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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


この身を捧げても

■疑惑
 雫は自分へと届いたメールの一通に目を疑った。今までも、商売柄、いろいろとおかしなメールをもらったことはあったものの、今回のメールはどうみても自分宛ではないだろうと思われる内容だった。
−−−
件名:恋愛相談
本文:最近、私の彼の行動がおかしいのです。妙にこそこそしたところがあったりして。問いただしてもきちんと答えてくれないんです。彼が私に何を隠しているのか、調べてもらえませんか? 
 ひょっとして、私の他に好きな子ができたりしてたら、ショックです。私はこの身を彼に捧げても良いと思っています。ぜひ、調べてください。お願いします。

鈴木若菜
−−−

 雫は腕組みをして頭の上に三点リーダー「…」を描いていた。自分だってそんなに恋愛経験は多いほうではない。どちらかというとこれからである。
 こういうことは、カフェに出入りしているお兄さんお姉さんに任せたほうが良いな、うん。ひとつの結論が雫の頭の中でまとまったところに、玄関ドアに付けてある、いがらっぽいのどをしたヒキガエルの鳴き声のようなカウベルの音がした。
「ちょうどよかったよ。ちょっと、頼みごとがあるんだけどね☆」

【この身を捧げても:みなも編】

■みなも
 メールを交換している同い歳の智美から、彼氏ができたよ、とのメールがデジカメの写真と一緒に送られてきていた。幸せいっぱいのようで、無味乾燥な液晶画面にピンクの花びらが舞っているような文面だ。
 恋をするとそんなに幸せになれるのかな。
 海原みなも(うなばら・みなも)はまだ「愛」だの「恋」だのという言葉はピンと来ない、普通の中学一年生だ。特に好きな男子がクラスにいるわけでもないし、あこがれの先輩がいるわけでもない。ボーイフレンドができた友達から話を聞くと、世界が薄桃色のセロハンで覆われたみたいになるだの、毎日のご飯がピンク色に見えるだの、どう考えても嘘でしょ、それ、というような話ばかりだ。
 そんなに毎日が楽しくなるならば、あたしも恋がしてみたぁい!
 寝覚めの布団の中でみなもが決意表明の叫びをあげたのは、二月も終わりを迎えたある金曜日のことだった。

