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ラルヴァを集めよ
□■オープニング■□
ある日雫のサイトに、こんな募集が書きこまれた。
協力者募集 投稿者:ソロモン 投稿日:200X.02.20 18:40
今東京では、増えすぎたラルヴァのために種族バランスが崩れ、
歪みが生じている。
このまま放置しておけばいずれ必ず東京都民全員の安眠が阻害
されるだろう。
それを防ぐため僕は、ラルヴァを集め浄化することでバランスを
元に戻すことにした。
そこで協力者を求む。
ラルヴァを集める方法・浄化手段を持つ者はレスをお願いする。
一つ質問 投稿者:結花 投稿日:200X.02.20 20:20
ラルヴァって何ですか?
怨霊のこと 投稿者:ソロモン 投稿日:200X.02.20 21:53
ラルヴァとは、怨霊のことだ。
たとえば殺人者の魂や無益に消費された命が、身体が滅びた後
までも執拗に存在し続けようとする時。その怨念や執念がラル
ヴァとなると云われている。
またラルヴァは、不健康な夢想や挫折した意志、満たされない
欲望や恨みに好んで集まる性質がある。夢魔とよく似ていて、
無防備な睡眠中に襲ってくるのだ。
そんなものを大量に放置しておくのは危険だろう?
それを読んだあなたは、ゆっくりとキーを打ちこんだ……。
□■視点⇒御影・璃瑠花(みかげ・るりか)■□
その書きこみを見たわたくしは、まず悠也おにーさまに相談してみることにしました。ソロモン様がお困りのようでしたのでお手伝いしたいと思ったのですが、ラルヴァというものがよくわからないのもあって、やっぱり少し怖かったからです。
「――あ、悠也おにーさまですか? 璃瑠花です」
電磁波の影響を与えないようにと、パソコンから少し離れて、お気に入りのクマのぬいぐるみで悠也おにーさまに電話をしました。
『こんばんは、璃瑠花さん。どうなさったんですか?』
電話口から聞こえる悠也おにーさまの声はいつもどおり優しくて、それだけでわたくしはとても心が落ち着きます。
「実は悠也おにーさまに、相談したいことがありますの」
わたくしはそう切り出して、掲示板に書かれていた内容をおにーさまに伝えました。そしてできれば、お手伝いしたいのだと。
すると悠也おにーさまは。
『――そうですね……もしそれが慈善事業なのだとしたら、何か裏があるかもしれません。十分に気をつけて行きなさい』
「はいっ」
『それと、榊さんをこちらへ。役に立ちそうな物を持たせましょう。もっとも、力のある方々が集まるでしょうから、見学していても大丈夫だとは思いますけどね。気になったら光の魔法でこっそりお手伝いしなさい。今回は特別に許しますから』
「わかりました。ありがとうございますっ、悠也おにーさま♪」
クマさんに向かって何度もお辞儀をしてから、通話を終了させました。榊には悠也おにーさまのマンションまで行ってもらい、その間わたくしは例の掲示板に書きこみます。
(お手伝いします……っと)
投稿ボタンを押すと、当たり前ですが掲示板は自動で更新されます。
(あら?)
