コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


ラルヴァを集めよ

□■オープニング■□

 ある日雫のサイトに、こんな募集が書きこまれた。


協力者募集 投稿者:ソロモン 投稿日:200X.02.20 18:40

  今東京では、増えすぎたラルヴァのために種族バランスが崩れ、
  歪みが生じている。
  このまま放置しておけばいずれ必ず東京都民全員の安眠が阻害
  されるだろう。
  それを防ぐため僕は、ラルヴァを集め浄化することでバランスを
  元に戻すことにした。
  そこで協力者を求む。
  ラルヴァを集める方法・浄化手段を持つ者はレスをお願いする。


一つ質問  投稿者:結花   投稿日:200X.02.20 20:20

  ラルヴァって何ですか?


怨霊のこと 投稿者:ソロモン 投稿日:200X.02.20 21:53

  ラルヴァとは、怨霊のことだ。
  たとえば殺人者の魂や無益に消費された命が、身体が滅びた後
  までも執拗に存在し続けようとする時。その怨念や執念がラル
  ヴァとなると云われている。
  またラルヴァは、不健康な夢想や挫折した意志、満たされない
  欲望や恨みに好んで集まる性質がある。夢魔とよく似ていて、
  無防備な睡眠中に襲ってくるのだ。
  そんなものを大量に放置しておくのは危険だろう?


