コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


Where can I buy it?
 夜籐丸絢霞は、朝から眉根を寄せて難しい顔で壁を睨みつけていた。
 正確には壁でなく、其処にかけられた黒いコートを、だが。
 素材は厚手の革に重量感を感じさせ、裏地に使われている赤がそれを和らげるよりも際立たせる…ましてや絢霞が纏うにはサイズが大きすぎる。
 絢霞は腰掛けていたベッドから立ち上がると、思案の表情のままコートの表面を撫でてみた…指先にざらつき、寄って見れば染めの黒も所々で褪せた斑が出来ている。縫い合わせの重なる肩の部分を指の背で叩いてみれば固く、裾もごしゃごしゃと皺ばんで形を変えてしまっていた。
「やっぱり、ダメだコリャ」
溜息をつく。
 存分に濡れきり、水を吸った革は如何に尽力しても元の風合いを取り戻すことなく、絢霞の部屋で異彩を放って前衛的なオブジェと見えなくないモノと化している。
「…よし!決めた!」
絢霞は大きく頷くと、机の上に置いた財布を手に取った。
 悪いと思ったなら謝ればいいし、それで足りないと思ったのなら弁償すればいい…コートの持ち主の性格を考えると気にもしていないだろうが、絢霞がそうしたい、だからそうする。
 前向き思考で胸のもやつきを吹っ切った絢霞は、身支度を整えると家族に声をかけて意気揚々と街へ出掛ける…けれど、事はそう容易でない事を直ぐに思い知らされる羽目となる。


「お探し物ですか?」
何軒目かもう数えたくもない百貨店で、絢霞は店員の声に振り返った…ちょっと暗雲漂ってるっぽい。
「あの………黒いコートを探してるんですけど」
「コートでしたらお安くなっておりますよ。こちらの方、アンゴラ混で暖かさと柔らかさにかけては…」
手近に無難にシンプルな一着の説明を始める店員に、絢霞はブンブンと両手を振る。
「いえ、そーいうのじゃなくって、革で…」
「革でしたらこちら、素材にラムを使いましてこれからちょっと肌寒いかな?という日にも重宝頂ける…」
「いえ、そーいうのでも…」
絢霞はなんとか求めるそれの雰囲気を伝えようとするのだが、言葉にしようとすると難しい…多分にハード系に分類されるであろうスタイルの…それを背広に合わせて冬の日も暖かく!とか、蒸れない・こもらない・防臭効果もバツグン!とか、リバーシブルでオンにもオフにも!を謳う紳士服売り場に求めるには酷である。
「ありがとうございましたー」
結局手ぶらで売り場を出る絢霞に空々しさが混じる台詞が続く。
 男の服を選ぼうと思うとどうしてこんなに苦労が多いのか…大体、デザインはどれも似たり寄ったりで面白味に欠ける。女の子の服のようにフリルやレース、リボンをふんだんに使ったのがあっても…疲労の為か、ちょっと思考が変な方向に向いている。
 ついでとばかりにその可愛い素材をふんだんに使った服を身近な男性が着ているのを想像し…絢霞は吹き出した。
「レースの道着…似合わない……ッ」
誰に着せてしまったのかえらく生々しい想像だったようで、道行く人の奇異の目を向けられても治まらぬ笑いに絢霞は小路へ駆け込んだ。
 大路から逸れると、何故だか同じようなジャンルの店が軒を連ねがちだが、たまたま入り込んだ其処はハードな雰囲気の…まさに絢霞が求めていたそれである。
 思わぬ喜びに胸の前で手を組み、キラキラと目を輝かせる絢霞、早速とばかりに未知の領域に足を踏み入れかけた途端に、
「あったーッ♪」
と声を上げた。
 まだ開店していないのか、硝子扉の向こうに「CLOSED」のプレートを斜めにぶら下げて一見、小洒落たブティックのような店構えの其処、ショウウィンドゥのトルソーが纏うそれ。
 形としてはシンプルなのだが、随所に配されたベルトがそれだけに止めず、何よりも裏地の赤。コレが決め手だった。
 絢霞の声に反応してか、店内から人の気配がした。
 白い紗で外から様子を伺えないよう、視界を遮っていたカーテンが開き戸と一緒に横にやられる。
「誰だァ?人ン店ン前で騒ぎやがって」
そう顔を出した店員を見て…さしもの絢霞も止まってしまった。
 ボロボロのジーンズに裂いたようなTシャツ、両耳のは合わせて多分10を越し、鼻にも口にもボディにも…人間に可能な限りの箇所に施されたピアッシング、そしてスキンヘッドに巻き付くコブラのタトゥーは額の上あたりで大きく口腔を開いて毒牙を見せる。
「あン?」
思わずマジマジと見てしまっている絢霞に気付いて、店員が唇を歪める…剃り上げて眉毛がなく、黒目が瞼に隠れてないのがとてもコワイ…けれども驚きはしたが怖じる絢霞ではなく、彼女はにっこりと店員に挨拶代わりに微笑みかけた。
「じょーちゃん。いい色してンじゃねェか」
店員はチョンチョンと自分の額の辺りをつつく。
 鮮やかな緑の染め上げられた絢霞の髪が、お気に召したらしい。
「こないだ試みにゴスロリ仕入れてみてンだけどよ。じょーちゃんなら似合いそーだ、見てくかい?」
意外と商魂逞しそうな彼に、絢霞はショウウィンドウを示す。
「それはまた今度にする…ね、あのコート見せて欲しいんだけど」
「お、じょーちゃん目が高いねェ。おとーさんにかい?」
どんなお父さんだ。
 店員はまた唇を歪め…どうやらそれが彼の笑顔らしい…手の甲を向けて指を二本、絢霞に向けた。
「こんだケ」
「えッ?二万?」
それは安い、と続けかけるのに、小刻みな舌打ちで店員は否定する。
「桁が違う。ちょっとおじょーちゃんのお小遣いじゃ無理かナー?」
桁が違う…よもや減らして二千という事はなく、その反対…足して二十万。
 思考、行動…色んな意味で、絢霞は動きを止めた。


