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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


リバース・ドール =密室編=

□■オープニング■□

 草間武彦は数人の助手を連れて、『鑑賞の館』お披露目パーティーに出席していた。
 その館の持ち主・真井(さない)が草間興信所を訪ねてきたのはほんの数時間前。自宅にいつの間にか届けられていたという奇妙な手紙を持って、武彦に相談にやってきたのだった。
  ――今夜 密室で 1人 殺される――
 脅迫とも犯行予告ともつかない、確かに奇妙な文面。しかも封筒には、UNOのリバースカードに人形をあしらった、これまた奇妙なカードが同封されていた。
 話を聞いてみると、今夜『鑑賞の館』のお披露目パーティーがあるという。そこで武彦は急遽協力者を集めて、そのパーティーに参加することにしたのだった。
 『鑑賞の館』中央・『鑑賞の間』には、四方の壁一面に様々な絵画がかけられている。それこそこの館の名前の由来で、真井はこの壁を埋めるために何年もかけて絵画を買い集めたのだという。
 お披露目パーティーはその部屋で盛大に行われていた。参加者は50人前後で、皆ドレスやタキシードを着用している。
 パーティーの最中、真井は1人でトイレへ向かうため部屋を出た。付き添おうとした武彦に「トイレでは密室などありえませんから」と、会場で待機するように告げて。
 それから数分後、突然館全体が停電した。参加者が騒ぎ出す中、武彦はブレーカーを見に行くためドアを開けようとするが、何故か開かない。
 何人かでドアを破り、手探りで廊下を歩き出した武彦は、不意に何かに躓いた。
 それは、絞殺された真井の遺体だった――。


□■視点⇒斎・悠也(いつき・ゆうや)■□

 武彦さんから協力要請の電話があり、俺と戒那さんは揃って草間興信所へと向かっていた。
 パーティーということで2人とも正装をしているが、いつもは男装の戒那さんが今日は何故かドレスアップしているのが気になる。
「武彦さんに何か言われたんですか?」
 途中電話を代わったことを思い出して、タクシーの中で俺は問った。
「正確には、真井氏に、だな」
 戒那さんはそう面白くなさそうな顔をして、「まったく厄介なことだ……」と呟く。
 まだ教えるつもりはないらしい。
 俺は苦笑して。
「まぁ、俺は戒那さんのそんな姿が見れて嬉しいですよ。今からエスコートするのが楽しみです」
 最後には満面の笑みに変わっていた。
 戒那さんはいつものように、頭を抱えている。
「――これ、どうぞ」
 そんな戒那さんを見て。俺は戒那さんがドレスアップしているのを知って、部屋から取ってきておいた白いコサージュを取り出した。戒那さんに似合いそうだと結構前に買った物だが、普段は男装の戒那さんなので結局渡す機会もなく。ずっと部屋にしまってあった物だった。
「悠也……」
「この調子じゃ、会場についても何だか渡しそびれそうですからね。今のうちに渡しておきます。エスコートの予約、ということにでもしておいて下さい」
 俺はそう言って笑った。
 俺と戒那さんの間にあるモノは恋愛感情ではない。むしろそれよりももっと崇高な、互いを一番大事にしたいという想いだけで保たれている関係だ。だから俺がエスコートしようというのも当然の感情だったし、戒那さんもそれをよくわかっていたんだろう。
「……ありがとう」
 そう言って受け取った。今度は頭を抱えたりしなかった。
 そんな俺たちを乗せて、間もなくタクシーは草間興信所の前に停まった。


