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リバース・ドール =密室編=
□■オープニング■□
草間武彦は数人の助手を連れて、『鑑賞の館』お披露目パーティーに出席していた。
その館の持ち主・真井(さない)が草間興信所を訪ねてきたのはほんの数時間前。自宅にいつの間にか届けられていたという奇妙な手紙を持って、武彦に相談にやってきたのだった。
――今夜 密室で 1人 殺される――
脅迫とも犯行予告ともつかない、確かに奇妙な文面。しかも封筒には、UNOのリバースカードに人形をあしらった、これまた奇妙なカードが同封されていた。
話を聞いてみると、今夜『鑑賞の館』のお披露目パーティーがあるという。そこで武彦は急遽協力者を集めて、そのパーティーに参加することにしたのだった。
『鑑賞の館』中央・『鑑賞の間』には、四方の壁一面に様々な絵画がかけられている。それこそこの館の名前の由来で、真井はこの壁を埋めるために何年もかけて絵画を買い集めたのだという。
お披露目パーティーはその部屋で盛大に行われていた。参加者は50人前後で、皆ドレスやタキシードを着用している。
パーティーの最中、真井は1人でトイレへ向かうため部屋を出た。付き添おうとした武彦に「トイレでは密室などありえませんから」と、会場で待機するように告げて。
それから数分後、突然館全体が停電した。参加者が騒ぎ出す中、武彦はブレーカーを見に行くためドアを開けようとするが、何故か開かない。
何人かでドアを破り、手探りで廊下を歩き出した武彦は、不意に何かに躓いた。
それは、絞殺された真井の遺体だった――。
□■視点⇒シュライン・エマ■□
真井氏が草間興信所にやってきた時、ちょうどいつもの書類整理をしていた私は。パーティーに出たいというちょっと不純な動機で、武彦さんについていくことにした。
(たまにはいいもん食べたいじゃない)
本心はそれだった。
興信所のバイトだって、最近はほとんどボランティア状態。おかげで入るものも入らず、相変わらず生活は質素なままなのだから。
パーティーは皆正装ということで、一度家に帰ってドレスアップして戻ってくると。武彦さんに助手として呼び出された4人が揃って待っていた。
(確かに)
今回は警備的な役割もあるから、人数は多いにこしたことはない。
私はソファに腰かけていた4人全員と面識があったが、特に――
「あら悠也。あんたも来たのね」
斎・悠也(いつき・ゆうや)は私の弟だ。
「ええ。こういう場所は得意ですからね」
微笑んで、悠也は手に持った招待状をヒラヒラと振った。お洒落でシックなブランドスーツを、厭味なく着こなしている姿は我が弟ながら……やっぱり厭味かもしれない。
他のメンバーは、悠也の(恋人とは違った意味で)大切な人である羽柴・戒那(はしば・かいな)さんと。友人である海原・みなも(うなばら・みなも)ちゃんに鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)さんだ。
皆きっちりと正装をしてきているが、特に目を惹くのは戒那さん。
「まさか戒那さんが、ドレスアップしてくるとは思わなかったわ」
私が心底意外だという顔をつくると、戒那さんは怒ったように腕を組んで。
「俺だってできればしたくなかったさ。でも真井氏の話によると、客の中に以前カウンセリングしたことのある人がいるようでな。バレると面倒なんだ」
(そういえば)
戒那さんは大学で心理学を教えていて、知人に頼まれてカウンセリングをすることもあると言っていたっけ。
複雑な表情を浮かべる戒那さんを、隣の悠也はクスクスと笑いながら見ていた。
「――よし、揃ったようだな」
ソファで談笑していた私たちに声をかけながら、事務所の奥の部屋から武彦さんが登場する。珍しく洗い立てのキレイなスーツを着こんでいたが、見慣れないせいか……
「似合わないですね……」
ズバリ感想を漏らしたのは、みなもちゃんだった。失礼とは思いながらも皆笑いを堪えている。
「俺だって着たくて着たわけじゃないんだ。そんなに笑うな、失礼だな〜」
戒那さんと同じようなことを言い頭を掻きながら、武彦さんはソファの空間を埋めた。そしておもむろに、白い封筒をテーブルの真ん中に置く。
「これが例の?」
短く問った鳴神さんの言葉に、武彦さんは頷いた。
「中を見てもよろしいですか?」
「もちろん」
問った戒那さんが率先して、封筒を開き中の手紙とカードを取り出す。
「今夜密室で1人殺される――か」
確認するように、私は読み上げた。
