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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


花葬無限回廊
「死体プールのホルマリンが花びらに変わってしまったそうなのよ」
「変ですよね、気になりますよね?僕も気にな・・・・・・ッ、痛ぁいぃ〜!(泣)」
 三下は碇編集長の話に横槍を入れた形になり、天誅とばかりにハイヒールの踵で足を踏まれた。憮然とした表情をするでもなく、碇はにっこりと笑っている。
 その病院は以前から予告状じみた文章のFAXが送られていたらしい。当然、冗談であろうと病院側は思っていた。しかし、予告の日に近づくにつれ、隣接する大学の研究室内にあるホルマリン漬けが毎日一つずつ花に変わるという怪事件が起きていたのだ。
「今度は区内にある警察病院がターゲットらしいの。来々週の特集にしたいから手伝ってくれない?」
 ホッチキスで右端を止めた紙束を手で捻りながら碇は言った。
「三下君は全く!役に立たないから・・・・・・ゲラ刷りに間に合わなくなっちゃうわ」
「そ、そんなぁ〜・・・そこまで云わなくっても・・・」
 碇の言葉に三下の小さな瞳は潤む。
 うつむいた三下は碇の手を見て硬直した。
「・・・・・・って、ああああぁッ!!原稿が〜・・・・・・」
 あうあうと三下がうめく。
「没よ、ボ・ツ!・・・ネタ自体冴えないわ」
 これ以上ない程の優しさに満ちた微笑みを浮かべ、碇は三下にやり直しを・・・・・・厳命した。

<客人の礼>
「花に変わるとは、なかなか詩的ですね・・・・・・」
依頼書を見ながら田丸浩司は云った。
「本当は良い見出しが付けられそうなんだけど・・・・・・」
 チラッと横目で三下を見る。
 三下は二人のやり取りを不安げな目で見つめ返した。麗香にとって、そんな仕草の一つ一つが腹立たしい。
「三下クンには頼まないから心配しなくていいわよ」
「本当ですか!?」
 鉛を飲み込んだような表情が消え去り、絶えず突っ掛かる口調は俄に明るく張りがあるものへと変わった。
 自分の原稿をひっ掴むと「失礼します」という言葉もそうそうに去ってゆく。 
 その後姿も見ずに麗香はカップに手を伸ばした。
「田丸クン、よろしくね」
「了解。それじゃ・・・・・・」
 軽く手を上げると田丸は去っていった。

