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ラルヴァを集めよ
□■オープニング■□
ある日雫のサイトに、こんな募集が書きこまれた。
協力者募集 投稿者:ソロモン 投稿日:200X.02.20 18:40
今東京では、増えすぎたラルヴァのために種族バランスが崩れ、
歪みが生じている。
このまま放置しておけばいずれ必ず東京都民全員の安眠が阻害
されるだろう。
それを防ぐため僕は、ラルヴァを集め浄化することでバランスを
元に戻すことにした。
そこで協力者を求む。
ラルヴァを集める方法・浄化手段を持つ者はレスをお願いする。
一つ質問 投稿者:結花 投稿日:200X.02.20 20:20
ラルヴァって何ですか?
怨霊のこと 投稿者:ソロモン 投稿日:200X.02.20 21:53
ラルヴァとは、怨霊のことだ。
たとえば殺人者の魂や無益に消費された命が、身体が滅びた後
までも執拗に存在し続けようとする時。その怨念や執念がラル
ヴァとなると云われている。
またラルヴァは、不健康な夢想や挫折した意志、満たされない
欲望や恨みに好んで集まる性質がある。夢魔とよく似ていて、
無防備な睡眠中に襲ってくるのだ。
そんなものを大量に放置しておくのは危険だろう?
それを読んだあなたは、ゆっくりとキーを打ちこんだ……。
□■視点⇒レイベル・ラブ■□
いつものように何気なく見ていた掲示板で、私は気になるものを見つけた。
(……何よこれ)
ラルヴァを集め、浄化するのを手伝って欲しいという内容だったが、私はその頼み方が気に入らないと思った。そもそも、人に物を頼む口調ではないのだ。
(ラルヴァ、ねぇ)
しかも扱っている内容はオカルトときた。
(もしかして、新手の詐欺かしら?)
だとしたら、生意気だわ。
そんな興味(?)から、私はそれに参加してみることにした。
私はクリスチャンであり奇跡体現者。けれど『魔女』と、呼ばれることも多い。だからそちらの知識をも身につけることで、私は違うのだと明確に示せるようになっていた。
(私は悪魔の奴隷ではない)
近いというならば、方士の方だ。
私がこの投稿者・ソロモンを生意気だと思ったのは、ラルヴァの本質をしっかりと理解しているようだったからだ。それでいて詐欺に利用しようというならば、それで成功すると思いこんでいるその鼻をへし折ってやりたい。
(手伝います……っと)
既に何人かがレスをしていたので、私もそれに続いてレスをした。見覚えのある名前を眺めていると、やがてソロモン本人からのレスが。
(明日の夜、か)
忘れないよう、何度も目を通した。
★
待ち合わせ場所に指定されたのは、新宿にある某高級ホテルだった。時間よりも大分早くついてしまったため、当然ながらまだ誰も来ていない。
ソロモンは入り口近くのテーブル、と場所まで指定していたが、そのテーブルの脇には何故かボーイが立っていた。
私が近づいていくと、ボーイはこちらを確認して。
「いらっしゃいませ。こちらはソロモン様ご予約のお席になっております」
私が真っ直ぐこちらへ向かって歩いてきたからわかったのだろう。
「座ってもいいのかしら?」
「もちろんでございます。どうぞごゆっくり」
私の問いに丁寧に返して、そのボーイはカウンターの方へ行ってしまった。おそらく、この場所をキープするためだけに、一人目が来るのを待っていたのだろう。
私は入り口の自動ドアが見える方向に腰かけた。真っ直ぐこちらへ歩いてくる人がいれば、すぐにわかるからだ。
しばらく待っていると、高級ホテルにはちょっと不似合いな、いかにも坊さんの格好をした男が入ってきた。そして真っ直ぐに、こちらへ近づいてくる。
「こんばんは」
声をかけてきた男と、視線を交わした。
「失礼ですが、あなた様はソロモン様を手伝いに来た方ですか?」
いつもの癖でジロジロと眺めてから、私は口を開く。
「そうだけど――あなたも?」
