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ラルヴァを集めよ
□■オープニング■□
ある日雫のサイトに、こんな募集が書きこまれた。
協力者募集 投稿者:ソロモン 投稿日:200X.02.20 18:40
今東京では、増えすぎたラルヴァのために種族バランスが崩れ、
歪みが生じている。
このまま放置しておけばいずれ必ず東京都民全員の安眠が阻害
されるだろう。
それを防ぐため僕は、ラルヴァを集め浄化することでバランスを
元に戻すことにした。
そこで協力者を求む。
ラルヴァを集める方法・浄化手段を持つ者はレスをお願いする。
一つ質問 投稿者:結花 投稿日:200X.02.20 20:20
ラルヴァって何ですか?
怨霊のこと 投稿者:ソロモン 投稿日:200X.02.20 21:53
ラルヴァとは、怨霊のことだ。
たとえば殺人者の魂や無益に消費された命が、身体が滅びた後
までも執拗に存在し続けようとする時。その怨念や執念がラル
ヴァとなると云われている。
またラルヴァは、不健康な夢想や挫折した意志、満たされない
欲望や恨みに好んで集まる性質がある。夢魔とよく似ていて、
無防備な睡眠中に襲ってくるのだ。
そんなものを大量に放置しておくのは危険だろう?
それを読んだあなたは、ゆっくりとキーを打ちこんだ……。
□■視点⇒斎・悠也(いつき・ゆうや)■□
『――あ、悠也おにーさまですか? 璃瑠花です』
「こんばんは、璃瑠花さん。どうなさったんですか?」
璃瑠花さんが直接俺に電話をしてくるのがとても珍しかったので、俺はそんなふうに訊き返した。すると璃瑠花さんは。
『実は悠也おにーさまに、相談したいことがありますの』
その折りに入ったような言い方に、俺は電話口で眉を顰める。
「相談――ですか?」
『悠也おにーさまも、雫様のサイトはご存知ですわよね?』
「怪奇情報を集めたホームページのことですね」
『そのサイトの掲示板で、ラルヴァというものを集めて浄化する、協力者を募集している方がいらっしゃいますの』
「ラルヴァ?」
『その方の説明によると、ラルヴァは怨霊のことで、増えすぎているから浄化しないと大変なことになるんだそうです。わたくしはお手伝いしたいと考えているのですが……悠也おにーさまはどう思われますか?』
(行きたいけれど、少し不安、ですか)
俺は璃瑠花さんの心情を読んで、言葉を返した。
「――そうですね……もしそれが慈善事業なのだとしたら、何か裏があるかもしれません。十分に気をつけて行きなさい」
『はいっ』
下手にとめるよりも、注意を促した方が全然安全だと思った。それから俺は。
「それと、榊さんをこちらへ。役に立ちそうな物を持たせましょう。もっとも、力のある方々が集まるでしょうから、見学していても大丈夫だとは思いますけどね。気になったら光の魔法でこっそりお手伝いしなさい。今回は特別に許しますから」
そうつけ加えた。
『わかりました。ありがとうございますっ、悠也おにーさま♪』
嬉しそうな声で応えて、璃瑠花さんは電話を切った。ぺこぺことお辞儀をしている姿が、自然と目に浮かぶ。
程なくして、マンションのチャイムが鳴った。部屋から出てきた戒那さんに、「俺が榊さんを呼んだんです」と説明してから、玄関へ向かう。
「わざわざ来ていただいてすみません」
ドアを開けて榊さんに頭を下げると。
「いえいえ。璃瑠花お嬢様のためですから」
榊さんはいつもの笑顔で答えた。俺はその笑顔に信頼を寄せている。
もしここで「仕事ですから」などと答えるような輩だったなら、璃瑠花さんの傍には置いておけないだろう。璃瑠花さんのことをいつでもいちばんに考えてくれるこの人だからこそ、それが許されているのだ。
「これを璃瑠花さんに渡して下さい。闇を引きつけるお香です」
小さな巾着袋に入ったそれを、榊さんに手渡した。
「ありがとうございます。では、失礼致します」
長居しないのはもちろん、璃瑠花さんから長時間離れることがあまり望ましくないからだ。俺もそれをわかっているから、ひきとめるようなことはしない。
「よろしくお願いします」
そして彼の後ろ姿を見送った。
★
再び電話が鳴ったのは、翌日の午後のことだった。
「あ、伯母さまですか? お久しぶりです」
『お久しぶりですじゃありませんよ悠也さん! どうして璃瑠花をとめなかったんですかッ?』