■嫉妬
 大人の中に子供が一人。みなもは大きな違和感を感じながら、バナナジュースを飲んでいた。たまたま立ち寄ったネットカフェで、みなもは鈴木若菜の恋愛相談に巻き込まれていた。
 みなもの目の前では藤咲愛(ふじさき・あい)が、お姉さま然として、静かに目を閉じてブラックコーヒーを飲んでいる。その隣では、体の大きなちょっと渋めのお兄さん、鳴神時雨(なるかみ・しぐれ)が同じくブラックコーヒーを飲んでいる。
 愛は真っ赤なジャケットにタイトスカートが良く似合っている。紅に揺れる髪にルビーと見まごうばかりの瞳。胸も大きく、いかにも頼れるお姉さまという感じだ。「SMクラブ DRAGO」という名刺を渡されているのだが、みなもには「SMクラブ」の意味がわからなかった。たぶん、スポーツジムみたいな場所なのだろう。
 鳴神さんは銀の髪がすごく印象的だった。赤い瞳がその魅力を際立たせている。
 この二人が並ぶとものすごく絵になる。まるで雑誌の広告から飛び出してきたようだ。
 肝心の若菜は、みなもの隣に深々と座って、ミリンダのグレープ味を飲みながら、ぽつりぽつりと恋愛相談の内容を話している。長い髪をお下げにして、いかにも純愛系の女の子のようだ。
「あたし、健太君が、あたしに何を隠してるのか知りたいんです!」
 若菜は高校二年生だそうだ。みなもには「彼氏」とか「つきあう」とかいうことがまだピンと来ない。それでも、若菜の役に立てるかもしれないと思って、こうして座って話を聞いている。
「ねぇ、若菜ちゃん、健太君のどんなところが好きなの?」
 愛が色っぽい微笑みを浮かべて若菜に聞く。紅の瞳が一瞬光を帯びる。
「健太君の全部です! 性格も顔も、右手も左手も、右足も左足も全部大好きなんです!」
「まぁ、それは素晴らしいわね。うふふふふ」
「あ、あの、健太さんって、どんな人なんですか?」
 みなもの質問に、若菜の頬には一瞬にして朱が差し込む。その表情を見るだけで、どれだけ若菜が健太を慕っているのかがよくわかってしまう。恥ずかしがりやさんなんだ。みなもはそんな若菜の表情に、自分もつられて顔が火照るように感じる。
「やさしくて、面白くて、思いやりがあって……」
 頬に両手を当てて本当にうっとりとした表情で、若菜は延々五分にわたって細部に至るまで、どれだけ健太のことが素晴らしいかを語っていった。
「でも、君が彼のことを一方的に好きだっていうことなんじゃないか? 健太の方は別に君のことをなんとも思ってないとかさ」
 そう言い放って、時雨がコーヒーをすすった。
「違います! あたしたちちゃんと恋人同士なんです!」
 若菜は両手をテーブルにたたき付けた。バナナジュースの入ったグラスがくるくると揺れて止まった。
「鳴神さん、それは言い過ぎなんじゃなくて?」
 愛が冷たい視線を時雨に突きつけていた。
 そんな二人を気にすることもなく、若菜は胸ポケットから親指の大きさほどのガラスの小瓶をとり出した。小瓶の中には小指の爪くらいの大きさの、魚のうろこのようなものがきれいに磨かれて、虹色に光彩を放っている。
「きれい……」
 みなもが思わずうっとりとガラスの小瓶を見上げる。
「これ、去年の誕生日に健太君からもらったんです」
「まぁ。健太君、いい趣味をしているのね」
 愛は微笑みを絶やすことなくコーヒーを口にした。
「きれいですねぇ。貝殻ですか?」
 みなもはバナナジュースをストローで飲み込む。
「右手の小指の爪です。健太君の」
 愛とみなもが同時に咳き込み、それぞれの飲食物を吹き出しかけた。
「ほぉ……」
 時雨は感嘆の声ともため息とも取れる息を一つついた。
「えぇ、まるごと一枚剥がしてもらったの。健太君があたしを愛してるって証拠よね」
 若菜は愛おしい視線で小瓶を光に透かして見せた。
「そう、私たちの愛はとっても深いの。だから浮気なんて許さない。健太君は私だけのものなんだから。ね、お願い、健太君の隠し事を調べて!」
 みなもは思っていた。きっと健太は若菜に内緒でプレゼントを用意しているのに違いないのだ。恋人同士の隠し事のパターンじゃないの。みなもが良く読む漫画雑誌「ナナ」にはその手のストーリーが良く描かれていた。

■追跡
 三人は秋葉原駅前に立っていた。秋葉原の電気街からは、妖しげなネオンサインや変に耳に残ってしまう店のテーマソングが流れてくる。
 みなもは初めて秋葉原というところに来た。前を通っていく不健康に太った若い男達が、自分のことをぬめりつくような目線でじっとりと見つめて通りすぎていくのがわかる。舐め上げられるような視線の束にみなもは思わず身震いをしてしまう。
「ねぇ、もうすぐ五時だけど、若菜さんのいった通りに、本当に健太君は現れるのかなぁ?」
 みなもは不安げに愛と時雨の顔をかわるがわる見つめている。
「ほら、来たわよ」
 若菜から預かっていた写真と同じ顔をした人物が、改札を抜けて電気街の方へと歩いていった。健太はジーンズに赤いスタジアムジャンパーで、背中にはデイパックを背負っていた。骨折をしているのか、包帯に巻かれた左腕が首から三角巾で吊るされている。
 時雨は常人離れした速度で人波をかき分けて健太のそばへ行き、またみなも達のところへするすると帰ってきた。
「時雨さん、何をしたんですか?」
「盗聴器を仕掛けたんだ。これで追跡もしやすいだろう? ほら、これが愛さんとみなもちゃん用の受信器だ」
 そう言って二人に黒いイヤホンのような物を手渡した。
「さっすがー、時雨さん!」
 時雨は無表情に健太の歩いて行く方向を見ていた。
「二人は地上から尾行してくれ。俺は上空から監視する」
 時雨が地を蹴ると、その姿は弾かれるように消えてなくなり、次に見つけた時には時雨は手近なビルの屋上にあった。
「みなもちゃん、急ぐわよ」
 愛とみなもは健太が歩いていった方へと、その姿を追いかけていった。