「この手紙は、真井さんの自宅に直接届けられたんですか?」
真井氏はパーティーの準備のため、もう既に帰ってしまったらしい。よってこの悠也の問いは、武彦さんに向けられた。
武彦さんは軽く頷いて。
「ああ、そうだ。しかも郵便受けにじゃない。室内――彼の自室に直接、だ」
「!」
予想以上の答えだった。驚く私たちに、武彦さんはさらに続ける。
「真井氏曰く、侵入は絶対に考えられないそうだ。以前泥棒に入られてから警備を強化しているそうでね」
(つまり、可能性は)
「家族か使用人の仕業、と考えられるわね」
外から入れないのなら、内側で作られたと考えるしかない。私がそう告げると。
「子ども……」
不意に戒那さんが呟いた。
「子ども?」
悠也の問いに戒那さんは頷いて。
「今、このカードをサイコメトリーしてみました。見えたのは子ども。ピエロの人形を逆さまに持った子どもです」
発言が丁寧なのは、武彦さんに宛てた言葉だからだろう。
(ではこの手紙の犯人は、真井氏の子ども?)
誰もがそう思い、武彦さんに視線を送った。しかしその視線の先で、武彦さんは首を振る。それも横にだ。
「……残念ながら、真井氏に子ども――いや、子どもどころか家族もいない。未婚だからね。もちろん、使用人として子どもを雇っているということもないだろう。それはあとで確認してもいいが」
「…………」
私たちは言葉を失った。
(戒那さんのサイコメトリーが間違っているとは思えないわ)
けれど子どもならなおさら、厳しい警備をかいくぐって真井氏の自室にたどりつくのは、難しいように思う。
「残る可能性は、超常的な現象による移動、だな」
「だからうちに仕事がきたってのだけは、よして欲しいがね」
鳴神さんの言葉に、武彦さんが応えた。おそらく頭の片隅で、初めから考えてはいたのだろう。
「幽霊が運んできたとか、瞬間移動で飛ばしたとかですか?」
みなもちゃんが口を開いた。そっちにもなかなか詳しいようだ。
(しかしそれが真実なら)
現時点では確定は不可能。他のことを考えた方がいい。
「――目的は、何でしょうね?」
同じことを考えたのか、悠也がそんな問いを振った。
「最も考えやすいのは、事件を起こし混乱に乗じて絵画を盗むってやつだけど……」
発言しながら、私は自分でもバカバカしいと思った。それなら誰もいない時にやった方が遥かに効率がいいだろう。だいいち、この手紙がマイナスに働きかねない。
「『鑑賞の間』にある絵画は、駄作から名作までピンキリだそうだ。集めるのに時間がかかったのは、自分好みの作品を必要数発掘するのに時間がかかったからだと言っていた」
武彦さんが解説した。ならばなおさら、この線は薄い。
「ありきたりですけど、真井さんがどなたかに恨まれているという可能性は? 誰が殺されるのかはわかりませんが、死人の出た建物には皆あまり近づきたがらないと思うんです」
告げたのはみなもちゃんだ。
「真井氏はいずれあの館を一般公開すると言っていたから、あり得ないことではないが……本人はそんな憶えはないと言っていたよ」
武彦さんの答えに、また沈黙が訪れる。
――カッコー カッコー カッコー……
その沈黙を縫うように、壁掛け時計の鳥が鳴いた。皆何となく時計に目をやる。
「もう6時か。パーティーの開始は7時からだが……早目に行って会場を見ておこう」
武彦さんの言葉に、私たちは頷いて立ち上がった。
★
電気が戻った時、人々はそれを失った時以上にパニックに陥った。人1人殺されているのだから、当然といえば当然だが。
ブレーカーを上げて戻ってきた武彦さんに、私は問う。
「どうしますか?!」
周りがうるさいので、自然と大声になった。一応パーティー参加者と使用人たちは、全員『鑑賞の間』に集めてはいるが……。
「そうだな――もし超常的なものによる犯行だとすると、後々面倒なことになるからな。警察を呼ぶ前に、調べられることは調べておこう」
ちょうど武彦さんの周りに集まってきた皆が、それぞれに頷く。
「シュラインと斎と海原は、停電直前と――できれば停電中の皆の証言を取ってくれ。鳴神は外から出入りできそうな場所の鍵をチェックだ。外部犯の可能性もあるからな。羽柴はブレーカーと、部屋の外から掛けられていた南京錠のサイコメトリーを頼む。俺は中でちょっと気になることを調べてるから」
(さすが武彦さん)
一瞬で的確に仕事を振り分けて、私たちに指示を出した。私たちはもう一度頷いて、それぞれの場所へ向かった。
聞きこみをしながらも、私は自分なりに考えをめぐらしていた。
(もしかしたら)
真井氏は手洗いに行ったのではなく、誰かと会いに――もしくは待ち合わせだったのかしら?