伯母さまは既に興奮しているようで、受話器を相当離しても聞こえそうな声で言った。
「とめるとは……何をですか?」
『惚けるんじゃありません。璃瑠花、今日の夜に1人で出かけると言うのですよ! 悠也さんに相談したから大丈夫だと言って……』
「ああ、今日になったんですか」
『悠也さん!』
「ハイ……」
『今からでも、璃瑠花さんに行かないよう言ってくれますね?』
威圧的な伯母さまの言葉だが、ここは頷くわけには行かない。過保護すぎても成長しないのだ。
「何故ダメなのですか?」
『決まっているでしょう? 夜更かしなんてお肌の敵です!』
「…………一度や二度で、それほど変わるものなのですか? それに気になるなら、ご自分で確認されればよろしいでしょう?」
夜に出歩くからといって、それほど遅くなるわけじゃないだろう。遅くなりそうだったら伯母さまが自分で連れ戻してくればいいのだ。
すると伯母さまの声が急にトーンダウンして。
『……璃瑠花と、夜間外出について口論になってしまって……。あの娘はすっかり行く気ですの。私がついていくなんて許しませんわ』
(うーん……)
これはいよいよ面倒なことになってきたようだ。俺が何か手を考えていると。
『そうだわ、悠也さん! とめる気がないのならば、せめて私の代わりに璃瑠花の様子を見てもらえないからしら。もちろん隠密に』
「えっ?」
『そこにいるということは、午後の予定はないのでしょう?』
「まぁ……確かにバイトは休みですが……」
『お願いしますねっ。ねっ?』
有無を言わさぬ口調で、伯母さまは終えた。興奮さめやらぬ伯母さまに、これ以上の会話は無意味のようだ。
(璃瑠花さんが気になるのも事実ですしね)
「わかりました。やらせていただきますよ」
そう返事をすると、伯母さまはあっさりと電話を切った。
――ふぅ……。
小さくため息をついて、自分の部屋へ向かう。
まずはパソコンを立ち上げて、例の掲示板を確認する。検索するまでもなく、そのスレッドはまだ上に方にあった。
(今日の午後8時から、新宿の某高級ホテル、か)
レスを書いているメンバーを見て、少し驚く。
(羽澄さんに霜月さん)
2人とも俺の友人だ。この2人がいるならば、璃瑠花さんも安心だろう。
時間まではまだまだ余裕があったので、俺は予定どおり(大学の)レポートの資料を集めることにした。
午後8時前。
(さて……そろそろか)
既に闇に包まれているベランダへ出て、俺は手の平にいくつかの和紙を乗せた。それは蝶型に切り抜いてある。
(頼んだよ)
「ふっ」と息吹でそれを飛ばした。するとその紙は、本物の蝶に化けて空を飛んでゆく。脳裏に映る俺の視界も飛んだ。つまり蝶と俺は、あらゆる感覚が繋がっているのだ。
この方法なら、俺はその場に行かず予定どおりのことをこなせるし、万が一璃瑠花さんに何かあっても、蝶を通して助けてあげることができる。
ベランダから部屋の中に戻ると、飲み物を取りに来たらしい戒那さんが不思議そうな顔で見ていた。
「何やってるんだ? 外寒いだろ?」
俺は苦笑して答える。
「ちょっと頼まれごとを」
「ふぅん」
戒那さんはそんな合槌を打って、深く詮索せず自分の部屋へ戻っていった。俺も日常に戻ることにする。
(まずは……明日の夕食の準備か)
今日の夕食は既に終わっていて、食器も片づいている。朝は軽い食事だし昼は2人とも外食なので、気張った用意はいらない。つまり毎日用意が必要なのは夕食だけなのだが、戒那さんが俺の料理を好きだと言ってくれるので、俺が作ることが多い。
(うまく乗せられている気もするけれど……)
それも悪くないと思えるから不思議だ。俺自身料理をするのが好き、というのもあるけれど。
(明日はビーフシチューだな)
頭の中で蝶から送られてくる視界を見ながら、材料を刻んでゆく。使うのは牛肉、じゃがいも、玉ねぎ、人参。
蝶は既にホテルについていたが、さすがに中に入るわけにはいかなかった。それにどうせやるのは屋上だろう。
材料を切り終わって、次は鍋で少し炒める。
璃瑠花さんたちはいちばん入り口よりのソファに座っていたので、入り口の自動ドアからでも充分様子を窺うことができた。牛肉の色が変わってきた頃に、皆立ち上がりエレベーターの方へ向かってゆく。
(やはり屋上ですか)
鍋に水を入れながら、俺は蝶を屋上へと移動させた。ほどなく、屋上のエレベーターから5人が姿を見せる。
(……え?)
