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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


届けもの
 それは、ほんの少しの手違いから発生した邂逅だった。
「で、俺何すればいいんスかね?」
 草間興信所の応接セット‥‥と称した休憩所で、草間にそう尋ねる苑江一緒。
「力仕事とかならまかせて下さい、と言っときます。あ、でも『誰かの盾になれ』とかはゴメンですよ」
「あれだって力仕事じゃないのか?」
 いつもどおり、忙しそうに書類だのをなんだのをそろえながら、そう応える草間。
「そこはかとなく傷つきそうですから、心が」
「傷つくようなタマか」
 苑江の言葉に、そう言い返す彼。どっちかって言うと、怪我するのは、身体じゃないのか? などと続けている。
「言ってくれるなあ、こう見えてガラスの心臓なんですよ」
「毛が生えてる間違いだろう」
 これ以上くだらない冗談を続けていると、お互いの関係がぴりぴりしてしまいそうだ。そう思った苑江は、「あ、いや冗談ですよ」と言いながら、こう続けた。
「まぁ、俺に出来る事があれば言って下さいよ。お手伝いさせていただきますんで」
 ところが。
「いや、それがなぁ。これと言って頼みたい仕事はないんだ」
「へ? だって、招集かかってた筈‥‥」
 怪訝そうな表情を浮かべる苑江に、彼は壁にかかっていた依頼書をぺしりと外しながら、こう説明する。
「間違いだったんだ。すまん。こっちもうっかりしてた」
「そんなぁ」
 せっかく、生活費を稼げると思ったのになぁと、そんな表情の苑江に、草間は少し考えて、こう言い出した。
「いや。何にもないわけじゃなかったな。仕事の依頼と言うわけじゃないが、頼まれていたものがあったんだっけ」
 彼が出してきたのは、菓子折りである。
「これは?」
「華菊屋って言う和菓子屋からの届け物だ。なんでも、店の客から、とある女性に渡して欲しいって頼まれたそうだ」
 その女性と言うのは、ここに数多く居るエージェントの一人で、ササキビ・クミノというらしい。
「ああ、それならいつもやってますから。いいですよ。引き受けましょう」
 苑江は、快くその頼まれ事を引き受ける。
「すまんな。使いっぱしりみたいなことさせて」
「気にしてませんって。色々やってみろって、劇団の先輩も言ってますし」
 こう言った他愛のないアルバイトも、芸の肥やしの一つだ。それに、鳥も獣も入り込まない遺跡かどこかで、人外魔境な方々を相手にするよりは、よっぽどましである。
「ところで、中身はなんです?」
 持ち上げて見ると、和菓子にしては、やけに軽い。
「煎餅の詰め合わせだそうだ。ここに、別件で華菊屋が置いて行った同じものがある。食うか?」
「あ、いただきまーす!」
 何しろ、駆け出しの貧乏俳優である。食いものにありつけるチャンスは、逃さなかった。
「醤油味ですね」
「ゴマもいけると思うがな」
 ぱりぱりと興信所の応接間に、せんべいを食う音が響く。
「乾物ばかりですから、喉渇きますね。お茶いりますか?」
 いつの間にか、零ちゃんまで、茶会に加わっていたり。
「はーいっ! 飲みます。あ、いつもの安いのでいいですよー」
「俺、コーヒー」
 豆で入れたやつなーと、草間が言うと、しばらくして、貰いものな豆のいい香りが、あたりに立ち込める。
「って、何でこんな所で、のんびり茶だのコーヒーだのすすっているんだ? 俺らは!」
「まぁ、あせるものでもないし。いいんじゃないスか? 一息入れたら、行って来ますよ。で、誰に届けるんすか?」
「ああ、気をつけていけよ。いろいろと危険な子どもだから」
 そう言って、草間は届け先の住所を渡した。それには『ネットカフェモナス』と書かれており、『篠宮久美乃』の名前があった。
「お子さんなんですか?」
「中学生なんだが、ちょっとなー」
 年齢13歳。二階が自宅になっているらしい。
「何か問題があるんすか?」
 苑江が首をひねると、草間はにやぁりと、まるで怪談話でもするような顔つきで、こう言った。
