コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


チョコレート防衛大決戦

●オープニング
 バレンタインデーは恋する乙女の決戦日。

 都内某所の「約束の木のある丘」公園では、当日多数のカップル達が、告白したり、愛を確かめあうために混雑することが予想されていた。
「ここに予告状が来たの!」
 雫は、ティーンズ誌を開き、公園の記事のあるページを開いて見せながら、ゴーストネットに集まった顔見知り達に話するのだった。
「予告状って誰から?」
「‥‥よくわからないわ。予告状には怪盗マロン公爵ってあるけど、初めて聞くし。‥‥ただ」
「ただ?」
 雫は声をひそめて、皆を見上げながら答えた。
「日本色情霊連合とどうも関係があるみたい」
「なんだって!?」
 色情霊同士が手を組んだ、破廉恥なお騒がせ軍団「日本色情霊連合」。
 クリスマスにさんざん痛い目にあわされてからは、すっかりなりを潜めていたはずなのだが。
「ってことは、このマロン公爵っていうのも破廉恥な奴なのね」
「そうだと思う」
 雫はぷぅと頬を膨らませた。
「みんなどうかお願い。この破廉恥なマロン公爵を絶対捕まえてこらしめて上げて!? 女の子が心を込めて作り上げた大切なチョコレートを奪うなんて、絶対に許さないんだから」

●天宮・一兵衛さんの場合♪

 暖かく朗らかな午後の公園。
 のどかに木の枝で小鳥は囀り、行き交う昼食時間の付近で働くOL達の笑い声が響いている。
「‥‥いい天気じゃの」
 目を細め、小鳥達に持参してきた粟を蒔きながら、のどかに目を細める老人が一人。
 元は大学教授だというその老人は、年齢こそ経ているが、どこか悪戯っぽい瞳をして、歩く人々を興味深そうに眺めている。
 特に女の人の足のラインとか‥‥。
「‥‥ついでにいい眺めじゃ」
 まだ冬には違いないが、最近はミニスカートも大流行。
 持参してきた携帯ポットから、御茶を一口。彼はとても満足そうだ。
 ついでに御茶をすすりながら、ふと浮かんだ一句を読んでみたりして。
 
「東風(こち)吹けば、ちらりめくれる よき眺めかな〜」

 突然、きゃぁっ、と辺りで悲鳴があがった。
 公園に季節風が舞い込み、その勢いで公園内の女性達が一斉にスカートを抑える。中には、スカートがめくりあがり、その白い下着を露わにしてしまう女性もいたりして。

「おおっ」

 天宮・一兵衛(あまみや・いちべぇ)。
 言葉にしたことが現実に叶うという不思議な能力の持ち主である。
 けれど、本人にその自覚は全くない。
「いやいや、風が吹きそうな予感はしてたんじゃが。‥‥わしの勘もなかなかいけてるではないか」
 一兵衛は立ち上がると、大きく伸びをした。
 ふと、近くのベンチで一組のカップルが何か話しているのが聞こえてきた。
「あ、‥‥よかったら、このチョコ、受け取ってください」
 頬を赤らめ、俯きがちにポニーテールの少女がピンクの包み紙の小さな小箱を男に手渡す。
 ジーパンに皮ジャンをはおった大学生風の青年は、頭に手をやり、緊張した様子で箱を両手で受け取った。
「そ、そ、そんなっ、俺なんかでいいのかいっ!?」
「‥‥あなたじゃなきゃダメなのっ」
「‥‥ユキっ」
 ひしっと抱き合う二人。
 イマドキ珍しい純愛カップルか?

「若いモンはいいのぉ」
 ほっほっほっ、と翁は笑う。
 この公園には「約束の木」と呼ばれる大きな老桜がある。樹齢千年を数えるといわれるその見事な桜は、春になると見事な花をつけてくれることともう一つ、その下で約束をすると叶うという不思議な伝説があった。
 最近は若者の情報誌などにも多く取り上げられていて、この樹に集まるカップルはとても多いそうだ。
 その話を思い出し、一兵衛は辺りを見回す。
 確かにカップルが多い。
 そして、皆が皆、手に可愛らしい包みを持っている。中身は揃ってチョコレート。今日はそんな日だ。
 散歩がてらに歩きつつ、老人の視線はすっかりカップル見学に至っていた。
 まだ太陽は高いというのに、あつあつのカップル達のなんて多いことか。
 中には芝生でかなり激しく抱き合っている者達までいる。芝生を見下ろす土手の上を歩きながら、さすがの一兵衛もそれを見て苦笑する。
「おお。若いモンは激しいのぉ。‥‥そんなことしていると、罰が当たるぞ? 例えば、空から空き缶が降ってきたり」
 なんてな。などと言いながら去っていく一兵衛の背後。自転車で公園をすぎていく少年は、飲み終えた缶ジュースの缶をぽいと捨てた。
 捨てられた缶は土手を下り、芝生のカップルの男の方の頭にカンと小気味いい音を響かせた。