驚いたことに、仕切っていたのは璃瑠花さんよりも幼い少年だった。あれがソロモンなのだろうか?
5人は屋上の中央まで進み出ると、やがて大きな円を作った。どうやら円の真ん中にラルヴァを集めて、一気に浄化してしまう予定らしい。
俺は視界をこちらに戻して、鍋の灰汁を取った。璃瑠花さんに何かあったら、たとえ俺がそれを見ていなくてもわかるようになっているから安心なのだ。
シチューの方はもう、味つけの段階に入っている。
(トマトケチャップにウスターソース、ブイヨンに砂糖・塩コショウ、っと)
このシチューの特徴は、シチューの素を使わないことだ。多少味に癖があるけれど、慣れてしまえばこちらの方が美味しい。戒那さんが特に好きだと言ってくれる料理の1つだった。
(あとはじゃがいもが軟らかくなるのを待つだけ、ですね)
そこで俺は、また脳裏の視界を引っ張り出す。
(璃瑠花さんは……あれ?)
見ると、何やらお香の周りでうろうろしていた。お香自体は俺が榊さんに持たせた物に間違いないけれど……その煙の方向に、気づく。
(風向き、か)
璃瑠花さんが困っているのは、どうやらそれのようだった。
(仕方ありませんね)
1人クスリと笑って、蝶をお香の傍へと寄せる。
璃瑠花さんは突然現れた蝶に驚いたようで。
「ここは危ないですわっ」
そう告げて追い払おうとした。
距離と強さを確認しただけなので、俺は蝶をおとなしくライトの傍へ戻す。
(では、風向きを――)
蝶を媒体にして、こちら側に吹いていた風の流れを変えた。するとお香の周りでうろうろしていた璃瑠花さんが、安心したように肩を下ろしたのがわかった。
(――おっと……)
そこで俺はまた、視界を鍋に戻す。
じゃがいもは(明日食べることを考えて)ちょうどいい硬さになっていた。味つけの仕上げに、ブルマニエソースをプラスする。あとはグリーンピースを入れればできあがりだ。
少し煮こんでから、火をとめて蓋をした。
(これでよし。次は――洗濯かな)
キッチンを離れて、自分の部屋へ洗濯物を取りに行った。このマンションは床も壁も厚い上、静かな洗濯機を使っているので、夜の洗濯でも全然問題ない。それに夜以外、なかなか時間が取れないのも事実だった。
洗濯を始める前に、向こうの様子を見てみる。5人の円の真ん中に、何やら黒い塊が出現していた。あれがラルヴァだとしたら、収集はうまく行っているのだろう。
また戻して、まずは洗濯物の仕分けをする。ジーパンと色物を分けたり、ドライマークと手洗いマークを分けたり、だ。
戒那さんは結構大雑把にまとめてやってしまうようだが、俺にはそんなこと恐ろしくてできない。
それぞれネットに入れてから、洗濯機に放りこんだ。
(最低でも3回か……)
お急ぎコースを選択して、洗剤、柔軟剤を所定の場所へ投入。蓋を閉めれば脱水まで全自動だ。
洗濯が終わるまでは、午後に集めたレポートの資料をまとめていく。ブザーが鳴ると洗濯機の所へ戻り、中身を取り出してまた入れる。所定の所へ干して、部屋に戻ってまとめの続きと、せわしなく動いていた。隣の部屋の戒那さんにとっては、少々うるさかったかもしれない。
そうしてやっと洗濯を終えた頃、向こうの方にも変化があった。
(収集は終了か)
今度は浄化のみに移るらしい。お香の匂いは放っておいたらいつまでも消えないだろうから、また俺が風を送ることでそれを解決する。
やがて、5人の中央にあった直径10メートルほどの黒い闇は、最後には鞠ほどになり、「ふっ」と消え去った。
(これで終了、ですね)
璃瑠花さんに何ごともなくてよかったと、胸を撫で下ろした瞬間、璃瑠花さんがふらりと倒れた。
(?!)
それに気づいた羽澄さんが駆け寄ってゆく。
(大丈夫でしょうか?)
