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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


その地に願えし後奏曲

「こんばんは、碇編集長」
「――あら、まだこんにちは、の時間ですよ、猊下」
「やぁですね、猊下だなんて呼ばないで下さいよ。普通にユリウスさんって、呼んで下さい」
「あなたのお遊びに付き合っている暇は無いの。言ったでしょ?最近うちの雑誌、売れ行きが良くなって――」
「そう、それで、なんですよ」
 突如編集室に姿を現した僧衣姿の男――ユリウス・アレッサンドロは、碇編集長に、気品溢れる微笑みで微笑んで見せた。
 その辺から勝手に引っ張り出してきた椅子に、ゆったりと、腰掛ける。
「――何、」
「いえですから、」
 見上げられて、碇は手元の原稿をシュレッダーにかけることも忘れて、訝ってしまう。
 その青い瞳の奥には。
 ――明らかに、何かの企みが。
「是非、取材と言いますか、調査に来てほしいんです――うちの教会で今、ポルターガイストが問題になっている、って言いましたら、碇編集長でも……ね、ほら、驚きますでしょう?」
 ユリウスはポケットから何やら一枚の紙を引っ張り出し、碇に手渡した。
「――少女の、幽霊?教会に住み込んで……霊を、呼んでいるの……へぇ――」
「無理やり帰天させるのは、私の趣味じゃあありません。やっぱり、お話し合いが大事ですからね。ということで、誰か送ってくれません――あいえいえ、是非取材に来て下さいよ」
「……そうね」
 紙を一読するなり、碇は思わず腕を組む――



† プレリュード †

「女の子の幽霊さんとお話をすればいいのね」
 突然開いた編集室の扉から、甘やかな通りの良い声が聞こえて来る。
 碇は顔を上げ、ユリウスはふ、と、そちらの方を、振り返った。
 ――そこに、立っていたのは。
「あら、瑠璃花ちゃん、こんにちは」
 年の頃なら10、11くらいだろうか。
 天使のような――そんな形容が、1番似つかわしいであろう、少女。
 青く透き通った瞳に似つかわしい、淡く輝く金色(ブロンド)の、やわらかな長い髪を毛先で大きく縦ロールさせ、その姿は、どこか時代錯誤な、けれども美しい令嬢の姿を思わせている。
 ドレスを彷彿とさせるワンピースには、ふんだんにレースがあしらわれ、腕の中に抱えるクマのぬいぐるみ同様、美しい調和を見せていた。
 彼女はユリウスに向かって、優雅なほど丁寧に頭を下げると、
「先ほどのお話、もう少し良くお聞かせいただけませんこと?わたくし、できることならお手伝い致しますわ」
 見上げられて微笑まれ、ユリウスは思わず、一瞬どうして良いのか、わからなくなってしまっていた。



