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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 彷徨えるピアニスト

●調査の基本
 草間興信所にもたらされた依頼は、一人のピアニストが夜な夜な廃ビルに行って一人ピアノを弾いている事を調査するというものだった。
 それだけならば、それほど大仰な依頼でも無く草間一人でも行える。
 だが、廃ビルで夜に一人で誰もいないところでピアノを弾いているというこの状況は、どうにもおかしな状況でもある。
「廃ビルでピアノ…ね」
 久我・直親も何か違和感を感じたらしく、依頼人が残していった名刺を掴み上げてしげしげとそこに書かれている住所について目を通してみた。
「…新宿、か。それほど離れてもいないし、事前に情報を聞きに行っても別に支障はなさそうだな」
 時間はまだ昼を少し過ぎたばかり。
 問題のピアニストの動向を掴むのは夜となるだろうから、まだ時間は十分にあると思われる。
「しかし、気になりますね。精神病ということも考えられますが、そうでないとすると何か人ならざるものが関わっているのか…」
「人ならざるもの、か…。嫌だ嫌だ。どうしてこうウチにはおかしな依頼ばかり舞い込んで来るんだ。そんなもの、俺は望んじゃいないってのに…」
 宮小路・皇騎の言葉にあった人ならざるものと言う言葉に、探偵所の主である草間は顔を顰めた。
 ハードボイルドな探偵業を目指しているというのに、来る依頼と言えば心霊に関わる妙な依頼ばかり。この探偵所は呪われてでもいるのだろうか。
 だが、この探偵所が色々な理由で経済的に逼迫している事は事実。少しでも多く依頼を受けなければタダでさえ苦しい経済状況が更に悪化することになってしまう。
 事務員のバイト、正確に言えば実質的にこの草間探偵所の全てを取り仕切っているに等しいシュライン・エマは、そんな草間の我儘に付き合っている余裕など無かった。
「何言っているの。武彦さん、ウチが干上がっていることぐらい知ってるでしょ。この不景気、依頼があっただけでも有り難いんだからつべこべ言わずに取り掛かりましょ」
「…つべこべ言わずにって、おい…」
「え…っと、私はその廃ビルの方を調べてみるわ。場所に何か問題があるのなら、そこから調べていくのが確実でしょうから」
「僕も廃ビルの方が気になりますから。そっちを調べてみることにしましょう。インターネットなら情報もすぐに出てきますしね」
 宮小路も廃ビルが気にかかっているようで、そちらの調査に行うことにした。
 場所が問題なのか、本人に問題があるのか。
 神薙・春日はどちらかと言えば後者に関わりがあるのではと見ているようだ。
「霊に憑かれてとかってヤツかい?面倒な事だけど、しょうがないか…。それにしても相変わらず草間ちんトコには普通の依頼来ないね〜」
「…余計なお世話だ」
「おや、ご挨拶だね。折角無報酬で手伝ってやろうと思っているのに。まぁ丁度暇だし付き合ってやるよ。貧乏な草間ちんにたかるわけにいかないし」
 くすくすと笑いながら、神薙がまずは名刺に書かれていたバーに行こうとするのを影守・深澄が呼び止めた。
「…春日様、本気で草間様の仕事を手伝うおつもりで?」
「そうだけど?」
 執事兼秘書の問いに神薙は平然と答える。酔狂な事であるが、主がやると言い出した以上それに付き合うしかないだろう。
「そうですか…。まぁ、止めはしませんが。それでは遅くならないうちに出向くとしましょう」
 こうして探偵所に集った面々は、各々自分の方法で依頼に対処することになった。
 だが、今のところ廃ビルに関する調査に赴く人間が多く、肝心の諒について調査を行おうとしている者が若干少ないようだ。
「…誰かその諒とかって奴の家に行ってみるつもりの奴はいないか? まぁ、廃ビルに一人で行く奴が何をしているのか調べてくるだけだから、そんなに細かく調べてくる必要もないだろうけどな」
「はいは〜い! そういうことなら任せといてっ♪ 咲ちゃんにおまかせよっ!」
 そう言って名乗りを上げたのは久喜坂・咲であった。しかし、たった一人で行動するのは危険すぎはしないかという草間の問いに対しては、
「ご安心下さい。こちらには調査、霊感系共にエキスパートがついておりますから」
 にっこりと笑って久喜坂にしっかりと腕を組まれた雨宮・薫は、嫌な予感がしていたと些かげんなりした。
「やはりそういう訳か…。仕方ない。ここにいたのが不安だと諦めよう。だが、話にあった電話に出ないというのは確かに気になるな。それに…麻薬をやっているかと思ったというのは…顔色が悪いとか、生気がないとかそういった感じか?」
「それに関してはどうだか分からんから、それに関しては直接本人に会うか、周りから聞き出すしかないだろうな」
 バーのママの話にあった諒に纏わる話はどれも気がかりな事が多い。とにかく彼が尋常ではない状態であることは確かなようだから、そこからまずは調べてみる必要があるだろう。
 それに久喜坂も放っておけないと、雨宮は再度深々と溜息をつくのだった。

