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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


調査コードネーム:虚無の白、あるいは冒涜の中にある真実
執筆ライター  :戌野足往(あゆきいぬ)
調査組織名   :ゴーストネットOFF

------<オープニング>--------------------------------------

TARGET2.『藤沢香里 FUJISAWA KAORI』

2−3『運命の輪』
 呆然と空を見つめる知夏の視界に一瞬緑色の光が弾け、思わず顔
を背けて目を瞑る。
『本当はルール違反なんだけど。ゲームにイレギュラーは付き物よ
ね。ふふふふ‥‥‥』
 怪しげな微笑を浮かべる女性。緑色の薄布をたくさんあわせたよ
うな服を纏い、なにやら森の中を思わせる匂いが漂ってくる。
「あ‥‥‥え?」
 今度は別の‥‥‥‥‥‥なんか分からない人が??
『まあ、何でも良いじゃない? 必要なんでしょ、契約を完遂させ
無い方法が。そして、私はその方法を知っている。さあ、いかがか
しら。話を聞いてみない?』
 是非も無い、と言うか是非を言えるほど選択肢を持っていない。
「方法っ‥‥‥て」
 洩らしたそれに、ふふと吐息に笑いが添えられる。
『運命を前に引き戻すか、それ自体を変えるしかないわね。総てを
元に戻す事は出来ないわ。今できることからあなたが選び、掴み取
るしかない』
 にこやかに、実に楽しげにそう語る女性の声が体の中を通り抜け
ていく。
 私が‥‥‥選ぶ‥‥‥。
 掴み取りたい物。
「香里ちゃんを助けて下さい。私はもうどうなってもいい。だから、
だから助けて下さい‥‥‥」
 そう言った知夏に溜息を投げ掛ける女性。
『あ〜あ〜あ〜。何も判ってないわね、あなた。契約を完遂させな
い方法って敢えて言ったのに』
「えっ‥‥‥」
『護り切りなさい、藤沢香里を。白との契約はそれ自体が時間内に
達成されなければ無効となる。ただし、契約違反が時間内に発覚す
れば‥‥‥もっとも最悪の形でそれは強制的に行われる事になる。
貴方につながる、総ての破滅と言う形で』
 ‥‥‥総ての‥‥‥破滅。
 声を発することが出来ない。表情をどう変えていいのか判らずに
ぴくぴくと震える。
「わ‥‥‥わた‥‥‥し」
『鍵をあげましょう。総てを引っくり返す可能性を持つ、鍵を』
 突如として鳴る、携帯電話。
 その音は、メールの着信を示していた。
「ゴーストネット‥‥‥OFF?」
 携帯を見る知夏は、画面に浮かんだその文字と恐らくそこにつな
がるURLにゆっくり目を走らせる。
『そして、負の白は常に最悪の結果を好むわ。絶望の果てにあるの
は虚無。そこが彼の住処だから‥‥‥さあ、あなたは一番彼女の事
を知っているでしょう。あなた以外で彼女が信頼を寄せる人物は誰?
その人が、きっと彼女を殺す事になるでしょう』
 私‥‥‥は、きっともう信頼してないだろうな。
 私以外‥‥‥か。
「香里ちゃんのお母さんの里菜さん‥‥‥か、中学の時の担任の安
東先生かな‥‥‥」
 ふむ。
 とその女性は少し考えて、虚空から一枚の紙を取り出す。
『最悪の結果、って言ったらあなたならどっちをとる? きっとそ
れが答えよ。そして、まあ‥‥‥白は芸のない事はしないわ。その
瀬田という人物は秘密の露見と言う結果で消えていった。ならば別
の手段を取るはずね。その事を集った者達に伝えなさい。そして、
この紙はヒントを映し出す予定なんだけどね。さて‥‥‥』
 知夏に示された紙には既に文字が書かれている。
『あなたには見える?』
 日本語では内容なのだが、その文字の意が頭の中に文字として浮
かび上がって。それが口をついて出る。
「世界の‥‥‥崩壊?」
 そして、気が付くと。
 既にそこには女性の姿は無く、一人知夏がただ立つのみであった。
「ゴーストネットOFFか‥‥‥」
 慌てて、家路を急ぐ。
 たった一本の蜘蛛の糸を手繰りに。

          だれか、たすけて‥‥‥。

2−4 『鍵』

 薄墨が滑る、短冊の上。
 筆から生まれ出でるその文字は、自らの終わりに向けた餞の歌。

    願わくば  舞い散る雪に  抱かれて

             永久なる眠り  静かに迎え


 どうせ、いつか‥‥‥人は死ぬんだ。
 なら、好きな人の願いを叶えるのもそれはそれで良い死に方なの
かもね。
 無限に続く人の設計図は、何故‥‥‥。
 私にこのような特徴を与えたのか。
 今度生まれ変わったらせめて、男になって女の子を好きになって
もいいようになりたい。
 知夏ちゃん。
 そうしたら、私は好きになっても‥‥‥いいのかなあ?
 地球の壮大な歴史の中でみれば、人の一生なんて刹那の煌きに過
ぎないのかもしれない。
 ならば、私の最後の煌きは人のために輝く事。
 決意を持ったその表情は何か、安らかな微笑をたたえていた。
 
 そんな、何か悟りきった心境にいる香里とは別に、知夏はゴース
トネットOFFへの書き込みへの反応を見て心を揺らしていた。
 直接に何かをしてくれると言う事ではなく、何かが変わりそうな
事が書かれている訳でもなく。
 これが‥‥‥あの人の言っていた鍵?
 読み進むごとにやや、心が陰鬱に囚われていく。
 劇的な解決を望んでいた自分に思わず苦笑しながらも、途方に暮
れるしか‥‥‥いや。
 私がやっぱり香里ちゃんを。
 何か‥‥‥がこの書き込みで変わったに違いない。
 鍵を使ったなら、ドアは開くはず‥‥‥ならば私が彼女を守りき
る。それしか、私が私に責任を果たす事は出来ないのだから。