「はい。真言僧の護堂・霜月(ごどう・そうげつ)といいます。まだ修行中ですが……今日はよろしくお願い致します」
そう言って男――護堂は、網代笠を取って軽く頭を下げた。
(そういえば)
自分は僧侶だと書きこんだ人がいたっけ。
私はそれを思い出した。
「私はレイベル・ラブ。ストリートドクターをやっているわ」
「ほう、お医者様ですか」
会話を始めながら、護堂は私の隣に座った。きっと私と同じで、入り口が見える方がいいと思ったからだろう。
「そんな大層なもんじゃないわ。借金は増える一方だし」
彼が『医者』を特別視しているように思えて、私はそんなふうに言った。医者だってピンからキリまでいるのだ。その技術や思想まで。
護堂は答えに困ったのか何も言わず、私と同じように入り口に目をやった。
するとそのタイミングで、御影・璃瑠花(みかげ・るりか)が入ってくるのが見えた。以前知り合った小さなお嬢様だ。
「こんばんは♪ ソロモン様が指定した待ち合わせ場所は、ここで合っていますわよね?」
無邪気な笑顔で確認する璃瑠花に、私も笑顔で返す。
「ええそうよ。お久しぶりね、璃瑠花ちゃん」
「はいっ。お久しぶりです、レイベル様」
璃瑠花は私の前に腰かけると、今度は護堂に向かって。
「そちらの方は、初めまして、ですわよね? わたくし、御影・璃瑠花と申します。よろしくお願い致しますね」
「私は護堂・霜月といいます。こちらこそ、よろしくお願い致します」
「霜月様は、確か本物のお坊様でいらっしゃるんでしたよね? コスプレではなくて」
(ぷ……)
璃瑠花の発言に、私は笑いを堪えていた。今時こんな場所にコスプレでやってこれるほど切れた人がいるとは思えない。
「――そうです。まだ修行中の身ではありますが」
そう答えた護堂の引きつり笑いが、またおかしかった。璃瑠花はその反応にまったく気づかず。
「でも、お坊様であることには変わりありませんわよね? わたくし、お坊様をこんなに間近で拝見したのは初めてかもしれません。ちょっと感動です〜〜♪」
瞳を輝かせて護堂を見つめている。護堂は反応に困ったままだ。
しばらくそうして観賞に満足すると、璃瑠花は抱いていたぬいぐるみに目をやり。
「まだ少し時間がありますわね……。あ、そうだわ。榊! ホットココアを用意して〜」
突然声を大きくした。するとどこからともなく執事の青年が現れ「かしこまりました」と告げてまた消えていった。そしてココアを持って戻ってくる。
「お2人とも、いかがですか?」
カップは既に3つ用意してあったので、私は遠慮なくいただくことにした。
「ありがとうございます」
「どうも」
礼を告げて、一口飲みこんだ。寒さなど感じていなかったが、身体の内側から温まっていくのがわかる。
(美味しいわ……)
ココアなど久しぶりに飲んだから、余計にそう感じたのかもしれない。
ココアを飲みながらも、私の視線は入り口を向いていた。
(掲示板に書きこんだのは4人)
つまり後1人の協力者と、ソロモンが、これからやってくるはずなのだ。
(ソロモンの顔は誰も知らないはず)
しかしちゃんと見ていれば、入ってきた瞬間にわかるはずだ。向こうもこちらを見るはずだから。
しかし先に現れたのはソロモンではなく、璃瑠花と仲の良い光月・羽澄(こうづき・はずみ)だった。
「来たわよ」
「え?」
私が短く教えると、それでも璃瑠花は私の言葉の意味に気づいた。カップを置いて、すぐにソファの上で身体ごと振り返る。
「あっ、羽澄おねーさま〜」
そして嬉しそうな声をあげた。
「こんばんは、瑠璃花ちゃん」
近づきながら挨拶をし、羽澄は璃瑠花の隣に腰をおろした。
「おねーさま、ココアをどうぞ♪」
璃瑠花がすかさずココアをすすめる。
「ありがと」
「――僕の分もあるかね?」
お礼を述べた羽澄の声に続いて、幼い男の声がした。
「初めまして。僕がソロモンだ」
羽澄の後ろに目をやると、黒いダッフルコートを着こんだ子どもが立っている。
「まぁっ」
「あなたが?」
「…………」
(子ども――か)
これは本人なのだろうか?