 それを読んだあなたは、ゆっくりとキーを打ちこんだ……。


□■視点⇒護堂・霜月(ごどう・そうげつ)■□

 待ち合わせ場所として掲示板に書きこまれた場所は、新宿にある某高級ホテルだった。
 いつもの袈裟姿で自動ドアをくぐるには少し勇気がいったが、思ったほど視線は刺さらない。おそらく従業員はかなり鍛えられてあるのだろう。
(どんな人物が来てもうろたえるな)
 そんな感じかもしれない。
 待ち合わせはそのホテルのロビーで、場所まで指定してあった。確かいちばん入り口に近いテーブルの周り――
(……人がいるな)
 見ると、20代くらいの女性が1人座っていた。掲示板を見る限りでは自分以外は全員女性のようだったから、彼女が協力者の1人であってもおかしくはない。
「こんばんは」
 とりあえず近づいて声をかけてみる。
「失礼ですが、あなた様はソロモン様を手伝いに来た方ですか?」
 すると彼女は容赦なく私を上から下まで眺めてから、やっと口を開いた。
「そうだけど――あなたも?」
「はい。真言僧の護堂・霜月といいます。まだ修行中ですが……今日はよろしくお願い致します」
 網代笠を取って、軽く頭を下げた。彼女は軽く頷いて。
「私はレイベル・ラブ。ストリートドクターをやっているわ」
「ほう、お医者様ですか」
 会話を始めながら、少し迷って隣に座った。入り口が見える方がいいと思ったからだ。
「そんな大層なもんじゃないわ。借金は増える一方だし」
 彼女――レイベル様も同じように考えてこの方向へ座ったのだろう。視線は入り口を向いたまま、そんなふうに言い捨てた。私は返す言葉に困って、結局は無言で同じ方を見る。
 すると、いかにも高級ホテルにぴったりな少女が入ってくるのが見えた。フリルやレースでいっぱいの洋服に、クマのぬいぐるみを抱いている。
(さすがにあの娘は違うだろうな……)
 と思っていると、その娘はずんずんとこちらへ近づいてきた。
(え……?!)
「こんばんは♪ ソロモン様が指定した待ち合わせ場所は、ここで合っていますわよね?」
 無邪気な笑顔でそう問いかけてきた。私が言葉を失っていると。
「ええそうよ。お久しぶりね、璃瑠花ちゃん」
 レイベル様が答えた。
「はいっ。お久しぶりです、レイベル様」
 どうやら2人は知り合いらしい。
「そちらの方は、初めまして、ですわよね? わたくし、御影・璃瑠花(みかげ・るりか)と申します。よろしくお願い致しますね」
 私たちの向かい側に座った少女――璃瑠花様は、私に向かってそう自己紹介をしてくれた。私も返す。
「私は護堂・霜月といいます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「霜月様は、確か本物のお坊様でいらっしゃるんでしたよね? コスプレではなくて」
(?!)
 璃瑠花様が最後につけ加えた一言に、隣のレイベル様が笑いを堪えているのがわかる。
 璃瑠花様はおそらく、私が掲示板に書きこんだ内容を覚えていて確認したのだと思うが。
(よりによってコスプレとは……)
「――そうです。まだ修行中の身ではありますが」
 私が多少引きつった笑いでそう答えると。
「でも、お坊様であることには変わりありませんわよね? わたくし、お坊様をこんなに間近で拝見したのは初めてかもしれません。ちょっと感動です〜〜♪」
 璃瑠花様は祈るようなポーズで、瞳を輝かせてこちらを見つめた。私の顔はさらに引きつる。どんな表情をしたらいいのかわからないからだ。
 しばらくそうして観賞に満足すると、璃瑠花様は抱いていたぬいぐるみに目をやり。
「まだ少し時間がありますわね……。あ、そうだわ。榊! ホットココアを用意して〜」
 突然声を大きくした。するとどこからともなく青年が現れ「かしこまりました」と告げてまた消えていった。
(………………)
 「クマに時計でもついているのですか?」とか、「彼は何者ですか?」とか、声に出して確認する勇気はない。
 間を置かず、先程の青年が璃瑠花様ご所望のココアを持って現れる。
「お2人とも、いかがですか?」
 カップは既に3つ用意してあったので、遠慮なくいただくことにする。
「ありがとうございます」
「どうも」
 礼を告げて、一口飲みこんだ。寒さなど感じていなかったが、身体の内側から温まっていくのがわかる。
(美味しいな)
 ココアなど久しぶりに飲んだから、余計にそう感じたのかもしれない。
 しばらく皆でココアを飲んでいると、不意にレイベル様が璃瑠花様を見て告げた。
「来たわよ」
「え?」
 璃瑠花様はカップを置いて、ソファの上で身体ごと振り返る。
「あっ、羽澄おねーさま〜」
 そしてすぐに、そんな嬉しそうな声をあげた。
 声をかけられた女性も嬉しそうに、ゆっくりと近づいてくる。掲示板に書きこまれていた名前で、まだ来ていないのは光月・羽澄(こうづき・はずみ)様だけだった。つまり彼女がそうなのだろう。
「こんばんは、瑠璃花ちゃん」
「おねーさま、ココアをどうぞ♪」
 羽澄様は璃瑠花様の隣に座ると、すすめられたココアを受け取った。
「ありがと」
 これからさらに和んだ会話が始まるのだろうと、予想した時だった。
「――僕の分もあるかね?」
 羽澄様の後ろから、不意に声がした。
「初めまして。僕がソロモンだ」
 そう告げたのは、黒いダッフルコートを着こんだ子ども。私たちの視線を確認してから、にやりと笑う。
「まぁっ」
「あなたが?」
「…………」
 それぞれが反応を返すと、その子ども――ソロモン様は満足したように璃瑠花様の隣に座った。先程の青年がまた、素早くココアを用意する。
「どうも」
 短く告げて、ソロモン様は皆が見守る中、ゆっくりとココアをすすった。それからやはりゆっくりと、口を開く。
「集まってくれて感謝する。1人でやっていたらキリがないのだ」
 そこで間を置いてから。
「普通ならここで自己紹介といくのだろうが、あいにく僕は名前には興味がない。知りたければ各自勝手に確認をしてくれ」
 子どもとは思えない口調で、そんなことを続けた。どうやらあの書きこみは、彼の口調そのままだったのだ。
