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<東京怪談ノベル(シングル)>


正義(?)の山伏見参!

 ──夜。
 原色のネオンが派手に輝く飲み屋街に、今日もゴキゲンな声がこだまする。
「うははは! もう一軒行こう! もう一軒!」
「課長〜、もう勘弁して下さいよ〜」
「なーに言っとるか! 若いのにだらしがないぞ貴様ら!」
「それじゃあここはひとつ、課長のオゴリって事で」
「馬鹿モン! 割カンだ割カン! うはははは!」
 サラリーマンと思しき一団がそんな事を言い合いながら、ふとビルの谷間の路地裏に入っていく。
「ここを抜けると近道なんだぞ! 俺はなんでも知ってるんだ! ふははは!」
 ネクタイを頭に巻いたのや、社会の窓が全開なのに気付いてない者、どこかの飲み屋から失敬してきたらしい店名がプリントされた赤ちょうちんをぶら下げた奴など、どこからどう見ても完璧なヨッパライの集団だ。
 そんな赤ら顔の男達が、千鳥足で人気のない道を進んでいく。
 と──
「ククク……いい気なもんだな、お前ら……」
 彼等の頭上から、突如そんな声が降ってきた。声だけで、どこにも姿はない。
「いや〜、あの店の女将は良かったな! こう、後姿の尻だ! 尻!」
「いよっ! この課長のエロガッパ!」
「ぬははは! そんなに誉めるな!」
「…………おい」
 が、ヨッパライ達は一切気にする事もなく、そのまま通り過ぎていく。
「さ〜て、次の店はいよいよ若いおねーちゃんが一杯だぞ! おねーちゃんブラボー!」
「課長〜、このこの〜、奥さんに言いつけちゃいますよっ!」
「ふん! 女房が恐くて安月給が勤まるかー!」
「そのとーり!」
「もっと給料よこせドケチ社長めー!」
「ついでに休日もふやせー!」
「うおー!」
「てめーらいい加減にしろっ!! 無視してんじゃねーぞこの野郎っ!!」
 相手にもされないのがよほど気に入らなかったのか、ついに声が叫んだ。
「ん〜?」
「なんだよ〜?」
 ようやく、声の方──背後へと振り返る男達。
 そこには……
「ふん、まったくこれだからヨッパライってのはよ……」
 などと、仏頂面でつぶやく小柄な姿が立っていた。
 いつの間にそこに現われたのか、男達にはわからない。
 一風変わった格好をした少年だった。
 篠懸(すずかけ)と呼ばれる衣服の上に、結袈裟(ゆいげさ)という胸のあたりに丸い飾りのついたものを羽織っている。これであとは頭に兜巾(ときん)と呼ばれる六角形の飾りをつけ、背中に笈(おい)という箱を背負い、手には錫杖を持てば、平均的な山伏の出来上がりだ。が、その3つはなく、代わりに手にはなにやら長い袋を持っている。
 ──北波大吾(きたらみ・だいご)、それが彼の名だ。15歳の不良山伏である。
「……」
「……」
 大吾と男達はしばし見詰め合い……
「いやぁ〜、この前の店は家庭料理が美味かったよなぁ〜。芋の煮つけなんか絶品だった」
「課長は奥さんに作ってもらえばいいじゃないですかー」
「冗談じゃない、うちのヤツなんて惣菜は全部スーパーで買ったものをレンジでチンだぞ」
「ありゃりゃ、そいつは寂しいですねぇ」
 何事もなかったかのように、再び背を向けて歩き出すヨッパライ達。
「だから無視すんじゃねぇってんだよ! こっち向けコラァ!!!」
 額に青筋を浮かべて、わめく大吾だ。
「……なんだね坊や、私達は君のコスプレ趣味になど付き合う気はないぞ」
「そうそう。どうせなら若いコのセーラー服とかナース服とかでないと」
「あ、俺は年増の喪服姿がいいなぁ……」
「このマニアめ!」
「そっちこそ!」
「やかましい! てめえらの趣味なんぞどーでもいいんだよ!!」
 好き勝手ほざく男達を大声で黙らせると、大吾は手にした包みの先をピタリと突きつける。
 そして、こう言った。
「イイ大人がこんな時間まで酔っ払ってんじゃねえ。ンな御前等なんぞ、天に代わって俺が成敗してやらあ」
「……はあ?」
