コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


男心と春の空

 シャッ、と勢い良くカーテンを開けると、眩しい朝日が射し込んできた。
「よーーっしゃ!」
 絶好のデート日和だ、と湖影龍之助は大きくガッツポーズを決める。
 走って洗面所に向かい、洗顔&歯磨き。
 再び走って自室に戻ると、前日からしっかり用意してあった洋服に着替えた。

 『龍之助らしさを失わず、しかしデートに相応しい装い』

 というのが、今日のテーマである。
 モデルをしている兄に無理を言って選んでもらったものなので、センスはかなり良いはずだ。
 ヴィンテージ・ジーンズにクールなロゴの入ったカーキ色のスエット。アウターには黒のブルゾン。 
 靴下も新しい物をおろし、普段はあまり手を入れていない髪も、整髪剤でキチンと整える。
 なにしろ『初デート』だから、気合いの入り方が違う。
 ――などと、鏡に向かってあれこれやっていた龍之助だが、
「うおっ!?」
 腕時計を見て、驚嘆した。
 待ち合わせの時間が迫っているではないか。 
「やっべぇ、遅刻なんて最悪だ……!」
 龍之助は、血相を変えて部屋を飛び出した。
 バタバタとリビングを通り過ぎる際、後ろから『兄様、朝御飯は?』という妹の声が掛かったが、振り返らずに声だけ返す。
「いらない!」
 そのときにはもう、家を飛び出していた。
 目指すは某有名テーマパーク。
 世界で一番好きな人とのデートだと思うと、場所など関係なく、それだけで十分幸せだったりする。

 龍之助が待ち合わせ場所に着くと、まだ『恋人』の姿はなかった。
 全速力でやって来たため、結局まだ待ち合わせ時間の10分前である。
 ソワソワしながら待っていると、しばらくして遠くから大きく手を振りながら、駆け寄ってくる人物がいた。
「龍之助くん!ごめん、待たせちゃって……」
「みッ、三下さん♪全ッ然待ってないっスよ!」
 そう、龍之助の『恋人』とは、月刊アトラス編集部の三下忠雄であった。
 長年の片想いが、最近になってようやく報われたのである。
 今日の三下はいつものスーツ姿ではなく、センスのいいセーターにチノパンという、ラフなスタイルだった。
「その服、よ、よく似合うっスね!」
「そ、そうかな?龍之助くんも今日の服、すごく格好いいよ」
「ま、マジっすか?」  
 お互いに照れながら、エヘヘと笑いあう。
「じゃあ、時間も勿体ないし、さっそく行きましょっか」
「うん、そうだね」
 ふたりは並んで、ゲートをくぐった。

 ひととおり園内を回り、空いているアトラクションを探す。
 だが、それが見つかるよりも先に、

 ぐぅ〜……

 龍之助の腹の虫が鳴いた。
「あ、もしかして……朝御飯、食べてない?」
 きょとんとした瞳で尋ねる三下に、龍之助は照れ笑いを浮かべる。
 それを見た三下は微苦笑しながら眼鏡を中指で押し上げると、手に持っていた袋を持ち上げて見せた。
「丁度よかった。僕、お弁当作ってきたんだ」
「えええっ!?」
 のけぞる龍之助に、おろおろと三下が手を伸ばす。
「や、やっぱりダメかな、男の手料理なんて……」
「いや、そんなことないっスよ!俺、本気で嬉しいっス!!」
 はしっ、とその手を掴み、龍之助はぶんぶんとかぶりを振り、全力で否定した。
(ってゆーか……なんか三下さん、いつもと違う気がするんだけど……?)
 いつもより5割増くらいで優しく、そして積極的な三下に戸惑いつつも、まぁいいかとニヤけてしまう龍之助である。
「早く食べましょう、そこのベンチにでも座って……」
「うん、そうしようか」
 手を繋いだまま、ふたりは近くにあったベンチへと移動した。
 三下が袋を開けると、中から可愛らしいバスケットが出てきて、そこからは色とりどりの美味しそうなサンドイッチが顔を覗かせている。
「僕のオススメは、このテリヤキチキンのやつなんだけど……」
「じゃあ、それをいただきます!」
 龍之助は、鼻息荒く答えた。
 三下が作ったものなら何だってご馳走だが、オススメというのならばそれを真っ先に食べない理由がない。
「龍之助くん。はい、あーん……ってして」
「……!?」
 桜色に頬を染めた三下が、そっとサンドイッチを差し出した。
(ど、どうしよう……!?)
 なんだか恥ずかしいシチュエーションに、龍之助はドギマギする。
 だが覚悟を決めて大口を開けた――そのとき。

 ドゴッ!!

「りゅ、龍之助くん!?大丈夫!?」
 ベンチの近くで子供たちと写真を撮っていたテーマパークのキャラクターが、『なぜか』蹴り飛ばしたボールが後頭部を直撃し、龍之助は前のめりに倒れた。
 三下の声が、だんだんと遠くなっていく――。

「はっ。三下さんッ!?」
 次に龍之助が目を醒ますと、そこは間違いなく自分の部屋だった。
 ベッドからずりおち、後頭部を強打したようで、鈍い痛みに顔をしかめる。
(ってことは……今のは夢かぁ……)
 そりゃそうだよな、と龍之助は深々とため息をついた。
 ゴロンと転がってから起きあがると、朝の光が目にしみた。
 実際問題、三下は龍之助のことを嫌ってはいないはずだ。だが少なくとも、龍之助と同じ様な『好き』という感情もまた、持ってくれていないはず――。
 厳しいが、これが現実だった。
「あー、ちくしょー!」
 ガシガシと髪を掻きむしると、さっさと服を着替え、出掛ける支度を始める。すると、
「龍兄様、お出掛けですか?」
 ノックの音とともに妹が顔を出した。
「うん、ちょっと編集部に。なんか手伝えることがないかと思ってさ」
「またですのッ?」
 プリプリと怒る妹に、龍之助は微笑んでみせる。
  
 現実ではまだまだ進展しない2人の仲だが、勝負はこれからだ。
 くじけずアタックしていれば、いつかこの夢のようなデートが出来るようになるかもしれないし。

「んじゃ、行ってくるな!」
 
 朝御飯も食べずに出発する龍之助の背に、妹の悲鳴に似た叫び声が響いたのは、言うまでもない――。