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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ラルヴァを集めよ

□■オープニング■□

 ある日雫のサイトに、こんな募集が書きこまれた。


協力者募集 投稿者:ソロモン 投稿日:200X.02.20 18:40

  今東京では、増えすぎたラルヴァのために種族バランスが崩れ、
  歪みが生じている。
  このまま放置しておけばいずれ必ず東京都民全員の安眠が阻害
  されるだろう。
  それを防ぐため僕は、ラルヴァを集め浄化することでバランスを
  元に戻すことにした。
  そこで協力者を求む。
  ラルヴァを集める方法・浄化手段を持つ者はレスをお願いする。


一つ質問  投稿者:結花   投稿日:200X.02.20 20:20

  ラルヴァって何ですか?


怨霊のこと 投稿者:ソロモン 投稿日:200X.02.20 21:53

  ラルヴァとは、怨霊のことだ。
  たとえば殺人者の魂や無益に消費された命が、身体が滅びた後
  までも執拗に存在し続けようとする時。その怨念や執念がラル
  ヴァとなると云われている。
  またラルヴァは、不健康な夢想や挫折した意志、満たされない
  欲望や恨みに好んで集まる性質がある。夢魔とよく似ていて、
  無防備な睡眠中に襲ってくるのだ。
  そんなものを大量に放置しておくのは危険だろう?


 それを読んだあなたは、ゆっくりとキーを打ちこんだ……。


□■視点⇒光月・羽澄(こうづき・はずみ)■□

 私がその書きこみを目にとめたのは、『ラルヴァ』という言葉が『lirva(リルバ)』と似ていたからだった。
(私……じゃないわよね)
 人間とは不思議なもので、違うとわかっていても似ているものは気になる。それは名前だけでなく、生年月日にも言えるだろう。
 その書きこみの、レスを見ていく。
 ラルヴァとは何かという問いかけに、最初の投稿者・ソロモンが丁寧に答えていた。
(怨霊か……)
 初めから怨霊と書かないところを見ると、日本的な怨霊とは厳密に言うと違うのかもしれない。
 そこで私は、まずラルヴァについて調べてみることにした。
 検索サイトを開き、ラルヴァと記入してみる。
 ――検索開始。
(!)
 意外にも、約1450件のヒットがあった。しかしそれらのサイトに目を通してみると、どうもゲーム系が多い。どうやらモンスターの名前に使われているらしい。
(うーん……)
 それでも一部のサイトでは、少しだけだが説明が載っていた。それによると……
『ラルヴァとは、気味の悪い、じめじめした、不吉な、出来損ないのような存在である』
「………………」
(調べない方がよかったかな……)
 そんな気にさせる説明だった。
 それでも私は、画面を雫ちゃんのサイトに戻してソロモンのスレッドにレスを書く。
(どうせ浄化はできるんだし)
 似た名前のソレに、やっぱり興味があったのだ。
 書きこんだ後は、ひたすらソロモンからの返事を待つ。書きこみの際にメアドは入れなかったから、さらにレスという形で反応があると予想する。
(それに――)
 他の協力者の顔ぶれを知っておくのも悪くない。
 そうして私は、画面を見つめ続けた。


 翌日の夜。
 昨日あのスレッドでソロモンが指定した場所へ向かうため、私は出かける準備をしていた。
「羽澄? どっか出かけるのか?」
 そんな私に声をかけたのは、この『胡弓堂』の店長。
「うん。ちょっと幽霊退治にね」
「ほぉ〜」
「あ、そーだ。幽霊を効率よく集める方法……なんて知らない?」
 ふと思い出して、店長に訊いてみた。ソロモンは確か、ラルヴァを集める方法をも欲していたはずだ。
 店長は「うーん」とひとしきり唸ってから。
「幽霊は幽霊同士生きている人間には聞こえない声で意思の疎通ができるというしな。お前がその振動を出すことができれば、もしかしたら集まってくるかもしれんぞ」
「なるほど」
 試してみる価値はありそうだった。
「ありがと。じゃあ行ってくるね」
 私はお礼を言って、胡弓堂をあとにする。
「憑かれんなよ〜」
 後ろから、店長のそんな声が聞こえた。