 私たちの戸惑いの空気を感じてか、ソロモン様は再び自分から口を開いた。
「何か色々と疑問があるようだ。僕としてはさっさと浄化を終わらせてしまいたいのでね……質問は1人1つまでで頼むよ」
(つまり最大でも4つ)
 私は隣のレイベル様、そして向かいの2人と視線を交わした。
 まずは羽澄様が問いを投げかける。
「ラルヴァと怨霊は、どこか違うの?」
 なかなかいい問いだった。
(確かに)
 ソロモン様が掲示板で書いた説明では、ラルヴァは怨霊ではあるけれど多少違うというようなニュアンスを含んでいた。
「ああ、なるほど」
 ソロモン様はそう笑ってから。
「簡単に説明すると、怨霊は怨み辛みを持って死んだ人の霊。ラルヴァは、それを含んでもっと多いのだ。たとえば罪人が処刑された際に落ちる不潔な血・水、処女や人妻の不浄の血などからも、ラルヴァは発するといわれている」
(なるほど……)
 怨霊はかつて生きていた者しかなり得ないが、ラルヴァは物からでも発生するということか。
「それでは何故、ソロモン様はラルヴァというものがおわかりになりますの?」
 次に問いを投げたのは璃瑠花様だ。
 ソロモン様はまたココアに口をつけてから。
「なかなか難しい質問だね。厳密に言うと、僕もわからない」
「えっ?」
 その答えに拍子抜けする。
 するとソロモン様は、お手上げのポーズをとって。
「方士だから――としか、言いようがないのだ。ラルヴァは低俗魔術に属するからね」
「方士……ですか?」
「君はまだ子どもだから、特別にその問いも許してあげよう。方士とは魔術師。悪魔に命令を下す権力者のことさ」
 私から見れば明らかにソロモン様の方が璃瑠花様より年下なのだが、ソロモン様はそんなふうに答えた。璃瑠花様は釈然としない表情をしている。
(当然か)
 抽象的なものを抽象的な言葉で表現されたところで、理解できるはずがない。もっとも、私からしてみれば宗教的に思考そのものが違うからさらに理解できないのだが。
「じゃあ次は私から」
 私が口を開こうか迷っているうちに、レイベル様が発言した。視線が彼女に集まる。
「その浄化は、本当に『良きこと』なの?」
「!」
 驚いたのは、ソロモン様以外だった。
(確かに……)
 それによりバランスを元に戻すのだと言っているのはソロモン様だけなのだ。しかしソロモン様のこの口調ではいまひとつ信用に欠ける。私たちが騙されている可能性も否定できない。
 レイベル様は悪戯な笑いを浮かべながらソロモン様を見ていたが、やがてそのソロモン様の表情も悪魔的な笑みに変わった。
「少し説明する必要がありそうだ。――仕方ないな。少々長くなるけれど、我慢して聴いてくれ」
 ソロモン様はそこで切ると。
「あ、ココアのおかわりを頼むよ」
 図々しく先程の青年に頼んだ。
 ソロモン様は再びカップいっぱいのココアが出されるのを待ってから、早口で説明を始めた。
「さっき低俗魔術という言葉を使ったがね。それとは別に、高等魔術というものがあるのだ。地の精霊グノーメ、水の精霊ウンデネ、空気の精霊シルフェ、火の精霊サラマンデルといった4大精霊がこちらに属する。まぁ日本語で馴染みある表現をすれば、ノーム・ウンディーネ・シルフ・サラマンダー、かな」
 説明されるものは、相変わらず仏教とは無関係な単語。この瞬間いちばん落ちこぼれているのは私だろう。たとえ永く生きていても、自分と関係のない分野にはまったく疎いものだ。
 ソロモン様は時折ココアに口をつけながら説明を続ける。
「世界は基本的に、対となるもののバランスを保つことでうまく存在している。高等魔術と低俗魔術もそれに同じ。つまり僕が掲示板に書きこんだ『種族バランスの崩壊』とは、4大精霊とラルヴァの関係にある。ただラルヴァの方が多いのは当然なのだ。4大精霊はいわば素性の正しい精霊。純モノだからね。それに対しラルヴァの方は、発生条件が多様で言ってしまえば何でもありだ」
 私は何とかソロモン様の思考についていこうと、問いを挟んだ。
「――それがさらに崩れている、ということですか?」
 するとソロモン様は笑みを隠して、神妙な顔をつくり頷く。
「ラルヴァが増えすぎている、というのが1つ。しかし本当は、それだけではない。4大精霊が減っている」
「!」
「理由は……今の世界を見れば、言わなくてもわかるだろう?」
「………………」
 皆が沈黙した。
 自然破壊、温暖化、汚染されてゆく海……挙げればきりがない。地球そのものが、酷く病んでいるのだ。各地で様々な取り組みが始められているが、それでもまだまだ足りないだろう。
「大と小の差があまりに開くと、大が小を食い始めるのがこの世の常。そうなる前に、僕はそれをとめたいのだ」
 ソロモン様のその言葉に、私は今日ここへ来たのは正しかったと感じた。掲示板を見た時は、ただ困っているようだから手伝おうかというくらいだったが、今は違う。
(曖昧な中にも、説得力を感じた)
 私もそれをとめるために、協力しようと思った。
(そもそも)
 真言宗には、相互に助け合い平和社会の建設を目指すという教えがある。ソロモン様の本心がどこにあろうと、ラルヴァが本当に平和を脅かす存在ならば、それを浄化することはその教えに通ずるのだ。
 ソロモン様はゆっくりと皆を見回し、手に持ったままだったカップを置く。
「皆納得してくれたようだから、そろそろ行こうか」
 そう言ってソファから立ち上がった。
「待って。霜月さんの質問がまだよ」
 それを引きとめたのは羽澄様だ。
「何を言っているのかね。さっき僕の説明に問いを挟んだじゃないか」
 ソロモン様はそう告げると、颯爽とカウンターの方へ歩いてゆく。
(あ……)
 私は自分の発言を思い出した。
「そういえば……『それがさらに崩れている、ということですか?』と、口を挟んでしまいました」
(軽率だったな)
「どうもすみません」
 私が頭を下げると。
「別に問題ないでしょ。それより早く行かないと」
 レイベル様はそう言って立ち上がり、ソロモン様を追いかけて行った。私はその心遣いに感謝しながら、残った2人に頷いてそのあとを追った。