† 第1楽章 †

 ――こちらです、と案内された部屋からは、教会には似つかわしいはずも無い破砕音や衝突音が、遠慮無く響き渡っていた。
 ここまで瑠璃花を案内した枢機卿――ユリウスの話によれば、そこはユリウスの部屋なのだという。
 お気をつけて下さいね、との彼の言葉を背景に、瑠璃花はゆっくりと――そのドアを、開いた。
 瞬間音をたてて頭上を通り過ぎたものは、一体何だったのだろうか。
 考えることも馬鹿らしいほど、部屋の中では物達が、文字通り暴れていた。
「……一応、寄ってくる霊の除霊はしておいたんです。もう悪霊になってしまえば、強制的に帰天させる(上げる)しかありませんからね。ですから、ここにいらっしゃるのは、今はコレの嵐で見えませんけど――っと」
「どうやら、そのようですわね……まずは、ご本人を探さなくてはなりませんわ――」
 さながら意思を持っているかのように、瑠璃花達の方へと向かい来る物達を、しかし2人は慌てず動じず、余裕でするりと避けてゆく。
 瑠璃花は早速、神経を研ぎ澄まして辺りを見回した。
 ――瑠璃花がユリウスから聞いた話によれば、どうやら今回の事件の原因となっているのは、この近くで少し前にあった、交通事故であるらしかった。
 それは、親子3人が、相手側のトラックの不注意で、ほぼ即死状態で死んでしまったという、かなり痛ましい、そんな、事故。
 先ほど教会に来るまでに、瑠璃花もその現場を見てきたが、今でもそこには、いくつかの花束が添えられ、大都会とは少しかけ離れた雰囲気を醸し出していた。
 瑠璃花はゆっくりと、息を吸い込み――そうして、ゆっくりとそれを、吐き出す。
 瞳を閉ざし、クマのぬいぐるみをぎゅっと胸に、抱きかかえると――雑音の中に、何かの硝子が割れる、音を聞いたような気がした。
 その、刹那の事だった。
「……こんにちは」
 黙りこんでいた瑠璃花が、ふ、と、声を上げる。
 優しさを思わせる暖かな声音は、けれども誰に向けられているものでも、なかった。
「はじめまして。わたくし、御影瑠璃花(みかげるりか)と申します。あなたのお名前も、宜しければお聞かせ願えませんこと?」
 視界に素早く飛んでくる黒い塊をそこはかとなく優雅に避けながら、それでも瑠璃花は、話を止めようとはしなかった。
 物の壁の向こうに、うっすらと感じられる、小さな、小さな――どこか、寂し気な、気配に。
「今日は何をして遊びますの?」
 精一杯に、微笑みかけて見せる。
 そんな瑠璃花の雰囲気は、偽りも無く、暖かく、優しいものだった。
 ――それでも一向に、返事が返ってくる様子も、まして物達がその動きを止める様子も、見えては来なかったが、
「他の幽霊の方を呼んでしまっては、その幽霊さんもお困りになりません?それに――あまり楽しく、遊んではくれませんでしょう?今日はわたくしが、あなたと一緒に遊ばせていただきたいと思いますわ。それか……お気がすむまで、ほどほどにユリウス様を困らせて遊んでいらっしゃればよろしいですわ」
「いえ、ほどほどにって……」
「あら、せめてものフォローじゃあありませんこと?わたくし、そこまで鬼ではありませんわ」
「……まぁ……良いんですけれども」
 そのまま言葉を失ってしまった枢機卿はさておき、と、瑠璃花は再び、少女の方へと向かって、再び微笑みかけた。
 先ほどとは何の変わりも無い、物の飛び交う不思議な空間。
 だが。
 ――ふ、と。
 飛び交っていた物達が、不意にかたんっ、と重力に引かれ、その運動を落ち着ける。
 遮るものの無くなった視界の中で、部屋を透かせた少女がじっと、俯いていた。
「――あの、」
(……るみ)
「――る、」
(るみ、って言うの。おなまえ)
 視界の隅に、からんからんと軽い音をたてたまま、いまだに床の上を転がっている丸い、貯金箱。流石の瑠璃花も、さて、これからどうすれば良いのかしら――と言葉を濁していた時、不意に、聞えてきたのは。
「るみ、ちゃん?」
(うん……)
 名前を――呼んだ。そっと、少女が紡いだ、その通りの名前を。
 瑠璃花は1つ小さく息を付くと、少女の方へと、ゆっくりと歩みを進めてゆく。
 不意に静まり返った空間に、時計の音だけが、妙に響き渡っていた。
「るみちゃん、それじゃあ、あなたはどうしてこんな所にいらっしゃるんですの?あまり居て楽しい場所じゃあありませんでしょう、ここ」
「――さりげなく酷いこと仰りませんでした、今?」
「事実ですわ。こんな場所、キリスト教の信者や歴史建造物オタクの方ならともあれ、普通の人が居て楽しい場所じゃあ、ありませんもの。しかも、独身の男の部屋」
「――独身なのは仕方ないんですよ……」
 ようやく隣まで歩み寄ってきた枢機卿と他愛の無い会話を交わしながら、瑠璃花は一方で、少女からの返答を待っていた。
 ――ゆっくりと。
 ゆっくりと時間が、流れて行く。
 ユリウスも瑠璃花の隣に立ち止まると、それきり何も言わず、ただ、少女の事を優しい視線で見つめていた。
 打ち解けるのには、時間が必要ですわ――
 相手が幽霊ともなれば、それはなおさらの事だった。心を開いてくれなければ、何も始まらない。
 そうして静かに返事を待つ瑠璃花に、ようやく少女が話しかけてきたのは、それから暫くしての事だった。
(あのね――)