その更新された掲示板を見て、わたくしは驚きました。わたくしが悠也おにーさまに電話をしている間に、どなたかがレスをしていたらしく、わたくしのレスの上にもう1つレスが現れたのです。そしてそのお名前は……
(羽澄おねーさまですわvv)
どうやら羽澄おねーさまもラルヴァ集めに参加するらしく、わたくしはとても心強く感じました。怖さもだんだんと和らいでいきます。
その後、ソロモン様から明日の待ち合わせの情報が提示されるのと、榊が悠也おにーさまの所から戻ってくるのはほとんど同時のことでした。
そうしてわたくしはその夜、どこか不思議なわくわく感を胸に眠りについたのです。
★
翌日の夜。
待ち合わせの時間に余裕を持って、わたくしは車で出かけました。待ち合わせ場所は新宿の某高級ホテルです。わたくしは何度かそのホテルのホールで行われたパーティーに出席したことがあるので、行ったことのない場所へ向かうよりは遥かに安心でした。
ホテルの入り口へ乗りつけて、車を降ります。手にはいつものクマのぬいぐるみと。ぬいぐるみのリュックの中には、昨日榊が悠也おにーさまから預かってきた闇を引きつけるお香が入っています。それをぬいぐるみごと、ぎゅっと抱きしめました。
入り口の自動ドアをくぐって、ソロモン様が指定していた場所へ目をやります。
(入り口からいちばん近いテーブルの周り……でしたわよね)
見ると、男女の2人がこちらを見ていました。女性の方はわたくしも知っている方ですので、間違いはありません。けれど男性の方は知らない方でしたので、わざとわかりやすく確認することにしました。
「こんばんは♪ ソロモン様が指定した待ち合わせ場所は、ここで合っていますわよね?」
お2人に笑顔を向けて訊ねると。
「ええそうよ。お久しぶりね、璃瑠花ちゃん」
レイベル・ラブ様が返して下さいました。
「はいっ。お久しぶりです、レイベル様」
私はレイベル様の向かいに腰を下ろしてから、男性の方へ振ります。
「そちらの方は、初めまして、ですわよね? わたくし、御影・璃瑠花と申します。よろしくお願い致しますね」
「私は護堂・霜月(ごどう・そうげつ)といいます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
そう挨拶を返して下さった霜月様は、袈裟に網代笠といった、いかにもお坊様の格好をしていらっしゃいました。そこでわたくしは、昨日見た掲示板の書きこみを思い出します。
(そういえば……)
「霜月様は、確か本物のお坊様でいらっしゃるんでしたよね? コスプレではなくて」
自分は僧侶であると、書きこんでいらっしゃったはずです。ただわたくしは、まさかこの格好でいらっしゃるとは思わなかったものですから、ちょっと確認してみたくなったのでした。
わたくしの言葉にレイベル様は何故か、笑いを堪えていらっしゃるようです。その隣で、霜月様は心なしか引きつった笑顔で答えて下さいました。
「――そうです。まだ修行中の身ではありますが」
それでわたくしは嬉しくなります。
「でも、お坊様であることには変わりありませんわよね? わたくし、お坊様をこんなに間近で拝見したのは初めてかもしれません。ちょっと感動です〜〜♪」
遠くから見たことはあったのです。わたくしだって、お葬式くらい参加したことはありますから。でもこんなに身近で、親しくお話をさせていただけるのは初めてだったのです。とても貴重な体験です!
わたくしはしばらくそうして、袈裟が良くお似合いの霜月様を観察してから。ふと思い出して、クマさんPHSの画面に目をやりました。時間を確かめるためです。
「まだ少し時間がありますわね……。あ、そうだわ。榊! ホットココアを用意して〜」
わたくしは声を張り上げて、近くにいるはずの榊に命令しました。
(羽澄おねーさまがまだいらっしゃっていない……)
羽澄おねーさまが住んでいらっしゃるのは、同じ新宿で確かここからさほど離れていないはずです。ですからきっと歩いていらっしゃるでしょう。
それを予想したわたくしは、羽澄おねーさまが到着した時に、温かいココアで身体を温めてあげたいと思ったのでした(幸いまだ少し時間がありましたし)。車で来たわたくしはあまり感じませんでしたが、外はまだ寒いはずですから。
やがて榊がココアを用意して現れると。
「お2人とも、いかがですか?」
向かいに座っていらっしゃるお2人にもすすめます。榊があらかじめ人数分のカップを用意しているのを見て、お2人とも遠慮をやめたようでした。
「ありがとうございます」
「どうも」
口をつけたお2人を確認して、わたくしも自分のカップに口をつけます。
(ん〜〜〜美味し〜〜)
やはり榊の入れたココアは一味違う気がします。
そうしてわたくしたちがココアで和んでいると、不意にレイベル様と目が合いました。
「来たわよ」
「え?」
短い言葉でしたが、わたくしはとっさにそれを悟りました。カップを置いて、ソファの上で身体ごと振り返ります。
「あっ、羽澄おねーさま〜」
既に自動ドアは開いていて、羽澄おねーさまの姿が見えました。わたくしの声が届いたのか、おねーさまは笑顔でこちらへ向かってきます。
「こんばんは、瑠璃花ちゃん」
わたくしの隣へ座った羽澄おねーさまに、わたくしは予定通りココアをすすめます。
「おねーさま、ココアをどうぞ♪」
「ありがと」
羽澄おねーさまがカップを受け取り、その口をつける前に。
「――僕の分もあるかね?」
羽澄おねーさまの後ろの方から、急に声が聞こえました。
「初めまして。僕がソロモンだ」
目をやると、そこには黒いダッフルコートを着こんだ男の子が立っています。わたくしよりも幼いでしょう。その子はわたくしたちの視線を確認してから、にやりと笑いました。
「まぁっ」
(ソロモン様は、子どもでしたの?!)