まずそんなことを考えた。何故なら真井氏があまりにも無防備だったからだ。トイレまでついていこうとした武彦さんを断ったらしいが、トイレに向かう途中襲われる可能性だってある。いくら密室ではないからといって、油断しすぎではないだろうか。
(だいいち)
あの妙なカードのことを気にして、わざわざ興信所までやって来たのは真井氏本人なのだ。それとも真井氏自身は、犠牲者は別に出るのだと思っていたのだろうか。
(そう考えると)
真井氏が犯人を悟っていた、という説も浮上してくる。もしかしたら真井氏は、犯人を庇おうとした?
(武彦さんは『怪奇探偵』として有名)
本人は否定しようが、それは事実でしかない。だからうちの事務所が関れば、人間以外の仕業として処理できるのでは……っていうのは。
(考えすぎかなぁ……)
じゃなかったらもう一つ――と考えた私の推理は、私自身の手で打ち砕かれた。
停電直前までの皆の様子を聞いていくうちに、ある事実が浮かび上がってきたからだ。
(あの時――全員がこの鑑賞の間にいた!)
使用人ですら、だ。
もし廊下側の扉の前で真井氏を殺し終えた犯人が待機していて。ドアが破られた隙に、自分も一緒にドアを破った振りをしてこちら側に紛れこむのも難しくない。あの時すべてが暗闇に包まれていたのだから。
(その推理も)
最初の条件で成り立たなくなった。外部犯というなら話は別だけれど、招待客以外がこの中に混じっていたらすぐに気づくだろう。
(ダメだわ……)
犯人を人間だと想定すると、私にはこれ以上考えられない。じゃあやっぱり、人間ではないのだろうか……?
自分の分の聞きこみを終えて、部屋の隅にいた武彦さんの所へ戻ると、すでに皆は戻ってきていた。私が自分の聞きこみ結果を告げると、武彦さんは眉を顰める。
「皆の調査結果をまとめてみよう。それぞれもう一度報告を頼む。そっちの3人から」
と武彦さんはこちらを見た。私たち3人は顔を見合わせて、最初に戻ってきていたらしい悠也が口を開く。
「俺たち3人は、パーティー参加者と使用人の皆さんから証言を取りました。それにより、停電直前までは全員がお互いの存在を確認していたことが証明されました」
「!」
武彦さん以外の全員が息を呑んだ。
「『集団で証言を偽っている』という可能性も否定できませんが、それをやるなら全員が共犯でないと不確実とも思います」
(確かに)
いつどこで誰の視線がどちらを向いているのかなんて、誰にもわからないのだ。それに私たちが混じっている時点で、『全員が共犯』というのは不可能だから、その線は考えなくてもいいだろう。
「停電中のことは?」
「さすがに確実な証言を出せる人はいませんでしたね」
「ふむ……」
そう確認してから、武彦さんは次に鳴神さんに振る。
「建物の窓の鍵や出入り口はどうだった?」
「全部内側から鍵が掛けられていた。細工の跡も見あたらなかったな。そもそも窓はクレセント錠ではないから、細工は難しいように思うが」
「つまり、外部犯の可能性はないということですか?」
みなもちゃんが問いかけた。一瞬皆の脳裏をよぎった疑問を。武彦さんは表情を変えずに。
「そうなるね」
(この建物は完全な密室だった)
そして部屋の外も、完全な密室だった。密室になるのなら部屋の中だろうと思いこんでいた私たちは、見事に裏をかかれたのだ。
(この逆密室によって)
そしてその犯人が、この中にいるということだ。犯人が、ただの人間だったなら。
私はまだどよめいている、部屋の中央に目をやった。自然と視線が厳しくなる。するとふと、こちらへ歩いてくる使用人の姿に気づいた。手には招待状の束を持っている。
「あのっ、探偵様。少しよろしいでしょうか?」
酷く汗をかいた初老の男性に、武彦さんは目を向けると。
「何でしょう?」
「実は、入り口で回収していた招待状の数がお客様の数よりも1枚多いのです」
「え?!」
思わず声をあげた。
(真井氏を殺した後)
犯人は既に、この密室から逃げ出している?