「あるなんてもんじゃないさ。何しろ、本人曰く、半径20m以内に無味無臭の致死性の障壁が張ってあって、そいつを24時間浴び続けると、死んじまうんだそうだ」
「へ?」
 20mといえば、相当広い。だいたい4車線道路の端から端まで。教室2つと半分。ビルで言えば六階だかそれくらいだ。
「そーだなー。ちょっとやっかいな放射性物質が、服を着て歩いていると思えば」
 あっけらかんと、草間はそう言った。
「何でそんなものが、この東京に住んでいるんすかぁ!」
「俺が知るかっ! まぁ、彼女の弁が真実なら、4年後には、彼女の行動範囲は、草一本、ゴキブリ一匹住んでない廃墟になるなー」
 東京の住宅事情を考えれば、彼女の周囲にある家には、人っ子一人住めない事になる。
「ほっといていいんですか?」
 枯れ果てた不気味な木々にかこまれ、周囲にはすずめやカラス、野良猫の死体が、悪臭を放ち、隣近所に引っ越してきた者は、次々に謎の死をとげる‥‥。まるでホラー映画のオープニングだ。だが、そう聞く苑江に、草間はこう言った。
「俺にどーしろと? 人類の未来の為に、町から出てけとでも? 追い出す権利なんか、ないだろうが」
「う‥‥」
 そりゃそーである。仮にも、れっきとした住民登録済みの、まともな東京都民だ。それを追い出したとすると、手錠をかけられるのは彼らの方だ。
「まぁ、他にもツッコミ所満載な家庭だから、気をつけて行って来い」
「ま、演技のネタになると思って、やるしかないみたいですねぇ」
 肩を落としながらも、そのせんべいの菓子折りをバックに入れる苑江。
「生きて帰って来いよー」
(帰れんのかなぁ‥‥)
 そう思いながら、彼は、久美乃の家へと、向かうのだった。

 その頃、ターゲットとなっていた彼女が、どうしていたかと言うと。
「ここは‥‥何処?」
 草間興信所である筈だった。だが、気が付くと、店舗の二階にある自宅で、横になっているところだった。
「そうか‥‥。家に戻ってきたのね‥‥」
 ベットの上に起き上がり、そう呟く彼女。と、その時だった。裏口に取り付けられたインターホンが、来客を告げる。世話係になっているAIロボットに、応対に出る様に指示する久美乃。
「ハイ」
「すんません。草間興信所のもんですけど、久美乃さんにお届けものっス」
 抑揚のない声で、AIロボットは、言われた通りの行動をする。
「主ハ今、留守デス」
「あ、じゃあ。これ渡しといて下さい」
 渡された包みを、インプットされている応対プログラムに従って、高速スキャンするロボット。中身が主に害のないものだと判断すると、やはり抑揚のない声で「ワカリマシタ」と、OKのサインを出す。
「うーん、大丈夫かなぁ」
 そのまま、パタンと勝手口の扉が閉められてしまった事に、苑江は少しばかり心配になった。何か、家庭に事情を抱えるお嬢さんのようだが、応対に出た従業員の態度からするに、彼女の存在自体が軽視されているような印象を受けたからだ。
「ちょっくら様子でも見に行って来ますかね」
 そんな、僅かな好奇心と、そして親切心を糧に、苑江はそう言って、ネットカフェの裏へと回るのだった。
 で、その頃、久美乃は‥‥と言うと。
「これでいいのよね。父さん、母さん」
 一緒に暮らせぬ両親に対し、そう呟く彼女。自分を包む、他人を守れる能力とは言えない障壁。その事を考え、彼女は常に人と接触を取らない。そもそも、依頼を受ける為に、草間興信所を訪れる事さえまれなのだ。いや、草間が居ないと判っていない限り、訪れる事もなかった。
「誰?」
 そう思った直後、久美乃は、窓の外に気配を感じ、そう言った。
「なんだ。いるじゃん」
 と、窓の外側から、苑江が、塀の上に器用に立ち上がりながら、こちらへ手を振っている。
「気が付かれちゃったか。けっこう、運動神経悪くない方なんだけど」
 彼は、そう言いながら、窓枠に手をかけ、久美乃の顔をしげしげと眺めながら、こう続ける。
「ふぅん。どんな女の子かなぁと思ったけど、普通の可愛い子だね」
 確かに、あまり元気はない表情をしているが、その辺の学校に通っているごくごく普通の中学生の顔つきをしていると、そう判断する苑江。しかし、言われた方の久美乃は、彼にこう言い放った。