     ★

 ソロモンが指定した待ち合わせ場所は、胡弓堂と同じ新宿にある某高級ホテルのロビーだった。
 入り口の自動ドアをくぐると、すぐに声がかかる。
「あっ、羽澄おねーさま〜」
 おそらく普通にソファに座っていたのなら、頭部しか見えなかったのだと思う。瑠璃花はソファの背もたれに掴まって、こちらを向いていた。ソファの上に立ち膝しているのだろう。
「こんばんは、瑠璃花ちゃん」
 挨拶しながら近づいていく。同じテーブルを囲んでいるメンバーに素早く目を流すと、ストリートドクターのレイベル・ラブさんと、見覚えのないお坊さんがいた。
(そういえば……自分は僧侶だって書きこんだ人がいたわね)
 するとこの人は、ソロモンではなく護堂・霜月(ごどう・そうげつ)さんだろう。
 掲示板に書きこんだのは4人。つまりソロモン以外は揃っていることになる。
「おねーさま、ココアをどうぞ♪」
 メンバーを確認し璃瑠花の隣に座った私に、璃瑠花はホットココアを差し出した。まだ肌寒いこの時期、ロビーは暖かいとはいえ外からやってきた私にはありがたい。
「ありがと」
 私は手を伸ばして、カップを受け取った。
 その後ろから。
「――僕の分もあるかね?」
 不意に声がした。驚いて振り返ると。
「初めまして。僕がソロモンだ」
 黒いダッフルコートを着こんだ子ども(9歳くらい?)が立っていた。
 私たちの視線を確認してから、にやりと笑う。
「まぁっ」
「あなたが?」
「…………」
 それぞれが反応を返すと、ソロモンは満足したように璃瑠花の逆隣に座った。璃瑠花の執事・榊が、素早くココアを用意する。
「どうも」
 短く告げると、ソロモンは皆が見守る中、ゆっくりとココアをすすった。それからやはりゆっくりと、口を開く。
「集まってくれて感謝する。1人でやっていたらキリがないのだ」
 そこで間を置いてから。
「普通ならここで自己紹介といくのだろうが、あいにく僕は名前には興味がない。知りたければ各自勝手に確認をしてくれ」
 子どもとは思えない口調で、そんなことを続けた。あの書きこみは、まるっきり口語文だったのだ。
(何だか……)
 胡散臭いわねぇ。
 私がそんな目で見ていることに気づいたのか、ソロモンは再び自分から口を開いた。
「何か色々と疑問があるようだ。僕としてはさっさと浄化を終わらせてしまいたいのでね……質問は1人1つまでで頼むよ」
(つまり最大でも4つ)
 私は隣の璃瑠花、そして向かいの2人と視線を交わした。
 誰も話し出す様子がなかったので、まずは私が問いを投げかける。
「ラルヴァと怨霊は、どこか違うの?」
 あえて差し障りなさそうな所から入った。
「ああ、なるほど」
 ソロモンはそう笑ってから。
「簡単に説明すると、怨霊は怨み辛みを持って死んだ人の霊。ラルヴァは、それを含んでもっと多いのだ。たとえば罪人が処刑された際に落ちる不潔な血・水、処女や人妻の不浄の血などからも、ラルヴァは発するといわれている」
「!」
 ソロモンの言葉に、私は昨日見た説明を思い出した。
『ラルヴァとは、気味の悪い、じめじめした、不吉な、出来損ないのような存在である』
 何となく、その理由がわかったような気がした。
「それでは何故、ソロモン様はラルヴァというものがおわかりになりますの?」
 次に問いを投げたのは璃瑠花だ。
 ソロモンはまたココアに口をつけてから。
「なかなか難しい質問だね。厳密に言うと、僕もわからない」
「えっ?」
 その答えに拍子抜けする。
 するとソロモンは、お手上げのポーズをとって。
「方士だから――としか、言いようがないのだ。ラルヴァは低俗魔術に属するからね」
「方士……ですか?」
「君はまだ子どもだから、特別にその問いも許してあげよう。方士とは魔術師。悪魔に命令を下す権力者のことさ」
 私から見れば明らかにソロモンの方が子どもなのだけれど、ソロモンはそんなふうに答えた。璃瑠花は釈然としない表情をしている。
(曖昧……ね)