武彦さんは考えをめぐらすようにアゴを撫でてから。
「――今日招待された方々のリストはありませんか?」
「それでしたら、私が預かっておりますが」
「ではすみませんが、今いる皆さんと照合していただけませんか?」
「承知いたしました。しばらくお待ち下さいませ」
男性はそう返事をすると、足早に戻っていった。
「――さて、どうしたものかね」
武彦さんが呟く。
「そいつが犯人、ということでいいのか?」
「そう簡単にはいかないようだがな」
鳴神さんに答えたのは、戒那さんだった。
(そういえば)
まだ戒那さんの報告を聞いていない。
「サイコメトリーはどうでした?」
私が問うと戒那さんは頷いて。
「ブレーカーに関しては、触っている人間が多すぎてはっきりとしなかったが、武彦さんの前に触ったのはおそらく真井氏本人だろうと思う。南京錠の方は完全に本人だと断定できる」
「!」
確かに一筋縄ではいかないようだ。
「絞殺なのだから自殺ではないはずだけれど……人に頼んで殺してもらったという線が浮上してきましたね」
悠也がそうまとめた。さらに。
「一つ言っておきますが、これは霊の仕業ではありませんよ。邪悪な『気』は感じられませんでしたし、真井さんの霊魂は問題なく幽界(かくりょ)へと向かったようです。超能力ともなれば、俺の範囲外ですけれど」
神道に精通している悠也だからこそ言葉だった。
「でも逆に、超能力で人が殺せるのなら、何もこんなことしなくていいんですよね。いつでも証拠もなく、簡単に殺せるはずですから」
みなもちゃんが告げた。
私たちはそれに、頷くしかない。
(情報は集まってきているのに)
どれも違う方向を指しているような、もどかしい感覚。
「ところで武彦さんは、何を調べていたんですか?」
不意に戒那さんが発した言葉に、私たちは思い出した。
(そうだわ)
ちょっと気になることがあると言って、武彦さんは何かを調べていた。
「ああ、もしやこんなことになるかもしれないと思ってな。壁の絵画を調べていたんだ」
「こんなことって?」
「つまり、この部屋から誰かが廊下へ出て、戻ってきた。もしくは外へ出たという場合だ。額の後ろに抜け道でもないかと思ってね、調べてみたんだが……」
武彦さんはそこで、私たちが理解するための間を置いた。
(さすがだわ……)
武彦さんの考えはシンプルだったが、それゆえに思いつかなかった。
あの暗闇の中で、誰かが廊下へ出て、殺して、また部屋に帰ってこれたなら。それで事件は解決するのだ。
「それで? どうでした?」
皆が期待をこめた目で武彦さんを見ていた。が、その先で、武彦さんの眉は残念そうに下がってゆく。
「ハズレだった。絵画はどれも額ごと壁にはりつけられていた。地震がきても絶対に落ちないだろう。剥がそうとしてみたが相当強力だった。部屋の外の、トイレ側の壁にある絵も見てみたが、同じようにはりつけられていたよ。アレでは盗むのも無理だろうな」
「…………」
私たちは言葉を失くした。
「唯一出入りできそうな通気孔は、あんな上だしな」
武彦さんはそう続けながら、天井辺りを指差した。確かに通気孔を塞いでいる蓋が見えたが、あまりにも高すぎる。
(無理だわ……)
私がそう思った時だった。
「――待てよ。俺が天井からおりる時、何か気配を感じた気がする」
「えっ?!」
皆の驚きは、もちろん2倍だ。
「こっちこそ『待て』だ。鳴神、お前天井にいたのか?」
それでも冷静に問いかけたのは、やはり武彦さんだった。鳴神さんはさも当然のような顔をして。
「重力制御を使ってな。天井にいた方が、絵画に対し不審な動きをする奴がわかりやすいだろ?」