そして。
その何か。

2−5 『現れた鍵』 
 ‥‥‥‥‥‥ふうっ。
 恐らくこの話は真実ですわね。
 白い人、ですか‥‥‥。
 溜息とともに席を立つ黒髪の女性。その名は篠宮夜宵。
 詳細な書き込みが成されている。具体的に明確な目的もある。
 要するにその藤沢香里を護ればいいのでしょうが、白に気付かれ
てはきっと厄介な事になると思われます。
 で、あるなら‥‥‥私のすべき事は何?
 考えるが、行動が露見してはいけないと言う事であるなら、積極
的に藤沢香里に近付いていく訳にも行かない気がする。
「お父様にお願いして、出来るだけ不自然無く一緒にいられるよう
に案内人を立てていただきましょうか」
 とは言った物の、そんなに都合良く藤沢香里に近い人物を探す事
が出来るかと言えば、そう簡単ではないかもしれない。
 父からの電話を待つが、携帯は沈黙を守ったままで。
 そんな時、携帯は別の人間からの呼び出しを奏でる。それは守崎
啓斗からのものであった。
 だが、啓斗からの電話である筈なのに、携帯から聞こえてきたの
は可愛らしい女の声。
「もしもし? あなたは‥‥‥どなたですか??」
『篠宮にバレないとは、今回の変装はなかなか上手く行っているよ
うだ』
 耳を澄まさないと聞き取れないような小声なはずなのに、実に正
確にその声は鼓膜を揺らす。
「もしかして、守崎さんですか!?」
『御名答。悪いが少し出てきてくれないか? 急ぎで話があってね』
 その呼び出しに応じて、外に出て行ってみるとそこにいたのは、
どう見ても普通の高校生であった。
「守崎‥‥‥さん?」
「やだなあ、私守崎じゃないですよ? 水野由貴です」
 と、言いながらさり気に一枚の紙を由貴と名乗った女は鞄から取
り出して、それを夜宵に渡す。
 促されてそれを読んでみると、そこには水野由貴の写真と大まか
なデータが記されている。
「‥‥‥そうですか。それで、どこへ?」
「家族旅行が当たったんですって」
 本物はどこに、と言う言葉が略されているが、それで通じたので
あろう。
「あ、そうそう」(親父さんからの伝言だ。あんま深入りするな、
だそうだが?)
「是非もございません。せいぜい危なくないように気をつけますわ」
 苦笑をもってそれを受ける由貴(啓斗)。
 そんな、二人を。物陰から見守る女性が一人。
 彼女の名前は紅蘇蘭。
 何故にこの二人の事を見ているのかは彼女のみしか知る由も無い。
「白‥‥‥緑‥‥‥そして、私は赤と言った処かしらねぇ。変転す
る運命を捕らえる鍵が壊れぬよう、暫しの時を人に付き添おうかし
ら。戯れに落されるのは‥‥‥哀れに過ぎるわ」

2−6 『 父 』
 藤沢香里の父である和志は水産貿易の会社に勤めており、魚食民
族である日本人の胃袋を満たす為、日夜海外を駆けずり回っている。
その為、日本にいるのは年の3分の1程度であった。
 午後11:30。
 現在はタスマニアの方に行っている筈なのであるが‥‥‥。
「ただいま」
「お帰りなさい、あなた‥‥‥連絡ぐらいしてよ」
「悪い悪い。取引先の会社が倒産してね。話自体無くなった。大幅
に赤だよ、まいった‥‥‥今回は」
 基本的に仕事に口を出さない里菜は何も言わずにコーヒーを出す。
 和志もあまり家にまで仕事を持ち込むタイプでは無いので、出さ
れたそれを飲みながら目を瞑って何事か考えている。
「今日のお食事は?」
「済ませてきたよ。今から作れじゃあんまりだろ?」
「‥‥‥別に構わないけど。今に始まったことじゃなし」
 思わず苦笑する和志。
 まあ、仕事柄時間など気にせずに駆け巡っていたせいもあってか、
それに里菜ももう慣れてしまっているのだろう。
「そういえば香里は?」
「もう、とっくに寝たわよ」
「そうか‥‥‥」
 帰ってくると判っていたとしても、恐らく既に寝ていただろう。
 別に思春期の難しい年頃、と言う訳ではなく。
 日頃から和志は殆ど香里と会話を交わすことが無い。と、言うよ
り香里の側からしてみれば、幼い頃から構って貰った記憶と言うの
は殆ど無い事だろう。
「珍しいわね、あなたが香里の事気にするなんて」
「‥‥‥そうか?」
「そうよ、いつも帰ってきてもそんな事は気にしないじゃない」

 そんな、他愛も無い夫婦の会話。そして夜も更けて、久方振りの
夫婦の営みを終え、心地よい波に心を揺らし、訪れた眠りのとばり
に身を任せる。

 ‥‥‥‥‥‥。

 ‥‥‥り‥‥‥つこ‥‥‥‥‥‥。

 そんな中で聞こえた、和志の声。
 降りてきたとばりを外すかのような嫌な感覚が一瞬身体を走る。
 まさか‥‥‥そんな‥‥‥。
 ただの聞き間違いよ、きっと。りつこ‥‥‥だなんて。
 もう置いて来たはずなんだから‥‥‥。
 そんな考えも、やがては降りてきたとばりに覆われて行く。
 ‥‥‥微かな淀みを里菜の心に内包させて。

