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<PCシナリオノベル(シングル)>


求めよ、然からば与えられん
 白は。
 如何なる色彩の中にも埋没する事はなく、未だ染まらずに居る清さと強さ、それを思わせて静なる色だ。
 それは他の色彩に時に紛れ、時に際立ち…時と場を選ぶものだが、黒の内では否が応にも目を引かざるを得ない。
 そういった風で、十桐朔羅の姿は人混みの内でも奇妙に切り離された感覚を覚えさせた。
 現代において青年と呼べる年代が纏うには珍しい、と表さざるを得ない和装という事もあるだろう。
 冬の設えに白を基調にした紬を着流しに、羽織の黒はごく僅かな鈍に紋を抜き、帯も同系に明度だけを変えるが喪に感じる無彩色ではない。
 そして目を惹いて明確な白…否、銀ともとれる髪は、無理に色素を抜いて痛んだような風でも、経た時を示すような老爺のそれでもなく、艶やかに真っ直ぐ襟足をくすぐる様は、足を止める歩行者用信号の点滅を見上げている立ち姿でさえ絵のようだ。
 信号が変わる。焦れて点灯するよりも先に足を出しているような人々と違い、緑を確認してから踏み出してすいと体重を感じさせない足運び、一見武道の足捌きにも似るがそれよりも雅なるも当然、彼が能楽師である為だろう…それも分家とはいえ、一派の次期当主とされる程の。
 和装に当然の如く足袋に草履の足下が不意に乱れを見せた。
 草履という代物は靴のように足全体を使うのでなく、重心は主に親指に置いて地に擦るような歩みに適する…故に、支点とする黒絹の鼻緒がぷつりと音を立てるのに、均衡を保てなくなる瞬間、朔羅の腕を脇から伸びた手が支えた。
「あんた今幸せ?」
安否ではなく、この場面ではいささか突拍子もない問い掛けと笑顔に、朔羅にしてはごく珍しい事だが思考が鈍った。
「あ、悪ィ悪ィ。あんたがあんまり目ェ引くもんだからつい声かけちまって」
朔羅が余程訝しげだったのか、己の胡散臭さと強引さの自覚はあるのか、彼は慌てた風で目を覆って円いサングラスを外した。
 僅かな細さに鋭く…まるで不吉に赤い月のような色の瞳が現れる。
 異形。
 朔羅の胸に、何故かその一言のみが胸に落ちた。
「奢るからさ、時間あんならちょっと茶でもしばかねぇ?俺、今暇なんだよ」
けれど人好きのする笑顔で、構えた風のない誘いに、続く言葉。
「あんた、かなり普通じゃねぇよな?興味あンだよ。そういう人の、」
深まる笑み。
「生きてる理由みたいなのがさ」
見れば暗い色彩の多い冬の街、その内でも更に黒々しい黒尽くめのスタイル、特に黒革のロングコートが輪郭を強調して、あまり陽に当たってない風な肌から覗く鈍い銀のアクセサリーにも、彩りの乏しさを目立つ…珍妙な問いが宗教の勧誘であったとしても異色だ。
 けれど、人間に見えた。
 朔羅は思いを巡らす風で目を伏せる。
「…時間はあるが…無いと言っても引かぬのだろうな」
しっかと二の腕を掴んだままの手に、溜息をつく・この強引さこそ、普通でないのではないか。
「私で良ければ相手をさせて頂こう」
そう思いはしたものの、一度口をついた言葉を覆す事はせず朔羅は相手の手を丁寧に腕から剥がした。


 黒衣の青年は通り名だと前置いて、ピュン・フーと名乗った。
 名を交わしてすぐ、逃げられまいとでも思ったのか信号を渡ってすぐ、最初にあった喫茶店に朔羅を連れ込んだ…案内されたのは窓側の席、ビルの二階の立地に大きく取られた窓から、先の広場を見下ろしながら二人向かい合わせに腰を下ろす。
 ピンクを基調にした店内には所々に星のオブジェが並び、どこか夜店のとりとめない賑やかさを感じさせ、かつ乙女チックだ。