「そこから出て行ってくれませんか?」
 田丸は言った。
 闇に向かって。
 いや。虚空に浮かぶ豆電球のような光に向かってだ。
「じゃぁ、何故ここにいるのか教え欲しいんですけどね」
 田丸は続けた。
 依頼を受けてここに来たものの、扉を開けた途端に、これだ。
 こっちは準備もまだだというのに。
 無意識に田丸はポケットを弄る。今必要なものが何かは思いつかないが、体だけは反応してしまった。
 光は薄紫の色を纏っていた。
 無論、ガスの炎でもなければ、電球でもなかった。
 くるみ大の光源が二十センチほどの光の帯を揺らめかせている。
 田丸が何か言うたびに、揺らめく姿を見る限りは意思があるように見えた。
 しばらく、正体不明の光を見つづけていたせいか、ここが病院内ではないような気さえしてくる。死体保存用のプールにあるはずのホルマリンは消え、今は花だけがあった。
 ホルマリンの持つ浮力を失った死体は自らの重みのせいでプールの底に沈んでいるのだろう。
 見渡すかぎり死体は一体も見えない。
「何故、ここにいるんですか?」
 それは答えない。
 しかし、光を揺らめかせて応える。
 進まぬ問答に田丸は酩酊感を覚えた。
 術中にでも嵌ったかとも考えられなくもない。
 確かめるように田丸は息を吸い込んだ。嗅覚神経に残る異臭はまだある。
 田丸は自分がどうかしてしまったわけではないのだなと思った。そう思うと何故かほっと一息つきたくなる。
 異界やら化け物やらに関わり合うようになって久しいが、別にそれらが殊のほか好きだというわけでもない。
 できれば人生は潤いのあるほうがいい。
 田丸は乾燥気味の指先を擦った。
 プール内に水気は一滴たりとも存在していないことをこの目で確かめる。
 花にさえ雫は無い。
 そっと花に触れると、カサリと音を立てた。
 返事を待つ間の現場検証も分析もネタ切れだ。
 田丸は退屈に飽き飽きして言った。
「いいかげん答えてくれませんかねぇ?」
「お礼なのよ」
 それは光から聞こえた。
 田丸にはそう思えた。だが女のようでもあるし、男のものにも聞こえる。もしかしたらただの機械が作り出した音声かもしれない。
 その割にはまったく機械的には感じられなかった。
 音波と云った方が正しいのかも?などと考えていた田丸にそれは云った。
「ご迷惑かしら?」
「いいえ」
 僕自身は平気だ。
「では、何故出て行けなどと・・・」
「すみません・・・ただ、ここは用途があってホルマリンを花に変えられると困るんだそうで」
「まぁ、お礼のつもりだったのに」
 明らかにそれは落胆していた。
 その証拠に、光は弱弱しく瞬いている。
「死体はすぐ腐ります」
「花も同じよ」
「そうですね・・・何故、ホルマリンを消してしまったんです?あれば花も腐らないでしょうに」
「臭かったからよ」
 それはもっともなことを云った。
 だからと云って、それが許されることでもない。
「戻してもらいたいんですが・・・」
「そうね。お望みとあらば・・・」
「予告状まで出しといてよく言いますね」
「予告状?メッセージカードをあなたたちの間では予告状というの??」
 明らかに怒りの韻を含んでその言葉は発せられた。
「あれは・・・FAXは花束に付けるカードだったのか・・・」
「そうよ。ここにはあの『水』が多くて全部替えるのは難しいわ。だから、毎日替えようと思ったのに」
 濃紺の光の帯をはためかせる。
 田丸は溜息を付いた。
 こちらの希望が聞き届けてもらえそうなのが何よりの救いだろう。
 田丸はポケットから煙草を取り出した。
 帯は濃紺から深翠に変わる。
 くるくると動いた後、それはうねった。一回、二回、三回と螺旋を描くと、またうねる。本当はどうだか分からないが、興味を示しているのではないかと思われた。
 動きがコケティッシュに感じたからだった。
 しかし、事実はそいつだけが知ってるのだが。
「じゃぁ、花は元に戻しておいてください」
「分かったわ」 
 すんなりとそれは願いをきいた。
 それだけ分かれば、ここにいる必要も無い。
 ドアに向かうと重い扉を押した。

 気圧の変化を鼓膜に感じる。 
 冷えた廊下に田丸の足音だけが響いていた。
 休日の病院ほど寒々しく空虚な場所は無い。
 コートの襟を合わせると田丸は身震いをした。
 窓の外には雪がちらついている。どうりで冷えるはずだ。

「そういや、名前を聞いてなかったな・・・・・・」
 立ち止まった田丸はふとそんなことを思いつき、独りごちた。
 何のお礼なのかも質問していないことにも気が付いた。しかし、今言っても始まらない。
 窓に向けた視線を田丸はホールに続く廊下へと戻す。
 手にした煙草に火を点け、深く吸い込んだ。
「そうか・・・そうですね」
 苦笑ともつかぬ小さな笑いと共に紫煙が吐き出される。
 光(いのち)に名前なんか無いのに・・・そんな言葉が田丸の耳をくすぐった。

 鉛色の曇天は暗さを増し、先程までさらりとしていた雪は重いぼたん雪に変わっている。新しい命が芽吹くにはまだかかりそうだった。

 ■END■


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

   1299 /田丸・浩司/ 男 / 29 / 大学助手

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、こんにちわ。朧月幻尉です。
 今回のご参加、ありがとうございました。
 正体不明の存在からのはた迷惑なプレゼントの話でしたがいかがでしたでしょうか?
 雰囲気を大事にと思っていたら、ハードボイルドっぽくなりまして、今までの私が書いた物の中では変わった切り口の作品となりました。
 お楽しみいただけましたら幸いです。

 なお、感想・ご意見・苦情等、受け付けております。
 よろしかったらお送りください。
 お待ちしております。
 では、またお会いできますことを願って。

            朧月幻尉 拝