「じゃあ次は私から」
 レイベルさんが告げた。視線が彼女に集まる。
「その浄化は、本当に『良きこと』なの?」
「!」
 驚いたのは、ソロモン以外だった。
(確かに……)
 それによりバランスを元に戻すだの言っているのは、ソロモンだけなのだ。しかしソロモンはいまいち信用に欠ける。私たちが騙されている可能性も否定できない。
 レイベルさんは悪戯な笑いを浮かべてソロモンを見ていたけれど、やがてそのソロモンの表情も悪魔的な笑みに変わってゆく。
「少し説明する必要がありそうだ。――仕方ないな。少々長くなるけれど、我慢して聴いてくれ」
 ソロモンはそこで切ると。
「あ、ココアのおかわりを頼むよ」
 図々しく榊さんに頼んだ。榊さんはもう姿を消していたのに、まるで榊さんが呼べば現れることを知っているかのように(もちろん璃瑠花がその場にいなければ無理だが)。
 ソロモンは再びカップいっぱいのココアが出されるのを待ってから、早口で説明を始めた。
「さっき低俗魔術という言葉を使ったがね。それとは別に、高等魔術というものがあるのだ。地の精霊グノーメ、水の精霊ウンデネ、空気の精霊シルフェ、火の精霊サラマンデルといった4大精霊がこちらに属する。まぁ日本語で馴染みある表現をすれば、ノーム・ウンディーネ・シルフ・サラマンダー、かな」
 小説や漫画・ゲームなどで、よく使用される精霊の名前だったから私でも知っていた。それが高等魔術というものに属するというのは知らなかったけれど。
(そもそも)
 高等魔術が何なのかサッパリ理解できない。
 ソロモンは時折ココアに口をつけながら説明を続ける。
「世界は基本的に、対となるもののバランスを保つことでうまく存在している。高等魔術と低俗魔術もそれに同じ。つまり僕が掲示板に書きこんだ『種族バランスの崩壊』とは、4大精霊とラルヴァの関係にある。ただラルヴァの方が多いのは当然なのだ。4大精霊はいわば素性の正しい精霊。純モノだからね。それに対しラルヴァの方は、発生条件が多様で言ってしまえば何でもありだ」
「――それがさらに崩れている、ということですか?」
 口を挟んだのは霜月さん。
 ソロモンは笑みを隠して、神妙な顔をつくり頷いた。
「ラルヴァが増えすぎている、というのが1つ。しかし本当は、それだけではない。4大精霊が減っている」
「!」
「理由は……今の世界を見れば、言わなくてもわかるだろう?」
「………………」
 皆が沈黙した。
 自然破壊、温暖化、汚染されてゆく海……挙げればきりがない。地球そのものが、酷く病んでいるのだ。各地で様々な取り組みが始められているけれど、それでもまだまだ足りないだろう。
「大と小の差があまりに開くと、大が小を食い始めるのがこの世の常。そうなる前に、僕はそれをとめたいのだ」
 ソロモンのその言葉で、私は手伝おうという気になった。最初からそのつもりでここへ来てはいたけれど、より強く。
(出てくる単語は曖昧なものばかり)
 でもその言葉は、理解させる何か強いものを持っていた。
 ソロモンはゆっくりと皆を見回し、手に持ったままだったカップを置く。
「皆納得してくれたようだから、そろそろ行こうか」
 そう言ってソファから立ち上がった。
「待って。霜月さんの質問がまだよ」
 とっさに引きとめた私に。
「何を言っているのかね。さっき僕の説明に問いを挟んだじゃないか」
 ソロモンはそう告げると、さっさとカウンターの方へ歩いてゆく。
(さっき……?)
 少し思い出してみる。
「そういえば……『それがさらに崩れている、ということですか?』と、口を挟んでしまいました」
 私が答えにたどり着く前に、本人が口を開く。そして「どうもすみません」と頭を下げた。
「別に問題ないでしょ。それより早く行かないと」
 そう言ってレイベルさんは、立ち上がりソロモンを追いかける。頷いて霜月さんも続いた。
「ごちそう様」
 私は榊さんと璃瑠花に告げてから、璃瑠花と一緒にそれを追いかけた。