●バーのママと廃ビルの謎
まずはその問題の諒に関して調べる事にした一行は、名刺に書かれていた住所のバーに言ってみることにした。
そこは歌舞伎町の一角にある小さな店だった。
まだ昼間なので準備中と書かれた札がかかっている扉を露樹・八重がノックする。
「すいませ〜ん。例のピアニストさんの件でお話を聞きにきたんですー。開けてくださいですー」
「…ドアなら開いてるよ。入りな」
 中からくぐもった声が聞こえてきた。開けてみればそこは外見のやや古ぼけた構えには似合わぬ瀟洒な作りのバーが広がっていた。
 まだ準備中なのは確かなようで、店のイスは全部テーブルの上に上げられている。
 その中で一人店のオーナーでもあるママはカウンターの近くに腰掛けて、昨日の売上を計算していた。
「何だい、何を聞きたいんだい?諒の事?」
「いいえー、その廃ビルに何かいわくや因縁があるのかもしれないと思いましてー、聞きに来たんですー」
「それなら生憎だけど、あたしは知らないねぇ。諒の後を追いかけて初めて見たんだもの。そのビル」
 彼女の話によると、そのビルはこの所の不景気のあおりを食らって数年前に持主の人間が破産して潰れたらしい。
 それ以来、どこも借りては寄り付かないらしいが、それ以上詳しいことは知らないらしい。
 では、と雨宮は話題を変えて諒について聞いてみる事にした。
「そのピアニスト。最近の様子を詳しく教えて貰えないか?どんな事でもいい。話していた事とか…。心あたりは?」
「前から線の細い子だったけど、店に来なくなるちょっと前から更にげっそりとやせ細っていたね。以前はちょっとやつれ気味なところが魅力的に見えたんだけど、あれじゃ不健康どころか死ぬ一歩手前と言った感じだね。病院に入院した方が良さそうにすら見えたもの」
 となると、店に来なくなる前から以上は起きていた事になる。
 それが何ゆえなのかは分からないが、その原因について何か手がかりが無いか、今度は久喜坂が問うてみる。
「神秘的な人っていうけど普段から、何か違った感じがあったのかしら?時折誰もいない所に視線が向いてたりとか話したりとか女性に人気があるだけじゃなくて、その他にも人気がある、とか?」
「その他のって誰のことさ?まぁ、女にはもてていたのは間違いないよ。あの子目当てでこの店に訪れていた客は結構多かったしね。でも、諒ったらホモかと思うほど女の子に興味が無くてね。最も男も同じで他人に興味が無かったような感じだったね」
 その他に特に怪しいと思われる行動は無かったということから、霊に憑かれやすいなどという体質でも無さそうだ。
 となると、他にどのような可能性が考えられるだろうか。それから彼らはしばらく話し合ったが、これと言って確証も得られなかったので久我は最後に彼と親しい者がいなかったかどうかについて訪ねてみたが、これもほとんどいないという返事がかえってきた。
「さぁねぇ。さっきも言ったけど、あまり人付き合いのいい子じゃなかったからね。特に話したりしてた人はいないよ」
「…そうか、邪魔したな。となるとやはり本人に直接会って何をしているか確かめるしかないか…」
 これ以上は諒本人の口か、それとも直接現場を見てみないとどうともいえないようだ。
 影守はママから諒の住んでいる住所を聞き出して、そこに向かう事にした。
「どうも有難うございました。それでは私たちはこれで…」
「ああ、そうそう、多分自宅に行ってもあの子いないと思うよ。仮にいるとしたってドアを開けてなんかくれないだろうしね」