 カウンターでどこかのキーを受け取ったソロモン様は、その足をエレベーターの前でとめた。10あるエレベーターのうち、最も左にあるエレベーターだ。
(……?)
 しかしそのエレベーター、どうやら他の9つとは違うようだ。エレベーターを呼ぶ(もしくは開く)ための▲▼ボタンに、透明なカバーがついていて、しかも鍵がかかっている。
 ソロモン様はその鍵穴に、先程カウンターで受け取ったキーを差しこんで回した。「カチリ」と音がしてカバーが開き、ソロモン様は中の▲ボタンを押す。すると1階でとまっていたエレベーターはすぐに開いた。
 ソロモン様はさっさと乗りこみ、『開』ボタンを押しっ放しにしている。続いて全員が乗りこんだが、やけに広いエレベーター内。当然重量オーバーということはなかった。
 エレベーターは途中どこにもとまらず、階数の限界でそのドアを開いた。つまり屋上だ。
「今日はここを貸し切りにしたのだ。諸君には思い切り暴れていただこう」
 ソロモン様はそう告げると、屋上の真ん中へと歩み出て行った。私たちもそれに続く。
 屋上と言っても高級ホテルの屋上であるからかなり広い。床が金属製のところを見ると、もしかしたら下にプールがあるのかもしれない。屋上の限界を示す柵にはライトがついていて、そのため周囲は明るいが中央は暗めになっていた。
(――ん?)
 そのライトの光の中に、季節外れの蝶が見えた。まるでこれから起こることを楽しみに待つかのように、一匹ではないそれはヒラヒラと飛んでいる。
(こんな場所でも、まだ蝶が見れるのか……)
 私は少し嬉しくなった。
 屋上のちょうど真ん中辺りまで来ると、ソロモン様はくるりとこちらを振り返った。
「さて、各自それぞれがラルヴァの収集方法と浄化方法を考えてきたと思う。1人ずつやったのではやはり効率が悪いから、全員一斉にやっていただこうと思っているのだが異存は?」
「あ、あのー……自分で集めたラルヴァは、自分で浄化しなければならないとか、ないですわよね?」
 問いを投げかけたのは璃瑠花様だ。
 ソロモン様は相変わらず笑顔のまま。
「競争ではないからね。僕としては、たくさん集めてたくさん浄化してくれれば、文句は言わないよ。僕もやるしね。――他に質問は?」
 数十秒、沈黙が続いた。
「ないようだから、始めようか」
 頷いて、皆は自然に大きめの円を作った。皆で集めたラルヴァを皆で浄化するのだから、円の真ん中に集めるのが最も効率がいい。私はレイベル様とソロモン様の間に並んだ。
 それぞれがそれぞれの方法を開始する中、私も考えてきた方法を試みる。
(ラルヴァが集まるのは)
 不健康な夢想や挫折した意志、満たされない欲望や恨みにだとソロモン様は書いていた。ならばそういった感情を持った浮遊霊を形代に封じて、人と思わせ集まってきたところを浄化するのがいい。
 私はそのつもりで持参してきた形代を、懐から取り出した。それを両手の平で挟み持ち、悪しき浮遊霊を封じこめようと試みる。集中力を高めるために、口は自然と光明真言をうたった。
「オン・ア・ボ・キャ・ベイ・ロ・シャ・ナゥ・マ・カ・ボ・ダラ・マ・ニ・ハン・ドマ・ヂンバ・ラ・ハラ・バ・リタ・ヤ・ウンっ」
 それを幾度となく繰り返し、集中力を極限まで高めてゆく。やがて手の中の形代が震え出したのを確かめてから、円の中央へと投げこんだ。
(あとはラルヴァが食いつくのを待つだけ)
 と言っても、他のメンバーも他の方法で集めているはずだ。さほど時間はかからないだろう。
 思ったとおり数分とかからず。円の中央に何か、闇の中でもはっきりとわかる黒いモノが現れ始めた。一斉にやっているだけに効果は絶大なのか、それはどんどん大きくなってゆく。
 その黒いモノの大きさが円を圧迫してゆくと、私たちはそれぞれゆっくりと後ろへ下がり、円を広げていった。
(私の収集はもう終わった)
 先に、浄化へと転ずることにする。
(浄化の真言)
 そんな便利なものは、本当は存在しない。けれど真言の訳を正確に知ることで、それを転用することは可能だ。
