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<PCシナリオノベル(シングル)>


味方していない者は敵対している
「Mic test,Mic test…」
夜籐丸絢霞は傍らで指先に摘んだ小型マイクの調子を見る女性を見上げる。
「ン、大丈夫ね。絢霞チャン、チョットごめんなさいね?」
豊かな金髪をかき上げて膝を折る彼女の見上げるばかりの目線の位置が下がり、絢霞は立ったままだというのにエメラルドの瞳を真っ直ぐに覗き込む羽目になった。
「私が傍から離れないケド、万が一の為にコレを襟元につけておいてネ」
目を惹く外見に比べれば質素に感じる婦人警官の制服を身に着け…てはいるものの、どう見ても規格外の胸に合うサイズがなかったのか、ボタンがはち切れそうに生地を圧迫しているのに、絢霞はあーあ、と心中を溜息にして吐き出した。
 そっと自分の胸に手を置いてみても、弾力とゆーか手応えとゆーか…そういった感触は皆無である。国籍が違うとはいえ、同性でありながらこうも差が如実過ぎると、羨ましいを通り越して悲しい。
 willies症候群が絢霞が関係した先の一件以来なりを潜めたかと思えば、今度は連続殺人事件が世間の関心事である。
 20代前後の若い世代、大なり小なりの記録を残したスポーツ選手が被害者である話題性、その身体の一部を持ち去られる猟奇性とに、怨恨か復讐か逆恨みかとマスコミがこぞって取り上げるのに警察もようやく重い腰を上げ、該当すると思しき者に警備が配される事となり…絢霞の傍らにブロンド美女が居るワケと相成ったのである。
 とはいえ、絢霞自身が記録保持者である訳ではなく、且つ彼女が真性の警官であるのでもない。
 本来、警護されるべきは先だって地方予選で決勝進出を果たし、高校生の部で優勝間違いなしと目されている女子スピードスケートの選手である。
 絢霞は、その少女の身代わりだった。
 一連の事件に『虚無の境界』が絡むと践んだ『IO2』は年齢が近く身長や体格が類似し、そして内情に通じ且つ護身の心得のある者を囮として犯人の捕縛に乗り出した…その情報を耳にした絢霞は、自ら名乗りを上げた。
 些か小柄な少女の身長に見合う人材が居なかった為か、呆気なく希望は通り…まぁ、『IO2』も年齢の一点のみ基準に達しすぎてるのは目をつぶる事にしたらしいが。
 決勝の為に上京した少女の宿泊先のホテル…運営委員会が準備した其処で、トレードマークとも言える鮮やかな緑の髪をウィッグで隠し、瞳のカラーコンタクトも外して一般的な黒にした絢霞は彼女と入れ替わり、今は懐かしくも遠い高校時代を偲ばせて楽しい合宿生活に演技も何もなく溶け込めそうな自分がちょっと怖い二日目。
「でも……」
終始の監視、行動の制限…それは己で申し出たので覚悟もあった、それはいい。
「……なんでジャージなんだろ」
はっきり言って可愛くない。
 元々に彼女が好むのはフリルやレースをふんだんに使って可愛らしく…けれど基調を黒にして決して甘さだけではない、そんなカンジの物だ。
 指定のジャージは、一応某有名スポーツブランドなのだが、動きを阻害せぬよう、身体と生地の間にたっぷりとした空間は外見に今ひとつはかばかしくない印象を与える。
 それでなくとも絢霞は小柄で細身の為、なんとはなし服に着られているような気がする。
「そうよねェ」
絢霞の呟きを耳にした婦人警官…に身をやつした『IO2』構成員である美女はしゃがんだまま、腿に頬杖をついた。
「お揃いも可愛いケド、女のコが個性を追えないのは重大問題よネ。日本の学校ってミンナそんなカンジ?子供に通わせるの考えちゃうン」