「ねぇ、愛さん、この辺のポスターに描かれた女の子の絵って可愛いですよねぇ」
 みなもはにこにこしながら周囲をきょろきょろして歩いている。初めて歩く街には珍しいものがいっぱいで、まるでテーマパークに来ているようだ。
「そうね。まぁ、みなもちゃんにはそう見えるでしょうね」
 愛はため息をつきながら返事をした。
「ねぇ、18禁って、なんですか?」
 みなもが指さす先にはかわいい女の子の絵の下に「ときめき萌え萌えストーリー(18禁)」と書かれたポスターが貼られていた。
「うーん、そうね。もう少し大人になればわかるかもね、ふふふ」
「そうなんですか。うーん、気になるなぁ」
 ほら、見失うわよ、とみなもを促しながら、愛はすたすたと健太の後ろ数十メートルを歩いていく。
 やがて、健太は電気街を抜け、千世食堂ビルを左手に見ながら橋を渡り、一軒の昭和初期に建てられたと思しき建物の前に立ち止まった。しばらくすると、長い髪をした高校生くらいの白衣の女の子が出てきた。可愛さでいえば若菜よりは上だと思った。
「あら、若菜ちゃんの負けねぇ、かわいそうに」
 愛は状況を楽しむかのように悦に入った声でつぶやいた。
 みなもはポケットから望遠ミニチェキを取り出して、女の子の姿を三枚カメラに収めた。
『……ほら、早くぅ……』
 女の子の甘いココアのような声が盗聴器から聞こえてくる。盗聴器はお世辞にも性能がよいとは言えないようだ。ところどころ雑音がひどくて、声を聞き取るのには苦労する。
 やがて、健太は女の子とともに建物の中へと入っていった。二人が急いで建物の前にたどり着くと同時に、空から時雨が二人の横に着地した。
 健太が入った建物の玄関には「あやかし整骨院」と太い筆で書かれた汚い看板がかかっていた。相当古い建物らしく、柱に釘で打ってある小さな鉄板には「犬予防接種済み 昭和三十二年」と書かれている。
「整骨院か。そういえば健太は左腕を骨折してたみたいだったな」
 時雨が看板を見上げながらつぶやいた。
『……ほらぁ、早く服を脱いでぇ……』
 ちょっとえっちっぽい女の子の声が盗聴器から聞こえてくる。みなもは顔に火が走るのがわかり、思わず両方の頬に手をやった。
「健康的な整骨院のようねぇ。んふふふふ」
 愛は腕を組んで盗聴器の声を聞き入っているようだった。
『……もう、こんなになっちゃってるのね……』
『……あ、だめだよ、そんなとこさわっちゃぁ……』 
『……ほらぁ、はやくぅ、ね? しよ? ……』
「ねぇねぇ、時雨さん、何をしてるんでしょうねぇ?」
 みなもは時雨の方を見つめたが、なんだろうね、と頭を掻いているだけだった。
「うふふふ。面白い展開になってきたようね」
 愛の右手に握られた皮のムチがぎしぎしと軋む音を立て、黒い弧を描きながら鋭い叫音をあげて地を打った。
 十分後、健太が整骨院から出てきた。建物に入る時に首からぶら下げられていた三角巾はもうなかった。骨折の治療だったのかな? それにしては変な病院だ。
「健太君、ちょっと鈴木若菜ちゃんのことで話を聞かせてもらいましょうか」
 愛の目は笑っていなかった。きっと健太が浮気をしたことでものすごく怒ってるんだ。右手に握られていたムチが怖かった。