●約束の木の上で

 約束の木の上に、一人の少年が立っていた。その名をマロン伯爵。
 外見年齢、おおよそ10歳。金髪碧眼の美しい少年だ。シルクハットに黒いタキシードをつけ、黒いステッキをくるくると振り回しながら、辛そうに彼は嘆息する。
「若者よ。菓子屋の策略に従うのもせいぜいにしたまえ。雪山の遭難にチョコは有効かもしれないが、愛の象徴にするには、壊れやすいし、熱で形も崩れやすい。
困ったものだ。それはそれで愛の真実かもしれないが、それを愛と呼ぶことには私は反対だよ」
 嘆くように深いため息をつき、少年は眼下に広がる公園のたくさんのカップル達を眺めていた。
 そして形のよい瞼をつむると、小さく呟く。
「愛といえば甘いもの。そこにしかチョコレートにロマンはない」
 彼はステッキを掴むと、強く握る。
 ステッキからは黒い光が放たれ、少年の背中に黒い翼を生やした。
「‥‥さて行こうか。あんなたやすく語られる愛など、破壊するに限るのだ」
 マロン伯爵は約束の木から羽根を広げて飛び立った。
 
 悲鳴が上がる。
 約束の木の方向へと歩き出していた一兵衛は、その声の方向を振り返る。
「今、いまこの手の中にあったのに!!」
 それは青年だった。一本の外灯の下で、恋人からチョコを受け取った瞬間に、その手からチョコがすり抜けてどこかに消えたのだ。
 恋人の少女は突然ぽろぽろと泣きだした。
「私見たわ! あなたの手からチョコが放り投げられるの! 私のこと嫌いだったのねっ」
「放り投げるだなんてとんでもないよ! そんなこと絶対にありえない!? それよりそのチョコはどっちにいったんだ?探すから、ねっ」
「知らない、もうっっ。あのチョコ徹夜で作ったのにぃぃぃっ」
 泣きながら駆けて行く恋人。追いかける男。
「うーん、これもまたロマン♪」
 にんまりと空で微笑む黒い翼の少年。
「チョコをなくしたくらいで、壊れる愛など薄っぺらいな。‥‥ん、意外に美味しい」
 空の上で、今ゲットしたばかりのチョコを口にする。
「ほう。あれは何じゃ?」
 珍しい。羽根のある人もいるのか。
 そんなわけはないのだが、人生72年も生きていると、そんなことがあっても不思議ではないような気もする。
 翼を広げると普通の人間には見えなくなるマロン伯爵だが、能力を持つ者にはその姿は見えてしまうらしい。
 マロン伯爵は、続けて他のカップルに襲いかかる。否、他のカップルのチョコレートに襲いかかる。
「むぅ、感心しない行為じゃの」
 注意してやろうと、一兵衛翁は後ろ手に手を組むと歩き出した。
 ベンチで肩を組み、愛を語る二人に背後からしのびよる、その細い手首をぐっと掴む。
 
「おぬし、人のものを奪うのはどうかと思うぞ?」

「ん」
 マロン伯爵はきょとんと一兵衛を見つめ返す。そして驚いたように目を丸くした。
「わ、私が見えるのか?」
「見えるとは何だ。‥‥そんなにもうろくしとらんぞ。‥‥警察には突き出さないでいてやるから、もうこんなことはするでない」
「‥‥」
 マロンはじっと一兵衛を見つめ、それからスティックを取りだすと、手元でクルクルと回した。
 スティックから小さな竜巻が飛び出す。一兵衛はそれに押されるように後ろにさがる。
 逃れたマロンは羽根を羽ばたかせ、ふわりと宙に浮かび上がり、一兵衛を見下ろした。
「‥‥それは出来ませんね。私の目標は、チョコレートなどという安っぽいロマンなど破壊することなのですから」
「何を言うか」
 一兵衛はマロンを見上げて、片眉を上げてみせる。
「ははぁ〜、わかったぞ。おぬし、チョコレートがほしいのじゃろ?」
「‥‥ち、ち、違うっっ!!」
 マロンは顔を真っ赤にして叫び返す。
「そ、そ、それは絶対に違うぞっっっ」
「赤くなったということは、図星ということじゃろて」
 一兵衛はニヤリと笑うと、「だが、のぉ」と呟き溜息をついた。
「ワシのようなダンディな爺ならともかく、おまえさんのようなお子ちゃまではさてはてもらえるかどうか」

