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<PCシナリオノベル(シングル)>


あなたしかいない(揺らぐ空間)
●変わらぬ街
 若者の街・渋谷の午後。渋谷駅・ハチ公口側からの人の流れに紛れて、2人の女性の姿があった。
「ごめんなさいね」
 その2人のうちの1人、シュライン・エマがそうつぶやくと、隣を歩いていた紅いスーツに身を固めた童顔の女性が不思議そうな顔をした。
「何がですか?」
 童顔の女性――警察官・月島美紅がシュラインに問い返した。何も謝られるようなことなどないのに、といった表情だ。
「あー……こんなことに、付き合わせるような感じになっちゃって。今日も仕事中だったんでしょ?」
「あはは、大丈夫ですよ」
 申し訳なさそうに言うシュラインに対し、美紅が笑って手をパタパタと振った。
「ここ最近、特に大きな事件も起きてませんし」
 それを聞いたシュラインの眉が、ピクンと動いた。
「ねえ……確か刑事になるのって、まだ少し先の話じゃなかったかしら?」
「そうですけど。それがどうかしましたか?」
 きょとんとする美紅。シュラインはこめかみの辺りを軽く指で掻くと、小さな溜息を吐いた。
(……帰ったら、ほんとに席なくなってないでしょうね?)
 シュラインは内心そう思っていたが、あえて口にはしなかった。たぶん、言っても美紅のペースに巻き込まれて、曖昧になってしまいそうな気がしていたから。
「こういう地道なことも、立派な刑事になる訓練ですよ。何たって捜査は1に聞き込み、2に聞き込み、3・4がいらっしゃい、5に聞き込みですから!」
「山田くぅん、座布団1枚取っちゃって……」
 何気なく冗談を織り交ぜた美紅の言葉に対し、シュラインは明後日の方角を見ながらぼそりとつぶやいた。美紅には聞こえるかどうか、ぎりぎりの声で。

●継続する理由
 シュラインと美紅が連れ立って渋谷の街を歩いているのには、もちろん理由がある。
 シュラインは未だ、一応の決着をみた『誰もいない街』関連の事件について、独自の調査を継続していた。
 決着はしたといっても、あくまでもそれは一応の話。今もなお解けない謎がいくつも残っている。
 シュラインにとっては、それがまるで喉に引っかかった魚の小骨のように、すっきりとしない物を感じるのであろう。それゆえ、調査を続けざるを得ない状況となっていた。自らが、ひとまず納得出来るようになるまで。
 もっとも、シュラインのことだ。自分を納得させる意味合いもあるかもしれないが、元来の好奇心が突き動かしている部分も多少はあるだろう。
 後は、仕事の創作資料としての意味合い――言い換えれば『ネタ集め』という面もあるかもしれない。意識無意識は別として。
「それにしても、ですよね」
 駅前のスクランブル交差点を渡りながら、美紅が言った。
「ほとんどの人が、あの変な世界を1人でさまよっていたのには、何か理由あるんでしょうかねえ。改めて聞いても、やっぱりお話は同じでしたし」
 変な世界とは、無論『誰もいない街』のことだ。
「そうねえ……」
 思案するシュライン。
 シュラインは渋谷に来る前に、美紅と2人で『誰もいない街』に取り込まれてしまった被害者たちに聞き込みを行っていた。美紅はそのことを言っているのだ。
 別に美紅と聞き込みをするつもりは、シュラインにはなかった。美紅の仕事の邪魔をしてもあれだと思っていたのだから。
 けれど、そんな時に偶然美紅から電話がかかってきたのである。『お暇でしたら、お昼でもご一緒しませんか』と。そこでつい、うっかりポロリとシュラインは口にしてしまったのだ。被害者に、聞き込みに行こうかと思っていることを。
 それから後の流れはもう早かった。あっという間に美紅が飛んできて、『一緒に行きます!』とシュラインに迫ったのである。シュラインは、勢いに押されてこくんと頷くしかなかった。
 が、結果的にはそれがよい方に回ったようだ。警察官である美紅が一緒だったことで、被害者たちの口もそう重くなかったのだ。もし1人で行ってたならば、どこぞの記者か何かかと多少は警戒されてしまっていたかもしれない。
「他の被害者と一緒に行動してたのは、2組だったかしら?」
「です。2人が2組で、合わせて4人」
 スクランブル交差点を渡り終えた2人は、そのまま公園通りに沿って歩いていった。
「さまよっているうちに人影を見付けて、追いかけてみた所、何とか出会うことが出来たって話でしたね」
 美紅は手帳を開くと、メモしていた事柄をかいつまんで言った。
「それに、姿を消した場所が極めて近かったということもないですねえ。少なくとも、間に1人以上挟んでますよ」
 ページを捲りながら話を続ける美紅。
「人影を見付けて、かぁ……」
 シュラインは空を見上げ、あの時のことを思い返してみた――。