■プレゼント
 四人は喫茶店ノワールのボックス席に座っていた。みなもの向かいのシートでは愛がブラックコーヒーを飲んでいる。その隣には時雨が座り、同じようにブラックコーヒーを飲んでいる。みなもの隣には健太が座ってリンゴジュースを前にして頭を掻いている。ちなみに、みなもはいつもバナナジュースだ。
「ばれてたんですね。若菜に心配かけちゃったかな」
「そうですよ。若菜さん、どれだけ健太さんのことを思っていたか」
 だから、プレゼントを準備する時には、そおっとばれないようにしなくちゃ。その言葉がのどまで出かかった。
「実は、明日が若菜の誕生日なんですよ」
 ほら! みなもはほっとした表情を浮かべながら、うんうんとうなずいた。バースデープレゼント。素敵な響きだ。ストーリーはハッピーエンドで終わるものなのだ。
「なるほど。それで、若菜ちゃんに誕生日のプレゼントを準備してたというわけだ」
 時雨は無表情でコーヒーをすすった。
「それにしては、さっきの整骨院で女の子とイイコトしてたみたいだけど」
 愛は冷たい言葉を健太に浴びせかけた。時雨が健太の肩に乗っている小さな発信機をつまみ上げた。
「え? 盗聴してたんですか? やだなぁ。変なことはしてませんよ。プレゼントをラッピングしてもらうのを手伝ってもらってただけですよ。変な勘違いとかしてませんか?」
 健太は右手でデイパックを開けて、中からピンクのくまさんの可愛い包装紙に包まれた、腕が入るくらいの大きさの箱を取りだした。箱の右上にはバラの花が一本添えられていて、ご丁寧にメッセージカードまで添えられている。素敵なラッピングだ。女の子なら大喜びに違いない。みなもがプレゼントの箱を持ち上げると、意外に重い物が入っているようだった。みなもはおそるおそる健太に聞くことにした。
「健太さん、中身、何ですか?」
「うん、前から若菜が欲しがっていたものなんだよ」 
「健太君!」
 目の前には、ノワールの玄関ドアにしがみつきながら叫ぶ、息切れをおこして今にも貧血で倒れそうな若菜の姿があった。
「あたし、心配でこの人たちのあとをついて来ちゃったの!」
「ごめんね、若菜、心配かけちゃって」
 若菜は健太の隣にもたれ合うようにして座った。このふたり、本当に仲がいいんだ。恋人同士というのは楽しいものなのなんだなと、みなもは改めて思った。
「明日、若菜の誕生日だろ。誕生日プレゼントを準備してたんだよ。黙っててごめんな」
「いいの。それより、ちょっと早いけど開けていいかな」
「うん、ばれちゃったらしょうがないよね。いいよ、開けて」
 若菜はうきうきとしてピンク色の包装紙をていねいにはずしはじめた。中にはプラスチックのような箱が入っている。箱の表側にはどこかの病院で見たことがあるような、気持ち悪いデザインの黄色いステッカーが張られている。
 若菜が箱を開けると、出てきたのは人間の左腕だった。
 みなもが小さな悲鳴を上げる。うわ! うわ! なんてものプレゼントするのよ!
「あ、あたしのために? うれしい!」
 若菜は左腕を箱から取り出すとぎゅっと愛おしそうに抱きしめた。悪趣味。みなもは自分の産毛が逆立っていくのを感じていた。
「よくできた模型だな」
 時雨がコーヒーカップをトレーの上に置いた。
「いやだなぁ。今切ってきたばかりの新鮮な僕の左腕ですよ」
 何ですと? 現実と常識を結ぶ糸がぶっつりと切られたような気がした。健太がスタジアムジャンパーをめくると、左腕のひじから下がなかった。まさか。
「い、いま、き、切ってきた……んですか?」
「えぇ、さっきの整骨院で。一日で切るのは大変なので、一週間かかりましたけどね」
 自分の、左腕を、切った。若菜が抱きしめている左腕の切断面から血しぶきが舞って、自分の眼球にねっとりとこびりついたような錯覚を覚えた。動脈、静脈、毛細血管。ありとあらゆる血管が、消防車のホースのように自分にめがけて粘りつく赤黒い血を放射し続けている。うわ。うわ。うわ。視界が赤く崩れ落ちていく。みなもは左右に首をぶんぶんと振った。正気が何とか戻ってくる。愛はさっきから声にならない不吉なあえぎ声をあげている。時雨はふうん、と一言いっただけでまた静かにコーヒーをすすっている。
「ねぇ、健太君、今食べてもいい?」
「もちろん。そのために若菜にプレゼントするんじゃないか」
「んじゃねぇ、小指からかな」
 正気と狂気を結ぶ川が干上がっていった。健太は若菜に自分の腕を食べさせるためにプレゼントしたということなのか?
 若菜はにっこり笑って左腕の小指を口にくわえたかと思うと、チョコスティックでも折るような軽快な音を立てて、その部分をへし折った。きれいに噛みちぎられた断面には、指の骨が乳白色の断面をさらけ出し、周りの筋肉組織からは濃赤のねっとりとした血液がゆっくりと流れ落ちる。
 あのー、血が流れてるんですけど。みなもの頭の中では既に何かが切れていた。正常な思考はその回転を鈍らせていった。この状況にどう反応して良いかわからなかった。みなもはぼんやりと思った。血が服に付いちゃうと、なかなか落ちませんよ。
 まるで鳥肉でも食べているように、しばらく口の中でおいしそうに何回か咀嚼を繰り返したあと、若菜は食べた小指を飲み込んで満足げに息をついた。そして、腕からしたたる血液を可愛い舌先で舐め取った。
「うん、新鮮でやわらかいね」
「切りたてだからね」
 そうか。切りたてで新鮮で柔らかいのか。おいしいのかもしれないな。
 若菜は腕の切断面側から見えている白い糸状のものを、可愛い舌をちろちろとだして舐め、その先端を歯でくわえてずるずると引っ張り出した。糸状のものは植物の根のような形になっている。その糸を若菜は一本の麺でも食べるようにするすると口の中へと吸い込んだ。
「ん、神経繊維っていつ食べてもちょっと塩味が効いてておいしいよね」
 若菜と健太はにこやかにお互いを見つめあっている。これも幸せの形なのか。ぼんやりした頭でみなもは考えていた。異様な光景の中で、二人の間だけで甘い空気が流れているようだった。
「残った分は、焼いてもおいしいよ。調理して冷凍しておいて、チンしてあたためればいいし」
「スープにするのも良いわねぇ。いいおダシが取れそうだわ」
 次に薬指の部分を噛みちぎった若菜は、ちぎった指先をビーフジャーキーでもしゃぶるように両手で持って、二人の「愛の蚊帳」の外にいる三人を見渡すと、にっこりと笑った。
 長い髪をしたおさげの少女の前には、指が二本噛みちぎられて血液がしたたっている腕が転がっていて、少女自身は薬指をしゃぶっている。健太は恋人を見つめる甘い視線で若菜の方を見つめていた。
 違う! 正しくない! というか、違う! 何が違うかわからないけど違う! 心の中で半狂乱になってみなもは叫んでいた。早くこの場を離れないと! やばいよまずいよこの二人!
「あ、あの、わ、若菜さん、か、か、か、解決しましたよね? ね? あ、あたし、か、か、帰ります」みなもが学生鞄を抱えるようにして席を離れて後ずさった。
「そ、そうね。じゃあ、あ、あたしは、み、みなもちゃんを送っていくから。あは、あははは」愛は既に植木の背後に隠れるようにして立っている。
「じゃ、お二人さん、お幸せに」
 時雨は腰を上げて伝票をつかむと、レジの方へと向かって行った。
 恋人達の狂気に満ちた甘い語らいの邪魔をしないようにと、三人は足早に喫茶店をあとにした。
 