そういえば、璃瑠花さんも少し光の魔法を使っていたようだった。久しぶりで疲れたのかもしれない。
羽澄さんに手を借りて起き上がると、笑顔を見せていた。どうやら大丈夫のようだ。俺は安心して、視界をこちらに戻した。
蝶はもういいかな? と思ったけれど、「家につくまでが遠足です」という偉大な言葉もあることですし、最後まで見守ることにする。
(――さすがに少し、疲れたかな……)
久々に力を使ったのは、璃瑠花さんだけでなく俺もだった。コーヒーでも飲んで休もうとリビングへ行くと、いつからこちらにいたのか戒那さんが寛いでいた。
キッチンに入り、当然のようにコーヒーを2人分淹れる。
「どうぞ」
戒那さんの前にカップを差し出すと、戒那さんは軽く頷いただけでそれを口元へと運んだ。その自然な動作に、自分との距離の近さを改めて感じる。
向かいのソファに腰かけて、俺も手に持ったカップに口をつけようとした。
(――!)
けれど、その瞬間向こうへ引っ張られる。
(ソロモン……?)
蝶の視点になると、ソロモンが目の前にいた。
「あなたにも、これを――」
そして蝶のうち1匹に、何か小さな物を載せている。
「何度か手伝ってくれたからね。落とさないように気をつけて」
そう言って笑うと、また璃瑠花さんたちの方へ戻っていった。
(………………)
ソロモンは気づいていたのだ。俺がこうして蝶の目を借りていること。璃瑠花さんに手を貸したこと。
(何を、載せたんだろう?)
見たらわかるだろうか。それとも、璃瑠花さんに訊けば早いだろうか。
「――……也? 悠也っ?」
「えっ?」
俺を呼ぶ戒那さんの声に気づいた。
「え、じゃない。どうしたんだ、いきなりぼーっとして」
「ああ、すみません……」
コーヒーを飲もうとしていたことを思い出して、今度こそカップに口をつける。
「……放っていた式に、何かあったのか?」
「ええ、俺が操っていることに気がついた人が――って」
「ベランダにいた時放ったんだろう? それくらいわかるさ」
戒那さんはそこで切ってから。
「もう1つ言えば、悠也が伯母さんと電話してる時、俺自分の部屋にいたからな。伯母さんも興奮して大きな声出してたんだろうけど、悠也の声も相当大きかったぞ(笑)」
「戒那さ〜〜ん…………」
別に秘密にしたかったわけではないが、伯母さまにいいように使われている(ような)自分が何だか少し恥ずかしかった。自分は璃瑠花さんに甘いという自覚があるだけになおさらだ。
「……まぁ、そんなわけだ」
と戒那さんは繋がりのわからない言葉を吐いてから、まだ少し残っている俺のカップを持って、キッチンへ消えていった。
「戒那さん?」
呼びかけてみても答えがないのはいつものこと。おとなしく待っていると、またカップを持って戻ってきた。やけに慎重に歩いているが……。
「疲れているんだろう?」
そう言いながら、慎重にカップを俺の前に置く。
「………………」
慎重になるはずだ。コーヒーがカップギリギリまで注がれていたのだから。しかもコーヒーにしては……
「何だか白くないですか?」
「牛乳を入れたからな。疲れが取れる上落ち着くぞ」
その言葉から、俺はこの量の多さを悟った。あとから入れる牛乳の量を考えずにコーヒーを入れたから、こうなったのだろうと。
「ありがとうございます」
「笑いながら言われてもあまり嬉しくはないな」
拗ねた顔をする戒那さんが、またおかしかった。
そんな談笑の中で。
いつの間にか俺は、蝶のことをすっかり忘れていたのだった。
(了)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 1282 / 光月・羽澄 / 女 / 18 /
高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【 1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999 / 真言宗僧侶 】
【 1316 / 御影・璃瑠花 / 女 / 11 / お嬢様・モデル 】
【 0164 / 斎・悠也 / 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト 】
【 0606 / レイベル・ラブ / 女 / 395 / ストリートドクター 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは^^ 伊塚和水です。
2キャラでのご参加、本当にありがとうございます_(_^_)_
今回はちょっと時間がかかってしまって申し訳ありません。時間がかかった割にはあまり納得できるような出来ではないのですが、現時点でできる範囲で精一杯書かせていただきました。ご意見・ご感想・間違いなどありましたらお気軽にどうぞ^^
今回この悠也様視点だけまったく別の話になっているので、書いている私としてもとても新鮮に書くことができました。こういう参加の仕方もありなんだなぁ、と。何だか戒那さんとの絡みよりも料理の方が詳しくなってしまって申し訳ないですが(笑)、こういう一面を書くのもあり……でしょうか……(ちょっと弱気です)。
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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