 女同士、もしくはカップルで入るならば問題なかろう…が、男同士なら居心地の悪さに入るに躊躇いを覚えるファンシーさを、両名共に気にした様子はない。
「………朔羅、決まった?」
切れてしまった草履の緒を接ごうと苦心してテーブルの下にしゃがみ込んでいたピュン・フーがふいと顔だけを覗かせた。
「………こういった店は何を出すんだ?」
見当がつかん、と放るようにテーブルに広げたメニューに、ピュン・フーは顎をつく高さでざっと一読し、
「俺にもわかんね」
と素直に匙を投げた。
 並ぶ表記は「流☆の宴」やら「ダイヤモンド・スター☆」やら…特に注釈がつくわけでなく、その名のみでは如何なる料理が出てくるのか全く予測がつかない。
 ピュン・フーはちょいちょいとウェイトレスを指で呼ぶと、閉じたメニューを渡した。
「んなぁ、抹茶系の冷たいのとぬくいの、ある?」
「………抹茶、ですか?」
年若いウェイトレスは首を傾けると、「少々お待ち下さい」と言い置いて厨房の方に消える…広くはない店内、奥の会話が漏れ聞こえる…「抹茶か…新……」「また、………分からない……」「お客………の挑戦…」「無茶…」
 判然とせずに切れ切れな会話に、耳は妙に不遜な単語だけを拾う。
「ちょっち入る店間違えたかなー」
遠い目になるピュン・フーの手から草履を取り戻すと、懐内から手ぬぐいを取り出した。
 それにひょいと机上の水と手ふきを持ち上げるピュン・フーに「拭くつもりじゃない」と正す。
「手ぬぐいを裂いて、その片輪に緒を通すんだ」
言うよりも行ったが易し、と朔羅は手ぬぐいの端を噛むと、ピッと繊維に沿って細く裂き、紙縒を巻く要領でより細く、そして強度を持たせて緒の山に潜らせると容易に草履の緒は通った。
 その裏できつく、穴を潜らぬよう玉結びにきつく結わえれば、歩く際に多少ごろつくが、帰り着くまでの間なら支障はない。
 作業を見守っていたピュン・フーは軽くパチパチと手を叩く。
「へぇ〜、てぇしたモンだ。やっぱ普通じゃねぇなぁ、朔羅」
その、普通、という単語に妙に含みがあるようなのは朔羅の気のせいではない。
「……興味を持ってくれたのは嬉しいが」
背を正す、それだけで空気が凛と張る。
「生憎私は皆と同じ、ごく普通の人間だ…ただ少し、一芸に秀でているだけの…」
…特異、とされる異能を受け継ぐ血の流れ、人と魔と神、似て非ざる世界の狭間に身を置くは果たして普通だろうか。
「芸って…いつもより沢山傘でも回すのか?」
ちなみにピュン・フーは決して空気が読めていないのではない…朔羅の和装に思いついた芸人がそれだったというだけで、ひたすら本気の疑問なだけに、他意がないだけ凶悪だ。
「……能を、嗜んでいる」
「あぁ、天に横道なきものをってヤツか…でもそれってだけってでもすげぇじゃん」
そのくせ、高名な、とはいえ謡曲の一説を口にして賞賛を向け、と印象と内実を伴わなくさせる男である。
「他に取り立てて何がある訳でも無い」
けれど朔羅の自嘲めいた言葉に、ピュン・フーは身を乗り出す。
「かかりっきりになんなきゃ極めらんねーのが芸道ってヤツなんだろ?それじゃ足んねーの?」
そういう問題でもないのだが…別々の場所にあるモノをひとつに括ろうとでもするのか、何処か画一的な視野…どうやら『幸せ』を基点に置いているらしい彼の問い方が子供のようで、ふと笑う。
「……が、それでもこんな私を支えにしてくれる人がいる。それが私の支えになっている…」
血の濃さ、というよりも、心の近さで。
「生きている理由…と言うと大袈裟かも知れぬが、今の私にはそれで十分だ」