あんな煌々とした空間で、よくバレなかったものだ。それとも皆料理と会話に夢中で、周りなど気にしていなかったのか。
「……で? いつからいつまで上にいた?」
武彦さんは少し頭を抱えて、そんなふうに訊いた。鳴神さんはやっぱり涼しい顔をしたまま。
「はりついたのはここへ来てからすぐだ。おりたのは、皆がドアを破ろうとしていた時。手伝った方がいいと思ったからな」
「なるほど。じゃあ停電直後と考えていいな。ドアの方に注意がいっていたから、気配をあまり気にしなかったのか」
鳴神さんは頷いて。
「虫でもいるのかと思った程度だ。小さな気配だった」
「――探偵様」
「うおっ?!」
突然後ろからかけられた声に、武彦さんは変な声をあげた。
鳴神さんの話に集中していた私たちは、先程の使用人がすぐ傍に立っていたことに気づかなかったのだ。
「招待客リストを照合してみましたが、不思議なことにお客様は全員いらっしゃるようです」
「!」
そして私たちは、その言葉にも驚く。
(そんなはずはない)
そう考えればいいのか。
(やっぱりそうなのね)
そう考えればいいのか。
それさえも、わからなくなっていた。集められる情報は私の脳を軽く凌駕してゆく。
(武彦さんはどうなのかしら……?)
そう思って武彦さんに視線を戻すと。
「武彦さん――?」
その口元が、何故かわらっていた。
私の呟きに、皆の視線が武彦さんに集まると。
「最初から何枚も上手だったのは――子どもか」
視線の真ん中で、武彦さんはそんなことを言った。
★
草間興信所へ戻ってきた私たちは、ソファに身体を預けるなり大きく伸びをした。
「疲れたぁ〜」
ずっと立ちっぱなしで考えっぱなし。ついでにずっと驚きっぱなしで、疲れない方がおかしい。
「皆、ご苦労だったな」
そんな様子の私たちに、武彦さんは苦笑を向ける。
疲れはしたものの、一応事件は解決できたので、その点では皆満足していた。何故『一応』なのかといえば、煮え切らない部分もあるからだった。
零さんが用意してくれたお茶をすすりつつ、皆同じことを考えているのか、静寂の時間が訪れる。武彦さんはずっと我慢していた煙草をおいしそうに吸っていた。
「……あたしたちは結局、ドールさんに遊ばれただけなんでしょうか?」
そんな中、最初にそれを口にしたのはみなもちゃんだった。
「さぁな。厄介な奴と知り合いになっちまったのは確かだが」
武彦さんはそう答えながら、ジャケットの内ポケットから例の封筒を取り出す。
「不思議な力を持っているのは確か。しかしそれを直接犯罪には使わず、補助に使用する、か」
(そう)
最初にこの手紙を真井氏の自室に届けたのも、回収された後の招待状を一枚増やしたのも、すべてドール――リバース・ドールの仕業だと犯人が自供した。
(ドールは、奇術師)
それくらいのことは、わけないのだと。
「武彦さん。その中のカードを、もう一度サイコメトリーしてみてもいいですか?」
その様子を見ていた戒那さんが、不意にそんなことを告げた。
「戒那さん、力を使いすぎではないですか?」
心配した悠也が口を挟む。サイコメトリー能力とは、その力を使う時に凄まじい集中力がいるのだというから、続けて力を使うのは健康上良くないのだろう。
しかし戒那さんは少し笑って。
「大丈夫だ。今日はこれで終わりにする。――ちゃんと見ておきたいんだ、ドールの顔を」
表情とは裏腹に強い言葉で、戒那さんは告げた。武彦さんは頷き、立ち上がった戒那さんにそれを手渡す。再び座った戒那さんは、皆が見守る中。初めてその封筒を手にした時のように、ゆっくりと中の2つを取り出した。
――すると。
「……えっ?!」
(どうして?!)