■恋・未来形
 三人は精神力をすっかり使い果たしたといった風情で、肩を落として秋葉原電気街を駅に向かってとぼとぼと歩いていた。愛の顔色は張りのあるピンク色から土色へと変化していて、どことなくショックを隠しきれない様子だ。それに比べて時雨は平然と歩いている。
「あたし、しばらくはお肉食べたくないです」
「あたしだってそうよ。やだ、思い出すだけで鳥肌が立ちそうだわ」
 みなもは横目で時雨をじとっと睨め付けた。
「時雨さん、良く平気でいられますねぇ?」
「あまり気にならないといえば、気にならないか」
 みなもはため息をつきながら、若菜と健太のことを考えていた。恋愛というのは、たぶん、いろいろな形があるのだろう。自分の腕をプレゼントにあげた健太とそれをおいしそうに食べていた若菜。二人のことを正常な人たちだとは思えないけれど、それでも二人のあの幸せそうな顔は忘れることができない。
 自分にもあれだけ幸せになれる恋愛ができるだろうか。ううん、それはまだまだ先のお話。とりあえず毎日をハッピーに過ごしていけば、きっと幸せな恋も見つかるはず。自分のペースに見あった恋が。
「じゃ、お二人さん、気をつけて」
 時雨は駅前に止めてあった大型バイクにまたがった。エンジンが低い咆哮を上げる。
二人にヘルメット越しに片手で軽く敬礼をして、時雨は重低音のエンジン音とともに夕陽の中に溶け込んで行った。
「それじゃ、みなもちゃんも気をつけてね」
 愛は色っぽいウインクをみなもに投げ掛けると、改札口へと消えていった。ふんわりとやさしい風が、そっとみなもの髪を揺らしていた。暖かい春はすぐそこにまで来ている。