「で、ここがその諒って奴がいるアパートってわけか」
 影守が運転する車から降り立った神薙は、バーのママより教えられた住所にあるアパートに向かってみた。
 そこには確かに「月影 諒」と書かれた表札がかけてあり、問題のピアニストがここに済んでいる事をうかがわせた。
 だが、幾らチャイムを鳴らしても一向に応答が無く、元からそれほど気長に考えられないタイプなので神薙は苛立ってきた。
「あ〜、どうして出てこないんだよ!いるならさっさと出てきやがれ!さもないとドアぶち壊すぞ!!」
 ガンガンと扉を叩いて、脅しまがいの事まで言ってのけたがそれでも反応は無かった。
 よく見てみれば、ポストの中には数日の分に新聞やチラシが詰まっており、どうやら数日間この部屋には戻っていないようだった。
「ちっ、留守かよ。しょうがねぇな…」
 結局、彼は留守のようだったので、止むを得なく神薙は他の者たちと合流する事にした。
 一方、廃ビルの方を調べていたシュラインは、ここがかつて大火事のあった現場であることを突き止めていた。
「かつてバーのあったところで大火事があって、それによってビルは焼失。それ以来ここに近付く者はいない、か…」
「防火設備が整っていなかったらしくて、ビルの経営者なんかは皆捕まったようですね。それ以来、買手もつかず放置されているみたいですね」
 宮小路もインターネットを用いて、その火事について調べてみたが、事故の詳細な記録などはそれほど残されていなかった。
 何しろ数年前の事である。ただ、出火元であったバーでは、当時の従業員や客はほとんどがその火によって焼死したそうである。
 ただ一人、バーのピアノを弾くピアニストだけは遅れてきていたため火事に巻き込まれずに済んだという。
 今回の依頼内容に関わっているのもバーのピアニスト。火事で一人助かったのもバーのピアニスト。この奇妙な符合が指し示す事とは一体何なのだろうか。
 ともかく、事前に調べられそうな事は全て調べきったので、後は問題のピアニストが来ると言う夜の時刻まで皆は待つこととなった。