† 第2楽章 †

「るみちゃんは、将来何になりたいんですの?」
 他愛の無い会話が続く内に、瑠璃花はふと、こんなことを聞いていた。
 ――あれから。
 瑠璃花は少女から、何とか、途切れ途切れではあるが、事情を聞く事に成功していた。
 どうやら、彼女が幽霊を呼び寄せていたのは、無意識の内らしい。
 遊び相手欲しさに、知らず知らずの内に誰構わず呼び寄せていたその霊力が、結果、ポルターガイストという現象を生み出してしまっていたのだ。
 少女が落ち着いたためか、今は物も飛んで来なくなった部屋の中で、今度は彼女は、開ききった心で、瑠璃花の問いに元気良く答えていた。
(るみ、およめさんいなりたいんだ。ままみたいな、きれいなおよめさんになるの!ままはいつもぱぱとらぶらぶで、るみともらぶらぶなんだよ!)
「――そう、ですの……」
 ――瑠璃花は実は、こうして少女と会話する時に見え隠れする少女の想い≠、できることなれば叶えてあげたいと、そう考えていた。
 帰天にしろ、成仏にしろ、どちらにしろ天(うえ)に上がる時には、未練など無い方が良いに決まっている。
 無理やり上げるが趣味じゃない、と言っていたユリウス同様、瑠璃花もできることなれば、彼女には自分の意思で上がってもらいたいと思っていた――その為に、一番手っ取り早い方法と言えば、彼女の願いを、叶えてあげることなのではないだろうか。
 だが、瑠璃花もようやく元気になり始めた女の子を目の前にして、どうすれば良いのか、わからずにいた。
 もっと簡単な願い事であれば――例えば、あそこにある何々を取ってきて欲しいだとか、一緒に遊んで欲しいだとか、そのような願い事なれば、いくらでも叶えることができる。
 だがしかし、お嫁さんになりたい、だなんぞ――
 ……お、嫁さん?
 ふ、と。
 瑠璃花の頭に、ある案が1つ、思い浮かんだ。
 おままごと。
 子どもの遊びとしては定番なそれが、そう言えば今のシチュエーションにはぴったりなのではないだろうか。
 まぁ確かに、ここにいる男の方って――ユリウス様だけ、ですけれども……。
「るみちゃん、それじゃあ、今から結婚なさります?」
(うん、する!)
「……あの、御影さん?」
「ほら、この子も、るみちゃんと一緒に家族になりたい、って言ってますわ。るみちゃん、今からユリウス様結婚なされば良いんですのよ――いえ、相手が相手かもしれませんけれども」
 腕に抱えたクマのぬいぐるみを、るみの方へと挨拶させる瑠璃花に、
「いやだからあの今さり気に酷い事を――」
(――……だっておじさん、なんかかちんこちんだし……)
「いやおじさんって……私、27なんですけど……って、どうでも良いことですよね」
「ユリウス様、あまり子ども受けはしないようですけれども、これでも一応、お優しいんですのよ。きっとるみちゃんも、一緒に生活しているうちに好きになると思いますわ。――独身ですし」
 一瞬、夫役に、榊でも呼びつけようかと思ったのだが――心なしか、あまり気が進まない。
 そんなことを心の隅で考えながら、瑠璃花はしかし、精一杯の微笑で、少女に笑いかけてみせた。
 後ろでは、何やらユリウスが物言いた気にしているが、あえてそれを無視すると。
 早速、ふわり、とフリルのスカートを床にやわらかく広めて座ると、今度は逆に視線を見上げ、こう言った。
「そろそろ、お腹が空きましたわね――お食事の方は、まだですの?お母様」