意外だという声を発したわたくしに続いて、皆さんもそれぞれ反応を返します。
「あなたが?」
「…………」
見守る視線の中で、ソロモン様はわたくしの隣に腰をおろしました(羽澄おねーさまとは逆の隣です)。榊が素早くココアを用意します。
「どうも」
短く告げて、ソロモン様はゆっくりとココアをすすりました。それからやはりゆっくりと、口を開きます。
「集まってくれて感謝する。1人でやっていたらキリがないのだ」
そこで間を置いてから。
「普通ならここで自己紹介といくのだろうが、あいにく僕は名前には興味がない。知りたければ各自勝手に確認をしてくれ」
子どもとは思えない口調で、そんなことを続けました。どうやらあの書きこみは、何かを演じていたというわけではなく、ソロモン様の口調そのものだったようです。
わたくしたちの戸惑いの空気を感じてか、ソロモン様は再び自分から口を開きました。
「何か色々と疑問があるようだ。僕としてはさっさと浄化を終わらせてしまいたいのでね……質問は1人1つまでで頼むよ」
(つまり最大でも4つ、ですわね)
わたくしは皆さんと視線を交わして、言葉を待ちます。最初に口を開いたのは、羽澄おねーさまでした。
「ラルヴァと怨霊は、どこか違うの?」
なかなか鋭い質問です。
(確かに)
ソロモン様が掲示板で書いた説明では、ラルヴァは怨霊ではあるけれど多少違うというようなニュアンスを含んでいましたから。
「ああ、なるほど」
ソロモン様はそう笑ってから。
「簡単に説明すると、怨霊は怨み辛みを持って死んだ人の霊。ラルヴァは、それを含んでもっと多いのだ。たとえば罪人が処刑された際に落ちる不潔な血・水、処女や人妻の不浄の血などからも、ラルヴァは発するといわれている」
(難しいですわ……)
怨霊はかつて生きていた者しかなり得ないけれど、ラルヴァは物からでも発生するということでしょうか? だとしたらやはり、怨霊とラルヴァは根本的に違う気がします。ラルヴァが見えるというのは、怨霊が見えるというのとは別ではないでしょうか?