●廃ビルで起きている出来事
「しかし…、廃屋のビルからピアノの音と数人の声、ですか。特に害のあるようには思えませんが…」
 最初に依頼を受けた時、クリスティナ・ブライアンはあまり事件を重くはみていなかった。
 確かに諒という男が仕事を休みがちだと言う事はいい事だと思ってはいなかったし、ママの言う事が事実だとすれば、廃ビルから聞こえてくる声というのは人ならざるものの仕業なのかもしれない。
 ピアノと声だけでは確かに他の人間にとってそれほど害になるとは思えないが、それでもその諒と言う人間が不幸になるというのであれば、それは止めるべきだろう。
「まぁ、どんな理由にせよ、こんなところに入り浸りになるのは決して良い事ではありませんからね」
 そう言って見上げるクリスティナの視線の先には、がらんとしたビルが建っていた。
 一際華やかな夜の歌舞伎町の繁華街。その中でこの廃ビルは周りとかなり浮いている印象を受ける場所だ。
 通行人の視界にもこのビルの存在は入っているだろうが、誰もそれを見ようとはしない。色とりどりのネオンが輝く中で、そこだけは黒と灰色のみが支配する空虚な世界だったからだ。
 かつて大火事があり、多数の死傷者が出てからここに店を出そうと言う者は一人もいないという。確かにそんな過去のあった場所には誰も店など出したくないだろう。
 それだからこのビルは更に寂れていく一方である。
 そんなビルに真夜中に一人入り、ピアノを弾くと言う諒にヨハネ・ミケーレは心配していた。
「現在その方が置かれている状況は良く分からないけど、放って置けない事だけは事実のようだね。このまま放置していれば、大変なことになるかもしれない」
 もし、その諒という男に何か悩みのようなものが存在しているのであれば、相談に乗りたいと思っていたが、果たしてその男が相談を求めているかどうかは定かでは無かった。
 そうこうしている内に、ビルの近くに一人の男がやってきた。線の細いというよりは病的なほどに痩せているその男は、夢遊病者のようにふらふらとそのビルの近くに来ると、そのまま闇が支配するビルの中へと足を進め、中に入っていった。
「…どうやら、あいつがそうらしいな。後をつけてしばらくは様子を見るとするか。いきなり助けに来たなんて言っても理解されるかどうか分からねぇしな」
 相模・牡丹の言うとおり、まだ面識の無い彼らがいきなり接触を持とうとしたら混乱をきたす可能性がある。
 ここは慎重に対処すべきと考えて、彼らは男の後を静かにつけることにした。

 ビルの中は火事の時の影響か、黒く焼け焦げた箇所が随所に見られ、その時の惨事をまざまざと見せ付けている。
 焦げている箇所はほぼビル全体のフロアに広がり、火がビル全体を焼いた事は確かだった。相当酷い火事だったのだろう
「…酷い火事だったのですね。多くの人が死んだのでしょう」
 ビルにいた人々の慟哭が聞こえてきそうで、白里・焔寿は痛々しそうに目を伏せた。
 ここには多くの人々の思念が残っている。火事に関しても最初の火の勢いはそれほど酷くはなかったものの、避難通路が荷物で塞がれていたり消火設備も点検されていなかったため作動し無かったりと様々な箇所で不備が見受けられたという。
 もしかしたら未然に防げたかもしれない火で殺されては、死んだ者たちもしに切れないだろう。
「私は、あの人がもう既に故人なのではないかと思っていましたけど…」
「その可能性は低いな。昼間にも出歩いているし、他の人間にも複数見られている。それにバーでは客の前にまで姿を現してピアノを弾いているとなると、まず生きていると見て間違いないだろう」
 白里の意見を否定しながら、雨宮は手にした呪符に印を切り宙に放った。
 すると、符は瞬く間に一匹の蝶と化して一行より先行して諒の後をつけて行った。
 陰陽師とよばれる術師が用いる秘術式神である。符を媒介にして神を式、すなわち使役するというこの術は陰陽師たちの十八番である。
 同じく陰陽師である久我も、同じように式神を作り予めビルの中と諒の自宅を見晴らせておいたが、そのどちらにも今のところ目立った変化は見受けられなかった。
「しかし、気になるな。もし霊にとり憑かれているにしても、どうしてこのビルに入ってピアノを弾く? 何が理由なんだ。殺したいのなら既に十分チャンスはあったはずだ」
「なんだかこの事件、絵本のお話みたいなんでーす。耳なし法一とか赤い靴みたな。呼ばれてるだけなら何でもないでーすが、諒しゃん連れて行かれなきゃいいでーすね」
 露樹の何気ない感想の一言に、ビクリと他の者たちは反応した。
 そうだ。確かに似ている。
 これは、耳なし法一のごとくピアノを聞きたい霊たちが彼を引き寄せているのではないだろうか。そうなると、段々とやせ細って精気を失っているという諒の状態も説明がつく。
 だが、確証がある訳では無いので、これで全てを判断する訳にはいかない。せめて直接会う事ができれば事情を調べる事ができたのにと神薙は悔しそうだ。
「さっさと会えてりゃ、こんな苦労も無かったっていうのによ。まったく世話をかけさせてくれる奴だぜ」
「…しっ。何か聞こえてきますよ。これはピアノの音…?」
 皆より先に行動していた影守が、上から聞こえてくる音に耳を済ませた。
 他の者たちも黙って耳を済ませてみると、確かにピアノの音が聞こえてくる。この事にシュラインは不可解なものを感じて眉を顰めた。
「どういうこと…? 昼間に来た時はピアノなんかどこにも無かったわよ」
 影守やシュラインたちは、昼間に一度ビルの下見に来ているのだが、その時にはどこのフロアにもピアノらしき存在などどこにも見受けられなかった。
 それなのに確かに上の方からピアノの音が聞こえてくる。ヨハネはこの音というか曲に聞き覚えがあった。
「…これはベートヴェンの月光? 随分と物悲しい旋律だけど…」
「このピアノの音に引かれているだけなら問題無いが、それ以上の事を望んでいるとしたら厄介だな…」
 辺りに低く流れる旋律と共に、上の方から談笑のようなものも聞こえてくる。どうやら複数存在しているようだ。
 真夜中の、しかも火事で焼け焦げて誰も存在しないはずのビルに木霊するピアノの音と人々の談笑する声。
 その奇怪な現象を感じながら、彼らは上の階へと昇っていった。