 中に入ると、まず零さんが出迎えてくれた。武彦さんはいつものように奥で仕事中らしい。進んでいくと俺たちが声をかける前に、気配に気づいた武彦さんが書類から顔を上げた。
 途端に目を丸くする。
「――斎……お前、驚く程違和感がないな。逆に羽柴は……いや、それはそれで違和感がないような気もするが……」
 武彦さんのその反応がおかしくて、俺は口を抑えて笑った。戒那さんはやはり不機嫌そうだ。
「他にも人は来るんですか?」
 仕事の内容は警備のようなものだと聞いている。ならば人数は多い方がいいだろう。しかし見回してみても、他に正装をしている人は見あたらなかった。ソファに腰かけている男性(おじさん)はまるっきり普段着だ。
(これが真井さんかな?)
「ああ、あと3人来る予定だ。そこにかけて少し待っててくれ」
 武彦さんは俺たちにそう告げてから、視線を移動させて。
「真井さん。こちらが今日手伝ってくれるメンバーのうちの2人です。招待状を渡しておいていただけますか?」
「あ、はい。わかりました」
 俺たちが向かいのソファに腰かけると、やはり真井さんだった真井さんが、テーブルの上にパーティー招待状を2枚差し出した。
「今日はよろしくお願いします」
 軽く頷いて、俺は2枚取った後1枚を戒那さんに手渡す。
 その後軽く自己紹介をして、他のメンバーを待っていると。やがてがっしりとした大柄の男性と、どう見ても中学生な女の子が揃ってやってきた。もちろん正装をしている。
「初めまして。海原・みなも(うなばら・みなも)といいます。今日はよろしくお願いします」
「鳴神・時雨(なるかみ・しぐれ)だ」
 真井さんの隣に腰かけた2人は、そう自己紹介してくれた。俺たちもそれに返し、真井さんは招待状を渡す。
(これで4人か……)
 あと1人は誰だろう?
 その1人が来る前に、真井さんはパーティーの準備のため一度家へ戻ると言って立ち上がった。最後の1枚の招待状は武彦さんに手渡し、何度もお辞宜をしながら興信所を出て行った。
 それから間もなく、ドアの開く音がした。零さんの対応から、頻繁にここに出入りしている人物だというのはわかったが。
「あら悠也。あんたも来たのね」
 そんな声を発したのは、なんと姉のシュライン・エマだった。
「ええ。こういう場所は得意ですからね」
 俺は微笑んで、先程から手の中でもてあそんでいた招待状を振った。
(これで全部か)
 シュラインさんは向かいの2人とも面識があるらしく、軽く頭を下げた。そしてその視線が、俺の隣で止まる。
「まさか戒那さんが、ドレスアップしてくるとは思わなかったわ」
 やはり皆、考えることは同じなのだ。
 すると戒那さんは怒ったように腕を組んで。
「俺だってできればしたくなかったさ。でも真井氏の話によると、客の中に以前カウンセリングしたことのある人がいるようでな。バレると面倒なんだ」
(なるほど)
 それで真井さんに、招待客の顔ぶれを確認した、というわけか。
(さすが戒那さん)
 抜け目がない。
 俺は相変わらず不機嫌そうな戒那さんを、クスクスと笑った。
「――よし、揃ったようだな」
 やがて事務所の奥の部屋から、珍しく洗い立てのキレイなスーツを着こんだ武彦さんが登場する。しかし見慣れないせいか……
「似合わないですね……」
 ズバリ感想を漏らしたのは、みなもちゃんだった。失礼とは思いながらも皆笑いを堪えている。
「俺だって着たくて着たわけじゃないんだ。そんなに笑うな、失礼だな〜」
 戒那さんと同じようなことを言い頭を掻きながら、武彦さんはソファの空間を埋めた。そしておもむろに、白い封筒をテーブルの真ん中に置く。
「これが例の?」