 ラルヴァのような、欲望の塊に聞かせるべき真言はこれだ。
「オン・コ・ロ・コロ・センダ・リ・マ・トゥ・ギ・ソワ・カ……」
(速やかに叶えよ)
 貧しき者たちの願い。
 それは、心貧しき者たちにも通ず――
「薬師如来の御力を借り、今必殺の……薬師瑠璃光浄光波ぁぁぁぁぁ!!」
 真っ直ぐに伸ばされた両手から放たれた光が、黒い塊を直撃する。そして少し弾けた。
 薬師如来は癒しの仏。悪しき願いは幻想の中で叶えられ、癒された闇は光へと還るだろう。
 そうして浄化を続けているとやがて、膨張を続けていたラルヴァがその大きさをぴたりととどめた。おそらく集まる数と浄化されてゆく数のバランスがうまく取れているのだろう。私以外にも羽澄様が浄化を担当しているようで、キレイな歌声が聞こえていた。
 そのままさらにしばらく続けていると、やっとソロモン様の声がかかった。
「収集は終了! あとは浄化の方に徹してくれ!」
 そんな声が聞こえたから、私はまた神経を集中して、形代に封じこめていた浮遊霊を解放した。これで新しいラルヴァを呼ぶことはない。そしてまた浄化へと戻った。
 やがて、直径10メートルほどだった黒い闇は、最後には鞠ほどになり、「ふっ」と消え去った。
(終わったか……)
 私は小さく息を吐き、ずっと前へ突き出したままだった腕を下した。さすがに少し疲れた。
 闇が消え去った空間を何となく眺めていた。するとソロモン様が視界に入ってきて、私が投げこんだままそこに落ちていた形代を拾いあげた。そして私に、それを投げてよこす。
(おっ……と)
 うまくキャッチした私は、それを懐にしまいこんだ。軽く頭を下げる。
 ソロモン様はこちらに笑ってから。
「諸君、ご苦労様!」
 皆に向かって声を張り上げた。
「おかげでラルヴァの数を大分減らすことができた。これでしばらくは、この東京も安泰だろう」
 皆自然にそちらへ集まってゆく。
「よくやってくれた」
 ソロモン様はそう告げて私たちを見回すと。
「お礼に、僕のコレクションの中から1つ。『賢者の石』をそれぞれに耳掻き一杯分ずつあげよう」
 そんなことを言った。
「………………」
 皆が無言だった理由は、おそらく2つあるのだろう。1つは、『賢者の石』の価値がよくわからない。もう1つは、それが耳掻き一杯分だから。
 反応のない私たちが不満なのか、ソロモン様は怒ったような顔をつくって。
「この価値がわからないとは、残念なことだ」
「それが本物ならね」
 不意にそう挟んだのは、レイベル様だ。ソロモン様を含む皆の視線が彼女に移動する。
「おや、どうやら君は知っているようだね」
 煽るようなソロモン様の言葉にも、レイベル様は冷めた口調で応えた。
「――『賢者の石』は、卑金属である鉛や水銀すら貴金属に変えてしまう魔法の石。錬金術師なら喉から手が出るほど欲しがる――いえ、厳密に言えば、それを持っていない者は錬金術師とは呼べないわ」
(それはつまり)
 それを使えば黄金が作れるということなのだろうか? だとしても、私には無用の長物だが……。
 ソロモン様はレイベル様の発言に少なからず驚いたようで。
「ほう! よく知ってるじゃないか。もしかして君は錬金術師?」
「まさか。私は医者だ。錬金術は治療法の一種として利用する程度さ」
「へぇ、それは初めて聞いたな……面白い。『賢者の石』は精製がとても難しいのだ。僕とてそう簡単に手に入れられるわけじゃない。これが本物かどうかは、実際に使ってみればわかると思うが……どうやら使えそうなのは君だけのようだ。結果はあの掲示板に書いても構わないよ。どうせ本物だからね」
 ソロモン様は言い終わると、ポケットから小さな箱を取り出した。そして全員に手を出させ、箱の中の物質を本物の耳掻きで正確に量り手の平に置いてゆく。
 それを素直に喜んでいるのは、どうやら璃瑠花様だけのようだった。羽澄様は半信半疑の顔で受け取っていたし、レイベル様は眉間に皺を寄せていた。おそらく私も、客観的に見たらそんな感じだろうが。