 ぴたり。
 一兵衛の前を歩く女性が足を止める。淡いグリーンのスーツをつけたOL風の女性だ。
 彼女は手に持った紙袋から、小さな小箱を一つ取り出し、一兵衛の元へ正面から歩いてきた。
「あ、あの‥‥よかったらこれを‥‥」
「ほう、ワシにか? いいのかい?」
 一兵衛が受け取りつつ微笑むと、彼女は頬を微かに赤く染め、小さく頷いた。
「はい。お口にあうかどうか解りませんが、どうぞ」
 そして、そのまま恥ずかしそうに去っていく。
「言ってはみるもんじゃのお‥‥ふぉっふぉっふぉっ」
 義理チョコの一つらしいことはこの際、気にしない。見ず知らずのご婦人からいただけて、光栄なことこのうえないというものだ。
「‥‥な、な、なぜだっっ!!」
 マロン伯爵は空から叫ぶ。
「今の女のどこに、ロマンがあるというのだっっ!! わ、わからない、わからないぞっっ」
「人徳というものじゃよ」
 一兵衛は包みを向き、中からチョコレートを取り出す。
 銀座のデパートで買ってきた思ったよりも高級なチョコレートだ。
 あいているベンチを見つけると、そこの右側に腰掛け、チョコを味わいつつ、マロンを招く動作をする。
「おぬしも一緒に食べようではないか。わしのなら分けてあげるからな」
「‥‥‥うぅ。それはなんか違うが‥‥」
 マロン伯爵は幼い表情を少し赤らめて、ひらりと舞い降りる。
 そして、老人の隣にちょこんと腰掛けると、チョコを分けてもらい、口にした。
「‥‥なかなかいけてるじゃろ?」
「‥‥う、うん」
 頬を赤らめ、マロンは小さく頷く。
 柔らかい金髪の髪をなで、一兵衛翁は目を細めた。
「よい子じゃ。‥‥もう悪戯はするでないぞ」
「‥‥うん」
 素直な子供に戻って、チョコを口にしていたマロンは、しかし、突然ふるふると肩を震わせた。

「ちっ、違う、これは違うっっ!!」

「どうかしたかの?」
 首をかしげる一兵衛。
 マロンは目に涙をたくさん溜めて、一兵衛を見つめた。
「‥‥わ、私は、マロン伯爵。‥‥色情霊の中でも、偉大なる‥‥存在なのだっっ‥‥。甘いものを得て、喜ぶ子供ではないっっっ!!!」
「ふむ」
 一兵衛は頷き、チョコレートの箱を見せる。
「もう一個いるか?」
「違うっっ!!!」
「いらないか‥‥」
「‥‥一枚だけっっ!!」
 マロンは箱の中から一つチョコを掴むと、そのまま翼を広げて空に舞い上がった。

「お、覚えておくぞ!! 貴様のことは!!!」

 そしてそのまま、夕暮れに染まる空へと姿を消していった。
 後にはキラキラ光る雫が舞っていたという。

「‥‥ふーむ。なんじゃったのかの、あやつは」

 一兵衛はその空を見上げ、怪訝そうにいつまでも見つめていたという。
 茜色に染まる空。
 帰宅を急ぐカラスたちの群れが、甲高い声を響かせつつ、公園の上を飛んでいく。
 今日もよい日であったかな。一兵衛翁はベンチから立ち上がると、出口に向かって歩き出す。

「夕暮れや 若者達の愛の日に よい記念日を与えたまうかな」

「ほっほっほっ。まだまだだの。修行せねばな」
 翁は高らかに笑いながら、すれ違うミニスカートの女性の足元などを見つめつつ、ゆっくりと公園を後にするのであった。

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1276 天宮・一兵衛 男性 72 楽隠居 (元大学教授) 

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■             ライター通信                ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちわ。お会いできて大変嬉しいです。ライターの鈴猫です。
 チョコレート防衛大決戦をお届けします。

 お届けするのが遅くなりまして、大変申し訳ありませんでした。
 もう素敵なお爺様で、どんな切り口で描こうか、幸せに悩んでいました。
 もうちょっと和歌の部分など、凝ってみたかったのですが、修行不足このうえなく。
 申し訳ありません。
 またOPでは公爵となっていたマロンですが、諸事情で伯爵として書かせていただきました。
 特に深い意味はないのですが、マロンの奴が文句を言いまして(汗)
 
 もしイメージと違う等、ご意見等ございましたらテラコン等で送っていただけると大変嬉しいです。
 またどこかでお会いできることを夢見て。
 ご参加本当にありがとうございました。

                                         鈴猫拝