 短く問った鳴神さんの言葉に、武彦さんは頷いた。
「中を見てもよろしいですか?」
「もちろん」
 問った戒那さんが率先して、封筒を開き中の手紙とカードを取り出す。
「今夜密室で1人殺される――か」
 確認するように、シュラインさんが読み上げた。
「この手紙は、真井さんの自宅に直接届けられたんですか?」
 もう帰っている真井さんには訊けないから、俺は知っているであろう武彦さんに問いかけた。
 武彦さんは軽く頷いて。
「ああ、そうだ。しかも郵便受けにじゃない。室内――彼の自室に直接、だ」
「!」
 予想以上の答えだった。驚く俺たちに、武彦さんはさらに続ける。
「真井氏曰く、侵入は絶対に考えられないそうだ。以前泥棒に入られてから警備を強化しているそうでね」
 それなら可能性は、かなり限られる。
「家族か使用人の仕業、と考えられるわね」
 俺の考えと同調するように、シュラインさんが告げた。
(そう)
 外から入れないのなら、内側で作られたと考えるしかない。
「子ども……」
 すると不意に、隣で戒那さんが呟いた。
「子ども?」
 自然に俺が問い返すと、戒那さんは頷いて。
「今、このカードをサイコメトリーしてみました。見えたのは子ども。ピエロの人形を逆さまに持った子どもです」
 発言が丁寧なのは、武彦さんに宛てた言葉だからだろう。
(ではこの手紙の犯人は、真井さんの子ども?)
 誰もがそう思い、武彦さんに視線を送った。しかしその視線の先で、武彦さんは首を振る。それも横にだ。
「……残念ながら、真井氏に子ども――いや、子どもどころか家族もいない。未婚だからね。もちろん、使用人として子どもを雇っているということもないだろう。それはあとで確認してもいいが」
「…………」
 俺たちは言葉を失った。
(戒那さんのサイコメトリーが間違っているとは思えない)
 けれど子どもならなおさら、厳しい警備をかいくぐって真井さんの自室にたどりつくのは、難しいように思えた。
「残る可能性は、超常的な現象による移動、だな」
「だからうちに仕事がきたってのだけは、よして欲しいがね」
 鳴神さんの言葉に、武彦さんが応えた。おそらく頭の片隅で、初めから考えてはいたのだろう。
「幽霊が運んできたとか、瞬間移動で飛ばしたとかですか?」
 みなもちゃんが口を開いた。そういう方面になかなか詳しいようだ。
(でもそれが真実なら)
 現時点で確定は不可能。他のことを考えた方がいい。
「――目的は、何でしょうね?」
 俺はそんな問いを振る。
「最も考えやすいのは、事件を起こし混乱に乗じて絵画を盗むってやつだけど……」
 シュラインさんの発言がフェイドアウトしたのは、その考えに真実味が薄いからだろう。
「『鑑賞の間』にある絵画は、駄作から名作までピンキリだそうだ。集めるのに時間がかかったのは、自分好みの作品を必要数発掘するのに時間がかかったからだと言っていた」
 武彦さんが解説した。ならばなおさら、その線は薄い。
「ありきたりですけど、真井さんがどなたかに恨まれているという可能性は? 誰が殺されるのかはわかりませんが、死人の出た建物には皆あまり近づきたがらないと思うんです」
 告げたのはみなもちゃんだ。
「真井氏はいずれあの館を一般公開すると言っていたから、あり得ないことではないが……本人はそんな憶えはないと言っていたよ」
 武彦さんの答えに、また沈黙が訪れる。
  ――カッコー カッコー カッコー……
 その沈黙を縫うように、壁掛け時計の鳥が鳴いた。皆何となく時計に目をやる。
「もう6時か。パーティーの開始は7時からだが……早目に行って会場を見ておこう」
 武彦さんの言葉に、俺たちは頷いて立ち上がった。