(そういえば)
ソロモン様はラルヴァが増えすぎたと書いておられましたが、それはラルヴァ全体の数を把握していなければ言えないこと。
(つまりソロモン様は――)
「それでは何故、ソロモン様はラルヴァというものがおわかりになりますの?」
『見える』という言葉ではなく、あえて『わかる』という言葉を使いました。どうやら見えているだけではないようですから。
するとソロモン様は、またココアに口をつけてから口を開きます。
「なかなか難しい質問だね。厳密に言うと、僕もわからない」
「えっ?」
お手上げのポーズをとって。
「方士だから――としか、言いようがないのだ。ラルヴァは低俗魔術に属するからね」
「方士……ですか?」
「君はまだ子どもだから、特別にその問いも許してあげよう。方士とは魔術師。悪魔に命令を下す権力者のことさ」
(何だか……嫌ぁ〜な感じですわ)
わたくしからして見れば、明らかにソロモン様の方が年下なのです。「君はまだ子どもだから」なんて言われて、嬉しいはずはありません。それに答えも、何だかはぐらかされたような感じでしたから。
「じゃあ次は私から」
次に問いを投げたのは、レイベル様でした。
「その浄化は、本当に『良きこと』なの?」
「!」
驚いたのは、ソロモン様以外です。
(確かにそうですわね……)
それによりバランスを元に戻すのだと言っているのは、ソロモン様だけなのですから。でもソロモン様は何だかあまり信用できないようで……悠也おにーさまの「気をつけなさい」という言葉が思い出されます。
レイベル様は悪戯な笑いを浮かべながらソロモン様を見ていましたが、やがてそのソロモン様の表情も悪魔的な笑みに変わっていきました。
「少し説明する必要がありそうだ。――仕方ないな。少々長くなるけれど、我慢して聴いてくれ」
ソロモン様はそこで切ると。
「あ、ココアのおかわりを頼むよ」
まるで、姿が見えずともそこにいる榊を理解しているかのように、わたくしにではなく明らかに榊に頼みました。
(侮れませんわ……っ)
そして再びカップいっぱいのココアが出されるのを待ってから、ソロモン様は早口で説明を始めました。
「さっき低俗魔術という言葉を使ったがね。それとは別に、高等魔術というものがあるのだ。地の精霊グノーメ、水の精霊ウンデネ、空気の精霊シルフェ、火の精霊サラマンデルといった4大精霊がこちらに属する。まぁ日本語で馴染みある表現をすれば、ノーム・ウンディーネ・シルフ・サラマンダー、かな」
4大精霊の名前ならば、わたくしの大好きなゲームでもよく耳にします。ただそれが高等魔術に属するものだということはまったく知りませんでした。
ソロモン様は時折ココアに口をつけながら説明を続けます。
「世界は基本的に、対となるもののバランスを保つことでうまく存在している。高等魔術と低俗魔術もそれに同じ。つまり僕が掲示板に書きこんだ『種族バランスの崩壊』とは、4大精霊とラルヴァの関係にある。ただラルヴァの方が多いのは当然なのだ。4大精霊はいわば素性の正しい精霊。純モノだからね。それに対しラルヴァの方は、発生条件が多様で言ってしまえば何でもありだ」
「――それがさらに崩れている、ということですか?」
その説明に問いを挟んだのは、霜月様でした。ソロモン様は笑みを隠して、神妙な顔をつくり頷きます。
「ラルヴァが増えすぎている、というのが1つ。しかし本当は、それだけではない。4大精霊が減っている」
「!」
「理由は……今の世界を見れば、言わなくてもわかるだろう?」
「………………」
誰もが沈黙しました。
自然破壊、温暖化、汚染されてゆく海……挙げればきりがないのです。地球そのものが、酷く病んでいるのですから。各地で様々な取り組みが始められておりますが、それでもまだまだ足りていません。
「大と小の差があまりに開くと、大が小を食い始めるのがこの世の常。そうなる前に、僕はそれをとめたいのだ」
ソロモン様のその言葉に、わたくしは今日ここへ来てよかったと思いました。確かにソロモン様を疑ってはいますが、ソロモン様がなそうとしていることは間違いではないと感じたからです。
(信じたい)
そしてわたくしも、それをとめるのに協力したい。
ソロモン様はゆっくりとわたくしたちを見回し、手に持ったままだったカップを置きました。
「皆納得してくれたようだから、そろそろ行こうか」
そう言って、ソファから立ち上がります。
「待って。霜月さんの質問がまだよ」
それを引きとめたのは羽澄おねーさまです。
「何を言っているのかね。さっき僕の説明に問いを挟んだじゃないか」
ソロモン様はそう告げると、颯爽とカウンターの方へ歩いてゆきました。
(そうだったかしら……?)