2−7 『訣別の辞』
 さて。
 変装術で化けている水野由貴こと守崎啓斗は、篠宮夜宵とともに
学校に出てきていた。
 目的は、今日部活に出ているはずの藤沢香里を捕まえて、夕食の
約束を取り付けることであった。
 ずっと一緒にいられれば、その時が何時訪れようとも凶行を防ぐ
のは不可抗力と言った処なので‥‥‥。
 それを白がどう取るかはまた別の問題なのだが、とりあえず二人
にはそれしか打つ手が思いつかなかったのであるから、まずはそれ
から手をつけるしか他にない。
「香里さんの所属してる部は、剣道、柔道、弓道、空手、バレー、
バスケ、ソフトボール、硬式テニス‥‥‥‥‥‥」
「ち、ちょっと待って下さい。一体幾つ入られているのですか?」
「‥‥‥女子部があるのは全部」
 この他にもサッカー、バドミントン、卓球、水泳、新体操、陸上
競技、チアリーディング。全部で15。さすがに部長職についてい
る物はないようではあるが。
「さ、参考までに文化部は!?」
「園芸と演劇と文芸と合唱、吹奏楽のみです」
 5つ兼部していれば普通物凄いことになりそうなのだが‥‥‥。
 運動部と合わせて20兼部‥‥‥無論まともに練習に参加できよ
う筈もない。一体どうなっているのだろう。
「多分ワンポイントで出る為に登録しているのでしょうけれど。
それが出来る能力と人望があるって事かしら‥‥‥もしかして、天
然術師だったりするのかもしれませんね」
 もし、天然術師でこれら総てに一般レベル以上で活動できていた
とすれば‥‥‥それで、学力もトップクラスで顔も良い、となると
これはもう笑い話にもならない。
 そんな人物に睨まれた北畠知夏は毎日が針の筵であったに違いな
い。人間の群集心理は一種の狂気を生みやすい、脆く歪み易いもの
だ。
 もし、あなたが自分の一日の大半を過ごす世界で、誰にも口を聞
いて貰えず、そして蔑みの目で見られるとしたら、どうだろう。
 想像もしたくない光景ではないか。
「とりあえず、どこから探しましょうか?」
「近いところから見ていきましょう」
 
 ‥‥‥1時間後。

 結構来ていたと言う話は聞くのであるが、行って見ると既にそこ
にはいない。
 なにやら行く先々で騒然とした雰囲気で、逆に藤沢さんどうした
の、とか聞かれる始末であった。
 何でも、順番に部活を辞めていっているようなのであるが‥‥‥。
 取りあえず総ての部を見て周ったのではあるが‥‥‥骨折り損の
くたびれ儲けとなってしまっていた。
 さて、こんな所に普通にいて目立たないのが不思議な感じもする
のであるが、紅蘇蘭は誰に見つかる事も無くその場所に立っていた。
恐らく特殊な術による物なのであろうが。
「やれやれ。時間も無いと言うのに地道なことをするのね。学校と
言う場所でなら、便利な道具もあると言うのに」
 3分後、校内に放送が流れる‥‥‥。

『ピンポンパンポ〜ン‥‥‥お呼び出しを致します。2−Aの藤沢
さん、藤沢香里さん。校内にいましたら至急職員室佐藤まで。繰り
返します、2−Aの藤沢さん、藤沢香里さん、至急職員室まで‥‥
‥パンポンピンポ〜ン』
 
 その放送を聞いた二人は迷わず職員室に向かっていた。
 ここですれ違いなんていう阿呆な事はしたくなかった為、歩調は
自然と小走りとなる。
『廊下は走るな!』
 なんて言う張り紙が張ってあったりもするのだが、日曜で閑散と
した校舎では注意する先生も歩いていない。
 そして、向かった職員室に丁度入る一人の生徒。
「‥‥‥藤沢香里だ」
 夜宵に聞こえるか聞こえないか大きさの声が、啓斗の声で耳まで
届いてくる。
「成程。あの方が‥‥‥ですか」
 入っていったのだが、首を傾げて直ぐに職員室を出てくる香里。
「‥‥‥どうしたの?」
 廊下の陰からゆっくりと歩みだして、そう香里に声をかける由貴
(啓斗)。それを見て夜宵もゆっくりと続く。
「佐藤先生に呼び出しを受けたんだけど、今日は出て来られて無い
って。おかしいなあ‥‥‥あら、水野ちゃん、その人は??」
「私の遠い親戚で今度ここの学校に転校してくる事になった‥‥‥」
「篠宮夜宵と申します。以後、お見知り置き下さいますよう」
 些か丁寧すぎる夜宵の口調に目を丸くする香里だったが、直ぐに
笑顔を作って、ぺこりと礼をする。
「藤沢香里です。よろしくね」
 さて‥‥‥。
 コンタクトを取る事には何とか成功したな。
 これからどう持っていくかだが。
 友達である彼女にも、今の所はばれていないようだ。
 このまま、流れに任せてずっと一緒にいられれば‥‥‥。
 啓斗はそんな事を考えつつも、にこやかに香里の表情を伺う。
「この後のご予定はおありですか?」
 微笑を浮かべつつ、夜宵は予定を尋ねる。
「今日は‥‥‥もう無いのですけれど。何か?」
「ディナーをご一緒しませんか? お近づきの印に。貴女のお話は
水野さんからいろいろ伺っておりますので、是非お友達になってい
ただきたいのですが‥‥‥」
「私の話? って、水野ちゃんなに話したの〜?」
 別に何も話していないと言えば、していないのではあるが。
「とっても格好良くてらして、頭も良くて、とにかく美人だとお聞
きしておりました」
「‥‥‥水野ちゃん、それって褒め殺しってヤツ!?」
 じいっと睨みつけてくるが、直ぐににこっと素敵な笑顔に戻る。
「でも、今夜はちょっと都合悪くて、さ。ごめんね」
 と、言われて食い下がる訳にも行かない。大袈裟に残念そうな表
情を浮かべて夜宵は溜息を付く。
「残念ですわ‥‥‥是非ご一緒したかったのですが」
「ごめんなさいね、篠宮さん。次の機会‥‥‥」
 と言った所で、なにやら苦笑して香里は小さく首を振った。
「折角のお誘い、ごめんなさい。それじゃ私失礼します。あ、水野
ちゃんありがとね、声掛けてくれて。じゃあさ、バイバイっ!」
 
3−4 『過去からの白影』
 昨晩の事は、何やら白い靄がかかったかのように覚えていない。
夫が帰宅したと言う事は覚えているのであるが‥‥‥。
 そんな夫は早速仕事に行ってしまった。
 まだ香里は帰ってきてはおらず、いつものように孤独な時間。
 自由といえば自由なのだけれど。
 台所は主婦の城、とか言ってみる物の、自分の為だけに作るご飯
というのも何気に味気ないもので。
 ‥‥‥あら?
 今朝、夫が座っていた椅子の下に何やら手帳のような物が落ちて
いる。真っ白くて小さな‥‥‥スケジュール帳か日記帳か何か‥‥
‥。
「見ちゃ、駄目よねきっと‥‥‥」
 
 その時!