「誰だか知らないけど、今すぐ私から離れた方がいいわ。でないと、死ぬから」
「ふぅん。話に聞いたとおりだね。あー、いやー、そんなに警戒しなくてもいいんだけど」
 どうやら、突然やって来た青年に、あまり好意を抱いては居ないらしい。そりゃそうだろうなぁと思いつつ、苑江はそう言った。
「これは警戒じゃないわ。忠告よ」
「はぁ‥‥」
 だが、やはり警戒を解いてはくれない。むしろ、それ以上近づいたら、突き落としかねない表情で、久美乃はこう告げた。
「理論上じゃ、一日一分の接触でも、1440日後には死んでまう‥‥。私の周りには、常に瘴気めいたものが、広がりっぱなしなのよ‥‥」
 だから、めったに外には出ない。他の人に接触するつもりもない。そう言いたげな彼女に、苑江は
「あの、付かぬ事をお伺いしますが、本気でおっしゃってるんスか?」
「ええ」
 久美乃の表情は固い。と、彼はそんな彼女に、『劇団クニマシ所属』と書き添えられた自分の名刺を、窓の所に挟みながら、こう言った。
「あの、外の何が嫌いかは知らないけど、人間は、一人では生きて行けないと思うよ。もし、良かったら、俺達の芝居、今度見に来て下さいよ。チケットは、草間さんに言えば、手に入りますから」
 基本的に爽やかで、面倒見の良い彼。一人ぼっちで閉じこもっている13歳の女の子の姿に、その笑顔を取り戻してあげたいと思ったらしい。しかし、彼女は首を横に振りながら、こう言った。
「あの人のところには行かないわ。あの人がいないとわかってでもいない限り。例え依頼が会ったとしてもね」
「いや別に、頼めば用意してくれるってだけですから。下に居た人に持ってきてもらうとか。あ、もしかして、俺がけち臭いと思って、軽蔑してます? いや、これでも生活がかかってるんで、ただって訳にはいかないんすよ」
 小人料金にしときますから、安心して下さいよ、と、明るく笑い飛ばしながら、そう言う苑江。と、久美乃は少しいらいらしたような表情で、こう言い放つ。
「観客全員殺して良いなら、行ってあげるわよ」
「あ、あはははは。さいですか。あの、お腹減ってると、ぴりぴりしますよ。下の人に、せんべい渡しておきましたんで、おやつにでも食べて下さい。美味しいッスよ」
 苑江は、彼女の不機嫌な理由を、『起き抜けでお腹空いているから』と、判断したらしい。
「10分経過。毎日来てたら、半年後に死ぬわね」
「し、しつれーしましたぁっ!」
 しかし、本当に殺しかねない表情で、枕元のナイフをちらつかされては、退散するしかない。ぴょいっと塀を降りて、そのまま興信所まで帰る苑江。
「これでいいのよ。これで‥‥」
 その後ろ姿を見送りながら、久美乃はそう呟いた。
「た、ただいま戻ったッス〜」
「お、生きてたか」
 草間が、そう言って苑江をねぎらう。
「いやぁ。世の中には、変わった人が多いんッスねー。見かけは可愛い女の子だったんスけど‥‥」
「そうだなー。人間じゃない奴も多いしなー」
 そう言いあって、東京は、不思議な街だと、つくづく思う二人であった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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●苑江・一緒(そのえ・ひとを):整理番号1275
 24歳。劇団『クニマシ』の、駆け出し俳優。
●ササキビ・クミノ(ささきび・くみの):整理番号1166
 13歳。ネットカフェ『モナス』のオーナー。

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■         ライター通信          ■
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 苑江が妙に軽い兄ちゃんになってしまいましたが、いかがなものでしょうか? 久美乃は相変わらずな奴だし。変な窓が開いていたそうですが、特に重大な依頼があったと言うわけでもなかったので、ただの頼まれ事なノベルです。ちょっとだけ、ほのぼのとしたお話にしてみました。人間、やはり一人では生きて行けませんと言う事ですな。