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チョコレート防衛大決戦
●オープニング
バレンタインデーは恋する乙女の決戦日。
都内某所の「約束の木のある丘」公園では、当日多数のカップル達が、告白したり、愛を確かめあうために混雑することが予想されていた。
「ここに予告状が来たの!」
雫は、ティーンズ誌を開き、公園の記事のあるページを開いて見せながら、ゴーストネットに集まった顔見知り達に話するのだった。
「予告状って誰から?」
「‥‥よくわからないわ。予告状には怪盗マロン公爵ってあるけど、初めて聞くし。‥‥ただ」
「ただ?」
雫は声をひそめて、皆を見上げながら答えた。
「日本色情霊連合とどうも関係があるみたい」
「なんだって!?」
色情霊同士が手を組んだ、破廉恥なお騒がせ軍団「日本色情霊連合」。
クリスマスにさんざん痛い目にあわされてからは、すっかりなりを潜めていたはずなのだが。
「ってことは、このマロン公爵っていうのも破廉恥な奴なのね」
「そうだと思う」
雫はぷぅと頬を膨らませた。
「みんなどうかお願い。この破廉恥なマロン公爵を絶対捕まえてこらしめて上げて!? 女の子が心を込めて作り上げた大切なチョコレートを奪うなんて、絶対に許さないんだから」
●瀬水月・隼さんの場合♪
昨日の晩からやっていたジャンク屋の仕事に一区切りつき。
冷蔵庫から冷えた牛乳を取り出して、ビニールをむしっている時に、部屋の携帯がうるさく鳴り響く。
「なんだなんだ、今度は」
ほとんど寝てない頭を叩きながら、携帯を開く。メールだ。
『約束の木のある公園って知ってる? 桜夜』
「なんだ、そりゃ」
呟いた後で、そういえば聴いたことあるな、と思い出す。そうだ、昨日の夕食の時にちょうど桜夜と話したのだ。
ゴーストネットの書き込み。
マロン伯爵というふざけた名前で書かれた、予告状ともいえるような書き込みだ。
バレンタインデーの日に、ハート型の恋心を奪いますとかいう‥‥場所はそう確かに「約束の木のある公園」だった。
『昨日の場所だな。もしかして付き合えとか?』
苦笑しつつ返事を打つ。
返事は割りとすぐに帰ってきた。
『お願い☆ 私、こういうの許せ無くて』
「そうですかそうですか」
疲れてるのになぁ、全く。と口でぼやきつつも、頭の中で、公園まで一番早く行ける方法を考える。
直線距離だと早いが、電車だとかえって時間がかかる。疲れているのもあるし、タクシーが一番か。
『全く・・・・で、本当に俺に付き合えと』
『もちろん☆ 待ってるからね(はぁと)』
『(はぁと)って何だ。付き合えって言うなら行くけどさ、おまえチョコとか作ってくるわけ?』
『もう用意済みだよーん』
携帯で会話をしつつ、軽くシャワーを浴び、服を着替える。
この返事の早さ、既に現地についているか、移動中に違いない。
チョコねぇ。
隼は苦笑する。
『そういや、昨日の晩、なんかキッチンでやってたな。そいつへの囮にもってくんなら、唐辛子かなんか入れておけばいいんじゃないか?』
チョコ狙うという怪人に、わざわざチョコもってくなんてお人よしもいいとこだ。
チョコもらえない男なんて、世の中にわんさかいるんだ。そいつに作ってやるくらいなら、道端で無料のチョコを配ったほうが‥‥。
ん、それは何か違うな。
ちょっと苛立ってたか? 俺。
メールの返事がきた。
『もち、そうしてるわよ。乙女のハート狙うなんて許せないもん』
『おみそれしました』
よくやるな。全く。
着替えて、表の通りでタクシーを拾う。公園までは国道の渋滞含めて15分もあれば着くという。
●約束の木のある丘公園
夕暮れの太陽。淡いオレンジ色の光に包まれ、あちこちのベンチでは寄り添うカップル達が密やかに愛を語っている。
男共の手にはリボンで結ばれたチョコの包み。
それを見つめ、彼はじくじくと思っていた。
菓子屋の策略に従うのもせいぜいにしたまえ。雪山の遭難にチョコは有効かもしれないが、愛の象徴にするには、壊れやすいし、熱で形も崩れやすい。