 カウンターでどこかのキーを受け取ったソロモンは、その足をエレベーターの前でとめた。10あるエレベーターのうち、最も左にあるエレベーターだ。
(あら?)
 しかしそのエレベーター、どうやら他の9つとは違うようだった。エレベーターを呼ぶ(もしくは開く)ための▲▼ボタンに、透明なカバーがついていて、しかも鍵がかかっている。
 ソロモンはその鍵穴に、先程カウンターで受け取ったキーを差しこんで回した。「カチリ」と音がしてカバーが開き、ソロモンは中の▲ボタンを押す。すると1階でとまっていたエレベーターはすぐに開いた。
 ソロモンはさっさと乗りこみ、『開』ボタンを押しっ放しにしている。続いて全員が乗りこんだが、やけに広いエレベーター内。当然重量オーバーということはない。
 エレベーターは途中どこにもとまらず、階数の限界でそのドアを開いた。つまり屋上だ。
「今日はここを貸し切りにしたのだ。諸君には思い切り暴れていただこう」
 ソロモンはそう告げると、屋上の真ん中へと歩み出て行った。私たちもそれに続く。
 屋上と言っても高級ホテルの屋上だからかなり広い。床が金属製のようだから、もしかしたら下にプールがあるのかもしれない。屋上の限界を示す柵にはライトがついていて、そのため周りは明るいが中央は暗めになっていた。
(――あら?)
 そのライトの光の中に、季節外れの蝶が見えた。まるでこれから起こることを楽しみに待つかのように、一匹ではないそれはヒラヒラと飛んでいる。
(巻きこまれなければいいけど……)
 追い払ったところできっとまた戻ってくるだろうから、それはやめておいた。
 屋上のちょうど真ん中辺りまで来ると、ソロモンはくるりとこちらを振り返った。
「さて、各自それぞれがラルヴァの収集方法と浄化方法を考えてきたと思う。1人ずつやったのではやはり効率が悪いから、全員一斉にやっていただこうと思っているのだが異存は?」
「あ、あのー……自分で集めたラルヴァは、自分で浄化しなければならないとか、ないですわよね?」
 問いを投げかけたのは璃瑠花だ。
 ソロモンは相変わらず笑顔のまま。
「競争ではないからね。僕としては、たくさん集めてたくさん浄化してくれれば、文句は言わないよ。僕もやるしね。――他に質問は?」
 数十秒、沈黙が続いた。
「ないようだから、始めようか」
 頷いて、皆は自然に大きめの円を作った。皆で集めたラルヴァを皆で浄化するのなら、円の真ん中に集めるのが最も効率がいいからだ。私から右に、璃瑠花、レイベルさん、霜月さん、ソロモンと並んだ。
 私は隣の璃瑠花を気にしながらも、霊を呼ぶ振動を探り始める。
(ラルヴァは怨霊を含んでもっと多い)
 そうソロモンは言っていた。ならば怨霊を惹きつける振動を出せれば、その分だけでも呼べるかもしれないのだ。
 口を開いて、喉を震わす。
(幽霊の声)
 一体どんな声?
 幅を変えて速さを変えて、色々と試してみる。首に手を当てて、震える喉を確かめながら。
 やがて円の中央に、闇の中でもはっきりとわかる何か黒いモノが現れ始めた。全員が一斉にやっているのだから誰が呼んだのかはわからないが、それはどんどん大きくなってゆく。誰かは成功しているらしい(もちろん私かもしれないけれど)。
 その黒いモノの大きさが円を圧迫してゆくと、私たちはそれぞれゆっくりと後ろへ下がり、円を広げていった。
(誰かが浄化に転じなければ)
 私たちが屋上から落ちかねない。
 そう思って、私が先に浄化に入ることにする。
(皆を守りながら)
 ラルヴァを浄化する振動を。
 今度は有声をもって、静かに歌い出した。
   ♪ Gloria in excelsis Deo……
 ここは地上よりも遥かに高い。だから余計に、この歌が効く気がした。
 私は歌い続ける。
 その歌声の中に、時折混じる声は霜月さんのものだろう。
「オン・コ・ロ・コロ・センダ・リ・マ・トゥ・ギ・ソワ・カ……」
 それはまるで刻まれるリズムのように、不思議と私の歌と調和してゆく。
「薬師如来の御力を借り、今必殺の……薬師瑠璃光浄光波ぁぁぁぁぁ!!」
 そんな叫びですら、調和の一つとなり得る。
 やがて膨張を続けていたラルヴァが、その大きさをぴたりととどめた。おそらく集まる数と浄化されてゆく数のバランスがうまく取れているのだろう。
(それなら……)
 私はそのまま、ずっと歌い続けた。
「――うむ……このくらいでいいな」
 しばらく経つと、ソロモンのそんな声が聞こえた。
「収集は終了! あとは浄化の方に徹してくれ!」
 広がった皆に聞こえるように、ソロモンが叫んだ。聞こえたかどうか、間に黒い塊があるため確認できなかったが、それが徐々に収縮していったから聞こえたのだろう。
