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<PCシナリオノベル(シングル)>


灰は灰に、塵は塵に

 ちょっと最近、ミョーな話を聞いたのよね。なんか女性にだけ現れる異変、っての。何の前触れも無く、突如闇雲に走り出したり、イキナリ人に無鉄砲に殴りかかったりとか。どれもちょっと、フツーの女性なら到底有り得ない行動よね。しかも女だけってのがオカシナ話じゃない。女なだけに集団ヒステリックってのも考えられるけど、その時にその原因になるような『何か』は無かったって言うし。女性の遺伝子だけに反応する伝染病説も唱えられてるけど、彼女達、一応にその場から離れた病院なんかに収容されれば、その症状も収まるって言うのよね。そんな彼女達は、声を揃えて証言している。何故だか理由は分からないけど、どうしようもないぐらいの恐怖に突然襲われた、って。って、何だかますますわッかんなーいッ!女性に対してだけの精神攻撃?どうやって?媒体も何も無しで、多くの女性に一斉に?…考えれば考えるだけ、不可解な事ばかりよね。ただヒトツ、言える事は、女性だけを狙ってるのが許せないわよ!だってあたし、あたし自身も含めてか弱い女性の味方ですもン!

 そうそう、もうヒトツ聞いた話があったンだわ。女性達が恐怖に悶え苦しみ、奇行に興じていたその場で、ただヒトリ、その症状に見舞われなかった女性。彼女の話はこうよ、『死の灰』にお気をつけなさい、と慈悲を受けました……と。
 たまたまその日、地下鉄のホームで居合わせたヒトリの神父。経路図の前に佇んでいたその神父の手には白い杖。それに気付いた彼女は、親切にも彼に詳しく説明をしたんだって。うん、心優しき女性の鏡よね。するとその神父はいたく感激をした様子で、彼女にその場で祝福の儀式を施し、そして先程の忠告を残した、と。
 その話の流れで、彼女だけが災難を逃れた…って事は、どう考えたって、その神父がアヤシイって事にならない?しかもさ、その現象が起こり始めたのは、彼女がその神父に出会った駅を発端にして、その沿線上で起こってるのよね。『死の灰』が何を差すかは分からない、フツーに考えたら原子力爆弾の核分裂生成物の事だけど、でも、そんなのを撒き散らしたとしても、この現象の原因にはならないわ。…じゃあ一体?

 …って、考えたって分かる訳ないから、やめやめ!ひたすら考えてたってただの机上の空論、それが正しいか正しくないかは、あたし自身の目で見極めなくっちゃ。それに言うじゃない、犯人は必ず犯行現場に戻って来る、ってね。と言う訳で、ちょっとふらっと地下鉄に行ってみようかしら。発端の駅に行ってもしょうがないから、現象の移動している方向と距離から、次に危ぶまれるあの駅……あそこにしよう。