そんなことを考えた。
ソロモンが璃瑠花の隣(羽澄の逆隣だ)に腰かけると、先程の執事が素早くココアを用意する。
「どうも」
短く告げて、ソロモンは皆が見守る中、ゆっくりとココアをすすった。それからやはりゆっくりと、口を開く。
「集まってくれて感謝する。1人でやっていたらキリがないのだ」
そこで間を置いてから。
「普通ならここで自己紹介といくのだろうが、あいにく僕は名前には興味がない。知りたければ各自勝手に確認をしてくれ」
子どもとは思えない口調で、そんなことを続けた。どうやらあの書きこみは、ソロモンの口調そのままのようだ。
(だから余計怪しいとも言えるけど……)
私たちの疑りの視線を感じてか、ソロモンは再び自分から口を開いた。
「何か色々と疑問があるようだ。僕としてはさっさと浄化を終わらせてしまいたいのでね……質問は1人1つまでで頼むよ」
(つまり最大でも4つ)
私は隣の護堂、そして向かいの2人と視線を交わした。
まずは羽澄が問いを投げかける。
「ラルヴァと怨霊は、どこか違うの?」
(!)
なかなかいい問いだった。私はもちろんそれを知っているが、ソロモンがどう答えるかで、ソロモンの知識の深さがわかるからだ。
「ああ、なるほど」
ソロモンはそう笑ってから。
「簡単に説明すると、怨霊は怨み辛みを持って死んだ人の霊。ラルヴァは、それを含んでもっと多いのだ。たとえば罪人が処刑された際に落ちる不潔な血・水、処女や人妻の不浄の血などからも、ラルヴァは発するといわれている」
(やるわね)
簡単で適切な説明だ。ただ命令されてやってきた、というわけではないらしい。
「それでは何故、ソロモン様はラルヴァというものがおわかりになりますの?」
次に問いを投げたのは璃瑠花。
おそらく私と皆の思惑は違う場所にあるのだろうが、発せられる問いは適所を捉えていた。
ソロモンはまたココアに口をつけてから。
「なかなか難しい質問だね。厳密に言うと、僕もわからない」
「えっ?」
その答えに拍子抜けする。
するとソロモンは、わざとらしくお手上げのポーズをとって。
「方士だから――としか、言いようがないのだ。ラルヴァは低俗魔術に属するからね」
「方士……ですか?」
「君はまだ子どもだから、特別にその問いも許してあげよう。方士とは魔術師。悪魔に命令を下す権力者のことさ」
(つまり、私と同じ立場?)
ソロモンの説明は淀みなかった。けれど本当に方士なのか。それとも私のように、勝手にそう呼ばれるだけなのかは、正確には判断できない。それは方士と自称する詐欺師の数があまりにも多いからだ。
(何かボロを出さないかしら……)
私はそう思って、口を開いた。
「じゃあ次は私から」
皆の視線が私に集まる。そこで私は、悪戯な笑いを浮かべながら問った。
「その浄化は、本当に『良きこと』なの?」
「!」
ソロモンだけがまったく動じなかった。それどころか不敵な笑みまで浮かべて。
「少し説明する必要がありそうだ。――仕方ないな。少々長くなるけれど、我慢して聴いてくれ」
ソロモンはそこで切ると、図々しくもココアのおかわりを頼んでから、早口で説明を始めた。
「さっき低俗魔術という言葉を使ったがね。それとは別に、高等魔術というものがあるのだ。地の精霊グノーメ、水の精霊ウンデネ、空気の精霊シルフェ、火の精霊サラマンデルといった4大精霊がこちらに属する。まぁ日本語で馴染みある表現をすれば、ノーム・ウンディーネ・シルフ・サラマンダー、かな」
私はその説明に穴を見つけようと、耳を澄ます。
ソロモンは時折ココアに口をつけながら説明を続けた。
「世界は基本的に、対となるもののバランスを保つことでうまく存在している。高等魔術と低俗魔術もそれに同じ。つまり僕が掲示板に書きこんだ『種族バランスの崩壊』とは、4大精霊とラルヴァの関係にある。ただラルヴァの方が多いのは当然なのだ。4大精霊はいわば素性の正しい精霊。純モノだからね。それに対しラルヴァの方は、発生条件が多様で言ってしまえば何でもありだ」
「――それがさらに崩れている、ということですか?」
問いを挟んだのは護堂。するとソロモンは笑みを隠して、神妙な顔をつくり頷く。
「ラルヴァが増えすぎている、というのが1つ。しかし本当は、それだけではない。4大精霊が減っている」
「!」