「えっ‥‥‥」
 頭の中に和志の声が響く。
 そう。
『りつこ』と。
 りつこ‥‥‥里津子‥‥‥。
 知らない名前では無い。と言うより忘れようも無い名前だ。
 何せ、自分の実の姉であり、そして和志の前の妻である彼女。
 だが‥‥‥15年前飛行機事故で死んでいる。
 今頃になって和志はそんな彼女の夢でも見たのだろうか。
 妙な衝動に突き動かされて、里菜はその日記帳の表紙に手を掛け
て、開いた。
 1999.1.1〜
 随分と前の日付が最初にあったが、和志の字で殴り書きがしてあ
る。几帳面な性格であるが、字は汚いのは昔からであった。
 ぺらぺらとそれを捲る内にあるページで手が止まる。
 そんな‥‥‥嘘‥‥‥‥‥‥。
 ゆっくりと、手から滑り落ちた日記がフローリングの床に落ちて
音を立てる。それは誰もいない家の中に妙に響き渡って。
 そして、動きが止まったそれはページを開いて中身を晒す。

『私は‥‥‥愛してしまったのだろうか。里津子の娘を‥‥‥彼女
にうり二つな香里を、一人の女として』

 そんな物を和志が落し、里菜が見ているなんて事はもちろん香里
が知る事が出来る訳も無く。
 そして、そんな彼女を見守る夜宵と由貴(啓斗)‥‥‥そして、
蘇蘭。
 そんな4人(?)の前を一人の女性が通る。
「えっ‥‥‥‥‥‥っ!?」
 その人物は香里を5歳も歳をとったら、そうなるのでは無いかと
思わせる程、香里にそっくりな人物であった。
「あ‥‥‥えっ!? あのっ!!」
 自分にそっくりと言う事に気付いたのであろう。思わず香里は声
を掛けてしまっていた。
「‥‥‥? なにか御用ですか」
「用って訳じゃ‥‥‥無いんですが」
 そんな混乱する香里を遠目に見ながら、蘇蘭はその通りかかった
女性に視線を注ぐ。
「あれは‥‥‥人では無いようだけれど。妖の類でも無い。それど
ころか、物質であることすら疑わせるほど、虚ろな‥‥‥一体、何
かしら。あれが‥‥‥白?」
 眉を潜めて、その存在を見つめる。
 無論気配も消して。
 前にいる二人の人が力を持って解決しようとしているのではない
のだから、自分がどうこうするのは筋違いと言う物だ。
 もっとも、それが何らかのアクションを起こすのであればその限
りでも無いのだが、今のところその様子も無い。
「不思議な娘ね、用も無いのに呼び止めるなんて」
 微笑に溜息をつけて、その女性は香里を見据える。
 不思議な空気に一瞬啓斗も夜宵も緊張を覚えるが、香里が一礼し
謝罪すると、その微笑のまま会釈して通り過ぎていく。
「あ‥‥‥」
 通り過ぎていった女性の足元に一枚の名刺が落ちていた。
「‥‥‥幽霊か!?」
 目前でかすみのように消え去ってしまった女性に思わず素に戻っ
て一言漏らしてしまう啓斗。それは夜宵にしか聞こえぬ程度の物で
あったが、それを聞き咎めて首を振る。
「あれがきっと‥‥‥白」
 図らずも蘇蘭と夜宵は同じ結論に達した訳だが、一番そばにいた
香里は落ちた名刺に意識を奪われたのか、女性が消えた事は一呼吸
置いてから気付いたようだ。きょろきょろとあたりを見回している。
 そして、その拾った名刺になにやら目を通しているようだ。
 それを見た啓斗は幾つかの印を組んでから、刀印で自らの眼前を
切った。
 幾度となくその行為を見ている夜宵は経験としてそれがなんだか
知っていた。千里眼の術、だ。
「桐生 里津子‥‥‥?」
 古びたそれを見た香里は何か呆然として立ちすくみ‥‥‥そして、
ゆっくりと崩れ落ちていく。
「なっ!?」
 常人には不可能とも思えるスピードで啓斗は倒れた香里の身体を
受け止める。
 すると、意識が混濁しているのか‥‥‥何やらうなされているよ
うだ。
 ハンカチを濡らして駆け寄って来た夜宵は、倒れた時に打ち付け
た右の頬にそれを当てる。
「一体‥‥‥どうしたと言うのでしょう」
「恐らく‥‥‥だが。いてはいけない人間だったのだろう。あの桐
生里津子と言う人物は。妙な気配はしたが‥‥‥」
「恐らくはあれが‥‥‥白です」
「そうか‥‥‥あれがか‥‥‥」
 そんな三人を見守る蘇蘭は何か忌々しげに顔を歪めている。
「気にいらないね、あの白は‥‥‥わざわざ打ち込んで行くなんて。
崩壊に向かわせる為だけの刃を」
 蘇蘭にそう言わせると言う事は何かをしていったのであろう。
 しかし彼女は動くわけには行かない事情もある。
 それを打ち砕くには十分すぎる力もあるのであろうが、か弱き人
の子ごと破壊しかねない力だ。
 人の始末は人で‥‥‥さて、上手く始末できるのかしらね。
 今暫くは見守ろう。
 運命をも動かすその精神の力を信じて‥‥‥。

