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明日もきっといい天気
季節は少しずつ春に向かって歩いています。
おひさまは暖かくなり。
冷たかった雪も溶け。
ほら、道端にも、
「にゅ♪ もう芽が出てるにゃん☆」
シュライン猫が微笑みました。
たんぽぽでしょうか。
可愛らしい芽が芽吹いています。
お散歩中に、こういう小さな春を見つけると、嬉しくなってしまいます。
「にゅ☆ にゅ☆」
白い毛に包まれた前足で、つんつんと芽をつつくシュライン猫。
‥‥せっかく萌え出た芽をいじめてはいけません。
「にゃ?」
でもまあ、すぐに興味の矛先が移ってしまうのは、猫の猫たる所以です。
青い瞳のなかに、なにか映っていました。
小さな箱です。
人間が落としていったのでしょうか。
てくてくと歩み寄るシュライン猫。
「なにかにゃ? これ」
おそるおそるつついてみます。
反応はありません。
まあ、箱ですから。
「ふにゅ‥‥」
臭いをかいでみても、とくに危険なものではないようです。
「にゅう‥‥おばあちゃんのところにもっていったほうがいいかにゃあ‥‥」
くしくしと前足をなめるシュライン猫。
一応、これでも一生懸命考えてるのです。
なかなかそう見えませんが。
「うん☆ そうするにゃ☆」
適当な草を引き抜いて紐を作り、小さな箱を背中に括りつけました。
考えても判らないことは、考えるだけ無駄です。
やっかいになってるたばこ屋のおばあちゃんに渡せば、きっと教えてくれるでしょう。
そのまま、ほてほてと歩き出しました。
まっすぐに家に帰る、わけではありません。
まだお散歩の途中なのですから。
「武彦にゃんにも見せてあげるにゃ」
嬉しそうです。
ちなみに武彦というのは、シュライン猫の恋人の草間猫のことですね。
けちでずぼらでばかでまぬけでねずみ以下の猫ですが、シュライン猫にとっては大事な猫です。
惚れた弱み、というやつかもしれません。
「にゅにゅにゅ♪」
シュライン猫のお散歩は、まだまだ続きます。
一方そのころ、噂の草間猫はなにをしていたかというと。
じつはなにもしていませんでした。
哀しいくらいにヒマな草間猫です。
空き地の土管にぼけーっと寝そべり、青い空と白い雲を眺めています。
「青と白‥‥シュラインみたいだにゃあ‥‥」
にまにま笑いながら呟きます。
蹴りたくなるような光景です。
もし綾猫あたりが側にいたなら、まず間違いなく蹴り飛ばしてくれたことでしょう。
「にょほほ」
笑っています。
なにか楽しいことでも思い出しているのかもしれません。
シュールです。
部下猫たちが、呆れた顔をしています。
心配しているわけではないところが、なかなか哀れなボスな草間猫でした。
猫人望ゼロ、という言い方もできます。
「武彦にゃん。武彦にゃん」
と、声が聞こえました。
がばっと身を起こす草間猫。
黒っぽい毛並みが、歓喜に震えています。
「シュライン☆」
土管から飛び降り、真っ直ぐに空き地の入り口へとダッシュ。
元気なことです。
「にゅ☆ 武彦にゃん♪」
真っ白の身体。空色の瞳。背中に括りつけた小箱。
シュライン猫が微笑みます。
「散歩にゃ?」
「うん。ついでに武彦にゃんのところにも遊びにきたにょ」
「俺はついでにゃ?」
「気にしにゃい気にしにゃい。言葉の綾にゃ」
「うにゃあああ! その名を口にするにゃあああああ!!」
転げ回って苦しむ草間猫。
トラウマでしょうか?
一度も勝ったことのないケンカクイーンへの。
「にゅ?」
シュライン猫が首をかしげました。
それもそのはず。
彼女は猫名など言っていないのですから。
まあ、これは草間猫の方が悪いですね。
「と‥‥ところでシュライン。なにを背負ってるんにゃ?」
「これ? さっき拾ったのにゃ」
そう言ったシュライン猫が、背中の小箱を地面におろしました。
草間猫も、不思議そうに見つめます。
「なんだろうにゃ?」
前足でつついたり、臭いをかいだり。
ようするに、さきほどのシュライン猫と同じ行動です。
「開けてみるにゃ?」
ただ、そこは男の子。
勇気を振り絞って言ってみます。
「危なくにゃい?」
「危なくなったら、俺がシュラインを守るにゃ」
ぬけぬけと言ってのけたりして。
なんとなく照れてしまうシュライン猫。
どうして、白昼堂々こんなことを言うのでしょう。
「ばかばかばかばか」
ぽかぽかぽかぽか。
ぴんくの肉球が、草間猫の頭を叩きました。
「にゃははははは」
もちろん、たいして痛くなどないですから、草間猫は笑っています。
「もぅ」
シュライン猫が、ちょっと拗ねてしまいました。
けっこう純情なのです。
「じゃあ、開けてみるにゃ」
恋人の様子に気づかず、草間猫が小箱を開きます。
このあたり、なかなか野暮な草間猫でした。
「わぁ☆ きれいにゃ♪」
シュライン猫が歓声をあげました。
箱から出てきたのは、きらきら輝く玉だったからです。
青く澄んだ。
サファイア、といいたいところですが、ただのガラス玉ですね。
露店で売られているような、ガラス玉の指輪。
人間が捨てたか、落としたのかしたのでしょう。
たいして価値のあるものでもありませんから。
でも、
「きらきらにゃ♪ きらきらにゃ♪」
シュライン猫は大喜びです。
すごくいいものを拾ってしまいました。
宝物にしましょう。
小さな春と、小さな宝物。
今日は、とっても得をした気分です。
「にゅ。シュラインによく似合うにゃ。瞳の色と同じだにゃ」
指輪を、シュライン猫の首輪につけてあげる草間猫。
「ありがとにゃ」
「うにゅ。やっぱりよく似合うにゃ」
空の蒼、瞳の蒼、ガラスの蒼。
「にゅ♪」
ちょっと照れたように、シュライン猫が微笑しました。
春は、もうすぐそこまできています。
「明日も、いっぱいいいことがあるといいにゃ☆」
そういって、大切な恋人にすりすりするシュライン猫。
暖かくなった日差しが、空き地の猫たちに降り注いでいました。
エピローグ
新宿の片隅に、小さな小さな猫社会があります。
人間よりもずっと小さな動物たち。
笑い、泣き、怒り、哀しみ。
仲良くしたりケンカしたりしながら、一生懸命いきています。
そう。
人間たちと同じように。
おしまい
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