信じられなかった。
その2つは、手紙とカードではなかった。
(手紙は消えていた)
封筒から出てきたのは、割れたカードが2枚。
「カードが割れてる……」
縦長だったカードが、さらに縦長になっていた。戒那さんが重ねてみると、ピッタリと一致する。そのまま、戒那さんはサイコメトリーを試みているようだ。
「――ダメだ。何も見えない」
しかしやがて、そんな言葉を吐いてカードをテーブルの上に置いた。
事件の真相は、ドールのミスリードさえなければ、実にシンプルなものだった。
(――そう)
武彦さんの推理が、大体当たっていたのだ。
真井氏は1人でトイレに行くといい、自分で鑑賞の間のドアに鍵を掛け、自分でブレーカーを落とした。その隙に、部屋の中にいた1人が素早く壁をよじ登り、通気孔から廊下側に出た。どうやって登ったのかといえば、壁につけられた絵画を利用したのだ。廊下側に出た後も、トイレ側の壁には絵画がはってあるので問題ない。その後は自殺と思われないように首を絞めて真井氏を殺し、同じ方法で部屋の中へと戻った。
(つまり)
あの時この部屋の中にいた者なら、誰にでもできたのだ。誰でも良かったのだ。
そんな状況で犯人を特定するためには、やはり戒那さんのサイコメトリーに頼るしかなかった。真井氏の遺体に対しそれを行おうとしていた時、なんと犯人の方から名乗り出てきたのだった。
(犯人は)
私たちと何度か言葉を交わした、あの初老の使用人だった。
実はあちこちに癌が転移していて、先が永くないという主人の願いを叶えるために、彼――渋谷(しぶたに)は計画の協力を決意したのだという。
真井氏の願いは、自分自身が最も美しく謎に満ちた絵画となること。そのために密室というキャンバスを用意して、そこで果てた。自殺では人はすぐに忘れる。しかし密室殺人で、しかも犯人はまだ逃げ続けているともなれば、そう簡単には忘れられまい。
(そんなふうに、渋谷さんに語ったという)
犯人に指名されたドールと真井氏がどのようにして知り合ったのかは、渋谷さんも知らなかった。渋谷さんがドールについて知っていたことといえば、奇術師であるということくらいだった。
(ドール……)
ドールは何故、真井氏に協力したのだろうか。その最後の望みを、叶えようとしたのだろうか。
お金だけでは説明できない何かが、そこにあるような気がした。
(そのまま殺せるのに)
それをしなかった。けれど協力はした。
(その意味を)
私は訊いてみたい。
(どんな想いが)
そこにあったのかと。
(了)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /
翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 0164 / 斎・悠也 / 男 / 21 /
大学生・バイトでホスト】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生 】
【 0121 / 羽柴・戒那 / 女 / 35 / 大学助教授 】
【 1323 / 鳴神・時雨 / 男 / 32 /
あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは^^ 伊塚和水です。
再度のご参加ありがとうございました_(_^_)_
今回は推理モノということで何だかセリフだらけになってしまいましたが……(削れる所を削ってしまうとセリフが残るんです/笑)、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
プレイングで考察(という名の推理)を書いていただいたので、皆さんの考え方はかなり活かすことができました。5人が全員違う推理をしておりますので、他の方のも読んでいただければきっとより楽しめると思います^^
ドールに関する謎は、今後徐々に明かされていく予定ですので、よろしかったら見守ってやって下さいませ(>_<)ゞ
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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