考え答えにたどり着く前に、霜月様が自ら答えを教えてくれます。
「そういえば……『それがさらに崩れている、ということですか?』と、口を挟んでしまいました」
そして「どうもすみません」と頭を下げた霜月様に。
「別に問題ないでしょ。それより早く行かないと」
レイベル様はそう言って立ち上がり、ソロモン様を追いかけて行きました。残ったわたくしたちも顔を見合わせて、2人を追ってゆきます。
カウンターでどこかのキーを受け取ったソロモン様は、その足をエレベーターの前でとめました。その鍵が屋上行きのエレベーターのものだということは、立ちどまった位置ですぐに気づきました。わたくしも利用したことがあるからです。
(今日は貸し切りですのね)
鍵がかけてあるということは、そういうことなのです。
ソロモン様が開いたエレベーターの中に、皆乗りこみます。移動を始めたエレベーターはやはりどこにもとまらず、いちばん上までやってきました。
「今日はここを貸し切りにしたのだ。諸君には思い切り暴れていただこう」
ドアが開くと、ソロモン様はそう告げて屋上の真ん中へと歩み出て行きました。わたくしたちもそれに続きます。
屋上と言っても高級ホテルの屋上ですから、かなり広いです。この金属製の板の下にプールが存在していることを、わたくしは知っています。プールは50メートルプールですから、それ以上の広さは確実にあることになります。その限界を示す柵にはライトがついているので、そのため周囲は明るいですが中央は暗めになっていました。
(――あら?)
そのライトの光の中に、季節外れの蝶々さんたちが見えました。まるでこれから起こることを楽しみに待つかのようにヒラヒラと飛んでいます。
(キレイ……)
こんな場所で蝶々さんたちが見られるとは、思っていませんでした。
屋上のちょうど真ん中辺りまで来ると、ソロモン様はくるりとこちらを振り返りました。
「さて、各自それぞれがラルヴァの収集方法と浄化方法を考えてきたと思う。1人ずつやったのではやはり効率が悪いから、全員一斉にやっていただこうと思っているのだが異存は?」
その言葉に、わたくしは確認のため問いを投げかけます。
「あ、あのー……自分で集めたラルヴァは、自分で浄化しなければならないとか、ないですわよね?」
集めるだけならば、悠也おにーさまから貰ったお香がありますから大丈夫だと思いますが、浄化となると話が違うのです。
するとソロモン様は相変わらず笑顔のまま。
「競争ではないからね。僕としては、たくさん集めてたくさん浄化してくれれば、文句は言わないよ。僕もやるしね。――他に質問は?」
数十秒、沈黙が続きました。
「ないようだから、始めようか」
頷いて、わたくしたちは自然に大きめの円を作りました。皆で集めたラルヴァを皆で浄化するのだから、円の真ん中に集めるのが最も効率がいいのです。わたくしはもちろん、羽澄おねーさまの隣に陣取りました。
それぞれがそれぞれの方法を開始する中、わたくしも微力ならがお手伝いしようと、例のお香を取り出します。
(闇を引きつけるお香)
ならばわたくしは、これを焚けばいいだけです。
(あ……)
そこでわたくしは、火を点すためのライターを忘れてきたことに気づきました。榊をここに巻きこみたくはないので、残る方法は1つです。
わたくしはお香を下に置いて、それに両手をかざしました。目を閉じて、ここに小さな光を呼びます。
(――そう)
わたくしは自らの操る光の熱で、お香を焚こうと思ったのでした。
無事にそれを成功させたわたくしでしたが、また1つ問題がありました。
(風向きが……)
お香から立ち昇る香りと煙が、円の中心とは逆の方向へ流れてゆきます。これでは外側にラルヴァが集まってきて、皆さんに迷惑をかけかねません。かといってお香を持って移動するのも、既に集中に入っている皆さんにしてみれば迷惑でしょう。
(どうしましょう〜〜〜)
自分で扇いで方向を変えようとするのですが、それはまったく一時的なことで、しかも微々たる力です。わたくしはお香の周りでうろうろするしかできず、すっかり困り果てていました。
(え……っ?!)