 直径10メートルほどだったそれが、最後には鞠ほどになり、「ふっ」と消え去った。
(ふぅ……)
 小さく息を吐き、隣の璃瑠花に目をやると。璃瑠花はぺたりと床に座りこんでいた。
「どうしたの?! 璃瑠花ちゃん」
 気になって駆け寄ると、璃瑠花は笑って。
「……何だか、久しぶりに、すごぉ〜く、疲れちゃいました〜」
 そう言って舌を出した。私は少し安心する。
「どこかが痛いとかじゃないのね?」
「それは大丈夫ですわ」
 答えた璃瑠花に、手を差し伸べた。立ち上がるのを手伝ってから、洋服についた汚れを払ってあげる(といっても床はさほど汚れてはいないけれど)。
「ありがとうございます、羽澄おねーさま」
 璃瑠花の笑顔に、私も笑顔を返した。どうやら本当に大丈夫のようだ。
「諸君、ご苦労様!」
 いつの間にか円の中央へ移動していたソロモンが、そんな声を張り上げた。自然と視線が移る。
「おかげでラルヴァの数を大分減らすことができた。これでしばらくは、この東京も安泰だろう」
 演説を続けるソロモンの周りに、皆集まってゆく。私たちも。
「よくやってくれた」
 それからやっとソロモンは、集まった私たちに視線を向けた。
「お礼に、僕のコレクションの中から1つ。『賢者の石』をそれぞれに耳掻き一杯分ずつあげよう」
「………………」
(え……)
 皆が無言だった理由は、おそらく2つあるのだろう。1つは、『賢者の石』の価値がよくわからない。もう1つは、それが耳掻き一杯分だから。
 反応のない私たちが不満なのか、ソロモンは怒ったような顔をつくって。
「この価値がわからないとは、残念なことだ」
「それが本物ならね」
 不意にそんな声を挟んだのは、レイベルさんだ。ソロモンを含む皆の視線が彼女に移動する。
「おや、どうやら君は知っているようだね」
 煽るようなソロモンの言葉にも、レイベルさんは冷めた口調で応えた。
「――『賢者の石』は、卑金属である鉛や水銀すら貴金属に変えてしまう魔法の石。錬金術師なら喉から手が出るほど欲しがる――いえ、厳密に言えば、それを持っていない者は錬金術師とは呼べないわ」
(それはつまり)
 それを使えば黄金が作れるということなのだろうか? だとしたら……
(店長にあげたら喜ぶかな?)
 私はそんなことを考えた。
 ソロモンはレイベルさんの発言に少なからず驚いたようで。
「ほう! よく知ってるじゃないか。もしかして君は錬金術師?」
「まさか。私は医者だ。錬金術は治療法の一種として利用する程度さ」
「へぇ、それは初めて聞いたな……面白い。『賢者の石』は精製がとても難しいのだ。僕とてそう簡単に手に入れられるわけじゃない。これが本物かどうかは、実際に使ってみればわかると思うが……どうやら使えそうなのは君だけのようだ。結果はあの掲示板に書いても構わないよ。どうせ本物だからね」
 ソロモンは言い終わると、ポケットから小さな箱を取り出した。そして全員に手を出させ、箱の中の物質を本物の耳掻きで正確に量り手の平に置いてゆく。
 それを素直に喜んでいるのは、璃瑠花だけのようだった。レイベルさんと霜月さんはなにやら、眉間に皺を寄せている。レイベルさんは偽物ではないかと疑っていて、霜月さんは処理に困っているのだろう。
 全員に配り終わると、ソロモンは何を思ったか入り口とは全然別の方向へ歩いていった。屋上の周りを囲っているライトのうち、1つにめがけて。
 私はふと思い出した。
(そう言えば蝶々……)
 周りを見回してみたが、見あたらない。さっきまでの状況に驚いて既に逃げてしまったのだろうか。
 ライトの方で何かをやっていたソロモンが、こちらへ戻ってきた。その後ろから、数匹の蝶が飛び立つ。
「まぁ、蝶々さんが……」
 璃瑠花も同じものを見ていたのか、口を開いた。
(ソロモンが蝶に何かしていた?)
 一体何を……。それもラルヴァと関係あることなのだろうか。
「――では、これで解散とする。ロビーまでは一緒に行くとしよう」
 もといた場所まで戻ってから、そう告げたソロモンはさっさと歩いてゆく。私は貰った賢者の石をとりあえずハンカチに包みながら、そのあとを追った。ソロモンに続いてエレベーターに乗りこむ(エレベーターはずっとそこにあったようだ)。
「見て見て、羽澄おねーさまっ」
 エレベーターの中、璃瑠花はそう言って私にガラスの小瓶を見せた。中には綿と貰った賢者の石が入っている。おそらくその瓶は榊さんに貰ったのだろう。
「こうしたら、何だか星の砂みたいじゃありませんか?」
「ああ――そうね」
 私と璃瑠花はクスクスと笑った。
(確かに)