† 第3楽章†

「ふ、夫婦生活って……こーいうものだったんですね……」
 ――そうしてしばらく、おままごとは続き。
 食事を作り、そうして食べ終えた家族。今は、母親が食器を洗っているその後ろで、父と子の団らん中、ということになっているらしかった。
「ほらお父様!何をぼやぼやしてらっしゃるんですの?今の時代、男は家事労働の1つや2つ、できなくてはなりませんのよ!食器洗いも洗濯も!お母様に全部任せているようでは勤まりませんのよ」
「そんなに疲れるんですか……夫婦生活って……」
「当たり前ですわ。榊は何でもできますのよ。掃除洗濯お部屋の片付け、子守に接客、料理から屋根の修理まで」
「ば、万能なんですね――」
 膝の上でクマのぬいぐるみをぴこぴこさせる少女に向かって、ユリウスは思わず、深い、深いため息を付いていた。
 聖職者、という職業上、夫婦生活、というものをあまり良く知らないユリウスにとっては、それはそれは、まるで未知の世界との邂逅よろしく、どうして良いのか、全くわからず終いだったらしい。
 瑠璃花にはお父様、お父様と呼ばれ、るみからはどこで覚えてきたのか、あなた、と呼ばれる始末。
 ――これでユリウスが疲れないはずも無い。
 今は背を向け、食器を洗っている新妻≠フ小さな背に――ああ、次はどうすれば良いのでしょうか、主よ、とユリウスは思わず、ロザリオを弄っていた。
 ――と――
 だが。
「……お母様?」
 ふと、ようやく振り返ったるみの姿に、瑠璃花が小さく首を傾げる。
 洗い終わった食器を持つ格好をする少女の姿は、けれどもどこか、楽しさを失ってしまったかのようだった。
 先ほどまでは、あれほどまでにおままごとを楽しんでいた、愛らしい、少女。
 ――まぁ、ユリウスをコキ使おうとしていた辺りをみると、どうやら少女の家族は恐妻家だったらしいのだが――
 それでも。
「……るみちゃん、」
 言葉を失った少女が、両の手を、わきにゆっくりと、下ろす。
 そのまま俯く彼女の姿を、2人は黙ったままで、見つめることしかできなかった。
 ――まさか、
 何か気に障るようなことでもありましたの――?
「る、」
 だが。
 瑠璃花がもう1度、少女の名前を呼ぼうとした、その瞬間。
 ユリウスがはっと、小さく息を呑む。
「……そうだ……」
「何ですの、ユリウス様――何か、」
「今、何時でした?5時――そう、五時と確か、もうすぐ30分ですよね……」
「……それではわたくし、何もわかりませんわ。もう少し簡単に――」
 そのままどこか、遠くへと視線を向けているるみを視界の隅に、瑠璃花は訝ってしまっていた。
 何がなんだか、これじゃあわかりませんわ。
 思わず、抱えたクマのぬいぐるみと、ねぇ、と頷きあった――その、刹那のことだった。
 ぼんっ……と、低い音をたてて、廊下の古時計が時間を告げる音色が、ドア越しに聞えてくる。
 くぐもった音色に、そういえば、と瑠璃花が思い直して見た世界は、確かに夕暮れに、赤く色を染めかえていた。
 ――だが、そんな瑠璃花の視界の隅で。
 何かが、動いた。
(……まま、ぱぱだぁっ!)
「――え、あ、ちょ――」
 反射的に、瑠璃花は駆け出した少女の方へと向かって手を伸ばしていた。
 しかし、無論霊体になど触れられるはずも無く――それ以前に、彼女の手が少女へ届くはずも、無く。
 声音だけを残し、どこかへと消えていってしまった少女の姿に、
「……さぁ、行きましょうか、御影さん。多分彼女は、聖堂にいらっしゃるんだと思います」
 状況を説明してくれたのは、唯一ユリウスの、この言葉だけであった。