「何言ってんだ、お前?」
 言われた方は、皆キョトンとしている。まあ、それはそうだろう。
「……君、イイコだからおうちに帰りなさい。あんまり大人をからかうと、怪我するよ」
 1人がそう言いながら、ぬっと大吾の前に立った。でかい。190はあるだろう。大吾の頭の先がようやく胸のあたりに届くかどうかと言ったところだ。
 小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、目の前の少年を見下ろしている。
「ほぉ……」
 一方の大吾は、恐れもせずに大男を見上げ、こちらも口元に笑みを浮かべた。
 次の瞬間、一筋の光が鋭い音を上げて空気を切り裂き、駆け抜ける。
 すとんと、どこか間抜けな音。
 妙な肌寒さを感じて男が自分の下半身に目を向けると、ベルトが綺麗な切断面を見せて断ち切られ、背広のズボンが足元までずり落ちていた。
 さらに、鋭い刃が顎先に軽く触れている。
「わざわざ忠告ありがとよ……」
 長刀を手に、ニヤリと微笑むのは、無論大吾だ。
 何を隠そう、手にした細長い包みの中身が、これだった。
 ──霊紋刀。
 持ち手の能力に合わせて、見えるものから見えざるものまで、ありとあらゆるものを両断する霊刀だ。
「……あ……」
 大男の顔色が、すうっと青くなっていく。
 背後にいる仲間のヨッパライ達も皆、一瞬にして言葉を失っていた。
「そのお礼じゃねえが、こっちからも言っとくぜ。あんまりナメてると長生きできねえぞ、オッサンよぉ」
「ひぇぇ!」
「うわー!」
 悲鳴を上げつつ、男達がバタバタと逃げ始める。
「……バーカ、今更遅いんだよ」
 刀を下ろし、代わりに反対の手で印を結ぶと、何事かを低く唱え、
「縛・封・止!」
 鋭い声で、気合を放った。
 と同時に、大吾の周りにちょうど男達の数と同じ分だけの鬼火が生じ、まっすぐに彼らへと吸い込まれていく。
「な、なんだ!」
「か、身体がっ!?」
 すぅっと体内に青白い炎が入ったとたん、その瞬間のポーズで次々に静止する男達。
 ──言霊の呪(まじな)いだった。
 口にした言葉自体が力となり、さまざまな現象を引き起こす術である。
「さぁて……」
 一刀を肩に担ぎ上げ、ゆっくりと近づいていく大吾。
「覚悟しな、おしおきの時間だぜ」
 楽しげな笑みを浮かべると、再び指で空中に印を切る。
「操・演・傀!」
 言霊の力が開放され、音もなく空中に沸き上がる無数の炎。
 大吾はその中のひとつに目を向けると、
「そうだな……よし、お前にはセミにでもなってもらおうか」
 つぶやいて、ふっと息を吹きかける。
 すると、ゆらゆらと揺れながら空中を漂い、1人の背広姿の背中へと吸い込まれた。
 瞬間、その男の身体がビクンと震える。
「よーし、さあ鳴け! いい声で鳴きやがれ!」
「うぉー!!」
 命じられた男が、一声叫ぶと猛然と近くの電柱によじ登りはじめる。
 他の面々から課長と呼ばれていた中年男だ。
「み、み〜んみんみんみんみんみんみんみんみ〜〜〜〜」
 2メートルくらい登ると、ダミ声を張り上げて鳴きだした。
「あっはっはっは! いいぞいいぞ! それじゃあ残りの奴らは猫だ! ノラ猫だ! そおれ、そこに丸々太ったブサイクなセミがいるぞ! 皆で捕まえてみせろ!!」
 言葉と共に炎が男達へと飛び、その通りの行動を開始する。
「ふにゃー!」
「うにゃにゃにゃにゃー!」
「ふーーっ!!」
「み、みんみ、みーーーー!! み゛〜〜〜〜〜っ!!」
 残りの背広姿が一斉に電柱へと飛びかかり、課長に爪を立て、ひっかいた。中には尻に噛み付いた奴までいる。
「み゛〜〜〜〜〜っ!!!」
「にゃー!!」
「ふにゃにゃー!!」
「ごろにゃー!!」
 たまらず課長が地上に飛び降り、手を羽みたいにバタバタさせながら逃げ始めた。それを部下達が4つ足になって追いかける。
「はははははは! いいぞお前ら、どっちもがんばりやがれ!」
 その様を見て、腹を抱えて笑う大吾であった。