●真実
 ビルの最上階のフロアでは、誰もいないはずの場所で白いトレンチコートを着た男が一心不乱に何も無い場所に指で何かを引き続けていた。
 周りには誰もいなく、何をしているのかまったく分からない。
 これが恐らくは常人に見える光景だろう。だが、ここに集った者たちはいずれも人ならざる力の持主。
 男、諒の周りで繰り広げられている霊たちの饗宴の姿をまざまざと見ることができた。
 諒の前には巨大なグランドピアノが置かれており、フロアは洒落たつくりのバーになっていて、酒を飲みに着た客やバーテン、それにホステスや着物を着たママらしき存在の者もいる。
 彼らは皆、諒の弾くピアノの音に耳を傾けており、それはまったく違和感なく感じられるものだった。
「…やっぱ霊関係だったか。こいつは俺の専門じゃないな。って事で後は皆に任せた!」
 自分は専門外と、皆に押し付けて後ろに下がろうとする神薙。だが、その声を聞きつけた霊たちが一斉に彼らの方向に顔を向けた。
 彼らの顔は一様に焼けただれ、見るも無残な顔と化している。中には顔が半分以上白骨化している者たちも存在しており、彼らが火事で死んでいるという事実は明らかであった。
 先ほど着物を着ていたママらしきモノ(既に顔が原型を止めていないほどに焼け爛れている為判別はつかない)がこちらに向かって会釈した。
「あら、いらっしゃいませ。お客様、そんなところに立っていないでどうぞこちらへ…。今日は当店のピアニスト諒がピアノを弾く日。お酒でも飲みながらごゆっくりお聞きください」
「…残念ながら、私たちは客で来たと言う訳ではありません」
「あら、それでは一体どういったご用件で?」
 影守の言葉に不思議そうに首を傾げるママに対し、相模が前に出て諒を解放するように告げた。
「あんたらの欲求が何だかは知らねぇが、そこにいるピアニストを解放する事が俺たちの仕事なんでな。そいつを連れに来た」
「…連れに来た? どういう意味か分かりませんけど、諒はウチの店のピアニストで今は仕事中なんです。仕事が終わるまでは帰す訳にいきません」
「仕事中…? 一体どういうことなの。事情が分からないわ」
 ママの言葉にシュラインは怪訝そうに眉を顰めたが、霊たちの行動や言動を見て、久我はようやく合点がいったと頷いた。
「なるほど。彼らの時は既に止まっているというわけか…」
「時が止まっている…って一体どういう訳なんですか? この人たちは普通に行動していますけど」
 不思議そうに首を傾げるクリスティナに、久我はゆっくりと説明しだした。
 彼らは恐らくこのビルで起きた火災で死んだ者たちだろうが、自分たちが死んだ事を受け入れられずに只管あの時の行動を続けている状態なのだろう。
 そして、その時遅刻して難を逃れたピアニストが今あそこにいる諒であり、何かの拍子に取り憑かれたかして、今に至っているのだろう。
 確かにそれならば説明がつくと、雨宮も納得して頷いた。
「となると、連中は単なる地縛霊に過ぎないという訳だな。…さて、そうなるとどう対処すべきかな。無理矢理に除霊したところで、彼らの気が晴れる訳ではないし」
「悪霊の類でしたら浄化するんですけど…」
「地縛霊でしたら、浄化が効果あるかどうか難しいところですね。仮にここで払っても、未練が解放されなければ意味がないでしょうから…」
 相手が悪霊の類で害意をもって諒に取り憑いているのであれば、それを解放するために浄化するのだが、生憎と相手が未練を残しただけの地縛霊だとすると白里は浄化という手にでる訳にはいかなかった。
宮小路にしても浄化用の結界は用意したが、無理に払ってもこの地に残る思いが晴れない限りはまた霊たちはここに集ってきてしまい、諒を解放することはない事から、浄化に踏み切ることはできなかった。
「え〜、じゃあどうするの。手も足も出せないわけ〜?」
 久喜坂が困って声を上げたが、浄化など悪霊に対する対処法は多くの者たちがそれを持っているがこのような状況に対処するには、事情を知らなければならない。
 その時、丁度諒の弾いていた曲が終わった事をヨハネが気がついて声を上げた。
「あ、そろそろ曲が終わるよ!」
 諒が月光を弾き終わると、バーにいた客の霊たちが一斉に拍手をしてそのままスッと姿が消え去った。
 そして一人残された諒は、ぐらりと体を崩すとそのままコンクリートの床に倒れ伏す。
「あ、諒しゃんが倒れてしまったでーすよー。しっかりしてくださいでーす」
 露樹たちが急いで駆け寄ってみると、意識を失った諒はぐったりと横たわっていた。どうやらかなり疲労困憊しているようだ。頬もげっそりとこけてしまっている。
 この状態ではとても情報などを聞きだせそうにも無いので、ひとまず彼らは交代で諒の事を背負ってこの場を後にした。
 既に霊の気配は消えてしまっているので、ここで情報収集を行なうのも難しいようだ。
 ひとまず一行は諒の回復を待つこととなったのだった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 1305 / 白里・焔寿 / 17 / 女 / 天翼の神子
 