† 第4楽章 †

 ままっ、ぱぱっ、という、元気な少女の声が。
 空間に、ではなく、意識に直接、響き渡る。
 夕焼の光がけれども切ない、薄暗い小さな、古い聖堂の中――少女は、精一杯の背伸びと共に、誰かに向かって、微笑みかけている。
「――あの子のご両親が亡くなったのは――つまり、事故がありましたのは、丁度5時30分頃だと、聞いています」
 心からの笑顔で、楽しそうに笑う少女を見つめる瑠璃花に、ユリウスは、彼女にですらやっと聞えるかどうか、という程小さな声で、ぽつり、ぽつりと事情を話し始めた。
「ご両親は、即死だったそうです。ところがその子どもだけは、病院に運ばれて、そこで死んだと聞きます。勿論お葬式なんかは、親戚の方などが3人一緒にして行ったそうなんですけれども――」
「つまり――」
「ええ、死んだ時刻に、多少なりとも時差がありましたからね……上手く、一緒に逝けなかったのでしょう。それで、この場所に居たんでしょうね」
「でも、なんでこんな場所にいらっしゃったんですの?」
「ちょっと、そこまではわかりませんけれども」
 ――瑠璃花達には、遠く離れた所にいる少女が、随分と嬉しそうに微笑んでいる光景しか、見て取ることが、できなかった。
 だがしかし、少女には――別のものが、見えているはずだった。
 多分それは、
(うん、るみね、およめさんになったの!)
 ふわり、と、やわらかな笑顔。
 差し出した手を、握られるその暖かさ。
 頭を撫でられて、伝わり来る心。
(うん、そこにいるおねーちゃんと、おかたいあなた≠ェあそんでくれたんだよ)
 ――親と子の絆。
 全てが、目に見えるようで。
 腕に抱えるクマのぬいぐるみを、無意識のうちにぎゅっと、抱きしめながら。
 瑠璃花はそっと、彼等≠フ方へと向かって、歩き出した。
「……るみちゃん」
(ねぇ、みてみて!ままとぱぱ、きてくれたんだよ!)
「ええ」
 赤く透ける風景には、けれども何も、見えはしなかったが。
 瑠璃花は、微笑む。
 少女の心からの満面の笑みに、まるで、答えるかのようにして。
(うん、わかってるよ、まま。おねーちゃん、ありがとう!)
 ぺこり、と一礼する少女と、その後ろに居るはずのその両親に向かって、瑠璃花も丁寧に頭を下げた。
 さらり、と肩から流れ落ちる金髪が、赤の光に、きららに輝き。
「――もう、行かれますのよね?」
(え、もういくの、ぱぱ……いそがなきゃあだめ?うん……ねぇ、おねーちゃん)
 振り返り、振り返り俯く少女の手を、瑠璃花は何も言わずに、そっと、取る。
 少しだけ解き放たれた彼女の魔力≠ノ、一瞬、少女の両親が、頭を下げているのが見えたような気がした。
 器用に瑠璃花の肩に乗せられたクマのぬいぐるみも、ほんのりと、微笑んでいるかのようで。
「一緒に、踊りませんこと?るみちゃん。輪舞曲(ロンド)――とっても簡単ですのよ」
(うん、るみもおどるのだいすきだよ!おねーちゃんも、すき?)
「はい……とっても、大好きですわ」
 やがてくるりくるりと踊り始める2人の姿が、幻想的なほどに、美しかった。
 瑠璃花のドレスが、ふわり、ふわりとリズムを刻む。
 ――瑠璃花はこの時、確かに少女の体温を感じていた。
 無邪気な笑い声に、鼓動を、感じる。
 共にこの場所に居るのだと、当たり前な――けれども、ある得るはずの無い、不思議な邂逅に。
 周囲の風にその髪を遊ばせて、瑠璃花も又、くすくすと小さく、笑い声を洩らしていた。
 ……しかしやがて、時は訪れ。
(るみ、おねーちゃんのことだいすき!ありがとう!おねーちゃん!)
 小さな、小さな少女の姿が、蒼闇の中へと、溶け始める。
 ふ、と軽くなった感覚に、瑠璃花は最後のステップを踏むと。
「――さようなら、るみちゃん。お元気で」
 最後にもう1度、少女に向かって微笑みかけ、小さく右の手を振って見せた。
 そうして大きく手を振ると、すぐに背を向け駆け出す、少女。
 ――両横に、微笑みの気配を、携えて。