名をステラ・R・西尾という…最近結婚したばかりで性を足したばかりだという彼女に付き合いよく、絢霞は手にした紙袋を抱くようにしてしゃがみ込む。
「え?ステラさん、赤ちゃん居るの?」
「ヤーね、まだよォ。でも出来たらstateに帰ろうかしら…日本の教育制度ってホントに変だから」
「でもそしたら旦那さんは?」
「置いて帰っちゃおっカナー。彼ってばキャベツ作ってたら幸せそうなんだモノ〜」
まるで女学生のようにコンビニの前にしゃがみ込んで…護衛する者とされる者、同室に一夜を過ごしてすっかり意気投合してしまっている二人である。
「ハーイ、ゴメンなさい。移動します」
会話の途中、ステラは耳に装着した小型のイヤフォンから何やら注意を受けたのか、苦笑にペロと小さく舌を出す…モデルもかくやというプロポーションを誇りつつ、まるで子供のような言動のアンバランスさが彼女の魅力を引き立てている。
「さ、行きまショ。早くひっかかってくれないと、いつまで休暇返上したらいいのかワカラナイ〜」
膝に手を置いて、前傾に立ち上がり…かけるが限界を迎えたシャツのボタンがプチリと音を立てて飛ぶ。
「アラ?」
そのくっきりとした谷間を眼前に、絢霞はもう一度溜息をつかずに居られなかった。


 囮捜査は根気、忍耐、時の運、と力説していたのはステラだが、事態は思わぬ様相…けれどある意味絢霞の期待の通りに急転した。
「でもこれってある意味実力よね」
絢霞は身軽く行く手を遮って横倒しなゴミバケツを飛び越える。
 少女が標的である確証はなく、移動した翌日の人混みの中で動きはすまい…とは思われた予想をの軽やかなまでの無視っぷりを見るに、『虚無の境界』は妙な遠慮はしない団体らしい。
 小路の行く先には、黒服の捜査官−一見で『IO2』関係者と判る−が彼女の道を指で示して銃を構える…背後から迫るのは、犬の死霊。
 霧の冷気に固形化した姿で追いすがるそれ等に、捜査官は無駄を承知しつつ威嚇の意味で弾丸を撃ち込み、多少なり速度を緩めようとするが、元々に肉を持たぬそれ等は衝撃に一度形を失いはするが、直ぐさまに元に戻る。
「ありがとッ!」
絢霞はすれ違い様に礼を言い、示された道筋に方向転換する。
 事の起こりから五分も経ってはいまい。
 人通りの多い路先で不意に上がった悲鳴に、ステラが小路に向かって絢霞の背を押した。
「絢霞チャン、行って!」
騒ぎの方向に視線を向けたままのステラの意を問い返す事なく汲んだ絢霞は、迷いなく小路へ走り出した。
 事が起こった場合、標的は指示に従い人気のない…被害の少ない場所まで犯人を誘導する事。 それが絢霞の役割だった。
 当然、警備、警戒につくのはステラだけでなく、彼女たちの移動を中心に網の目のように配された捜査官は数知れず、彼等もまた足止めと目的地への案内以上の行動はせず、程度の距離を置いて転身して組織内での被害も押さえる。
 それぞれに己が役以上は為さず、密な連携は組織として最上級の類だろう。
「でも……あたしが、一番大変なんじゃない…ッ?」
甲高い金属音を引き連れ、絢霞は指示のまま朽ちかけたようなビルの外側、非常階段を駆け上がっていた…階毎に配された非常口の数を数えるおよそ20階程の…けれど、文明の利に頼らず己が足のみを頼りとするにはちとキツい。
 タフさは自他共に認める絢霞だが、全力疾走にも限界がある。
 非常口も15を数えた時点で上がり始めた息に、額を拭う。
 追って来ていない訳ではない。緊張から鋭さを増した五感、ビルの正面の方向から吹く風に、絢霞を追う死霊を止めようと尽力する捜査官の声高い指示が混じる。
 死霊に形を為させるあの霧は、以前に目にしたものと同種。
