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<PCシナリオノベル(シングル)>


囚われた魂

序章
 それは雨の夜だった。
 男は急いでいた。赤になったばかりの信号を無視して強引に曲がる。ブレーキをろくに踏まずにいたのかタイヤがなったが彼に気にしている余裕はなかった。
 怒りで頭が一杯だった。一刻も早く行かなければならない。
(落とし前つけてやるっ)
 怪我をしたのは彼の弟分だった。極道にしておくには気の優しい男で、いつも彼はしゃっきりしろと声をかけていたものだ。手の掛かる、だからこそ逆に可愛い弟分だった。
 ――お願い、もう止めてください――
 誰かの声が聞こえた気がした。しかし、怒りに目のくらんだ男が止まることはなかった。
 雨の夜、スピードを出しすぎて運転する事の危険さにも気が付かずに。
 キィィィィィィッ!!
 鈍い衝撃音。
 公園の前の電柱にぶつかった彼の車が見つかったのは二時間も後の事。
 既に彼は事切れていた――。
 翌日の新聞にはこんな見出しが躍っていた。
『チンピラ、飲酒で無謀運転の末事故死』
 彼が舎弟を傷つけられた末にそんな行為に出た事は誰の口にも上がる事はなかった。
 彼の死は無意味な新聞記事の一つとして片付けられる。誰もが彼の死を日常の中にあっさりと埋没させ、忘れ去った。

第一章
 一つの噂が街に広がったのはそれから数日経った後の事だ。
 公園に男の幽霊が出る。その男はあの事故で死んだ男だ。そんな他愛もない怪談話。しかし、着実に噂は広がる。なぜならそれが事実だったからだ。
 阿久津吹雪も目撃者の一人だった。吹雪はかなり驚いた。幽霊が実在したからではない。彼が自分の見知った男だったからだ。
 すぐさま実家に連絡を取った。家出している手前、父親に知られたくないのは彼女にとっては当然の事だったが、電話に出た男はしきりに「お嬢さん、帰ってきて下さいよ」とか「親父っさんが心配していますよ」などと繰り返していた。それを宥めすかしながら、事故の原因を聞き出して、彼女はため息をついた。
(短気でも気のいい男だったのに……)
 何とかしてやりたくてもう一度吹雪は公園へと足を運んだ。しかし、時既に遅し。彼は霊能者によって祓われた後だった。
 後には祓った霊能者の噂だけが残っていた。
 見事な御祓いだった。何しろあれ以来一度もあの幽霊は出ない。
 お礼も受け取らずに去っていった。
 易者風のなりをしていたが、さぞや徳の高い御坊様なんだろう。
 それらの好意的な噂を聞いて吹雪は少し安堵した。彼女の知る男が安らかに成仏したのならそれで良いと思い、花の一つも手向けてやろうと思って事故現場に立った。
 そんな吹雪に声をかけた者がいた。
「お願い、さ迷える魂を助けて……」
 突然の言葉に振り向くとそこには一人の美しい女性が立っていた。どこか神々しい雰囲気を漂わせた彼女はまっすぐに吹雪を見つめた。
「あんた、誰? どういう事なの?」
「あたしはエリカ・ウィン。天使です。……といってもまだ新米ですが」
 吹雪はますます驚いた。背中の羽根が彼女の言葉を裏付ける。純白の羽根を持つ、神々しい女性を天使以外のなんと呼ぶのか吹雪には思いつけなかった。
「天使ってホントにいるんだ」
 やや場違いな感想を素直に口にして、吹雪は軽く頭を振った。ポニーテールの髪が背中を叩く感覚に現実感を取り戻す。
「ああ、ゴメン。ちょっと驚いちゃって。それで、さ迷える魂って? ここにいた霊は?」
 訊ねる吹雪の目に鋭い光が宿るのは阿久津――いや、雄(あくつ)の家に生まれた者ゆえだろうか。退魔を生業とする家から飛び出しながらも、彼女の奥底には退魔師としての誇りが潜んでいる。納得できないのは『封邪滅殺』という信念、手段を選ばないその行為に彼女は疑問を感じていた。退魔の本質は困っている人や霊を救う事ではないだろうかと思うのだ。青臭い理屈かもしれなかったが、それが吹雪の本心だった。
「霊は成仏していません。あたしに力を貸してください……」
「成仏していないってどういう事?」
「あの霊は生前、ヤクザでしたが根は正直な人でした。あたしは彼が罪を犯して地獄へ落ちるのを阻止しようとしたのですが、怒りのあまり運転を誤り……」
 悲しそうに目を伏せたエリカに吹雪はため息をついた。ますます縮こまる天使にそうじゃないと笑顔を見せる。そう、あいつが死んだのはエリカのせいではない。自分の失敗だと言わんばかりのエリカの風情に、吹雪はなんだか申し訳ないという気分になった。
「あいつの事なら知ってる。うちの組の奴でね。確かに短気だったわ……いつかそれが元で下手やるんじゃないかって思ってた」
 エリカは驚いた顔を見せたが、吹雪の促がしに言葉を続けた。
「せめて魂を天へと探したのですが、先に易者の格好をした男が……、天にも裁きの煉獄にも行けぬ霊は無間地獄へ落ちてしまう」
 ですから、とエリカは言葉を続けた。
「どうか、あたしに力を貸してください」
 吹雪に否やはなかった。エリカにしっかりと頷いてみせた。