 全員に配り終えると、ソロモン様は何を思ったか入り口とは全然別の方向へ歩いていった。屋上の周りを囲っているライトのうち、1つにめがけて。
 私はふと思い出した。
(そう言えば蝶が……)
 周りを見回してみたが、見あたらない。先程までの状況に驚いて既に逃げてしまったのだろうか。
 ライトの方で何かをやっていたソロモン様が、こちらへ戻ってきた。その後ろから、数匹の蝶が飛び立つ。
「まぁ、蝶々さんが……」
 璃瑠花様も同じものを見ていたのか、口を開いた。
「――では、これで解散とする。ロビーまでは一緒に行くとしよう」
 もといた場所まで戻ってから、そう告げたソロモン様は1人颯爽と歩いてゆく。羽澄様と璃瑠花様があとに続き、さらに続こうとしたレイベル様を私は呼びとめた。
「よろしかったら、これをどうぞ」
「え?」
 今貰ったばかりの小さな欠片を差し出す。
「本物でも偽物でも、私には使い道がありませんから。偽物でしたらもちろん捨てて下さって構いませんよ」
 私がそう告げると、レイベル様は「じゃあ」と言って受け取ってくれた。
「ありがと」
 そうして私たちも、既に皆が乗りこんでいるエレベーターへと急いだ。
 最初に集まっていた1階のロビーに到着すると。
「それでは、これでお別れだ。ごきげんよう諸君」
 ソロモン様はそう少し頭を下げ、カウンターの方へ向かおうとした。が、ふと足をとめて。
「そうそう。もしかしたら、いずれまたあのサイトに募集の書きこみをするかもしれない。気が向いたらよろしく頼むよ」
「待って、ソロモン」
 言い残して行こうとしたソロモン様を、羽澄様がとめる。
「――何かね?」
「結局キミは何者なの? 何故こんなことを?」
 彼女のその問いも、無理はなかった。何故ならおそらく全員が、それを疑問に思っていただろうから。
 するとソロモン様はさもおかしそうに口元を歪ませて。
「僕は現代が大好きなのだ。方士だからといって疎まれることもなければ、裁判で裁かれることもない。君たちにとってそれは当然かもしれないが、昔と比べてみれば信じられない状況なのだよ。だから僕は、少しでも『今』を守りたいのだ」
 最後には、子どもの笑顔に変わっていた。こちらを「信じたい」という気持ちにさせる顔。
「――慈善事業、ってことでいいのね?」
「もちろん」
 確認した羽澄様の問いに、きっぱりと答えた。口調は相変わらずだが、会った直後よりは遥かに信用できる返事だった。
「では、もう行くよ」
「お待ち下さい!」
「えっ?」
 再びカウンターへ向かおうとしたソロモン様を、今度は璃瑠花様が呼びとめた。
「あ、あのっ、ソロモン様、おなかが減っていたりしませんか?」
(む……?)
 璃瑠花様の言葉に、ソロモン様ばかりでなく皆が驚いている。璃瑠花様は頬を少し染めながら続けた。
「実はわたくし、こんな時間まで起きているのが久しぶりなものですから、何だかとってもおなかが空いているんですの……。よろしかったら皆さんお付き合いいただけませんか?」
(皆さん?)
 それは私も含まれているのだろうか。
 問いかける前に、羽澄様が返事をした。
「いいわね。じゃあ私が知ってる、美味しいラーメン屋さん行こっか?」
「まぁ、楽しみです♪ お2人ももちろん行きますわよね?」
 璃瑠花様は瞳を輝かせて、今度は私とレイベル様を見る。やはり含まれているらしい。
「――まぁ、いいでしょ。少し休みたいわ」
 レイベル様が答えた。私も、断る理由はない。
「私も、ついていくだけならば構いませんよ」
 私たちの返事に、璃瑠花様は満足して頷いた。
「僕の返事は聞かないわけだね」
 ソロモン様は呆れたような顔をつくりながらも。
「わかった、行くよ。その代わり奢りはナシだ」
「もちろんですわ!」
 どうやら璃瑠花様の1人勝ちのようだ。
 そうして私たちは、もうすぐ日が変わるというのに、皆でラーメン屋へと向かったのだった。










