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<東京怪談ノベル(シングル)>


抱擁少年

<夢見る朝>
 ふと、それはやって来た。
 何の前触れも無く・・・唐突に。
 もしかしたら何時か考えたものだったかもしれないし、まるで天啓のように降って湧いたものかもしれない。

 それは小さな疑問だった。きっと形にしたら、シャツに飛んだ紅茶の雫よりも小さく些細なものなのかもしれない。でも、気が付いてしまうと今度は気になって気になって仕方が無くなる。
 別に大した事ないことだとはわかっているのに、どうにかこうにかその疑問を俺は解いてみたくなった。

『何に抱き付いているのが、俺は一番落ち着くんだろう?』

 俺は自分の枕をぎゅうっと抱きしめた。
 途端に暖かい感覚がほこほこと胸に湧く。それが愛しくって、俺はまた枕を抱きしめた。枕は・・・・・・まあまあ良いカンジ♪
 なにかに抱きついていたりすると落ち着く体質の俺の体が『何か』を要求しているのかもしれない。体は正直だって言うから、追及しておくのも良いだろう。
 幸いにも今日は土曜日だから学校に行けばいろんな物があるし、人もいる。実際に試して何が俺を満足させ、幸福な気分にさせるのか試してみよう。
 俺は落ち着くものを探すため、立ち上がると制服を掴んだ。
 実行に移してみる価値はありそうだった。

<実験その1>
「バッハは幼少時に弟のために演奏し・・・・・・」
 しんとした音楽室に音楽の先生の声が響く。よく通るテナーヴォイスは耳に心地良い。そのせいなのかだんだん俺は眠くなってきた。
 木の机を抱きしめると俺は欠伸を一つする。
 とりあえずは教室にある椅子や机を試してみたが、かたくて冷たいから、あまり好みじゃなかった。
 今度は場所変えして「音楽室の机も・・・」と思ったが、実際抱きしめてみるとホームルームとあまり変わりがない。
 上背のある俺の体では小さすぎるし、五人並んで一つの席というのがなんとも窮屈だ。椅子は下ろして座るタイプだったが、洒落にならないほどボロい。座席の板は薄いし、荷物は多いのに引出しは無いし、いいところなんて無かった。
 仕様も悪ければ、抱き心地もよくない・・・却下。
「フ〜ム・・・・・・」
 ちょっと期待していた分だけ、この結果に俺はつい不満の声を上げてしまった。
―はぁ・・・早く一番を見つけて落ち着きたいのにな〜・・・・・・
 思えば思うほどため息は出るものだ。
「フ〜ム・・・・・・」
「なんだい、笹倉くん?」
 ふいに聞こえた声に顔をあげると、先生が俺を見ている。
 知らない間に俺の隣に来ていた。
「え?」
「え、じゃないだろう。何か質問とかあったんじゃないのかい?ため息ついてさ」
 小首を傾げて訊ねる。
 別に質問なんてない。あるのは引っかかったまま離れないあの『疑問』だけだ。
 俺は先生を見つめ返した。
 大きな目はどことなくウサギみたいにくりっとしているし、気さくで人懐っこい性格も何となくそれを思わせるものがある。
―かつて誰だったかが『ぎゅうっとされたい☆』と云っていたっけ・・・・・・じゃあ抱き心地が良さげってことか?そうか・・・じゃぁ、試してみよう。