「困ったものだ。それはそれで愛の真実かもしれないが、それを愛と呼ぶことには私は反対だよ」
樹齢千年を超えるという老桜。約束の木の上に腰掛けたマロン伯爵。外見年齢、おおよそ10歳。金髪碧眼の美しい少年。シルクハットに黒いタキシードをつけ、黒いステッキをくるくると振り回しながら、辛そうに彼は嘆息する。
「愛といえば甘いもの。そこにしかロマンはない」
彼はステッキを掴むと、瞼を閉じる。
ステッキから黒い光が放たれ、少年の背中に黒い翼を生やした。
「‥‥さて行こうか。あんなたやすく語られる愛など、破壊するに限るのだ」
マロン伯爵は約束の木から羽根を広げて飛び立った。
桜夜が公園に足を踏み入れた時、既に公園は大騒ぎになっていた。
「いやーーー!! チョコがないーーっっ」
「どうしてぇっ。この紙袋の中に入れてきたのよ、ちゃんと!!」
「落としてなんかいないぞっ。俺、今ポケットの中に入れてたし!!」
公園に集まるカップル達がそれぞれ大切に持っていたチョコが次から次に盗まれていたのである。
桜夜は自分の持ってきていたチョコを確認した後で、空を見上げた。
そこにはとてもよく目立つ黒い翼の‥‥少年がいた。両手にはたくさんの紙包みを抱えている。
「‥‥あれがもしかして、マロン伯爵とか言う‥‥」
多分間違いない。
桜夜は駆け出した。
手に符を持ち、それを唇で軽く口付ける。鳥に姿を変えた符が、マロン伯爵の頬を掠めた。
「あなたがちかんオバケの仲間ね! 降りてらっしゃい」
「‥‥伯爵を捕まえて、ちかんオバケだなんて下衆な言い方をするなっ」
金髪碧眼の少年は、ステッキで空から桜夜を差し、怒鳴りつけた。
「チョコをみんなに返しなさいっ。そんなことして何になるの」
「こんなもので愛を語るのは笑止、そういいたいのですよ」
マロンは不敵に笑ってみせる。そして何かに気付き、目を細めた。
「あなたもまた、チョコをお持ちですね」
「‥‥!」
チョコを入れた紙袋を背後に隠す桜夜。マロンは羽根をゆっくりとたたみながら、地面に降り立ち、ステッキを構えた。
「そのチョコ、頂きましょう」
「‥‥渡すわけないでしょ!!」
符を構える桜夜。
再び宙に飛び上がるマロン。桜夜は雷撃の符を打つ。右に左にそれを避け、接近してくるマロン。
顔は少年だが、表情はまるで殺人鬼のように冷たい。
手に持つ符を刃物に変え、桜夜は右に左になげうつ。
けれどそれすらも機敏に交わし、マロンは桜夜の持つ紙袋に手を触れる。その時。
どがっっっ!!
鈍い音が響く。
駆けつけてきた隼が、スニーカーでマロンの頭に見事に蹴りを入れていた。
「隼ーっっっ!!」
「桜夜、こんな目立つところで戦わんでも。もっとまわりに迷惑かけないところにいこう」
「え、‥‥あ、そ、そうね」
マロンの姿は普通の人間には見えない。幽霊だからだ。
そういうわけで、衆人環視の元、桜夜はひとりで符を振り回していたようにしか周りには見えない。
相方が「まああの人、気の毒に」なんて周りに思われるのは、にこやかに見ていられるような状況でもないし。
「唐辛子入りなんだろ。渡せばいいのに」
マロンの襟首をつかみながら、隼がぶつぶつ言いつつ歩く。とられかけた紙袋を大事に抱えて、桜夜は「いやよ」と呟く。
「これは他に渡す人がいるの」
「‥‥気の毒なこった」
隼は溜息をつく。腕の先では、少年悪魔が全力で暴れまくっている。
「放せ!! 伯爵に失礼だと思わないのかっっ。放せ放せっ」
ステッキを振り回し、マロンは何か叫んだ。巨大な羽根でグングンと空中をかき、逃れようとする力が倍増する。
「おまえなぁっ」
「式神召還!! 咲耶姫!」
桜夜の最高式神「咲耶姫」。白い着物を着た美しい女神のような式に、マロンは両羽根を押さえられ、ばたばたと暴れ回る。
「もう逃れられないわよ」
「こんなことをしてただですむと‥‥」
「二度としないというなら放してあげる」
「‥‥」
マロンはむすぅと頬を膨らませ、桜夜と隼を交互に見つめた。
「盗んだチョコも返してね。みんなに渡しておいてあげるから」
「‥‥」
「咲耶、その黒い羽根折っちゃっていいわよ?」
「!!! わかった!! わかりましたっっ」