2−8 『Red And Green』
 ‥‥‥。
「隠れてないで出ておいで。いるのでしょう?」
 振り返らずに紫煙を吐く蘇蘭。そして現れたのは‥‥‥翠であっ
た。
「煙草は嫌いなのよね。あの草はそう言う意図で毒を持っている訳
では無いのに」
 微妙な空気が流れる中、軽く振るわれた手にはヴェールが握られ
ており、それをゆっくりとかぶる翠。
「初めに言っておくけど、あなたのこと嫌いだから。用件はとっと
と言って欲しいわ」
 あまり面白くもなさげに翠はそう言い放つ。
「随分と‥‥‥お楽しみのようだけれど。貴女は白を知っている。
是?」
「‥‥‥ja」
 翠の回答にふぅん、と軽く頷く蘇蘭。
「それで貴女自身は何故、この件に関っているのかしら」
「貴女こそ、何故? 私は退屈だからかしらね。白も嫌いだし」
 退屈、と聞いた処で不機嫌そうに紫煙を吐く蘇蘭。
「人の世で起きる事は総て人の手で。そう言う事よ」
「詭弁ね。総ては森羅万象の中の一つの事象でしかないのに。なら
ば、人間が他の生物の世界に干渉していないとでも言うのかしら?」
「ふふっ、なんでそんなに突っかかってくるのかねぇ」
 やはり力源が問題なのか、相当に翠は蘇蘭を嫌っているようであ
る。論戦をしても仕方が無い事なんだけれど、ね‥‥‥。
「別にそんな事を聞きたい訳じゃないのよねぇ。単刀直入に聞くわ。
白とは一体何者で、契約の目的は何?」
 一触即発の空気にややもすると心地良さすら感じてしまうのは何
故だろう。久方振りの感覚に振るえ、そこからくる快感に目を細め
る。
「貴女みたいな凶悪な能力の者とやるのは真っ平御免よ」
 先程までの険しい顔は一転して、翠は苦笑して両手を広げた。
「‥‥‥能力?」
 能力を見せた覚えは無い。
「それも私の力って訳。白はもっと厄介な力を使うけれど、ね。で、
彼の正体だっけ? 名前はバーネット・マクレーン。米海軍空挺部
隊所属‥‥‥」
「米海軍!?」
 あからさまに不信感を見せる蘇蘭に翠はさらに苦笑する。
「そう、米海軍。ベトナム戦争のMIAね」
「MIA‥‥‥?」
「Missing In Actionの略。つまり作戦行動中に行方不明になった者
を指す言葉よ」
 ‥‥‥そうか、そう言う事か‥‥‥‥‥‥‥‥。
「と、言う事は白との契約の結果は‥‥‥最悪だわね」
 翠の言葉を聞いて、白の能力と望みを読みとった蘇蘭はその救い
の無さに思わず表情を硬くする。
「刻の過ぎ行くままにすれば、即ち螺旋に飲まれ行く‥‥‥」
 その呟きで総て悟った事が判ったのであろう。
「ふふ‥‥‥。貴女は人に感化され過ぎね。故にゲームの天秤は然
程大きくは揺れはしないでしょう」
 そう言って笑う翠に、今度は蘇蘭が不快感を露にする。
「ずっとそうやって嘲っていればいいさね。結局我々は人には敵わ
ぬと何時か思い知る事になる。斯くも小さき者どもの想いの強さは
我々をも凌駕すると‥‥‥短き中に燃え上がり、そして燃え尽きる
炎のようなその魂達は」
 どちらとも無くその場から消えていく。
 邂逅は、運命の変転をどう向けたのか‥‥‥。

2−9 『崩壊』
 さて、そんな頃。
 事の張本人となった知夏は学校では無い場所にいた。
 どこと言われれば、それは香里の家の直ぐ近くで。
「たぶん‥‥‥これでいいと思う。今の香里ちゃんの近くに私はい
られないんだから。だったら、翠って人の言ってた事信じるしか」
 まだまだ寒い東京で、何事が起こるかすらも判らぬそれを待つ事
は恐ろしく辛い事であるだろうに、香里の家の玄関をじっと凝視を
続ける知夏。
 ‥‥‥このご時世だ。
 傍から見たらストーカーにしか見えないのではあるが、幸いな事
に人通りも無く、警察が職務質問に現れる事も無かった。
「先生のほうだったらどうしよう‥‥‥」
 やはり向こうも気になるのではあるが、自分が二人いる訳ではな
いのでこればかりは仕方が無い。
「でも‥‥‥香里ちゃん帰って来たらどうしよう。うちの中に入っ
ちゃったら手の出しようが無いし。
 特別な術者とか能力者では無い知夏には、家の中に入られたら中
を伺い知る術は無い。
 せいぜい中で妙な音がしないか耳をそばだてている位ではあるが、
出来ない事であるならばあの翠という女性も守り切れとは言わない
だろう。
 どんな変化も見逃さないように頑張らなくちゃ。
 ‥‥‥‥‥‥ある意味。
 そんな知夏の思い通り(?)に物事が運んでいた。
 静かに。そして‥‥‥奈落に落ちるかの如きスピードで‥‥‥。

 トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥‥‥‥。

「煩いっ!」
 電話に向かってクッションを投げ付ける里菜。
 目は赤く充血し、その周りはぼったりと腫れ、逆に顔色は真っ青
で、虚ろな感じすら受ける。
「電話‥‥‥しないで。お願い‥‥‥姉さんっ!!」
 今の自分の足元がガラガラと音を立てて崩れていく、そんな感覚
を里菜は受けていた。
 
 ‥‥‥30分前。
 和志の日記を見て、茫然自失と言った心境の里菜は呆然として、
リビングのソファーに腰をかけていた。
 あの人の事ずっと‥‥‥信じていたのに。
 どうして、な‥‥‥の?
 そんな中、鳴る電話。いや、鳴ってしまった、電話。
 和志かと思い、よろよろと受話器を取る。
「もしもし‥‥‥藤沢ですが‥‥‥」
『‥‥‥‥‥‥‥‥‥元気そうね、里菜』
 えっ!?
 忘れようも無いその声は‥‥‥姉の里津子の声で。
「姉さん。姉さんなのっ!?」
『私よ。里津子よ。随分とお久しぶりね。ところであなた‥‥‥和
志さんと結婚したんですって?』
「え‥‥‥」
 そうだ、と言うしかないのであろう。
 言うしかないのであろうが‥‥‥言えない。
『和志さんは渡さないわ。絶対にね‥‥‥ふふっ、なんて言ってみ
るけれど、あの人の心は既にあなたから離れてる、そうでしょ?』
「そ、そんな事!」
 随分と陰鬱な印象を受ける声ではあるが‥‥‥間違いなく里津子
の声だ。和志のことを奪ってしまったと言う後ろめたさもあるが‥
‥‥そもそも死んだと思っていたのだ。里菜も、そして和志も。
 奪った奪わないなどと言う問題ではない、とあの時からずっと自
分に言い聞かせて来た。
 だが、その考えを読むかのように、声をかけてくる里津子。
『そう。あなたは私から和志さんを奪った。なら今度はあなたの番
よ。私の分身である香里があなたから和志さんを奪う。あはははっ、
私のシナリオはついに完成したわ。そうなんでしょ?』
「違う! 香里は私の娘で‥‥‥和志は私の夫ですっっ!!」
『あははは‥‥‥っ。本当にそうなの? ねえ‥‥‥本当に?』
「煩いっ!!」
 ガシャンっと大きな音を立てて、受話器を叩き付ける里菜。
 そして、その勢いで電話線を引っこ抜く。
 荒れた呼吸を整えようと大きく息を吸い、そして切れた電話を見
つめる‥‥‥が。
 
 トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥
 ‥‥‥トゥルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル
 トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥
 ‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル
 トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥

 つながる筈も無い電話は、呼び出しの音をけたたましく叫び、里
菜に電話に出るように要求する。
「許して‥‥‥かけてこないでよ、姉さんっ。掛けてこないでっ!」

 トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥
 ‥‥‥トゥルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル
 トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥
 ‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル
 トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥

「いやああああああっっ!!」

 ‥‥‥トゥルルルル‥‥‥トゥルルルル‥‥‥‥‥‥。


2−] 『虚無への螺旋』

「‥‥‥ん」
 車内に横たわる香里に膝を貸している関係上、助手席に由貴(啓
斗)が座り、膝の持ち主である夜宵は後部座席に座っている。
 対応の難しさに無言が車内を支配するが‥‥‥。
「え‥‥‥あ。ここは‥‥‥。あれ、私?」
 気を失っていた香里が目を覚ましたようだ。見慣れぬ車内にガバッ
と起きて周りを確認する。
「あ‥‥‥篠宮さん‥‥‥水野ちゃん!」
「お気づきになられましたか。何処か御具合の悪い所はございませ
んか?」
「だ、大丈夫ですけど。ここは?」
 気絶すると普通は頭がガンガンと痛い物で、香里もやや顔をしか
めながらきょろきょろとしている。
「御心配には及びませんわ。私の家の車です。水野さんにお聞きし
て御宅の方まで御送りする所です」
「そ‥‥‥そうですか。すみません」
 香里に気付かれないよう、ドアのほうから手を回して由貴(啓斗)
の袖を引っ張る。
 友人が倒れたのに、コメントの一つもないのは不自然だという意
味の合図なのだが、果たして気付いてくれるだろうか。
「‥‥‥篠宮さんの膝枕の寝心地はどうだった?」
「!? そ、そうなんですか?? すみませんっ!!」
「いえ、構いませんが‥‥‥どこか具合悪い所はございませんか?」
 そう言われて、香里は何か感激した面持ちで由貴(啓斗)の方を
見る。
「ねえ、聞いた? 篠宮さんはこんなにも私のこと心配してくれて
るのに!! 水野ちゃんは友達なのにいたわってくれないのね」
「心配はしたんだけど‥‥‥言葉にしないと伝わらないかな。以心
伝心って言うのになあ」
「いや、無理でしょ。それは‥‥‥」
 そんなくだらない話をするうち、車は香里の家の近くまで走って
来ていた。
「でも、すみません。送っていただいて」
「御気になさらずに。私も帰り道と同じですから」
 嘘である。
 もちろんそんな都合の良い話はないが、この理由を提示するだけ
で一緒に家まで行ければ、そっちの意味で都合の良い話ではある。
「それでは家まで送らせていただきますわ」
「いや、もう大丈夫です。ここから歩いて‥‥‥」
「だめだめ、まだ顔色青いしさ、送ってくって!」
 無理やり二人で両側を支えると、車から降りて香里の家へ向けて
引きずって(!?)行く。
 その途中、由貴(啓斗)が物陰に潜んで息を殺している人物に気
付く‥‥‥が、あえてそれをどうこう言う事はなかった。
 恐らくあの書き込みの人物、北畠知夏だ。
 ここで香里と顔を合わせるのもつらい物があるだろう。
 後で話は聞きたいが、今声をかけてこないと言う事はここから離
れる事もあるまい。彼女にとってのその手段はそれなのだろうから。
「大丈夫?」
「だからもう、平気だって」
 香里の意識がそちらに向かないように話し掛ける。香里の意識と
は逆のほうにいる‥‥‥‥‥‥どうやら気付かれなかったな。
 そして、三人は香里の家の前についた。
「今日は本当にありがと。それじゃあ‥‥‥‥‥‥さようなら」
 何か微妙な笑顔を浮かべ、香里は軽く一礼して家の中に入ってい
く。その表情は何を意図して作られた物なのか。
「さて、もうこの格好している意味は無いが‥‥‥まあいいか」
「道端で脱ぎだされても困ります。で、どうしましょうか。このま
ま帰る‥‥‥なんて事は無いですよね?」
「勿論。だが、その前にもう一人この場にいなければいけない人物
がいる」
 それは‥‥‥蘇蘭、では無く。まあ、その存在すら気付いてはい
ないであろうが。
 来た道をツカツカと戻ると、物陰に隠れていた知夏の前に立つ。
「北畠さん?」
「‥‥‥水野さん」
 結局まだ使えた訳だが。
「何が起こるか‥‥‥知ってるよね?」
「えっ‥‥‥水野さん!?」
「あんたには、いらないな‥‥‥‥‥‥解っ!!」
「‥‥‥‥‥‥!!」
 先ほどまでそこに立っていた筈の水野美貴は男になっていた。
「悠長に自己紹介してる暇は無い、そうだろ? あんたの書き込み
見たって言えば判るだろう」
「え‥‥‥あ‥‥‥はい」
 未だ戸惑いが解けぬようではあるが、踵を返して再び香里の家に
向かう啓斗。そして、それに無言で従う知夏。
 