「理由は……今の世界を見れば、言わなくてもわかるだろう?」
「………………」
皆が沈黙した。
(穴はない――か)
ソロモンの説明は正確で、これが彼の意思であることは間違いないようだった。だとすれば詐欺ではないのだろうか。
ソロモンはさらに続けた。
「大と小の差があまりに開くと、大が小を食い始めるのがこの世の常。そうなる前に、僕はそれをとめたいのだ」
強く意思を発する言葉。純粋に、手伝おうという気にさせる。
(侮れないわ……)
ソロモンはゆっくりと皆を見回し、手に持ったままだったカップを置く。
「皆納得してくれたようだから、そろそろ行こうか」
そう言ってソファから立ち上がった。
「待って。霜月さんの質問がまだよ」
それを引きとめたのは羽澄だ。
「何を言っているのかね。さっき僕の説明に問いを挟んだじゃないか」
ソロモンはそう告げると、颯爽とカウンターの方へ歩いてゆく。
「そういえば……『それがさらに崩れている、ということですか?』と、口を挟んでしまいました」
何のことだか考える間もなく、護堂は自分から非を詫びた。
「どうもすみません」
「別に問題ないでしょ。それより早く行かないと」
私はそう言い捨てると、ソロモンを追いかけた。私としては、とりあえずソロモンが本人だとわかっただけでも収穫だったからだ。
カウンターでどこかのキーを受け取ったソロモンは、その足をエレベーターの前でとめた。10あるエレベーターのうち、最も左にあるエレベーターだ。
(……?)
しかしそのエレベーター、どうやら他の9つとは違うらしい。エレベーターを呼ぶ(もしくは開く)ための▲▼ボタンに、透明なカバーがついていて、しかも鍵がかかっている。
ソロモンはその鍵穴に、先程カウンターで受け取ったキーを差しこんで回した。「カチリ」と音がしてカバーが開き、ソロモンは中の▲ボタンを押す。すると1階でとまっていたエレベーターはすぐに開いた。
ソロモンはさっさと乗りこみ、『開』ボタンを押しっ放しにしている。続いて全員が乗りこんだが、やけに広いエレベーター内。当然重量オーバーということはなかった。
エレベーターは途中どこにもとまらず、階数の限界でそのドアを開いた。つまり屋上だ。
「今日はここを貸し切りにしたのだ。諸君には思い切り暴れていただこう」
ソロモンはそう告げると、屋上の真ん中へと歩み出て行った。私たちもそれに続く。
屋上と言っても高級ホテルの屋上であるからかなり広い。床が金属製のところを見ると、もしかしたら下にプールがあるのかもしれない。屋上の限界を示す柵にはライトがついていて、そのため周囲は明るいが中央は暗めになっていた。
(――ん?)
そのライトの光の中に、季節外れの蝶が見えた。まるでこれから起こることを楽しみに待つかのように、一匹ではないそれはヒラヒラと飛んでいる。
(何だか寒そうねぇ……)
そんなことを考えた。
屋上のちょうど真ん中辺りまで来ると、ソロモンはくるりとこちらを振り返った。
「さて、各自それぞれがラルヴァの収集方法と浄化方法を考えてきたと思う。1人ずつやったのではやはり効率が悪いから、全員一斉にやっていただこうと思っているのだが異存は?」
「あ、あのー……自分で集めたラルヴァは、自分で浄化しなければならないとか、ないですわよね?」
問いを投げかけたのは璃瑠花だ。
ソロモンは相変わらず笑顔のまま。
「競争ではないからね。僕としては、たくさん集めてたくさん浄化してくれれば、文句は言わないよ。僕もやるしね。――他に質問は?」
数十秒、沈黙が続いた。
「ないようだから、始めようか」
頷いて、皆は自然に大きめの円を作った。皆で集めたラルヴァを皆で浄化するのだから、円の真ん中に集めるのが最も効率がいい。
それぞれがそれぞれの方法を開始する中、私も考えてきた方法を試みる。
(直接ここへ集める方法をとっても)
一部の場所でラルヴァが枯渇するだけだ。それでは効率がいいとは言えない。
(ならば、全体から)
ラルヴァと化していない、純な――たとえば守護霊などの力を借り、ラルヴァを集めさせる方法を取るのだ。そうして集めたラルヴァは魔法陣でここに転送してもらう。それで東京全体から、ラルヴァを集められるだろう。
しかしそれだけの数の霊を支配するには、やはりこの土地の神の力を借りねばならない。