●回想
 あの時は、行方不明事件の起こった場所を地図にプロットしてみると、緩やかな曲線を描いていたことに気付いた時だ。
 そして、大幅に曲がらない限りは曲線がNHK放送センター近辺を通るのも間違いないと思われた。そこで、シュラインと美紅は真夜中に放送センター近辺で張り込みを行うことにした。
 確かにその予想通り、行方不明事件は放送センター近辺で起こった。ただ、その標的になったのは……あろうことか自分たち。それが、初めて『誰もいない街』に取り込まれてしまった瞬間であった。
 ともかく脱出しようと、自分たち以外誰の姿もない街を歩いてゆくシュラインと美紅。そのうちに、美紅が叫んだのである。『あっ、あそこに人影が……!』と。
 美紅が指差した方角を見ると、シュラインにも一瞬だが人影らしい物が見えた。すぐに追い掛ける2人。
 そうして出会ったのは、鎧武者たちを相手に戦っていた西船橋武人と名乗る青年。その時はそれ以上のことを名乗らなかったが、後にIO2所属であると知ることになった。
 最終的に、何とか『誰もいない街』から脱出することは出来たが、未だに脱出出来た明確な理由はシュラインには分からなかった。念のため美紅にも尋ねてみたが、やはり分からないとのことだった。
 これが、あの時の出来事の一部始終である。

●状況証拠からの不完全な推論
(そういえば、西船橋くんがどうやって罠にかけられたのか、まだ教えてもらってなかったっけ)
 変なことまで思い出してしまい、思わずくすりと笑ってしまうシュライン。そうこうしているうちに、シュラインと美紅は放送センターの近辺までやってきていた。
「ここで変な世界に入っちゃったんですよね、あの時は」
 ゆっくりと周囲を見回しながら美紅が言った。やはり真夜中のあの時とは違い、昼間の今は放送センターへの人や車の出入りも多い。見学客の姿もちらほら見受けられる。
「でも、私たちは脱出することが出来た。それに、同じようにさまよっていた人とも出会ってる」
 シュラインはそうつぶやくと、美紅に向き直った。
「この違いって、何なのかしらね」
「よく分かりませんけど……あっ、運がよかったとは思いますよ? ほら、『あぶれる刑事』のマナミさんもよく『運がいいから』って言ってたじゃないですかっ!」
 憧れの女刑事――ドラマの中の、だが――の口癖を思い出し、はしゃぐ美紅。シュラインは苦笑いを浮かべる。
(……この娘って、何でもドラマが基準なのかしらねえ?)
 そんな疑問が頭に浮かぶが、美紅の言うことにも一理はある。
 自分たちが『誰もいない街』に取り込まれ、その中で他の者と出会い、さらに揃って脱出に至る確率を考えると、普通なら極めて低いはずだ。
 他に取り込まれた者たちのほとんどが、同じく取り込まれた者と出会っていないことを考えると、確率論では異常とも言える。
 しかし、その異常とも言えることが実際に起こった訳だ。これを『運がいいから』だけで済ませてしまっていいものなのだろうか?
「ね、月島さん」
「はい?」
「運がとてもいいって言われたことってあるかしら?」
「そうですねえ……」
 指折り数え、しばし思案する美紅。そして笑いながら言った。
「悪い方じゃないと思いますけど、とてもってことはないんじゃないかなあ……と」
「そう。ありがとね」
 軽く礼を言うシュライン。シュライン自身も、運に関しては美紅と似たようなものだ。やはり『運がいいから』だけで片付けられる問題ではなさそうだ。
(となると、他に考えられるのは……)
 シュラインの脳裏に、ある1つの事柄が思い浮かんだ。
「……運命の、糸」
 声なくシュラインの口が動いた。
(誰かが糸を操って……としか、思えないわよね。こんな状況証拠だと……ああっ、もぉうっ!!)
 大きく頭を振るシュライン。あれこれ深く考え過ぎて、頭が一瞬パンクしそうになったのだろう。そんなシュラインを、美紅がきょとんと見ていた。
「何でもないわ。ちょっと、疲れただけ」
 美紅の視線に気付き、シュラインは冷静を装ってそう答えた。
「疲れたんなら、今日はもうこの辺にしときますか?」
「そうね……そうしましょ」
 美紅の提案に頷くシュライン。すると美紅は顔を輝かせて、こう言った。
「疲れには甘い物が一番☆ 実は、美味しいパフェを食べさせてくれるお店を最近見付けて……」
 熱心に話し続ける美紅。その時、シュラインの携帯電話が鳴った。出てみると、相手は月刊アトラス編集長の碇麗香だった。
「もしもし、今どこかしら?」
「ああ、麗香さん。今は渋谷ですけど、何か?」
「何だか出先みたいだから、手短かに言うわ。ほら、この間お願いした原稿、悪いけど締切1日早まったから。よろしくね」
「……了解」
 淡々と用件を述べる麗香に対し、シュラインが小さく溜息を吐いた。
「ところで渋谷で何をしてたの? ひょっとして、誰かさんとデート?」
 からかうような口調に変わり、くすくすと笑う麗香。シュラインは一呼吸置いてから、静かに答えた。
「霊的現象における大いなる意思の介在の可能性、の調査を少し」
「はいっ?」
 電話の向こうから、素頓狂な麗香の声が聞こえてきた――。

【了】