 黒いばかりの姿の背に大きな皮翼、影から湧き上がるあちら側の者達、絢霞が肌身離さぬ注射器に封じられた紅色の薬剤と同じ色で、生と死の狭間に何かを探す瞳。
 『IO2』からの情報に感じた直感は予感に力を与え、確信となる…ピュン・フーに、出会える自信は紛う事なく、絢霞が前に進むに迷いはない
 絢霞は中身が出てしまわないように小脇に挟んで手放さずにいた紙袋を胸に抱え直し、唇を引き結ぶと、更に速度を増してビルの屋上を目指した。


 果たして、その青年の姿は、絢霞が屋上にたどり着いた時には既にあった。
 強風に煽られて生き物のように黒革のコートの裾が踊り、背に大きく張りだした皮翼を広げたまま、人でない、その事を強調するかのように禍な姿を隠す事なく陽光に晒す…ピュン・フー。
 円いサングラスに隠されたままだが、絢霞に向けられた眼差しの真紅さを肌で感じる。
「あんた、今幸せ?」
人好きのする笑みはそのまま。
 答えを欲する問い、その間。
 絢霞はそれを逃しはせず、黒髪のウィッグをかなぐる。
 耳より上の位置で二つに結い、鮮やかに染め上げられた緑の髪が風に拡がる。
「絢霞ァ!?」
愕然と顎を下げる予想通りの反応に絢霞はにっこりと笑みだけ答えると、転じて眦も険しくピュン・フーを睨みつけた。
「あっち向いてて!」
「てか、なんで絢霞…」
「いーから!あっち向いてて!もーいいって言うまでこっち見ちゃダメ!」
絢霞の剣幕に圧されて、「ハイ」と背を向けるピュン・フー。
 素直に従いつつも「なんっか違う気がする…」との呟きには誰もが同感だろう。
 待つ事しばし。
「もーいーよ♪」
の言葉に、くるりと振り向いたピュン・フーはもう一度顎を下げた。
 向かい合ってビルの屋上の端と端、申し合わせたように歩を進めて、まともにまみえるのは中央辺り。
「なんでそんなカッコなワケ?」
見下ろす視線のピュン・フーのに額に向け、絢霞はビシリと指を突きつけた。
「勝負服だからよ!」
絢霞は先までのジャージ姿から一変し、ベルベットの光沢も滑らかな黒のワンピース、細く絞られたウェストライン、襟や袖口、裾などのポイントにあしらわれたレースと、オーバーニーソックスが同色の白で無彩色ながら華やかな感を与える…惜しむらく、足下だけは手が回らなかったのかジョギングシューズなのだが。
「………なんでエプロンまで?」
「勝負だから」
胸を張る絢霞。
「ピュン・フーに会えると思って、『IO2』の囮捜査に協力したの。狙いはバッチリだったでしょ?」
ピュン・フーはサングラスを外してひょいと身を折り、真っ直ぐ交わる位置に目線を落とした。
「なんだよ、やっぱり俺に殺されてェの?」
器用にそのまま、肩を竦めて笑う。
 絢霞は彼の五指が鈍い朱色に染まっているのに気付く…ピュン・フーは 殺意すらなく造作なく、彼女の命を絶てるだろう。
「あたし…死ぬ気はないよ」
浮かぶ笑みは、心中の決意を受けてか自然と不敵なものになった。
「んでも、絢霞。あっち側について勝負したいってんなら、俺に殺されたいってこったろ?」
あっち側、とは『IO2』を指す。
 絢霞は答える。
「あたしはどっち側の味方でもないの、お生憎様タダ死ぬなんてのは御免よ」
絢霞は紅い瞳を覗き込む。
「ところで、今日何日か知ってる?」
「えーと…平日」
あまりにあっさりした様子に、もしや2月の一大イベントを心得ないのではあるまいかとちょっと不安になる。
「…今回囮になったのはコレ、バレンタインだしチョコ渡そうと思っただけだし」
抱えていた紙袋の底から、丁寧にラッピングされた円い箱を取り出した。
「へぇ、今年は全然期待してなかったんだけどな。サンキュ」