朔羅が僅かに目を伏せた…濡れて漆黒の両眼、その右眼がふと、蛋白石の遊色効果のように淡い青に変幻した。
「ふぅん、朔羅の『幸せ』ってヤツも、人間か」
片眉を上げたピュン・フー、彼の前にトン、と抹茶パフェが据えられた。
「おっ待たせしましたー」
何故か肩で息をしているウェイトレス…朔羅の前にはお抹茶と季節の和菓子…紅梅と白梅の重ねてめでたげな練り菓子が添えられる。
「ごゆっくりどうぞー」
テーブル毎に添え付けのメニューを戻し、ぴょこんと頭を下げた彼女がさり気なくカウンターから近所の和菓子屋の包みを持って立ち去るのに、ピュン・フーは置かれたメニューを手に取った。
「言ってみるモンだなー」
そして其処には。
 如何にも「今付け足した所です!」と言わんばかりに手書きな「グリーン☆ランド」と「スプラッシュ☆ティー」の二品が。
 メニューに何故、注釈がないかが分かった気がする…多分、この店は客から新たな要望が出る毎に挑戦とばかりに新メニューを増やし、その内容が分からなくなって来ているのではあるまいか。
 喩え今回「グリーン☆ランド」で注文しても、次回も抹茶パフェが供されるかは甚だ疑問である。
「………食おう。とりあえず」
パフェ用のスプーンで、クリームを掬って口に運ぶ…見るからに、寒そうなのだが、本人は至って平気な様子だ。
 思わずじっと見つめてしまった朔羅に何を勘違えたのか、ピュン・フーは抹茶のかかったバニラアイスをたっぷりと乗せたスプーンをひょいと朔羅に向けた。
「食うか?」
果たして、差し出されたそれは素直に食べたが礼に適うのだろうか…馴染みの薄い店だけに、朔羅は表情には全く出していないが悩んでいた。
 しかし、モノはアイスである…店の暖房に表面がとろけだすのに意を決してはむ、と口に含む。
「抹茶アイスも悪かねーだろ」
ピュン・フーは勧めたスプーンでそのまま、あっという間にパフェを平らげる…酒の席での返杯と似たようなものか、と朔羅は一人胸中に納得する。
「…人と話すのは苦手なのだが、どうも貴方の雰囲気は知人に似ていて調子が狂う」
余人ならば杯を受けもしないのに、と苦笑に僅か口元を綻ばせ、朔羅は添えられた黒文字で練り菓子を切り分ける。
「つまらぬ話に付き合わせてしまった詫びだ、勘定は私が払おう」
「つまんなくなかったぜ?全然。てか、こんなべっぴんさんに払わせたンじゃ、ピュン・フー様の名が廃る」
今まで21敗しかした事ねーんだ、と勝敗の基準のはっきりしない主張にオーダーを取り上げ、朔羅の手が届かぬように高く上げ…ふと左の胸を押さえてコートの内ポケットから携帯電話を取り出した。
「残念、仕事だ」
それに電話に出る事なく三度だけ振動したのを確かめると、残念そうに肩を竦め、席を立つ。
「貴方の生きている理由とやらは、また次の機会にでも…」
立った相手を止めてまで勘定を争うも見苦しく、朔羅は何故だか自然と次の機会があるつもりでそう言を続けかけた語尾に、ピュン・フーが身を折るように顔を覗き込んできた。
「幸せの理由のヤツ連れて、東京から逃げな」
笑いを含んだような瞳…その癖に、真剣な紅、声に籠もる真摯さ。
 それが楽しげな色にとって変わる。
「そんでももし死にたいようだったらも一回、俺の前に姿を見せればいい。ちゃんと殺してやるから」
耳元で囁いてすぐ身を離したピュン・フーの、まるで不吉な予言のように一方的な約束。
「んじゃーな、楽しかったぜ」
片手をヒラ、と振る後ろ姿。
 朔羅には意味を問い質す間すら与えずに去る様を追いはせず、朔羅は静かに見送り。
「『幸せ』…か」
唇にごく小さく呟く。
 その一言に、店内に一陣の風が生まれたが、それは誰にも気付かれる事なくすぐ消えた。