 こんなコルクで密閉するような小さな瓶に、他に入れる物といったらそれくらいしか思いつかない。しかも賢者の石は、単色ではなく白・赤・黄・青・緑といった様々な色が少しずつ見えるのだ。キレイ、ではある。
 やがてエレベーターは1階に到着し、乗った順とは逆の順で降りた。私たちは最後に降りてきたソロモンを振り返る。
「それでは、これでお別れだ。ごきげんよう諸君」
 ソロモンはそう少し頭を下げると、わざと私と璃瑠花の間を通ってカウンターの方へ向かおうとした。が、ふと足をとめて。
「そうそう。もしかしたら、いずれまたあのサイトに募集の書きこみをするかもしれない。気が向いたらよろしく頼むよ」
「待って、ソロモン」
 言い残して行こうとしたソロモンを、私がとめた。
「――何かね?」
「結局キミは何者なの? 何故こんなことを?」
(また募集するかもしれない)
 ということは、またこんなことをするかもしれない、ということだ。私の疑問も当然だろう。
 ソロモンはさもおかしそうに口元を歪ませると。
「僕は現代が大好きなのだ。方士だからといって疎まれることもなければ、裁判で裁かれることもない。君たちにとってそれは当然かもしれないが、昔と比べてみれば信じられない状況なのだよ。だから僕は、少しでも『今』を守りたいのだ」
 最後には、子どもの笑顔に変わっていた。こちらを「信じたい」という気持ちにさせる顔。
「――慈善事業、ってことでいいのね?」
「もちろん」
 きっぱりと答えた。
 皆も口を挟まないところを見ると、それぞれの思惑で彼を信用したのだろう。
「では、もう行くよ」
「お待ち下さい!」
「えっ?」
 再びカウンターへ向かおうとしたソロモンを、今度は璃瑠花が呼びとめた。
「あ、あのっ、ソロモン様、おなかが減っていたりしませんか?」
(へ……?)
 璃瑠花の言葉に、ソロモンばかりでなく皆が驚いている。璃瑠花は頬を少し染めながら続けた。
「実はわたくし、こんな時間まで起きているのが久しぶりなものですから、何だかとってもおなかが空いているんですの……。よろしかったら皆さんお付き合いいただけませんか?」
(そう言えば)
 私も何だか空腹を感じる。こんなに長い時間こっちの力を使ったのは久々だったからかもしれない。
「いいわね。じゃあ私が知ってる、美味しいラーメン屋さん行こっか?」
「まぁ、楽しみです♪ お2人ももちろん行きますわよね?」
 璃瑠花は瞳を輝かせて、後ろの2人に問った。
「――まぁ、いいでしょ。少し休みたいわ」
「私も、ついていくだけならば構いませんよ」
 それぞれの返事に、璃瑠花は満足して頷く。
「僕の返事は聞かないわけだね」
 ソロモンは呆れたような顔をつくりながらも。
「わかった、行くよ。その代わり奢りはナシだ」
「もちろんですわ!」
 どうやら璃瑠花の1人勝ちのようだ。
 そうして私たちは、もうすぐ日が変わるというのに、皆でラーメン屋へと向かったのだった。










                                   (了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名   / 性別 / 年齢 /     職業      】
【 1282 / 光月・羽澄   / 女  / 18 /
                  高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【 1069 / 護堂・霜月   / 男  / 999  /    真言宗僧侶    】
【 1316 / 御影・璃瑠花  / 女  / 11 /   お嬢様・モデル   】
【 0164 / 斎・悠也    / 男  / 21 / 大学生・バイトでホスト 】
【 0606 / レイベル・ラブ / 女  / 395  /  ストリートドクター  】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 毎度のご参加ありがとうございます_(_^_)_
 今回はちょっと時間がかかってしまって申し訳ありません。時間がかかった割にはあまり納得できるような出来ではないのですが、現時点でできる範囲で精一杯書かせていただきました。ご意見・ご感想・間違いなどありましたらお気軽にどうぞ^^
 一部解説:ミサ曲みたいな感じ……ということで今回賛美歌の出だしを使ってみました(キリスト教とは何の関係もないのですけどね/笑)。意味は”天のいと高きところには神の栄光”です。歌の後の一文はこれを踏まえた表現なのでした。わかりにくくてすみません^^;

 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