私は目を瞑り、息を整えた。
(かの神は、祈りより生まれる)
それが一点を超えた時、すべては悟られる。
私はそれを知っていたから、ただ祈った。
やがて円の中央に、闇の中でもはっきりとわかる何か黒いモノが現れ始めた。そしてそれがどんどん大きくなってゆく。
(――通じた、ようね)
動き出した霊たちの気配がした。
徐々にその黒いモノの大きさが円を圧迫してゆくと、私たちはそれぞれゆっくりと後ろへ下がり、円を広げていった。
そうして収集を続けているとやがて、膨張を続けていたラルヴァがその大きさをぴたりととどめた。誰かが浄化に転じているため、集まる数と浄化されてゆく数のバランスがうまく取れているのだろう。羽澄の歌声と、護堂の真言が聞こえている。
そのままさらにしばらく続けていると、やっとソロモンの声がかかった。
「収集は終了! あとは浄化の方に徹してくれ!」
私は祈りを断ち切り、魔法陣を消し去る。それだけで徐々に黒い闇は縮んでいき、最後には鞠ほどになり「ふっ」と消え去った。皆の浄化能力は相当なようで、私が手出しをするまでもなかったのだ。
(終わったわね……)
小さく息を吐いた。久々にまともな力を使った気がする。
「諸君、ご苦労様!」
いつの間にか円の中央へ歩み出ていたソロモンが、声をあげた。
「おかげでラルヴァの数を大分減らすことができた。これでしばらくは、この東京も安泰だろう」
皆自然とそちらへ集まってゆく。
「よくやってくれた」
ソロモンはそう告げて私たちを見回すと。
「お礼に、僕のコレクションの中から1つ。『賢者の石』をそれぞれに耳掻き一杯分ずつあげよう」
そんなことを言った。
「………………」
(賢者の、石――?)
私の眉がピクリと動いた。私以外はおそらくわからないのだろう。少し白けた雰囲気が漂っている。
それが不満なのか、ソロモンは怒ったような顔をつくって。
「この価値がわからないとは、残念なことだ」
「それが本物ならね」
少し不憫に思って、口を挟んでやる。
「おや、どうやら君は知っているようだね」
煽るようなソロモンの言葉にも、私は冷めた口調で応えた。
「――『賢者の石』は、卑金属である鉛や水銀すら貴金属に変えてしまう魔法の石。錬金術師なら喉から手が出るほど欲しがる――いえ、厳密に言えば、それを持っていない者は錬金術師とは呼べないわ」
(だから本物であれば、その価値は確かに高いのだが……)
ソロモンは私の発言に少なからず驚いたようで。
「ほう! よく知ってるじゃないか。もしかして君は錬金術師?」
「まさか。私は医者だ。錬金術は治療法の一種として利用する程度さ」
「へぇ、それは初めて聞いたな……面白い。『賢者の石』は精製がとても難しいのだ。僕とてそう簡単に手に入れられるわけじゃない。これが本物かどうかは、実際に使ってみればわかると思うが……どうやら使えそうなのは君だけのようだ。結果はあの掲示板に書いても構わないよ。どうせ本物だからね」
ソロモンは言い終わると、ポケットから小さな箱を取り出した。そして全員に手を出させ、箱の中の物質を本物の耳掻きで正確に量り手の平に置いてゆく。
手の中のそれを、じっと見つめた。私とて本物を手にしたことはある。それと同じように見えるのも事実だった。
全員に配り終えると、ソロモンは何を思ったか入り口とは全然別の方向へ歩いていき、またすぐに戻ってきた。わけがわからない。
「――では、これで解散とする。ロビーまでは一緒に行くとしよう」
ソロモンはそう告げると、また1人颯爽と歩いてゆく。羽澄と璃瑠花があとに続き、さらに続こうとした私を護堂が呼びとめた。
「レイベル様」
振り返った私に、護堂は差し出す。
「よろしかったら、これをどうぞ」
「え?」
それは今貰ったばかりの、小さな欠片。
「本物でも偽物でも、私には使い道がありませんから。偽物でしたらもちろん捨てて下さって構いませんよ」
(………………)
私は少し迷ったが、受け取ることした。
「じゃあ」
ソロモンはずいぶんと自信がありそうだったし、偽物だったら彼の言うとおり捨てればいいだけなのだから。
「ありがと」
短く礼を言って、私たちも既に皆が乗りこんでいるエレベーターへと急いだ。
最初に集まっていた1階のロビーに到着すると。
「それでは、これでお別れだ。ごきげんよう諸君」