【この身を捧げても みなも編 おわり】

■■■■■      CAST      ■■■■■
 海原みなも(うなばらみなも)
   #1252 女性 13歳 
     中学生
 藤咲  愛(ふじさきあい)
   #830 女性 26歳 
     歌舞伎町の女王
 鳴神 時雨(なるかみしぐれ)
   #1323 男性 32歳 
     あやかし荘無償補修員(野良改造人間)

■■■■■    ライター通信 #02    ■■■■■
▼ライターのいずみたかしです。今回はご依頼いただき、誠にありがとうございました。気に入っていただければ良いのですが……。
▼今回のストーリーは三人の方にご参加いただいてますので、三人それぞれの作品を読めば、さらにお楽しみいただけるということになっております。
▼今回の設定はちょっと狂気のラブラブカップルということでした。もし食事をしながら読んでいたのであればごめんなさい。いちおう、本命の狂気の線で落ち着いたようです。
▼今回の狂気に対するチェックにはダイスを使って判定させていただきました。愛さんがぎりぎりでチェックを通過しているので、意外にパニックしてたりします。
▼私のキャラはこんなんじゃねぇ! などの、お叱りやその他の感想がございましたら、
ぜひテラコンからお気軽にメールをお送りください。で、もし、気に入っていただけたのでしたら、次回の参加をお待ちしております。
 いずみたかし 百拝