは失礼ね。」
碇編集長は綺麗な眉を顰めた。気を取り直して、手に持っていた原稿を少し持ち上げてみせる。
「三下くん、こんな記事で人の心を掴めると思っているわけ?」
「ひぃ〜〜〜。本物?!!」
三下は常日頃から聞き慣れている言葉に身体を竦める。
「こんなもの、没よっ!」
没、という漢字がブロック状になって、巨大化して襲い掛かってきた。
「ぎゃーーー!!!」
三下が言葉そのものに怯えて縮こまる。
一瞬硬直してしまっていたエディヒソイが我に返って、その漢字を重力で叩き落した。
「なんやねんこれっ!」
「没没没没没没、全くいつまで経っても成長しないんだから。」
碇編集長の呆れた声が響き渡る。三下が傷つきそうな言葉が次々ブロックに変換され、飛んで来る。
「ふふふふ、俺は悪の誘惑には負けないぜ!」
椿は龍の気迫でブロックを粉砕していく。
「くっ。」
一本で突き刺そうとした雹の糸は、ブロックの硬さに跳ね返されてしまった。すぐに何重にも糸を絡め、ブロックを切り裂く。
「きりがあらへんで!」
壊しても壊しても飛び掛ってくるブロック群に、エディヒソイは泣き言を漏らす。
「うっうっ、編集長ぉ〜ひどいですぅ〜〜。」
三下は必死に逃げ回っているが、その言葉一つ一つに傷ついて滂沱の涙を流していた。
「敵の大元をやらないと!」
「よし、分かった!」
椿が雹の援護の元、麗香へと駆け寄ろうとした。
「ふっ。こんなんじゃ駄目ね。」
麗香が持っていた原稿をばらばらと落とすと、その紙は意思を持っているかのように椿に襲い掛かり、身体に張り付いてくる。
「ぐっ、動けない。」
椿は無様に地面に転がり、そこに向かってブロックが落ちてきた。
「椿さん!!」
「負けるかっ!」
がしっと角を掴んで、椿は落ちようとするブロックを支えながら、身体を避難させる。最後に手を離すと、ブロックは地面に埋まるほどの衝撃で衝突した。
「すげっ!」
椿とブロックの両方に、エディヒソイは感嘆した。再び浮き上がろうとしたブロックは押し潰しておく。
「編集長ぅ〜、やめてくださいよー。本当に僕たち死んじゃいますっ!」
「ニセモノなんじゃないですか?」
「でも、あの人、俺の重力で潰れへんねん。立体映像の類かもしれんで。」
「足音聞こえたじゃないですかー。何か仕掛けがあるんですよー。」
「そこまで分かっているなら、ご自分で探しに行ったらどうですか?」
「ひ、雹さん、こ、怖いんですけどっ!」
「そんなことは分かってます。」
雹自身が怖いのだと、言い加えるのも恐ろしかった。とりあえず、三下は逃げ回るので必死だった。
「2段変形にも屈しないぞ!」
「えっ、変身するん? あれ。」
椿が単なる思い付きで言っただけだろうことは分かっていたが、麗香が変身したら一体どんなものになるのだろうかと考えて、エディヒソイはぞっとした。変身後は今よりパワーアップすることが暗黙の了解で決まっている。
「このままでは埒があきません。三下さん、特攻よろしくお願いします。」
「無理ですよぉ!!」
「私に考えがあるんです。さっさと行ってきてください。」
雹が三下を麗香の方に突き飛ばした。ふらふらと三下は近寄るが、ある一定の距離で立ち止まってしまう。
「三下僧侶! 神聖魔法で動きを止めるんだ!」
「そんなの使えませんってば!」
悲鳴をあげながら、三下は身体を縮めて麗香の攻撃を避けている。
エディヒソイはじっと三下の行動を見守っている雹に近付いた。
「何があるん?」
「もしかして、と思いまして。三下さんの恐怖が作り出した幻影かと。」
「……え、あれって幻影?!」
それとも、三下の碇編集長の認識がこの状態であることに驚いた方がいいのだろうか。
「三下さんも苦労してんねんなあ。」
大人の世界を垣間見て、エディヒソイはしみじみとそんなことを呟いた。
「とりあえず、三下さんを失神させてみますか?」
「あ、自分はやめときや? 普通に死にそうやから。椿さんに頼むのがええんちゃうかな。」
雹の瞳が怪しく輝いたことを見逃さず、さっさと椿にその役目を押し付ける。エディヒソイも細かい調節には自信がなかった。
「椿さん、三下さん、今混乱してるらしいから、打撃加えたって。」
テレビゲームでは、状態変化の魔法をかけられ、混乱した味方は、打撃攻撃で我に返る設定があるのを思い出し、上手く椿をけしかけた。
「よし来た。任せろ!」
「ちょ、ちょっとどういうことですかそれ?!!」
「三下僧侶、悪く思うなよ。」
椿の拳が、三下の鳩尾に見事に決まった。三下はあっさりと目を回して倒れ込んだ。
その瞬間、麗香の姿も消えた。
「……やっぱりそうでしたか。」
「すごいな、雹さん、何で分かったん?」
「いえ、三下さんだけ全然攻撃を喰らわないからおかしいと思いまして。」
「なるほど。」
三下が逃げ足が早いことは知っていたが、よく観察していると、もともと三下の方に攻撃が行っていなかったのだ。
「よっしゃー! 大ボスを倒したぞ! ほら、出口だ!!」
椿が気絶した三下を引きずりながら、エレベータ口を指差した。
『ぱんぱかぱ〜ん。おめでとー。攻略時間2時間01分59秒! よく頑張ったねー。これで地上だよ〜。』
エレベータの上昇中に、三下は目を覚まし、自分の麗香への認識を教えられ、さーと青褪めた。
「あ、お帰り〜。」
アキラがぼろぼろになって帰ってきた4人にのほほんと笑いかけた。
「ちっ。帰ってきおったのか。」
嬉璃は何故か不満そうだ。
「ちょうどよかった。お茶入れたところなんです。どうぞ。」