今年は…という事は去年までは誰かしらに貰っていたという事か。出来れば職場の義理であって欲しい気分で、絢霞はその場で包装を解くピュン・フーを見る。
 軽い礼一つで済まされてしまったが、一応…本命、だったりしたのだけれど。
「やっぱり、バレンタインチョコって欲しいもの?」
「そーだなー、やっぱ嬉しくねぇ?心底キライなヤツにゃやんねーだろ、いくら義理でも」
やっぱり義理だと思ってる…わざわざ囮になってまで逢いたかったこちらの気持ちまでは全く考えが及んでない風に、絢霞は怒りよりも心寂しさを覚えた。
「ね、ピュン・フーって何が欲しいの?」
「ん?」
オレンジ・リキュールの入ったチョコを口に放り込み、ピュン・フーが不明瞭な鼻音で問い返す。
 昨夜、ステラとの会話でジーン・キャリアについてそれとなく聞いてみた…人の細胞に吸血鬼や獣人の、伝説とされる生き物の遺伝子を組み込んで強化された存在。だがそれを受け容れる細胞にも相性と呼ぶしかないものがあり、望んだ全てがそうなれはしないと。
 組織に関しての情報は多分に当たり障りのない類だけを教えてくれたのだろう。それを証拠に、抑制剤についての言及はなかった。
 故に疑問が残る。
 果たしてピュン・フーが自ら望んだのか、相性、とやらを重視して彼自身の意はなくジーン・キャリアとされたのか…人でありたいのか、そうでないのか。
 敵対する組織に転じた意が其処にありはしないかとも思ったが、問うにも踏み込みすぎる気がする。
「ね、キミ自身があたしの命を本気で『欲しい』のならそう言って。そしたらあたしの総て、ピュン・フーに委ねるわ」
故に、絢霞は己の決意を伝える…それしか出来ない。
「『虚無』も『IO2』も関係ない、そういう意味でなら、あたしはいつでもピュン・フー、『キミ』の味方ってことね」
全身、全霊を込めて。
 ピュン・フーの表情から、全くに笑みの気配が拭われる…見た事のない表情、真紅さを深める瞳。
「すっげぇ……なんか告白みてぇ」
『みたい』じゃなくて、『そう』なんだけど。
 鈍いのか、鋭いのか…判然としないピュン・フーに絢霞は気負っていた分だけ脱力する。
「とりあえずは、絢霞の足持ってったトコで間に合わせかっつわれるのがオチだろーし、思わぬチョコは貰えたし…」
一口サイズのボンボンを摘みながら、一応、今『欲しい』モノを考えてみてるらしい。
「絢霞の命も、別にいらねーし」
拒絶とも取れる言葉に絢霞の背筋が冷え、真意を問おうと声を発するより先、柔らかな感触が唇に触れて甘い。
「絢霞の瞳ってホントは黒いんだな」
囁きに、笑んだ瞳が離れる。
 と、頭上の陽を遮るヘリの影を見上げ、ピュン・フーは目を眇めた。
「移送用か…シルバールークと遣り合うのはゴメンだな」
屋内に続くドア、施錠された金属製の扉、取っ手横が高熱に変色して赤い一線を示し、バラバラと非常階段からも足音が続く。
「ったく、わんころ相手に何手間取ってんだか…俺が居なくなってから質落ちてんじゃねー?」
騒ぎを引き起こした張本人だけ、何処までも呑気な感想を述べる。
「なんかこれで終わりってのも物足りねーけど…今日はこん位にして、また遊ぼうな♪」
 ピュン・フーはそうヒラヒラと手を振り、屋上から身を躍らせた。
 皮翼は滑空に空気を切り、地上に足をつける一瞬にふわりと風を孕んで難なく着地する。
 銃声と爆音などがその後に続く中で、ようやく追いついたステラが、一人屋上に立ちつくす絢霞に抱き付いた。
「あァ絢霞チャン、途中でマイクが音拾わなくなったから心配したのヨ、怪我はない?ダイジョーブ?」
パタパタと絢霞の安否を確かめるステラ。
「……絢霞チャン?顔が赤いわヨ?」
それは口の中で溶け出したボンボンの、オレンジリキュールのせいだけではない。