 …とかってあたしが、向かったその駅。なんつーのかしら、あたしって強運?それとも日頃の行い良し?…それとも逆に悪運なのかしら。あたしの目前には、IO2から入手した情報通りの容貌と白い杖、見るからに神父の様相のヒトリの男が歩いていくじゃない!勿論、後を急いで追ったわ。盲目である筈なのに、彼の歩みは妙に早くて確か、五体満足眉目秀麗才色兼備なあたしが彼の姿を見失い掛けてしまうぐらい。焦ったあたしは殆ど走っているような歩調で、カツカツとヒールの音を響かせながら、あたしは彼の後を追った。
 構内の角を回った所で、あたしは急激に立ち止まざるを得なかった。何故って、そこにはさっきの神父ともうヒトリ…こっちは見た事のある顔ね、その二人があたしの行く手を阻んで立ちはだかっていたのよ。
 「ピュン・フー!」
 「覚えていたのか、俺の事。そりゃ感謝感激」
 って、ピュン・フーのヤツが、全然喜んでる気配も無く最初に会った時とおんなじような、飄々とした調子で返したわ。そんな奴の隣に佇む神父が、小さくクスクスと笑う。一見すれば穏やかで優しげな笑みだったけど、何処かに潜むような悪意が感じられたのは気の所為カシラ?
 「まァ、そんな事はどーでもいいのよ。あたしが用があンのは、そっちの神父サンよ」
 「おや、私に御用ですか、お嬢さん?これは嬉しいですね、あなたのような見目麗しい方に必要とされるとは、不謹慎とは言え光栄の極みに」
 「シケた事言わないでくれる?見えもしないのになんであたしが美しくてしかも賢く、おまけに性格まで優しいって分かるのよ」
 そうあたしが言うと、彼は薄らとその唇に微笑みを昇らせたわ。何故だか、あたしはその笑みにぞっとした。なんでだろう。
 「可笑しな事を仰るのはあなたの方ではありませんか?確かに私は目が見えません、しかし、心の美しさや気高さは分かりますよ。しかも、それこそが人としての本質であると理解もしています。あなたはご自分の強い意志を持ち、勇気と優しさを兼ね備えた女性とお見受けしますが?」
 「それは正解だけど、でも見ず知らずのあなたには言われたくないわね」
 イヤー!とあたしはわざと怯えて、自分で自分の身体を抱き締めてみせる。確かにあたしはあの神父の言う通り、見目麗しくて勇気もあり優しいわよ?でも、それはあたしを知っているヒトに言われるから嬉しいのであって、今会ったばかりの相手に言われたって嬉しくも何ともないし、信用出来る訳ないじゃない。あたしは、聞き飽きたお世辞を聞きに来た訳じゃないのよ。と言う訳で、聞きたい事は直球ストレート。だって、まどろっこしいのは性に合わないのよね。
 「あたしはね、あたしの聞きたいことはただヒトツ。『死の灰』って何の事?神父サン?」
 そうあたしが問うと、少しは動揺すると思いきや、神父もピュン・フーも平気の平左でその場に立っている。ちッと舌打ちしたあたしに気づいたのかしら、神父は笑みを浮かべたままこう言った。
 「お嬢さん、お名前は?」
 「はァ?なによ、いきなりナンパする訳ェ?あたしは朧月・桜夜よ」
 「私は見ての通り、神の御許に仕えしもの、ヒュー・エリクソンと言います。桜夜さん、中世ヨーロッパに起こった、魔女狩りをご存じですか?」
 「あァ?勿論、ご存じでいらっしゃいますわよ。それがどうかしたのかしら、ヒュー・エリクソンサン?」
 「魔女狩りと言えば、罪の無い数多くの女性達が凄惨な拷問の末、勝手極まる裁判で魔女と言う烙印を受け、火刑に処せられていった事を差しますが、元はと言えば、魔女裁判は女性も男性も関係なかった、と言う事はご存じですか?」
 「……あン?」
 「元々、魔女裁判と言うのは、その土地の領主などが、自分の収める土地に住む、裕福な商人達からその財産を奪う為、彼等が魔女だと勝手に決め付けて処罰し、私腹を肥やした…と言う行為に発祥をするのです。では何故、その商人達は謂れ無き罪を背負わなければならなかったのでしょうか?」
 「…そんな事あたしに言われても…そりゃ、その人達が運悪くお金持ちだったからじゃないのォ?」
 そう、適当に答えたあたしの返答に、ヒューは深く頷いて、そうですと肯定の言葉を発した。
 「あなたの仰る通りです、桜夜さん。彼等は、彼等の身に余る財産を持つと言う、その罪深さの為に、刑に処せられたのです」
 「ちょッと待ってよ。それじゃあ、悪いのは一方的にその商人達だとでも言うの?自分の私利私欲の為に人を貶めた奴なんかは悪くないとでも?」
 「桜夜さん、神は全ての者に慈悲をお与えにはなりますが、贖罪を受け入れるのは極一部の者に対してだけなのです。ですから魔女として裁かれた商人達、そしてのちに女性であるが故に背負ってしまった、生まれながらの罪によって魔女として火刑に処せられた女性達、これら全てはその罪を許され、神の御許へと跪く事を許されたのですよ。これが幸いでなくて何と言うのでしょう?」