「始まるか‥‥‥白。さて、人間の力‥‥‥どこまで出来る物か見
せて貰おうかね」
 そう言って煙管の灰を地面に落す蘇蘭。
 空中に座っているのだが‥‥‥不可視の術を使っているのでこの
場にいる人間ではその姿を捉えることは無理であろう。
「せめて我が身が、か弱き者であれば‥‥‥なんて考えるだけ無駄
か。運命を決するのは人でしか有り得ない。そうじゃなきゃ、ね」

「ただいま」
 ‥‥‥反応が無い。
「お母さん?」
 ‥‥‥。
「いないのかな」
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥そうか、わかった。
 そろそろ時間なんだ。
 後二日って、昨日入れてだったら、今日だもんね。てっきり明日
だと思ってたよ。
 誰?
 私を‥‥‥‥‥‥殺すのは。

 玄関から響いてきた声。
 あれは私の‥‥‥娘?
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 姉さんの娘?
 それとも‥‥‥姉さんその物?
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥何でもいいじゃない。
 あの人は‥‥‥和志は私だけの物!
 誰にも渡さない。
 絶対に。
 蹲っていた里菜は、立ち上がって自らの城‥‥‥台所に走りこむ
とそこから出刃包丁を取って足音に向かう。
「‥‥‥おか‥‥‥」
「あの人は、誰にもっ! 誰にも渡すもんかあっ!!」
 近くで響く破砕音の中で、出会い頭の‥‥‥刺突。
 それは運命の時間に。
 ここに契約は成った。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥いや。
 包丁と香里の間には古典の教科書があり、刃はそれを貫く事が出
来ずにそこに止まっていた。
 先程の破砕音は啓斗が、鎖分銅で巻いた教科書を投げ付けた時の
硝子の割れる音で。
「あ‥‥‥あ‥‥‥」
 床に落ちて鈍い音を発する包丁と教科書。
 脱力して崩れ落ちる里菜。
 立ち尽くす香里。
「死ね‥‥‥無かった。私‥‥‥生きちゃってる」
 そう、彼女が呟く中、家の中に白い煙が立ち込める。
 飛び込んできた三人の前に一人の男が立ち塞がった。
 すらりとした長身、無地のTシャツ、白Gパン‥‥純白の髪、透
き通って薄桃色に見える肌。深紅の瞳。
 ‥‥‥そう、白だ。
「ヤッてくれたネ‥‥‥見事に運命は変わったって訳か。あハっは
はハハハっっ!!」
「何が可笑しいのですかっ。契約はここに破れました。ならば、最
早貴方がここに止まる理由は無い筈!」
「‥‥‥破れタ? 何がですカ? ともあレ‥‥‥契約違反があっ
たのは事実のようですガ、知夏サン」
 睨まれた彼女を庇うようにその前に啓斗が立って白を逆に睨み返
す。
「時間は来た。それでも留まるとあらば、次はどうする? 力づく
で来るか?」
「‥‥‥‥‥‥ふっ、アッハッハッハっ!! 心配することはアリ
ません。貴方の運命はまだ終わらないデス」
 そう言ってにやりと笑うと白は床を蹴って宙に浮かぶ。
「確かに契約の代償は頂きました。それではそろそろ、私の時間は
終わりが近付いて来たようデス。ゴキゲンヨウ。我が依頼主!!」
「待ちなさいっ、一体それはっ!?」
 特に攻撃らしい攻撃をする事も無く宙に消えていく白。夜宵の闇
がそれを追うも、煙の中に総ては捲かれ、そして‥‥‥消えた。
「私‥‥‥生きてるのに‥‥‥代償って‥‥‥?」
 煙が晴れた室内には知夏、夜宵、啓斗‥‥‥そして、香里と‥‥
‥‥‥‥血の海の中に沈む、里菜。

 煙の中で。
 白と対峙する3人の背後にいた母子、里菜と香里。
 その香里のポケットの中にある名刺が白く輝いていた。
 そして、その光を帯びて香里の姿は‥‥‥里菜からは香里では無
く里津子として映っていた。
「ね‥‥‥姉さん」
「お久しぶりね、里奈。でもあなた‥‥‥包丁まで持ち出して、そ
こまでして私を殺したかったの?」
「‥‥‥渡さない。絶対に私は‥‥‥あの人を、和志さんを渡さな
い!」
「ふぅん」
 いかにも面白くて堪らないといった表情で口許を隠すと、静かに
目を閉じる里津子。
「その答えが、殺す事だったのね」
「‥‥‥えっ?」
「だってそうじゃない。私の分身、ええそうよ。私の子供ですもの。
私そっくりになったってそりゃおかしくもないわ。けれど、あの時
あなたはなんて叫んだの? 香里は私の子供だって、そう言わなか
った? なのに殺そうとした。自分の欲望を満たさんとするが為に
殺そうとしたのよ、あなたの子供‥‥‥そう、香里をね」
「あ‥‥‥ああ‥‥‥‥‥‥」
 里津子の言葉が進むうち、蒼白だった顔色は生気すら失っていた。
 きょろきょろと視線が虚空を彷徨い、そして‥‥‥ある一点に止
まる。
「許して‥‥‥こんな私を‥‥‥許して、香里!」
 飛びつくようにしてそれを取り、渾身の力を込めて腹にそれを叩
き込む!
 銀色の刃の元から鮮血が滲み、そして里菜の体はゆっくりと崩れ
落ちて行く。
「おかあ‥‥‥さ‥‥‥ん」
 自分の目の前で起こったことが信じられぬかのように、目を見開
いて身動き一つ取れない香里。
 ‥‥‥そして、彼女は何か一つ頷く。
 すると、硬直していた緊張が解けたのか、血の海に沈む里菜に抱
きついて‥‥‥‥‥‥絶叫。