 そのまま彼女は、あっというまに、闇の中へと――溶け消えて行った。
 後ろにただ、瑠璃花の歌う、やわらかな鎮魂聖歌の旋律を聞きながら――。



† ポストリュード †

「――と、言うわけなのですわ、麗華様。レポート……お気に召せばよろしいんですけれども……」
「三下君のレポートなんかに比べたらずっとマシね。――と言うか、比べるのも悪いし、完璧だわ。今月は目ぼしい記事も無くて困ってたし、かなり大きく載せる事になると思うけれど」
「本当ですのっ?とっても嬉しいですわ!麗華様!」
 ――ユリウスが編集部に訪れた、その翌日。
 今度は成り行きで、ユリウスの所へと行っていた少女が、1人レポートを持って、碇の元を訪れていた。
 思わずぴょこぴょこ跳ねるその姿は、愛くるしいことこの上ない。
 お気に入りのクマのぬいぐるみを、今日も腕に抱きかかえ、本当に嬉しそうに、碇の事を見つめていた。
「ああ、うちの編集部員達が、皆あなたのようだったら、きっと作業もはかどるでしょうに……今月も締め切りギリギリなのよ。何度言っても、仕事は遅いし……特に三下君とか?」
 今は事情により、編集部に居ないはずの部下の事を愚痴りながら、碇はしかし、くすりと小さく微笑んでいた。
 瑠璃花から受け取ったレポートを、大切そうに、脇へと抱えながら、
「さぁ、今日も仕事、仕事だわ。――瑠璃花ちゃん、今日は暇かしら?良かったらちょっと、手伝ってほしいんだけれど……」
「ええ、今日は時間もありますから、是非ともお手伝いさせて頂きますわ。榊を呼びつければ、きっともっと仕事は早く終わりますわ」
「そうね、それじゃあ、お願いしようかしら――」
 仕事の期限が迫っている所為か、あちらこちらで機械音と話し声が煩いほどの、編集室。
 紙の香りが立ち込める、そんな空間で、瑠璃花は踵を返した碇を追った。
 だが――
「――……」
 感じる、気配。
 瑠璃花はふ、と、編集室のドアの方を、振り返った。
 ――気のせい、だったのだろうか。
 そこには、在るはずの無い――……
「……瑠璃花ちゃん?」
「いいえ、なんでもありませんわ、麗華様。さぁ、お仕事お仕事!わたくしにも手伝えること、ありますのかしら……」
 そうして再び、瑠璃花は碇の後を追う。

 ――その後ろで、ドアを透かせた少女は、大きく、大きく、手を振っていた。
 おねーちゃん≠ノもう1度、ありがとう、と告げているかのごとくに――。


Fine



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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御影 瑠璃花 <Rurika Mikage>
(整理番号:1316、性別:女、年齢:11歳、クラス:お嬢様・モデル)



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■         ライター通信          ■
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 まず初めに、お疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。この度お話の方を書かせていただきました、里奈と申す者でございます。
 この度は依頼へのご参加、本当にありがとうございました。まずはこの場を借りまして、深くお礼を申し上げます。又、期限ぎりぎりの提出となってしまった事を、同時にお詫び申し上げます。大変お待たせしてしまいまして、申し訳ございませんでした。
 実はこの仕事が、東京怪談での初仕事となりました。初のお仕事で、個人的にも大好きなお嬢様、でもある御影さんを描くことができて、本当に嬉しく思います。しかも執事さん付きですねv本当にあたし、お嬢様と執事というシチュエーションが大好きなんです。しかもフリルが良く似合う、愛くるしい美少女……あたしの方がドキドキでございます(マテ)
 プレイングの方も、とても楽しく読ませて頂きました。さりげなくユリウスをいぢめる御影さん、るみちゃんに優しく接する彼女の姿も、双方共に本当に素敵でございました。
 実はこっそり御影さんとその執事さんとの関係が気になったりはしますけれども……ともあれ、今回は本当にありがとうございました。お話しの方、とても楽しく書かせていただきました。
 では、乱文にて失礼致します。又いつか、どこかで会えますことを願いつつ――

 ※備考
 ・後奏曲:礼拝後などに演奏される、オルガンなどの楽曲。
 ・輪舞曲(ロンド):回旋曲と同じ意味の言葉ですが、今回は輪舞曲の方を使わせていただきました。

 ※ちなみに書ききれなかったオチなのですが、実は少女の両親が結婚したのが、あの教会だったという裏設定(?)もありました。猊下の赴任がかなり最近であった為、彼はその事を知らなかったようです。