     ★

 電気が戻った時、人々はそれを失った時以上にパニックに陥った。人1人殺されているのだから、当然といえば当然だが。
 ブレーカーを上げて戻ってきた武彦さんに、皆が駆け寄る。
「どうしますか?!」
 先にたどり着いたシュラインさんの声が聞こえた。うるさい部屋でも充分に聞こえる程大きな声だ。
 光が戻った後、俺たちは一応パーティー参加者と使用人たちを、全員『鑑賞の間』に集めたのだが……。
「そうだな――もし超常的なものによる犯行だとすると、後々面倒なことになるからな。警察を呼ぶ前に、調べられることは調べておこう」
 武彦さんの周りを囲んだ皆が頷く。
「シュラインと斎と海原は、停電直前と――できれば停電中の皆の証言を取ってくれ。鳴神は外から出入りできそうな場所の鍵をチェックだ。外部犯の可能性もあるからな。羽柴はブレーカーと、部屋の外から掛けられていた南京錠のサイコメトリーを頼む。俺は中でちょっと気になることを調べてるから」
(さすが武彦さん)
 一瞬で的確に仕事を振り分けて、俺たちに指示を出した。俺たちはもう一度頷いて、それぞれの場所へ向かった。


 聞きこみをしながらも、俺は自分なりに考えをめぐらしていた。
(幽鬼の類なら)
 それなりの「気」が残っているはず。人を殺す程のものならばなおさら、パーティーの前でも気づけたはずだ。
(つまりこれは人の仕業)
 もっとも、人間といっても様々な力を使う者がいるから、その方法を探りきるのは難しいかもしれない。
(……ちょっと待てよ?)
 俺はふと、突飛な考えを思いついた。
(最初に草間興信所を訪ねてきたあの人は)
 本当に真井さんだったのだろうか?
 本物の真井さんは、最初から殺されていたのではないか?
 そう考えると、例えばこういう推理が成り立つ。
 偽真井さんはまずトイレ辺りに真井さんの死体を隠す。自分は真井さんとして会場に入るが、一度外へ出て変装を解いてから招待状を使って入る。次にトイレでまた変装して、真井さんとして振る舞う。そしてトイレに行って変装を解いてから、鍵を掛けブレーカーを落とし、ドアの前に真井さんの死体を放置。暗闇でドアが破られるのを見計らって室内に紛れこむ……。
(変装は)
 特殊メイクなど使わなくても、元が似ていれば何とかなるものだ。これはあり得ない推理じゃない。
 そう考えて俺は、停電直前の証言を取ると共に、あれが本当に真井さんであったのかも訊いてまわった。
 すると――
(ダメか……)
 皆が口を揃えて、あれは本物の真井さんであったと言う。それに俺が取った証言を合わせると、全員が誰かしらの姿を認めていることになるのだ。この調子では、シュラインさんとみなもちゃんの方も同じだろう。
 俺は部屋の隅にいた武彦さんの所へ戻ると、自分の調査結果を報告した。次に鳴神さん、戒那さん、みなもちゃん、シュラインさんが戻ってきて、次々に報告する。その内容に、武彦さんは眉を顰めた。
「皆の調査結果をまとめてみよう。それぞれもう一度報告を頼む。そっちの3人から」
 最初に振られた俺たち3人は顔を見合わせ、全員の報告を聞いている俺が代表して口を開く。
「俺たち3人は、パーティー参加者と使用人の皆さんから証言を取りました。それにより、停電直前までは全員がお互いの存在を確認していたことが証明されました」
「!」
 武彦さん以外の全員が息を呑んだ。
 俺は自分の考察を続ける。
「『集団で証言を偽っている』という可能性も否定できませんが、それをやるなら全員が共犯でないと不確実とも思います」
 いつどこで誰の視線がどちらを向いているのかなんて、誰にもわからない。
(それに)
 俺たちが混じっている時点で、『全員が共犯』というのはあり得ないのだ。
「停電中のことは?」
「さすがに確実な証言を出せる人はいませんでしたね」
「ふむ……」
 そう確認してから、武彦さんは次に鳴神さんに振る。
「建物の窓の鍵や出入り口はどうだった?」
「全部内側から鍵が掛けられていた。細工の跡も見あたらなかったな。そもそも窓はクレセント錠ではないから、細工は難しいように思うが」
「つまり、外部犯の可能性はないということですか?」
 みなもちゃんが問いかけた。一瞬皆の脳裏をよぎった疑問を。武彦さんは表情を変えずに。
「そうなるね」
(この建物は完全な密室だった)
 そして部屋の外も、完全な密室だった。密室になるのなら部屋の中だろうと思いこんでいた俺たちは、見事に裏をかかれたのだ。
(この逆密室によって)
 そしてその犯人が、この中にいるということだ。犯人が、ただの人間だったなら。
「あのっ、探偵様。少しよろしいでしょうか?」
 いつの間にか、酷く汗をかいた初老の男性が近くに立っていた。武彦さんは目を向けると。
「何でしょう?」
「実は、入り口で回収していた招待状の数がお客様の数よりも1枚多いのです」
「え?!」
 思わず声をあげた。
(真井さんを殺した後)
 犯人は既に、この密室から逃げ出している?
 武彦さんは考えをめぐらすようにアゴを撫でてから。
「――今日招待された方々のリストはありませんか?」
「それでしたら、私が預かっておりますが」
「ではすみませんが、今いる皆さんと照合していただけませんか?」