第二章
(どうしてこんな事になったかなぁ……)
 湯気のたつ湯船に首まで浸りながら吹雪はため息をついた。白檀の香りだろうか、ほんのりとした香りが鼻腔をくすぐるのがまた心地いい。
 始まりは天使エリカとの出会いで間違いはない。彼女の願いに頷いたのは自分自身だ。
(うちの組の奴には違いなかったんだし……)
 それが否定している自分の家との繋がりを示す明確な要素である事には目をつぶる事にする。何しろ『うちの組』と言う言葉自体が自分が家との繋がりを拒絶していない事を明確にしている。気に入らないのはその方針だけなのだ。
 考え出すとなんだかドツボにはまりそうで思わず湯に映った自分の顔を吹雪は見下ろした。湯の中にある自分の体に被さるように水面に映った自分の顔がある。ゆらゆら揺れる顔を彩る表情が情けないものであるような気がして軽く水面を叩くと、湯を手ですくって顔を流して気を取り直すともう一度事件を整理する。
(易者ってのが胡散臭いわね。御祓いをする霊能者としては偽者だったって事だし……。魂を捕えて何をする気なの?)
 吹雪には今の所見当もつかない。ロクな事ではないと言うことが判るだけだ。
 新聞であの事件以降の事故を調べ、近いものがあれば現場に行ってみる。そんな事を繰り返していくうちに確信だけが芽生えた。どれもが易者が現れ、そして見事な浄霊を行った。そして霊的な痕跡は何一つ残されていない。
 これはおかしい。そう吹雪は結論付けた。実家に戻って調べるという手もある。名のある霊媒師なら雄(あくつ)の記録に残っているかもしれない。しかし、それは気が進まなかった。
(なんにしても八方塞りなんだよねえ……)
 新しく霊が現れた場所を即座に見つけるのは吹雪には難しい。こればかりはエリカの力を頼るしかないだろう。しかし、だからといってのんびりも出来ずに闇雲に歩いていると、走ってきた人にぶつかられた。そこまでなら良くある話だったが、相手が転びそうなのを咄嗟に支えようとしてそのまま相手ごと転んだ。不覚と思った時には既に水溜りに腰を着いていたのだ。
 謝りまくる白い小さな少女に大丈夫だと言っていると騒ぎを聞きつけたのだろうか――まあ、斎乃銭湯の店先で争っていたのだから当然と言えば当然ではある――、そこの主人が現れ、服が乾く間入っていなさいと半ば強引に銭湯に連れ込まれた。和服の青年の「大丈夫、二代目ですが番台には座りませんから」と言う言葉につい笑ってまあ良いかと思い、今に至る訳である。
 良いリフレッシュにはなったと思う。同時にのんびりしていていいのかという奇妙な焦燥感も消えずにあるのだが、それはこれからの調査しだいだと吹雪は思う。
(寒いんだし、湯冷めにも気をつけなくちゃね。夜も見回り続けたいからね)
 そう考えながら、風呂から上がり身支度を調えた吹雪は冷茶を飲みながら今夜回るルートを検討していた。中年女性達の噂話が聞こえて来たのはその時の事だ。
「それで、本当に出るんですって?」
「そうらしいわよ。それでね、教えてやったのよ。ほら、あの易者さんの事。だってあの人が除霊すると絶対霊は出てこないのに、お礼も受け取らないでしょう?」
「そうよねえ、事故や災害があったら出てくる前にまず彼に除霊を頼んだ方が良いんじゃないのかしら?」
「ちょっと! それ、いつの話ですか!?」
 突然ものすごい勢いで割って入った吹雪に女性達は目を丸くしたが、すぐに答えてくれた。
「ああ、今日の昼過ぎの事よ」
「場所はどこなんです?」
「さあ、五丁目の方だと思うケド、ちゃんとした場所まではねえ……」
 首を傾げた女性の言葉にありがとうと礼を言い、吹雪は銭湯を飛び出した。とにかくその場所へ行ってみようと思ったのだ。しかし、その足取りは店を出た途端にぴたりと止まった。知り合いの姿を――しかも、珍しい組み合わせで――見つけたせいだ。
 エリカが先ほど支えた――より正確には支えようとした――少女と一緒に立っていた。吹雪を見るなり駆け寄ってくる。
「この子が、雪さんが教えてくれました。彼女の知っている公園で事件が起き、殺された男が霊になっているそうです! あの男が現れるかもしれません!」
「それってもしかして五丁目じゃない? 今、例の易者を呼ぶ呼ばないって話を聞いたんだけど」
「五丁目? あっちの方が五丁目ならそう」
 女の子――白雪というそうだ――が、首を傾げながら五丁目の方角を指差した。エリカと雪を見て、吹雪は頷いた。
「行くよ! 急いだ方が良いみたいだ」