叫ぶように怒鳴るマロン。その可愛らしい青い瞳の目元には、いつしか涙が光っている。
「もうしません‥‥。だから放してください。‥‥お願い」
「どうする? 隼」
桜夜に見つめられて、隼は肩をすくめて笑ってみせる。
マロンはタキシードの上着の裾から、次から次にチョコを取り出しては、地面に落とした。その数30個は優にある。
「‥‥よくもまあこんなに」
桜夜は苦笑しながらそれを拾うと、「それじゃ」と式神を再び符に戻した。それと同時にマロンは羽根を大きく広げて、宙に浮かび上がる。
そして空の上から二人に向けて、「あっかんべー」をすると、どこかに飛んでいってしまった。
●約束の鐘
「もう、どうしようもない悪ガキだったわね」
溜息をつきつつ、桜夜は笑う。
いつしか空は暗くなり、都会の夜の下。二人はチョコレートを公園の係りのヒトに預けて、いつの間にか足をこの公園の名所のひとつ「約束の鐘」へと向けていた。
既にそこは多くのカップル達が集まり、行列をなしている。
「‥‥並ぶ気か? まさか」
「いや?」
「ってさ、もうカップル装う必要はないと思わないか? あいつはおまえがほとんど一人でやっつけたし‥‥」
「ダメ?」
見つめる桜夜。
「ダメって、あのな」
「ダメ?」
「‥‥‥」
なんでこう、俺は押しが弱いんだと嘆きつつも一緒に並んであげるのは優しさだけだろうか。
紙袋をぎゅっと抱きしめ、自分達の順番を待つ桜夜の横顔を見つめていると、なんとなく胸がしめつけられるような変な気分。
「その紙袋さ」
隼は沈黙に耐えられないように、そっと桜夜に話しかけた。
「あの幽霊に食わせるんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんだけど‥‥」
桜夜はぷいと横を向く。
「気がかわったから、隼に上げる」
横を向いたまま、押し付けられるように紙袋を渡される。
紙袋の中には、大きな箱が一つ。
「なんだこりゃ」
「‥‥なによぉ」
恨めしそうな声にビクリとしながら、箱の包装紙を開く。中からは30センチ四方くらいの巨大なハート型チョコレートが現われた。
「‥‥‥すっげーな」
「食べてよね」
横を向いたまま呟く桜夜。
「‥‥あ、ああ」
頭をぽりぽりとかき、隼は頷いた。ひどく顔が熱い気がする。真っ赤になった顔を、桜夜に見せたくなくて、隼はチョコの箱を抱えたまま、反対側に身を向ける。
まだ恋人にはもう一歩足りない二人。
お互いに違う方向を向きながら、心はお互いのことを思っている。
約束の鐘の下で、果たして何を誓うのでありましょう。
「うーん、これこそロマンですね」
高い空の上、マロン伯爵が羽根の痛みに絆創膏を張りつつ、二人を見下ろし、呟いていたことは内緒である。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0072 瀬水月・隼 男性 15歳 高校生(陰でデジタルジャンク屋)
0444 朧月・桜夜 女性 16歳 陰陽師
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ。はじめましてですね。
ライターの鈴猫と申します。
「チョコレート防衛大決戦」をお届けします。
バレンタインデー企画だったのに、こんな時期のお届けで申し訳ありません。
お二人の相関図を拝見したところ、「恋人未満」とありましたので、こんな感じかなと想像の翼を膨らませつつ書かせていただきました。
巨大チョコの味はいかがだったのでしょうか。
あれだけ暴れたので、ハート型が壊れてなかったかも心配ですが、きっと分厚い丈夫なチョコだから大丈夫だろうと思っています(笑)
おふたかたのイメージに沿うものであればよいのですがと、ちょっぴり心配です。
もしご意見等ございましたら、テラコン等で送っていただければ幸いです。
それではまた違う依頼でお会いできることを願いつつ。
ご参加本当にありがとうございました。
鈴猫拝
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