「承知いたしました。しばらくお待ち下さいませ」
 男性はそう返事をすると、足早に戻っていった。
「――さて、どうしたものかね」
 武彦さんが呟く。
「そいつが犯人、ということでいいのか?」
「そう簡単にはいかないようだがな」
 鳴神さんに答えたのは、戒那さんだった。
(そういえば)
 まだ戒那さんの報告を聞いていない。
「サイコメトリーはどうでした?」
 シュラインさんの促しに戒那さんは頷いて。
「ブレーカーに関しては、触っている人間が多すぎてはっきりとしなかったが、武彦さんの前に触ったのはおそらく真井氏本人だろうと思う。南京錠の方は完全に本人だと断定できる」
「!」
 確かに一筋縄ではいかないようだ。
「絞殺なのだから自殺ではないはずだけれど……人に頼んで殺してもらったという線が浮上してきましたね」
 俺はそうまとめた。
(鍵もブレーカーも)
 『真井さん』がやったのではないかという俺の推理は、一応当たっていたことになる。
(そういえば……)
 推理ではなく真実を、俺は皆に教えていなかったことを思い出した。
「一つ言っておきますが、これは霊の仕業ではありませんよ。邪悪な『気』は感じられませんでしたし、真井さんの霊魂は問題なく幽界(かくりょ)へと向かったようです。超能力ともなれば、俺の範囲外ですけれど」
 続けた俺の言葉に、みなもちゃんが応える。
「でも逆に、超能力で人が殺せるのなら、何もこんなことしなくていいんですよね。いつでも証拠もなく、簡単に殺せるはずですから」
(そのとおりだ)
 俺たちは頷くしかない。
(情報は集まってきているのに)
 結論は一周して戻ってきたような、もどかしい感覚。
「ところで武彦さんは、何を調べていたんですか?」
 不意に戒那さんが発した言葉に、俺は思い出した。
(そうだ)
 ちょっと気になることがあると言って、武彦さんは部屋の中で何かを調べていた。
「ああ、もしやこんなことになるかもしれないと思ってな。壁の絵画を調べていたんだ」
「こんなことって?」
「つまり、この部屋から誰かが廊下へ出て、戻ってきた。もしくは外へ出たという場合だ。額の後ろに抜け道でもないかと思ってね、調べてみたんだが……」
 武彦さんはそこで、俺たちが理解するための間を置いた。
(さすがだ……)
 武彦さんの考えはシンプルだったが、それゆえに思いつかなかった。
 あの暗闇の中で、誰かが廊下へ出て、殺して、また部屋に帰ってこれたなら。それで事件は解決するのだ。
「それで? どうでした?」
 皆が期待をこめた目で武彦さんを見ていた。が、その先で、武彦さんの眉は残念そうに下がってゆく。
「ハズレだった。絵画はどれも額ごと壁にはりつけられていた。地震がきても絶対に落ちないだろう。剥がそうとしてみたが相当強力だった。部屋の外の、トイレ側の壁にある絵も見てみたが、同じようにはりつけられていたよ。アレでは盗むのも無理だろうな」
「…………」
 俺たちは言葉を失くした。
「唯一出入りできそうな通気孔は、あんな上だしな」
 武彦さんはそう続けながら、天井辺りを指差した。確かに通気孔を塞いでいる蓋が見えたが、あまりにも高すぎる。
(無理だ……)
 俺がそう思った時だった。
「――待てよ。俺が天井からおりる時、何か気配を感じた気がする」
「えっ?!」
 皆の驚きは、もちろん2倍だ。
「こっちこそ『待て』だ。鳴神、お前天井にいたのか?」
 それでも冷静に問いかけたのは、やはり武彦さんだった。鳴神さんはさも当然のような顔をして。
「重力制御を使ってな。天井にいた方が、絵画に対し不審な動きをする奴がわかりやすいだろ?」
 あんな煌々とした空間で、よくバレなかったものだ。それとも皆料理と会話に夢中で、周りなど気にしていなかったのか。
「……で? いつからいつまで上にいた?」
 武彦さんは少し頭を抱えて、そんなふうに訊いた。鳴神さんはやっぱり涼しい顔をしたまま。
「はりついたのはここへ来てからすぐだ。おりたのは、皆がドアを破ろうとしていた時。手伝った方がいいと思ったからな」
「なるほど。じゃあ停電直後と考えていいな。ドアの方に注意がいっていたから、気配をあまり気にしなかったのか」
 鳴神さんは頷いて。
「虫でもいるのかと思った程度だ。小さな気配だった」
「――探偵様」
「うおっ?!」
 突然後ろからかけられた声に、武彦さんは変な声をあげた。
 鳴神さんの話に集中していた俺たちは、先程の使用人がすぐ傍に立っていたことにまた気づかなかった。
「招待客リストを照合してみましたが、不思議なことにお客様は全員いらっしゃるようです」
「!」
 そして俺たちは、その言葉にも驚く。
(そんなはずはない)
 そう考えればいいのか。
(やはりそうなのか)
 そう考えればいいのか。
 それさえも、わからなくなっていた。集められる情報は俺の脳を軽く凌駕してゆく。
 俺は腕を組んで、足元を見つめた。少し頭の中を整理してみようと思ったのだ。
 しかし。
「武彦さん――?」
 そのシュラインさんの声で、自然と目が武彦さんを追った。すると武彦さんは、何故か笑みを浮かべていたのだ。
「最初から何枚も上手だったのは――子どもか」
 視線の真ん中で、武彦さんはそんなことを言った。