すると不意に、先程見た蝶々さんたちが、お香の周りに集まってきたのです。匂いにつられてきたのかもしれません。
「ここは危ないですわっ」
いつラルヴァが集まってくるのかわからないのですから。
わたくしが慌てて追い払うと、蝶々さんたちはおとなしく離れてくれました。そしてライトの方へ戻っていきます。
(よかったぁ……)
わたくしがそれを見届けて視線をお香へ戻すと。
「まぁ……これなら大丈夫ですわ!」
いつの間にか風向きが変わっていました。わたくしはつい口に出して喜びます。
やがて円の中央に、闇の中でもはっきりとわかる何か黒いモノが現れ始めました。皆さんと一斉にやっているだけあって効果は絶大なのでしょう、それはどんどん大きくなってゆきます。
その黒いモノの大きさが円を圧迫してゆくと、わたくしたちはそれぞれゆっくりと後ろへ下がり、円を広げていきました。もちろんわたくしはお香も一緒に移動させます。
(うーん……他にも何か、お手伝いできないかしら?)
考えて、わたくしはこの闇の中に、少しの光を送りこんでみることにしました。
「大と小の差があまりに開くと、大が小を食い始めるのがこの世の常」
そう言っていたソロモン様の言葉を思い出したのです。
(それなら、わざと小を作り出して大が釣られるのを待つのも、ありですわよね♪)
心を集中させて、少し離れた場所への光召喚を試みます。
そうして収集を続けているとやがて、膨張を続けていたラルヴァがその大きさをぴたりととどめました。
(あら……?)
不思議に思って耳を澄ませると、羽澄おねーさまのキレイな歌声と、霜月様の凛とした真言が聴こえます。
(浄化していらっしゃるんだわ)
おそらく今の状況は、集まる数と浄化されてゆく数のバランスがうまく取れているということなのでしょう。
そのままさらにしばらく続けていると、やっとソロモン様の声がかかりました。
「収集は終了! あとは浄化の方に徹してくれ!」
その言葉に従って、小さく召喚するだけだった光を、大きな浄化の光へと変えます。
(お香の香りはどうしたらいいのでしょう?)
浄化を続けながら考えましたが、いい案は浮かびませんでした。けれど心配はいらなかったようです。
(わ…ぁ……)
不意に強い風が闇の中を貫き、香りをどこかへ連れ去ってしまったのですから。
わたくしはその風に感謝しつつ、光の魔法による浄化を続けました。
やがて、直径10メートルほどだった黒い闇は、最後には鞠ほどになり、「ふっ」と消え去りました。
(おわったぁ〜〜〜〜)
そう安心して、わたくしが力を抜いた瞬間でした。膝が崩れて、冷たい金属の上に尻餅をついてしまいます。
「どうしたの?! 璃瑠花ちゃん」
その様子を見て、心配した羽澄おねーさまが駆け寄ってきてくれます。
「……何だか、久しぶりに、すごぉ〜く、疲れちゃいました〜」
わたくしはそう言って、舌を出しました。
(いつもは)
使わないと約束している力を、今日は存分に使ったのです。身体がびっくりしているのかもしれません。
「どこかが痛いとかじゃないのね?」
「それは大丈夫ですわ」
わたくしが即答すると、羽澄おねーさまは手を貸して下さいました。それどころか、立ち上がったわたくしの洋服についた汚れを払ってくれます。