 ──15分後。
 全力で追いかけっこをした男達は、疲れ果てて全員路上に倒れていた。
「……なんだよ、もう終わりか? だらしねえなぁ」
 そう言いながら大吾が近づき、彼等の身体から財布を抜き取ると、中の現金を失敬していく。
 最後に課長の前に立った。
「……」
 彼の目は完全にでんぐり返って白目となっている。バーコード頭も激しく乱れ、でっぷり太った腹も乱れた着衣からはみ出していた。さらに、体中のあちこちに、引っかかれた跡や、歯型が刻まれている。
「よかったぜ、おまえ。久々にいいモン見せてもらった」
 そう声をかけ、彼の背広の内ポケットからも財布を取り出す。
 中を見ると……1万円札が1枚に、千円札が3枚。
「……なんだよ、これっぽっちかよ。てめえそれでも課長か? 部下の方がよっぽど持ってるじゃねえか。この甲斐性なしが」
 とたんに顔をしかめる彼だ。もちろん返事はない。
 全てを引っ張り出すと、中から何かがパラリと落ちた。
「……ん?」
 金ではなく、写真だ。拾い上げてみると、5歳くらいの子供を膝に抱いた中年が微笑んでいた。無論、その中年とは、目の前で悶絶しているこの男である。
「けっ、子供の写真なんぞ持ち歩きやがって……気持ちわりぃ野郎だぜ」
 小さく吐き捨て、それを財布に戻す。
「……」
 そのまま、しばしじっと手元の金を見つめていた大吾だったが……何を思ったのか、ついでに1万円札も一緒に突っ込んだ。
「子供が可愛いんなら、こんな所で遊んでねえで、とっとと家に帰れってんだよ馬鹿野郎」
 そんな言葉と共に、三段腹へと叩きつけてやり、あとはさっさと背を向ける。
「……くそ、やる気なくしちまったぜ。今日はもうとっとと帰るか」
 ぶつぶつ言いながら歩き始めると……
「……お?」
 前方から、また新たな人影が数個、この路地に入ってくるのが見えた。
 全員まだ若い、自分よりやや上くらいの顔立ちだ。恐らく高校生ではないかと大吾は踏んだ。
 よくわからない色に染め上げた髪と、自分の目には派手としか表現しようのない原色の服を全員が身につけている。それを目にして、大吾の顔に笑いが復活していった。
「……あんだテメエ、なにジロジロ見てんだよ。やんのか? ああ?」
 視線が合うと、とたんにそう来る。これは間違いなさそうだ。大吾はなんだか嬉しくなった。
「いいねえ、てめえらみてえなのに会いたかったんだ。いいから四の五の言ってねえでかかって来い。遠慮はしねえぞこの野郎」
「なにい!」
「この餓鬼、ナメやがって!!」
 怒声をあげつつ、相手が次々に殴りかかってくる。
 ……こういう阿呆は簡単でいいぜ。はは。
 笑いながら、5分とかからず全員を叩きのめす大吾であった。


 ……その日の「収穫」は、まあまあだったらしい。
 いきつけの寿司屋で折り詰めをひとつ買って土産にすると、意気揚揚と弟の待つアパートに引き上げる大吾だった。
 彼にとっては、これもまた生きるために必要な仕事であり、同時にこれ以上ない娯楽なのである。

■ END ■