 俺は立ち上がった。
 ふいと立った俺に驚き、先生は後ずさったが腰が引けた状態のまま立ちつくす。
 思ったより先生は背が低いなと俺は思った。といっても、170以上はありそうだ。俺と比べたらダメか。
「笹倉?」
―なんだよ、うるさいなぁ・・・・・・
 眼鏡越しの先生の目が微かに怯えの色を宿し、見開いている。
 何をそんなに怖がっているのかわからなかったが、そんなことはどうでもいい。
 俺は思いついてしまった疑問に『答え』と云う名の光を与えるため確認作業に取り掛かった。
 俺は腕を伸ばし、先生の肩を捕まえる。そのまま引き寄せるともう一方の腕で抱きしめてみた。
「は、離せッ!!」
 俺が抱き心地を堪能する間もなく、先生は暴れ始めた。仕方なく俺は力を強め、抱きしめたがそれは『抱く』という感じではなくなってしまった。
「きゃぁああ☆笹倉君が先生のこと、抱・い・て・るう〜vv」
 女子の声が教室に響いた。
 途端、「やぁ〜〜ん♪」だの、「先生から離れてよう!」だのという声が上がった。
 中には
「ヤダぁーvv」
 なんて声も上がった。
 眠気で満たされていた教室は一気に覚醒し、男子生徒のどよめきも上がる。騒然とした教室は授業をするという感じではなくなってしまった。
「や・・・やめ・・・」
 生徒の視線を一身に浴び、耳まで紅くなった先生はやっと出したと云ったような声で抗議する。
「ん〜〜〜・・・・・・?」
「さ・・・笹倉が壊れた・・・・・・」
 隣に座っていたクラスメートは後ずさり、隣の奴に寄り添うようにして俺から距離をおいた。
「やっぱ、宇宙人だったんだ」
 その隣の奴もうめくように言うと俺から離れるために身を捩った。
「冗談はよせ!!」
 先生は俺の腕の中で怒鳴った。
―冗談じゃないんだけどなぁ〜・・・俺にとっては大事なことなのに
 そう思うとちょっと悲しくなった。
 俺にとっては『抱く』=『幸せ』なのに。協力してくれたっていいじゃないか、先生なんだから。
 あと少しで判りそうなんだけど、先生がさっきから抵抗するんで判断がつかない。俺より背が低くて細身なんで抱き心地はいいんだけど、暴れるし、何かこう一番じゃないんだよなあ。
「馬鹿野郎!!」
 そう先生は怒鳴ると俺を渾身の力で振り解く。俺を突き飛ばすとピアノの上に置かれた愛器のヴァイオリンを掴んで走り去った。
 俺は去っていく背中を見た。
「む〜〜〜〜・・・・・・」
―何だったんだろう?何怒ってたのかなぁ。

結果:先生というものは一番抱き心地がいいものではないらしい。

<実験その2>
 さすがに先生がいなくなってしまっては自習にするしかない。クラス委員が探しに行ったが先生は見つからなかった。かえってオンリーワンを探せて好都合というものだ。
 俺はまたも試してみることにしたが、比較的仲のいい友人たち以外の男子は妙に距離を取りたがる。反対に女子のほうはソワソワしていた。
 仕方なく教室のカーテンに包(くる)まり抱きしめてみるが、薄いので抱くと云う感じにはならない。これも没。

<実験その3>
「よう、小暮!」
 購買部で買ってきた牛乳を手にして友人が声をかけてきた。
「んあ?」
「相変わらず眠そうだなぁ〜・・・それよりさっきから、って〜か、選択授業のときから奇行に走ってねぇ?蝉みてぇに柱に抱きつくかと思ったら、委員長に手ぇ出すし」
「むう!」
「わかんねよ、日本語喋れって宇宙人」
 バシバシと俺の頭を叩く。
 俺は頭を振って避けた。
―そう云えば、男子は試してないなぁ・・・先生以外は。じゃあやってみよう・・・・・・

「うぎゃあ!!!!」
 幌(ほろ)を裂くような男の悲鳴が教室に響く。
「男に抱かれる趣味はねえ!!」
 友人は満身の力をフルに発動させ、俺を振り払った。
「なんか・・・変」
 不満を隠せない俺はポツリと言った。
 それが友人には聞こえていたらしく、握り締めた拳は俺の顔面にヒットした。
「痛い・・・・・・」
「当たり前だろうがッ!」
 そういうやいなや、友人は今来た方向に向かって、肩をいからせ、ズンズンと歩いていった。

 ・・・・・・結局、結論は出ないままで、『これからいろいろと研究してみようかなぁ』ということを考えるに至った。

 一番というのは難しい。
 もちろん、何においても『一番』であるわけで、代用品があっては一番じゃない。『何となく』も『こんな感じ?』も一番には分類されないし、新しいものが現れて、一番じゃなくなってしまったらどうすればいいのだろう?
 その時の一番なのか、ずっとの一番なのか。そのどちらかが自分にとっての一番だとしたら、どっちを選べば自分の一番になるんだろう。一番の中の一番とは、難しい問題だ。

『何に抱き付いているのが、俺は一番落ち着くんだろう?』という問題。

 抱きつくのが目的(しあわせ)なのか、一番である必要はあるのだろうか?
 いや・・・・・・一番であれば他を探す必要も、不安になることも無い。どちらにしろ、俺にとって抱きつくことは何よりも換え難い事だ。
 ずっと安心できる何かをこの腕に抱きしめて、俺は日々を乗り越える。

 安心という、胸を熱くさせる幸福。永遠に満たされる瞬間を今日も俺は願っている。

 ■END■