「ありがとうございます、羽澄おねーさま」
優しいおねーさまが嬉しくて、わたくしは笑顔でお礼を言いました。羽澄おねーさまも笑顔を返してくれます。
「諸君、ご苦労様!」
聞こえた声に視線を向けると、ソロモン様がいつの間にか円の中央へ戻っていました。
「おかげでラルヴァの数を大分減らすことができた。これでしばらくは、この東京も安泰だろう」
わたくしたちも自然とそちらへ集まってゆきます。
「よくやってくれた」
ソロモン様はそう告げて皆を見回すと。
「お礼に、僕のコレクションの中から1つ。『賢者の石』をそれぞれに耳掻き一杯分ずつあげよう」
そんなことをおっしゃいました。
「………………」
皆が無言だった理由は、おそらく2つあるのだと思います。1つは、『賢者の石』の価値がよくわからないこと。もう1つは、それが耳掻き一杯分だから。
反応のないわたくしたちが不満なのか、ソロモン様は怒ったような顔をつくって。
「この価値がわからないとは、残念なことだ」
「それが本物ならね」
不意にそう挟んだのは、レイベル様です。ソロモン様を含む皆の視線が、レイベル様に移動します。
「おや、どうやら君は知っているようだね」
煽るようなソロモン様の言葉にも、レイベル様は冷めた口調で応えました。
「――『賢者の石』は、卑金属である鉛や水銀すら貴金属に変えてしまう魔法の石。錬金術師なら喉から手が出るほど欲しがる――いえ、厳密に言えば、それを持っていない者は錬金術師とは呼べないわ」
(それはつまり)
それを使えば黄金が作れるということなのでしょうか? だとしたら……
(なんて素敵なんでしょう!)
わたくしは黄金の価値には興味ありませんが、その輝きの美しさは大好きなのです。
ソロモン様はレイベル様の発言に少なからず驚いたようで。
「ほう! よく知ってるじゃないか。もしかして君は錬金術師?」
「まさか。私は医者だ。錬金術は治療法の一種として利用する程度さ」
「へぇ、それは初めて聞いたな……面白い。『賢者の石』は精製がとても難しいのだ。僕とてそう簡単に手に入れられるわけじゃない。これが本物かどうかは、実際に使ってみればわかると思うが……どうやら使えそうなのは君だけのようだ。結果はあの掲示板に書いても構わないよ。どうせ本物だからね」
ソロモン様は言い終わると、ポケットから小さな箱を取り出しました。そして全員に手を出させ、箱の中の物質を本物の耳掻きで正確に量り手の平に置いてゆきます。
わたくしはとてもわくわくしてそれをいただいたのですが、他の方々は、どうやらそうでもないようでした(何故でしょう?)。
全員に配り終えると、ソロモン様は何を思ったか入り口とは全然別の方向へ歩いていきました。屋上の周りを囲っているライトのうち、1つにめがけて。
わたくしはふと思い出します。
(そう言えば蝶々さんたち……)
周りを見回してみましたけれど、見あたりません。あの後逃げてしまったんでしょうか?
ライトの方で何かをやっていたソロモン様が、こちらへ戻ってきました。その後ろから、数匹の蝶が飛び立ちます。
「まぁ、蝶々さんが……」
(そこにいたんですのね)
ソロモン様は、蝶々さんと何かお話をなさっていたんでしょうか?