ソロモンはそう少し頭を下げ、カウンターの方へ向かおうとした。が、ふと足をとめて。
「そうそう。もしかしたら、いずれまたあのサイトに募集の書きこみをするかもしれない。気が向いたらよろしく頼むよ」
「待って、ソロモン」
言い残して行こうとしたソロモンを、羽澄がとめる。
「――何かね?」
「結局キミは何者なの? 何故こんなことを?」
羽澄のその問いも、無理はなかった。何故ならおそらく全員が、それを疑問に思っていただろうから。
するとソロモンはさもおかしそうに口元を歪ませて。
「僕は現代が大好きなのだ。方士だからといって疎まれることもなければ、裁判で裁かれることもない。君たちにとってそれは当然かもしれないが、昔と比べてみれば信じられない状況なのだよ。だから僕は、少しでも『今』を守りたいのだ」
最後には、子どもの笑顔に変わっていた。
「――慈善事業、ってことでいいのね?」
「もちろん」
確認した羽澄の問いに、きっぱりと答えた。口調は相変わらずだが、会った直後よりは遥かに信用できる返事だった。
(でもやっぱり、どこか胡散臭いけど)
「では、もう行くよ」
「お待ち下さい!」
「えっ?」
再びカウンターへ向かおうとしたソロモンを、今度は璃瑠花が呼びとめた。
「あ、あのっ、ソロモン様、おなかが減っていたりしませんか?」
(……?)
璃瑠花の言葉に、ソロモンばかりでなく皆が驚いている。璃瑠花は頬を少し染めながら続けた。
「実はわたくし、こんな時間まで起きているのが久しぶりなものですから、何だかとってもおなかが空いているんですの……。よろしかったら皆さんお付き合いいただけませんか?」
(皆さん?)
それは私も含まれているのだろうか。
問いかける前に、羽澄が返事をした。
「いいわね。じゃあ私が知ってる、美味しいラーメン屋さん行こっか?」
「まぁ、楽しみです♪ お2人ももちろん行きますわよね?」
璃瑠花は瞳を輝かせて、今度は私と護堂を見る。やはり含まれているらしい。
(たまにはそういうのも、いいかもしれないわね)
そう思って、返事をする。
「――まぁ、いいでしょ。少し休みたいわ」
「私も、ついていくだけならば構いませんよ」
私たちの返事に、璃瑠花は満足して頷いた。
「僕の返事は聞かないわけだね」
ソロモンは呆れたような顔をつくりながらも。
「わかった、行くよ。その代わり奢りはナシだ」
「もちろんですわ!」
どうやら璃瑠花の1人勝ちのようだ。
そうして私たちは、もうすぐ日が変わるというのに、皆でラーメン屋へと向かったのだった。
(了)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号/ PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 1282 / 光月・羽澄 / 女 / 18 /
高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員 】
【 1069 / 護堂・霜月 / 男 / 999 / 真言宗僧侶 】
【 1316 / 御影・璃瑠花 / 女 / 11 / お嬢様・モデル 】
【 0164 / 斎・悠也 / 男 / 21 / 大学生・バイトでホスト 】
【 0606 / レイベル・ラブ / 女 / 395 / ストリートドクター 】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは^^ 伊塚和水です。
2度目のご参加、ありがとうございます_(_^_)_
今回ちょっと時間がかかってしまって申し訳ありません。時間がかかった割にはあまり納得できるような出来ではないのですが、現時点でできる範囲で精一杯書かせていただきました。ご意見・ご感想・間違いなどありましたらお気軽にどうぞ^^
「ラルヴァを集めよ」という題の割に、今回のレイベル様は知識面での活躍になってしまったことをお詫びしておきます。もう少しうまくプレイングを活かせるよう努力していきたいと思います。
それでは、またお会いできることを願って……。
伊塚和水 拝
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