     ★

 草間興信所へ戻ってきた俺たちは、ソファに身体を預けるなり大きく伸びをした。
「疲れたぁ〜」
 それが誰の発言なのか確認する余裕もない。
「皆、ご苦労だったな」
 そんな様子の俺たちに、武彦さんは苦笑を向ける。
 疲れはしたものの、一応事件は解決できたので、その点では皆満足していた。何故『一応』なのかといえば、煮え切らない部分もあるからだった。
 零さんが用意してくれたお茶をすすりつつ、皆同じことを考えているのか、静寂の時間が訪れる。武彦さんはずっと我慢していた煙草をおいしそうに吸っていた。
「……あたしたちは結局、ドールさんに遊ばれただけなんでしょうか?」
 そんな中、最初にそれを口にしたのはみなもちゃんだった。
「さぁな。厄介な奴と知り合いになっちまったのは確かだが」
 武彦さんはそう答えながら、ジャケットの内ポケットから例の封筒を取り出す。
「不思議な力を持っているのは確か。しかしそれを直接犯罪には使わず、補助に使用する、か」
(そう)
 最初にこの手紙を真井さんの自室に届けたのも、回収された後の招待状を一枚増やしたのも、すべてドール――リバース・ドールの仕業だと犯人が自供した。
(ドールは、奇術師)
 それくらいのことは、わけないのだと。
「武彦さん。その中のカードを、もう一度サイコメトリーしてみてもいいですか?」
 その様子を見ていた戒那さんが、不意にそんなことを告げた。その言葉に、さすがの俺も眉を顰める。
「戒那さん、力を使いすぎではないですか?」
 サイコメトリー能力は凄まじい集中力を要する。今日既に何度もそれを使っている戒那さんは、ここにいる誰よりも疲れているはずだった。
 しかし戒那さんは少し笑って。
「大丈夫だ。今日はこれで終わりにする。――ちゃんと見ておきたいんだ、ドールの顔を」
 表情とは裏腹に強い言葉で、戒那さんは告げた。もちろん俺は何も言えない。武彦さんは頷き、立ち上がった戒那さんにそれを手渡す。再び座った戒那さんは、皆が見守る中。初めてその封筒を手にした時のように、ゆっくりと中の2つを取り出した。
 ――すると。
「……えっ?!」
(どうして?!)
 信じられなかった。
 その2つは、手紙とカードではなかった。
(手紙は消えていた)
 封筒から出てきたのは、割れたカードが2枚。
「カードが割れてる……」
 縦長だったカードが、さらに縦長になっていた。戒那さんが重ねてみると、ピッタリと一致する。そのまま、戒那さんはサイコメトリーを試みているようだ。
「――ダメだ。何も見えない」
 しかしやがて、そんな言葉を吐いてカードをテーブルの上に置いた。