 「……」 
 「桜夜さん、あなたの先程の問いに答えましょう。『死の灰』とは、魔女狩りにて火刑に処せられた女性達の成れの果てです。死さえ安楽に思えた、だがその安楽に身を委ねる事さえ許されなかった凄まじい拷問、悶絶、その身が業火に寄って焼かれる苦痛、その全てがここにある。この灰に寄って死へと向かう現代の女性達、彼女達はその恐怖が大きければ大きい程、深く罪を許され、そして……」
 「ふッざけんじゃないわよッ!!」
 延々と続くかのようなヒューの言葉を遮って、あたしは叫んだ。
 「あなたねェ、さっきから聞いてればナニ勝手な事べらべら抜かしてンのよ!はァ?生まれながらにしての罪を贖う?苦しめば苦しむ程罪が軽減されるですってェ!?バカにしないでよ、生まれながらの罪ってナニよ。この世に誕生した事自体が罪深いとでも言う訳ェ?!そんなのはね、自分で決める事よ。他人に判断なんかされたくないわね!」
 あたしはあたしよ。それ以外の何者でもないわ。罪があるとか無いとか、そんなのわかんない。でも一生懸命あたしなりに生きてるわ。きっと、他の女性達だってそう。考えてるのが明日の合コンの事とメイクの事、TVドラマの事だけでも、それでも一生懸命生きてるのよ。それをとやかくヒトが言う筋合い無いわ!
 あたしは、その『死の灰』とやらを防ぐ目的で、自分の身体の周りに見えない大気の対流を起こしながら、指先で結んだ印を指弾の要領でヒューへと投げつけた。それは二人の間ぐらいでぼうッと光り始め、ヒューの元へと届く頃には眩いぐらいの浄化の光を帯びて突き進んでいく。ヒューは避けようともしない。いえィ、決まった!そう思った瞬間、あたしの印は一瞬にして細かい粒子に姿を変え、四方八方に砕け散ってしまった。そう、まるでヒューは、今のあたしと同じように、何かに護られているかのようだった。
 「私に術は聞きませんよ、お嬢さん。私は神の隷、聖なる加護を得ていますから」
 「……ッく……!」
 「さぁ、どうします?殴り掛かってみますか?この、盲目で従順な子羊に」
 そうヒューが言うと、さっきまで黙りこくってたピュン・フーがすっと彼を庇うように前へと進み出た。どうやらこいつ、神父のボディガードみたいね。
 「馬鹿な事言わないで、人を殴ったりしたら、折角のネイルアートが剥がれちゃうじゃない。…じゃなくって、あなた…なンでその神父の味方をすンのよ!」
 「別に何故と言う訳でもない。そう、命じられたからだが」
 事もなげにピュン・フーが言う。あたしと遣り合うつもりなのかしら、すっと音も無く戦闘体勢に入りやがったわ。あたしはソッチの方向にはあんまり明るくないけど、でもそれでもピュン・フーの身のこなしや気配から、只者ではないのだと痛烈に感じた。…つうか、あたしは武闘派じゃないンだってば。
 「……ピュン・フー…あなた、あたしに聞いたわよね…今幸せか、って……」
 「ああ。聞いたな」
 「幸せな訳ないじゃないッ!ンもう、アンタ達の所為で気分サイッアク!不幸全開よ―――!!!」
 あたしのイライラがついに爆発した。で、制御聞かなかったのよね。開放されたあたしの力が、その場の大気を凄い勢いで巻き込んで突風となり、ごおッと派手な音をさせてホームから路線へ、或いは階段から外へと流れ出た。一瞬だけ真空状態になって焦ったけど、すぐに違う対流が起こって新鮮な空気が駅の構内に流れ込んで来た。そうしたら、その場に淀んでいた重苦しい気配やなんかが、いっぺんに浄化されたみたい。我に返って呆然とする女性達、その周りで右往左往していた男性達のどよめきがそこここから聞こえて来るようだった。
 「…なんかわかンないけど…結果オーライ?」
 「そのようですね、あなたにとっては」
 未だ至って穏やかに、ヒューが微笑んだ。きッとあたしが睨みつけてやると、それがあたかも見えていたかのように、神父はくすくすと笑って肩を竦めた。
 「そんな怖い顔をすると、折角の美貌が台無しですよ、桜夜さん。それでは私達の用件は済んだ事ですし、お暇させて頂きます。あなたに神の御加護がありますように」
 アーメン、と胸の前で十字を切ると両手の指を組み合わせてヒューが祈りを捧げる。待ちなさいよ!とあたしが言うより先に、ヒューとピュン・フーの姿は瞬く間に風に溶けて消えてしまった。ンもう!とあたしはその場で地団駄を踏んだ。

 それでもまァ、この駅で『死の灰』によって命を落とす女性が出なかっただけ良かったけどね。怪現象の原因も分かったし、この後の処置はIO2がやってくれるデショ。

 幸せか、ですって?幸せも不幸せも、或いは罪深いかどうかなんてのも、全部決めるのはあたし自身よ。


おわり