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<東京怪談ノベル(シングル)>


歓談という名の企み
●歓談中(映像のみ)
 時は平成、季節は立春と雨水の狭間の頃。
 暦の上では確実に春は近付いていたが、実際の気候においてはまだ春の足音は聞こえてきそうにはなく、寒い日が続いていた。
 そんなある日のあやかし荘。本館1階・こたつの鎮座した管理人室には、今日もまた訪問客の姿があった。
 テレビがつけっぱなしにされた管理人室には、こたつを挟んで向かい合い言葉を交わしている2人の姿があった。
 1人はあやかし荘の主とも言うべき者、嬉璃だ。そしてもう1人、嬉璃と向かい合うのは和装に身を包んだ青年――九尾桐伯である。
 こたつの上には、急須に湯呑みが2つ。それと煎餅の入った器や、芋羊羹の並んだ皿が置かれている。いわゆる茶請けだ。
 器や皿には時折2人の手が伸び、直後には決まって茶のすする音が聞こえてきていた。
 その2人の様子を端から見ていると、まるでどこぞの横丁のご隠居同士といった雰囲気がある。今は2人とも和装であるから、余計にそう見えてしまうのかもしれない。
 ただし、それは言わば音声を抜きにした映像だけを見ての話。この映像に音声を加えると雰囲気がどう変わるか――とくとご覧あれ。

●歓談中(映像+音声)
「それにしてもぢゃ」
 話の途中で嬉璃は急にそう言うと、パリンと乾いた音を立てて、手にした煎餅を噛み砕いた。今まさに茶を飲もうとしていた桐伯は、動きを一旦止めて嬉璃に視線を向けた。
 それから嬉璃は、しばし口をもごもごと動かすと、茶で流し込むようにして中の煎餅を飲み込んだ。
「お主もよくここに顔を見せるのぉ」
「おや、いけませんでしたか?」
 間髪入れずに言う桐伯。そして茶を一口静かにすする。
「別に構わぬがな。お主の持参してくれる土産は、毎度楽しみでもあるし」
 ちらりと芋羊羹に目をやる嬉璃。この芋羊羹は、桐伯が土産として今日持ってきてくれた物であった。
「ただあれぢゃ。お主の仕事に、支障はきたさぬのかと思うてな。ほれ、ばぁてんだぁとやら言う名前の仕事ぢゃったか?」
「基本的に、私の仕事は夜の時間帯ですから。日中ここに顔を出すくらい、何の支障もありませんよ」
 桐伯がくすりと笑って答えた。
「そうか、それぢゃったら別によいのぢゃ。さてと……何の話をしておったかの」
「彼の話ですよ」
 本題に戻ろうとする嬉璃に、さらりと桐伯が言った。
「おおそうぢゃ!」
 ポンッと手を叩く嬉璃。
「彼奴の話の途中ぢゃったな。これから彼奴を、どのようにしていぢめてゆくかということぢゃ。しかし、つい忘れてしまいがちぢゃな」
「まあ彼の話ですから」
「彼奴の話ぢゃからなあ」
 この会話、もし本人が聞いていたならきっと涙していたことだろう。だが、話はこれからが本題であった。

●企画会議(関係者以外立入禁止)
「ともあれ、彼奴をいぢめるのは楽しいのぢゃが」
 そこまで言うと、嬉璃は茶をすすって喉を湿らせた。そして再び言葉を続ける。
「いかんせん、どの年中行事と絡めるべきか頭を悩ますのお」
「確かに」
 短く答え、大きく頷く桐伯。
「先日のバレンタインデーはなかなか上手くゆきましたが、だからといってホワイトデーに絡めるのも芸がないかと」
「うむ。お主もよく分かっておるな」
 妖し気な笑みを浮かべる嬉璃。
「それや桃の節句に絡めて事を起こすのは、さすがに彼奴も警戒しておるぢゃろう」
「そうですね。では、一気に間を空けてみて、端午の節句に絡めてみるというのはどうでしょう。実は小耳に挟んだ話なんですが、夜な夜な勝手に歩き回るという武者鎧という物がありまして」
「それを彼奴に着せるというんぢゃな?」
 嬉璃が尋ねると、桐伯が無言で頷いた。
「悪くはないが、ちと間が空き過ぎぢゃな。ふむ……どうぢゃろう。言う間に花見の時節ぢゃ。その際、向こうと我らとで場所を2つ獲らせるのは如何ぢゃ?」
「いつものことですねぇ。いっそ厳しい条件をつけて、場所自体を捜させるとか?」
 桐伯が、嬉璃の提案にさらにアイデアを付け加えてみた。
「サイコロでも振らせて、移動手段に制限をかけるのも面白そうぢゃがなあ。ただ、花見そのものに影響を及ぼす恐れもある。実際に行うなら、我らだけで決める訳にもゆくまい」
「それも一理。となると、オーソドックスに四月馬鹿という手もありますが……」
 桐伯と嬉璃による妖し気な企みがまとまるには、まだまだ時間がかかりそうであった。

●企みという名の山吹色の菓子
 そして時間は流れ、皿に並んだ芋羊羹が残り1切れとなった頃。ようやく1つの結論が、2人の間で出ようとしていた。
「彼岸の中日の夜、彼奴に霊園巡りをさせてはどうぢゃろう。気候によっては、生暖かいこともあるぢゃろうしな。口実はそうぢゃな……大切な物をそこに落としてきたかもしれん、これでどうぢゃな?」
「落としたはずの物は、実は手元にあったというオチですか?」
「無論ぢゃ。これなら、何ら嘘は吐いておらぬぞ? 予め『かもしれん』と言っておるのぢゃからな。果たして彼奴は、どのような顔を見せるぢゃろうなあ」
 そう言って、嬉璃はどこからともなく扇子を取り出して、口元を隠すようにさっと広げてみせた。
「ならば、先回りして彼を驚かせるという手もありますか。驚かせる方法は、いくらでもありますからね」
 ニヤリと笑ってみせる桐伯。嬉璃がこくりと頷いた。
「うむ、そうぢゃな。それにしてものぉ……お主もなかなかの悪よのぉ」
「いえいえ……嬉璃さんには適いませんとも」
 しばし無言で視線を合わせる2人。そしてどちらからともなく、笑い始める。
 そんな2人の様子を端から見ていると、まるで時代劇の悪代官と悪徳商人といった雰囲気が漂っていた。
 かくして――あやかし荘にて、また新たな企みが出来上がってゆくのであった。

【了】