 事件の真相は、ドールのミスリードさえなければ、実にシンプルなものだった。
(――そう)
 武彦さんの推理が、大体当たっていたのだ。
 真井さんは1人でトイレに行くといい、自分で鑑賞の間のドアに鍵をかけ、自分でブレーカーを落とした。その隙に、部屋の中にいた1人が素早く壁をよじ登り、通気孔から廊下側に出た。どうやって登ったのかといえば、壁につけられた絵画を利用したのだ。廊下側に出た後も、トイレ側の壁には絵画がはってあるので問題ない。その後は自殺と思われないように首を絞めて真井さんを殺し、同じ方法で部屋の中へと戻った。
(つまり)
 あの時この部屋の中にいた者なら、誰にでもできたのだ。誰でも良かったのだ。
 そんな状況で犯人を特定するためには、やはり戒那さんのサイコメトリーに頼るしかなかった。真井さんの遺体に対しそれを行おうとしていた時、なんと犯人の方から名乗り出てきたのだった。
(犯人は)
 俺たちと何度か言葉を交わした、あの初老の使用人だった。
 実はあちこちに癌が転移していて、先が永くないという主人の願いを叶えるために、彼――渋谷(しぶたに)は計画の協力を決意したのだという。
 真井さんの願いは、自分自身が最も美しく謎に満ちた絵画となること。そのために密室というキャンバスを用意して、そこで果てた。自殺では人はすぐに忘れる。しかし密室殺人で、しかも犯人はまだ逃げ続けているともなれば、そう簡単には忘れられまい。
(そんなふうに、渋谷さんに語ったという)
 犯人に指名されたドールと真井さんがどのようにして知り合ったのかは、渋谷さんも知らなかった。渋谷さんがドールについて知っていたことといえば、奇術師であるということくらいだった。
(ドール……)
 ドールは何故、真井さんに協力したのだろうか。その最後の望みを、叶えようとしたのだろうか。
 お金だけでは説明できない何かが、そこにあるような気がした。
(そのまま殺せるのに)
 それをしなかった。けれど協力はした。
(その意味を)
 俺は訊いてみたい。
(どんな想いが)
 そこにあったのかと。









                             (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名    / 性別 / 年齢 /  職業   】
【 0086 / シュライン・エマ / 女  / 26  /
           翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト】
【 0164 / 斎・悠也     / 男  / 21 /
                    大学生・バイトでホスト】
【 1252 / 海原・みなも   / 女  / 13 /  中学生  】
【 0121 / 羽柴・戒那    / 女  / 35 / 大学助教授 】
【 1323 / 鳴神・時雨    / 男  / 32 /
             あやかし荘無償補修員(野良改造人間)】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして^^ 伊塚和水です。
 この度はご参加ありがとうございました_(_^_)_
 何度か作中にてお名前だけ登場ということがありまして、今回実際に斎さんを書くのをとても楽しみにしておりました。私自身はとても楽しく書かせていただきましたが、イメージ通りに書けているのかと言えばやはり心配です^^; こうした方がいい……といったご意見等ありましたら、必ず活かしていきたいと思いますのでお気軽にお寄せ下さいね^^
 今回はプレイングで考察(という名の推理)を書いていただいたので、皆さんの考え方はかなり活かすことができました。5人が全員違う推理をしておりますので、他の方のも読んでいただければきっとより楽しめると思います^^
 ドールに関する謎は、今後徐々に明かされていく予定ですので、よろしかったら見守ってやって下さいませ(>_<)ゞ

 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