第三章
 雪の先導でエリカと走り始めた吹雪だったが、元々剣道で鍛えている吹雪とエリカでは基礎体力に差があったようだ。途中でエリカを後に残し、俊敏な雪の先導の元、吹雪は全速で駆け抜けた。
「あそこだよっ」
「わかった! 後から来るエリカを頼んでいいか?」
「うんっ。がんばって!」
 少女の激励を背に吹雪は公園へと駆け込む。そこには既に二つの影があった。
 少し長い髪を降ろした易者風の男と、彼の影に控えるようにして立つ女性――その背には黄色いアゲハ蝶の羽根があった。
「あんた達、それ以上させないよっ!」
「おや……これは異な事を。私達はここにいるさ迷える霊を鎮め成仏させようとしているのですが」
「へえ? 何でそんな事を?」
 軽く眉を上げた吹雪の揶揄する口調に動じる事なく易者は言葉を続けた。
「何故、ですか? 人の為ですよ。霊も成仏できれば現世でさ迷うよりも良いでしょう。人にとっても、霊に脅かされるよりは成仏してもらった方が良い。何も問題はないでしょう?」
「そんな言葉に騙されてやらないね。嘘つくのやめてくれる? あんた達が『浄霊』した霊達が成仏してない事、知ってんだよ。何が目的なの!?」
 怒りを隠す事なくそのまま啖呵を切るように言い放った吹雪に易者は目を丸くし、そして笑い出した。おかしくてたまらないというように次第にそれは哄笑に変わる。
「たかがチンピラにご苦労な事だ。世間知らずのお嬢さん。教えてあげようか?」
 口の端にまだ笑みの残滓を残したまま男は言う。吹雪の答えを待つまでもなく、彼は言葉を続けた。
「怨霊機という怨霊を武器化する装置があるのを知っているか? 平和な世ゆえ、武器に相応しい怨霊――侍や忍者が減った今、この手の好戦的な武器化しやすい霊の買い手はいくらでもいる」
 つまり、吹雪は息を飲んだ。霊達は彼に武器化する為に『浄霊』されたのだ。吹雪の中に前よりも怒りが生まれる。その感情のまま叩きつけるように吹雪は叫んだ。
「あんた、そんな事の為に……許さないよっ! ――我がうちに眠る霊刀、その名を『黄泉』。今こそ現(うつつ)に姿を現せ――!」
 水平に伸ばした右手の天に向けた掌からそれは現れる。黄泉の名を持つ日本刀、霊威を宿す『黄泉』。それは彼女と特別な絆を持つ霊刀であった。
 身の内より出でて、宙空に浮かんだそれを握ると吹雪は一気に易者との距離をつめ、袈裟懸けに切りつけた。それを易者は一歩引いて避ける。そして、吹雪を試すように問い掛けた。
「捕えた霊を戻すと自縛霊化するぞ? 負の感情に囚われた無関係な者が新たに事件を起こす」
 自信有り気にというよりは確定の事実を告げる口調で言われ吹雪の手が震えた。その一瞬の躊躇を易者の背後で黙りつづけた存在が見逃すわけもなかった。
 一閃。
 咄嗟に飛び退いてかわしたその手の動きは恐ろしく素早い。
 そして、もう一つ。
「なっ!?」
 それは彼女の見知った男の顔だった。武器化された怨霊――咄嗟に真一文字に振り下ろしかけた手を止める。半身を傾けて避けるが完全ではなく、僅かに切られた髪が宙を舞った。
(こいつがあたしを好きで攻撃したわけじゃない……)
 舌打ちして女と霊とから距離をとろうとする。霊を攻撃して破壊してしまえば魂そのものも破壊しかねないだろう。そう思うと手が鈍った。攻撃できない相手が本気でかかって来た場合、他の相手に集中出来なくなる。それは現状ではかなりのペナルティになる。
「貴様の魂も捕獲してやる。揚羽! 行け!」
 女が驚異的な素早さで距離を詰める。右に怨霊、正面に揚羽。吹雪はタイミングを図り大きく前に飛びそのままの勢いで揚羽に黄泉を振り下ろした。
 がきっ
 揚羽の持つ鎖が黄泉に絡みつく。吹雪の足が揚羽の力でじりじりと押され、その跡が地面にくっきりと描かれる。
(このままじゃ力負けする……どうすれば……)
 吹雪の焦りを煽るように武器と化した霊が背後に近付く。決断は一瞬だった。
 黄泉から手を離し、横に飛ぶ。霊は吹雪の動きを追いきれず、彼女が元いた場所を裂くように通り過ぎ、揚羽はその予想外の動きに戸惑うように鎖に絡めた刀を――黄泉を取り落とした。
(今だっ)
 吹雪がもう一度飛ぶ。黄泉を手にとると横に転がり、手をついて体制を整えた。それと同時に揚羽の手から鎖が伸びる。
(!? しまった!)
 足に絡みつくそれが、吹雪の自由を奪う。迫り来る揚羽と霊に逃げ場のない吹雪はそれでも黄泉を正眼に構えた。
「させないっ!」
 聞き覚えのある声が光とともに現れた。揚羽が眩しさに手を止める。そして、怨霊と化した霊は――。
「あたしがこれ以上罪を重ねさせない、天に連れてく!」
 決然としたエリカの声が力となるのか霊達はその形相を緩めていく。驚きに目を瞠る揚羽。しかし同じ驚きに支配されながらも、吹雪は己の立場を忘れてはいなかった。
 黄泉を足に絡みついた鎖へ突き立て、足かせを外すと一気に駆け寄り、横一文字に黄泉を振り払った。
「!?」
 揚羽は虚を付かれた形で体勢を崩す。追い討ちをかけるように、利き手のみに持ち替えた黄泉をその腹に刺すように突き出す。
 揚羽は完全に体勢を崩した。上から振り下ろされた吹雪の剣撃を辛うじて避けると横へ転がり距離をとってから漸く揚羽は立ち上がった。
「揚羽! 今日の装備は物理攻撃を想定していない、ここは下がれ!」
「……はい。九十九さま」
 易者――九十九――から叱責とも着かない指示が飛ぶ。揚羽は逆らわず身を翻した。
「待ちな! 逃がさないよっ」
 追いすがる吹雪に向けて何か丸い物が揚羽の手から放たれる。危険を感じて咄嗟に飛び退いた吹雪だったが、巻き起こる煙幕に口元を抑え、追撃を諦めた。
「吹雪さん、大丈夫ですか!?」
 エリカの声に手を振って答え、戻りながら吹雪は唇を噛み締めた。
(勝負は預けただけ……次は、必ず……)