 0904 / 久喜坂・咲 / 18 / 女 / 女子高生陰陽師
 
 0112 / 雨宮・薫 / 18 / 男 / 陰陽師。普段は学生(高校生)

 0095 / 久我・直親 / 27 / 男 / 陰陽師

 0461 / 宮小路・皇騎 / 20 / 男 / 大学生(財閥御曹司・陰陽師)

 1070 / クリスティナ・ブライアン / 25 / 男 / 神父

 0867 / 神薙・春日 / 17 / 男 / 高校生/予見者

 1009 / 露樹・八重 / 910 / 女 / 時計屋主人兼マスコット

 1179 / 影守・深澄 / 28 / 男 / 執事

 0086 / シュライン・エマ / 26 / 女 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト

 1286 / ヨハネ・ミケーレ / 19 / 男 / 教皇庁公認エクソシスト(神父)

 0788 / 相模・牡丹 / 17 / 男 / 高校生修法師

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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。申し訳ございません。
 今回の作品では、残念ながら全ては明らかにされませんでした。
 次回作として回復した諒からの依頼をご用意する予定としておりますので、もしご興味を感じていただけましたらご参加いただければ幸いです。
 どうも、ただ浄化すれば良い霊の類とは違う対応が必要なようです。まだまだ隠された秘密もございますので、お楽しみにお待ちくださいませ。