                                   (了)

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号/   PC名   / 性別 / 年齢 /     職業      】
【 1282 / 光月・羽澄   / 女  / 18 /
                  高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【 1069 / 護堂・霜月   / 男  / 999  /    真言宗僧侶    】
【 1316 / 御影・璃瑠花  / 女  / 11 /   お嬢様・モデル   】
【 0164 / 斎・悠也    / 男  / 21 / 大学生・バイトでホスト 】
【 0606 / レイベル・ラブ / 女  / 395  /  ストリートドクター  】


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは^^ 伊塚和水です。
 再度のご参加ありがとうございます_(_^_)_
 今回はちょっと時間がかかってしまって申し訳ありません。時間がかかった割にはあまり納得できるような出来ではないのですが、現時点でできる範囲で精一杯書かせていただきました。ご意見・ご感想・間違いなどありましたらお気軽にどうぞ^^
 一部解説:どうしても真言を使いたくて、勝手に使ってしまいました。事情があってカタカナで統一させていただきましたが……。イメージで薬師如来をお使いになったということでしたが、うまく使えそうだったのでそのまま利用させていただきました。ちなみに薬師如来の真言の意味は”速やかに早く、一番貧しい人の願いも成就させて下さい”だそうです。なお、この訳や真言宗の教えは私的にかなり歪曲された解釈で使用されておりますのでお気をつけて……(笑)。

 それでは、またお会いできることを願って……。

 伊塚和水 拝