終章
 エリカの手により、武器化された霊達は己の本性を取り戻していく。
 その様を眺めながら吹雪は服についてしまった汚れを払う。乱れたポニーテールを結い直して、ふと何本か切られた事を思い出して顔をしかめた。肩や体じゃなかったのは喜ばしい事だけれど、代わりに髪を切られる事は嬉しい訳じゃない。髪は女の命とまではいかないがやはり複雑な思いがある。
(まあ、揃えなきゃならない程じゃなくてよかったかな)
 近付いてきたエリカが丁寧に頭を下げる。首を傾げた吹雪に極真剣にエリカは礼を言う。
「本当にありがとうございました。あたし一人じゃあ、どうにもなりませんでした。全部吹雪さんのおかげです」
「いや、そんな。あー、うん。うちの組の奴の話でもあったしさ」
 たゆとう霊の一人に目を留め、しっかりやんなと声をかけると彼は恐縮したように頭を下げた。
「いいえ、例えそうだとしても、お礼を言わせてください。……本当にありがとうございました。あなたの上に父なる神の祝福があらん事を……」
 最後の言葉は光とともに。
暖かい光と荘厳な雰囲気を漂わせた言葉に吹雪は目を閉じた。
 しばらくして目を開くと既にそこには誰の姿もなかった。天使も霊も天の国へ昇ったのだろう。
「あたしからも礼を言わせて欲しかったな。……危ない所助けてくれてありがとう」
 またねと聞こえるかどうかの小さな声で言うと吹雪は踵を返した。靴音だけが静かな公園に響いて消えていく。
 ささやかな星明りが吹雪の声に答えるように瞬いていた――。

fin.