あやかし壮の管理人である恵美が全員にお茶を注いでくれた。
「あ、ありがとうございますぅ〜、管理人さん〜。」
三下は感激のあまり涙を流している。
「なんか大変だったみたいですね。」
「そりゃあもう!」
涙ながらに語る三下を無視して、椿はアキラへと詰め寄った。
「おい、王様、報酬くれよ。」
まだダンジョンの続きだと思っているらしい。アキラはきょとんと椿を見上げて、エディヒソイを振り返った。
「そういえば、そんなこと言ってたなあ。うーん、何が欲しい?」
「別に金品じゃなくてもいいぜ?」
椿はちらりと嬉璃と恵美の方を見やった。
「なんぢゃその目は!」
嬉璃はしっかりとその意味を汲み取って、椿を睨みつけてきた。
「いや別に見ただけだって。何、とは言ってないだろ。」
「ほう?」
「ぎゃーーー!!」
嬉璃のものすごい形相に、椿は三下の背後に隠れた。自分は何も言っていないのに、直に嬉璃に相対することになった三下は、気絶寸前だった。
「報酬は、空飛ぶ船の乗船券ってのどう? 俺が発明したんだけどねー。やっぱさ、空も海みたいに外気に触れたいっていう欲求があると思うんだ。どう? 初乗船なんて、絶対お得だよ〜。」
アキラがいけしゃあしゃあとそんなことを言う。
「それって、要するに人体実験の実験体になれってことちゃうのん……?」
エディヒソイはがっくりと肩を落とした。期待してなかったけど。期待してなかったけど、その報酬は冗談ではなかった。空なんかに行ったら、絶対に生きて帰って来れない。
「アキラさん、ゲームが好きなようですね?」
雹がにっこり笑いながら、アキラに話を降った。
「うーん、好き、かな?」
「なら、私とゲームをしましょう。貴方が生きてここから出れるかというのをね。貴方にはこの軍用ナイフをあげます。では。」
雹はそれだけ言い残して、部屋から出て行ってしまった。
「ん? なんなんや? どういうゲームする気?」
エディヒソイはきょとんとしてアキラの持っている軍用ナイフを覗き込もうとした。ぴりっと頬に痛みが走る。手で触れると、血が付いた。
「…………もしかして……。」
嫌な予感に背筋が寒くなる。
「三下さんもみんなも! 動いたらあかんで!」
「ど、どうしたんですか?!」
「雹さんが、糸仕掛けて去りよった。」
「ええええっ!」
「うん。そうみたいだね。立体型罠が仕掛けられてるみたい。50本くらい? すごいなー、大奮発だね。」
危機感のないアキラは心底感心している。お茶を持ってきただけなのに、巻き込まれてしまった恵美はわけが分からず、呆然としていた。
「じゃあ、僕はもう帰るから。明日も学校あるしね。今日は楽しかったよ、嬉璃。また来るね。」
「そうぢゃな。わしも面白かったぞ。」
「それを聞いて安心した。んじゃ、またね!」
ひょいっと身軽に、アキラはその場から消えてしまった。
「え……。」
取り残された面々は目が点になっている。
「ちょい待ち。もしかして、アキラも立体映像やったん?!」
「いいや、瞬間移動装置を使いよったのぢゃ。」
「そんなもんあるんかいな! ってか、うちらこんなところに残されてどうしたらええねん!!」
「そうですよー。僕も明日会社が……。」
あの碇編集長と顔を合わせなければならないと思うと恐ろしいが、それをしないともっと恐ろしい目に合うことは分かっていた。
「このナイフでも使ってみるか?」
嬉璃がアキラの残していった軍用ナイフを差し出してくる。
「ええけど、糸なんてどこにあんねん。」
手探りで宙を触り、傷ついた場所の近くでナイフを動かす。その丈夫さに、1本切るのに、5分ほどかかった。
「こ、こんなんやってられんわー!」
地道な作業にエディヒソイは絶叫する。
「いたたた。大声出さないでくれよ。こっちは頭が痛いんだ。」
三下の後ろでいつの間にか大人しくなっていた椿が身体を起こしてきた。
「何でだろ? 昨日酒飲み過ぎたっけ?」
「あんたも何今頃酔いが覚めとんねん!」
エディヒソイは容赦なく椿に突っ込みを入れた。
「だから、叫ぶなって。うおっ、何だ、いきなり指が切れて血が出てきたぞ。」
「もういややー、堪忍したってやー!」
「そんな、エディーさん頑張ってくださいぃ〜。」
それぞれの泣き言が虚しく響き渡った。
三下が翌日無事に出社できたのか、碇女史だけが知っている。
* END *
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1207 / 淡兎・エディヒソイ(あわと・えでぃひそい) / 男 / 17歳 / 高校生】
【1240 / 五降臨・雹(ごこうりん・ひょう) / 男 / 21歳 / 何でも屋】
【0314 / 時司・椿(ときつかさ・つばき) / 男 / 21歳 / 大学生】
(受注順で並んでいます。)
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、龍牙 凌です。
とうとう最終話、長い間お付き合い、どうもありがとうございました。
大ボスは碇編集長…というよりは、三下さん本人って感じでしたね。
そして、元凶であるアキラくんは一枚上手でした。
如何でしたか? 満足していただけたでしょうか?
連載は初めてで大変でしたが、とても楽しく書かせていただきました。
楽しみにしているという感想が何より嬉しかったです。
終わってしまって、残念ですが、またの機会にお会いしましょう。
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