「――では、これで解散とする。ロビーまでは一緒に行くとしよう」
もといた場所まで戻ってから、そう告げたソロモン様は1人颯爽と歩いてゆきます。羽澄おねーさまがいただいた賢者の石をしまいながら追いかけていくのを見て、わたくしは榊を呼び出しました。
「榊。これが入るような入れ物はありませんの?」
「もちろんありますとも」
どこからともなく(しかも一瞬で)現れた榊は、わたくしに小さなガラスの瓶を手渡しました。中には既に、綿が入っています。わたくしはその中に賢者の石を入れてから、羽澄おねーさまのあとを追いました。
全員が乗りこんだエレベーターが1階へ到着し、ソロモン様は最後に降りてくると。
「それでは、これでお別れだ。ごきげんよう諸君」
そう少し頭を下げ、カウンターの方へ向かおうとしました。でも、ふと足をとめて。
「そうそう。もしかしたら、いずれまたあのサイトに募集の書きこみをするかもしれない。気が向いたらよろしく頼むよ」
「待って、ソロモン」
言い残して行こうとしたソロモン様を、とめたのは羽澄おねーさまです。
「――何かね?」
「結局キミは何者なの? 何故こんなことを?」
その羽澄おねーさまの問いは、おそらくわたくしたち全員の疑問を見事に捉えていたのだと思います。
するとソロモン様はさもおかしそうに口元を歪ませて。
「僕は現代が大好きなのだ。方士だからといって疎まれることもなければ、裁判で裁かれることもない。君たちにとってそれは当然かもしれないが、昔と比べてみれば信じられない状況なのだよ。だから僕は、少しでも『今』を守りたいのだ」
最後には、子どもの笑顔に変わっていました。こちらを「信じたい」という気持ちにさせる顔です。
「――慈善事業、ってことでいいのね?」
「もちろん」
確認した羽澄おねーさまの問いに、きっぱりと答えました。
(本当はとっても、善い方ですのね)
それがわかりましたから、わたくし、もっとお話をしてみたいと思ったのです。日頃わたくしの周りには、同じ年頃の話し相手がいない、という理由もあります。
ですから。
「では、もう行くよ」
そう言って去ろうとしたソロモン様を。
「お待ち下さい!」
「えっ?」
わたくしはとめたのでした。
「あ、あのっ、ソロモン様、おなかが減っていたりしませんか?」
切り出したわたくしを、皆さんが不思議な目で眺めます。わたくしは少し赤面しながら。
「実はわたくし、こんな時間まで起きているのが久しぶりなものですから、何だかとってもおなかが空いているんですの……。よろしかったら皆さんお付き合いいただけませんか?」
ソロモン様とお話をしたいというのはもちろんですが、それも嘘ではありませんでした。モデルという仕事上、夜更かしは美容の大敵で、いつもならとっくに眠っている時間なのです。
わたくしのそんなところをよくわかっている羽澄おねーさまは、わたくしの提案に賛成して下さいました。
「いいわね。じゃあ私が知ってる、美味しいラーメン屋さん行こっか?」
「まぁ、楽しみです♪ お2人ももちろん行きますわよね?」
羽澄おねーさまの後ろで、呆然とした顔をつくっていたお2人にも振りました。皆が来るのならば、ソロモン様も断れないはずです。
「――まぁ、いいでしょ。少し休みたいわ」
「私も、ついていくだけならば構いませんよ」
了承の言葉を発して下さったお2人に、わたくしは満足して頷きました。
「僕の返事は聞かないわけだね」
ソロモン様は呆れたような顔をつくりながらも。
「わかった、行くよ。その代わり奢りはナシだ」
「もちろんですわ!」
わたくしの作戦どおり、了承してくれました。
そうしてわたくしたちは、もうすぐ日が変わるというのに、皆でラーメン屋さんへと向かったのでした。
(了)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 1282 / 光月・羽澄 / 女 / 18 /
高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【 1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999 / 真言宗僧侶 】
【 1316 / 御影・璃瑠花 / 女 / 11 / お嬢様・モデル 】
【 0164 / 斎・悠也 / 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト 】
【 0606 / レイベル・ラブ / 女 / 395 / ストリートドクター 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは^^ 伊塚和水です。
2キャラでのご参加、本当にありがとうございます_(_^_)_
今回はちょっと時間がかかってしまって申し訳ありません。時間がかかった割にはあまり納得できるような出来ではないのですが、現時点でできる範囲で精一杯書かせていただきました。ご意見・ご感想・間違いなどありましたらお気軽にどうぞ^^
今回、この璃瑠花様視点は5人のPC様の中でいちばん長くなっております(しかも10枚ほど)。そしていちばん短いのは悠也様視点です(しかも10枚ほど)……はい、意図したわけではないのですが、お2人の字数を足して2で割ると、ちょうど他のPC様と同じくらいの長さになるのでした(笑)。璃瑠花様視点が長くなってしまった理由は、もちろん蝶々さんとのやりとりにあります。風をうまく利用できた点ではとても満足していますが、いかがでしたでしょうか。
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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