 二十万…店員は絢霞を学生と思っていたようだが、喩え社会人の小遣いでもポンと出せるような値段ではなく、引き下がるより他ない。
「格好よかったのになー…欲しかったなー…」
けれどもちゃっかりと先の店名のロゴの入った紙袋を肩にしている…オススメの服は見せて貰ったようだ。
 重い息を吐く絢霞に、声がかけられた。
「ダめ、アルヨー、オネーサン、溜息してタラ幸せガ逃げる、アルヨー」
めちゃくちゃアヤシイイントネーションで下方から声がかけられた。
 見れば、壁を背に座り込んだ色黒の青年がにこにこと笑いかけている。
「オネーサン、ウェイシャオ………えと、笑う顔には福来たル、アル」
あながち間違いでもない。
 露天商らしく、路上に広げた布の上に銀製品が並べられる…が、どれも一目で安物と知れる細工のものばかりだ。
「どウ?銀は幸せ呼ぶ、アルヨ」
ギンではなくインと聞こえる発音で、彼はずらりとならんだ品々を両手を広げて示してみせた…その横に露天を禁止する旨の立て看板があるというのに豪毅な事である。
「そう………だね」
 コートは無理でも指輪とかなら…でもあの隙間なく指輪の嵌る手、どれも上等の類にこんな安っぽい品を贈っても滑稽かも…と絢霞はその場にしゃがみ込んで、青い硝子の目から接着剤がはみ出てる髑髏の指輪と見つめ合って、ふと。
 その下に隠れるような赤に気付いた。
 鎖に連なるらしいそれを引き出してみれば、燻銀に黒く変色させ、瞳に安っぽい赤い硝子を嵌め込んで皮翼を広げた形に平たくデフォルトされた…蝙蝠。
「…誰かに似てるかも?」
持ち上げた鼻先、鎖の捻れにくるくると回るペンダントトップに寄り目になる絢霞に、露天商はにこにこと笑う。
「オネーサンそれイイ、アルヨー。ピィャンプー、ワタシの国ではとても縁起イイ、アル」
「……ピュン・フー?」
首を傾げるのに、露天商はコクコクと頷く。
「幸セイッパイなるキチョー動物、アル」
貴重…ではなく吉祥といいたかったらしい。
「じゃ、これちょーだい」
「毎度おおきにー」
なんで其処だけえらく滑らかな大阪弁か。
 絢霞は買い求めたペンダントの鎖を手首に絡め、銀の蝙蝠を落とさないように掌の内に握り込んだ。
「チョーカーに直して使おう♪」
ひんやりとした感触に、微笑む。
「今度会ったら、アイツに見せようかなっ♪」
思わぬ場所での思わぬ収穫…けれど見せたい相手も思わぬ場所で思わず出会うのが常。
「今日会っちゃったら、見せそびれちゃうかもしいれないけど…」
話題のついでに通り名の由来、なども聞いてみようかなと目論みながら、絢霞は人混みに身を滑り込ませた。