 白が消えた後、香里の絶叫で三人はその場に駆け寄っていた。
 その存在がスクリーンとなり、彼女達に何が起こったか知る事は
出来なかったのだ。
 啓斗の方に夜宵が視線を走らせるが、沈痛そうに目を瞑って首を
振る。
「駄目だ。刃は脾臓から小腸まで達しているだろう。今から搬送さ
れても‥‥‥」
「それでも‥‥‥何もしない訳には行かないでしょう!」
 夜宵は羽織っていた上着を脱ぐと、丸めて里菜の傷口に押し当て
る。それを見た香里が出刃包丁を幹部から抜こうとするが‥‥‥そ
れは啓斗が制した。
「抜けば血が噴き出す。気の毒だが医者に見てもらうまではこのま
まにしておく他無い」
「でもっ、でもっ!!」
「香里ちゃん!」
 それまで言葉を失って立ち尽くしていた知夏が突然大きな声を出
す。
「香里ちゃんっ、いいからこの人達の言う事聞いて! お母さん、
きっと助かるから。絶対‥‥‥!!」
「ち‥‥‥知夏ちゃん‥‥‥」
 遠くから響いてくる救急車のサイレンの音。
 祈りと励ましが繰り返される中、それは既に始まっていた。
 場にいた誰にも気付かれる事も無く‥‥‥。

 その場にもし。
 蘇蘭がいたらこの事態は避けられたのかもしれない。
 しかし、彼女はいなかったのではない。
 その場に入っていけなかったのだ。
「結界‥‥‥とはね。ここまで用意周到だと、なんて言っていいか
わからないわ」
 勿論、ぶち抜く事は不可能ではないだろう。
 白の力の種類が何であるかは未だ持って判らないが(それ自体異
常であるのだが)それ以上の力をぶつければいい話ではある。
 この周囲は力の波紋で灰燼と帰す事は必定であろうが。
 だが、考えあぐねる蘇蘭のその目の前で結界が一瞬にして消えて
なくなり、代わりにそこに一人の男が現れた。
「‥‥‥あなたが白?」
「と、呼ばれる時間は最早私には残っていないようですが」
「‥‥‥!?」
 怪訝そうに彼を見る蘇蘭の目の前で、流砂が流れ落ちるかのよう
にさらさらと、その体を形成する霊子が崩れ落ち、風に舞って消え
て行く。
「白、いやさ‥‥‥バーネット・マクレーン」
「何故、貴女がその名前を‥‥‥・」
 驚きを隠せない様子の白ことバーネット・マクレーン。
「一体、何者なの? 何故に消え行く訳? 事はなったのよね。結
界まで張って、ここまで準備して。それが、何故? 何が目的でど
うして消える?」
「白とハ‥‥‥永遠に続く神の‥‥‥螺旋。キリストを呪い‥‥‥
のペルソナの‥‥‥」
 強い口調の蘇蘭の問いに対して崩れ落ちていくその体から響く声
はどんどんと擦れていく。
「私ハ‥‥‥自由だ‥‥‥‥‥‥」
 そして、ついに人の形を留める事が出来なくなり、崩れて砂の山
のようになる。それも風に吹かれて‥‥‥ついには消えた。

 ‥‥‥‥‥‥。

-----------------------------------------<エピローグ>---------
 救急車に乗せられていった里菜は奇跡的に一命を取り留める。
 なんと、臓器と臓器の間を刃が通り抜けて行っていたのだ。
 何ともはやと驚くしかないのであるが、そんな里奈の傍らには‥
‥‥香里の姿は無かった。
 3月にしては珍しく小雪舞う東京の夜。
 それまで、里菜に付き添っていたのは看護婦に確認されている
のであるが、その後の足取りはようとして知れない。
 そして、香里がいなくなってから一週間が過ぎたであろうか。
 あるTVニュースの他愛無い中継で。
 リポーターが馬鹿みたいにはしゃぐその後ろの道を一人の女が歩
いて行く。
 特に何も注目すべき点がある訳では無い。
 その髪が白く輝き、服装も白で統一されている以外は。
「香里‥‥‥ちゃん?」
 TVを見ていた知夏が慌てて画面に駆け寄るが‥‥‥直ぐに中継
は終わってしまう。
 ‥‥‥‥‥‥。
 悪夢は終わってはいないのか。
 そして‥‥‥あなたは。
 この後どう言う関わりを取っていくのか。
 追うか。断つか。傍観するか。
 ‥‥‥だが、今は静かに鍵を置こう。
 再び走り出した知夏を見守りながら‥‥‥‥‥‥。


-----------------------------------------------------<Fin?>-
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       登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0908/ 紅・蘇蘭 / 女 / 999 / 骨董店主/闇ブローカー
  (ほん・すーらん)
0554/ 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
1005/ 篠宮・夜宵 / 女 / 17 / 高校生
  (しのみや・やよい)

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              ライター通信       
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 戌野足往です。
 見てのとおりバットエンドとなってしまいました。
 今回は難易度高しと事前に告知致しましたので、何時ものいぬの
シナリオに比べてもかなり厳しい採点をさせていただきました。
 段階で言うと下から3番目と言った所でしょうか。
 詳しい基準は明かす事は出来ませんが、いぬも募集開始時には予
測していなかった展開となってしまいましたが‥‥‥。
 あのような終わり方ですが、続編は特に考えていません。
 お客様からのご要望があれば、次を書かせていただきますが‥‥
‥。
 さて。
 今回のプレイング評価ですが、納得がいかない点もあると思います
ので、本来行わない予定でしたがさせていただきます。
 今回は他のキャラクターの援助・サポート中心との事でしたが、こ
のようなシナリオでは、考えて具体的なプレイングを振った人優先と
なることをまずはお詫び致します。
 さらに残りの参加者二人の行動をサポートと言うか見守る方向で執
筆を進めましたが、二人とも得点がハッピーエンドとするところまで
届きませんでした。
 と、言うよりかなり届かなかったのでサポートし切れなかったと言
う所になると思います。
 援助・サポートでも構わなかったのですが、具体的にそれではどの
ような手段で何をするのか、一つでも良かったので書いて欲しかった
です。漠然とし過ぎているので、どうとでも活躍させられるのですが
それでは他の参加者に不公平となりますから。
 
 さて‥‥‥今回は戌野足往のシナリオをお買い上げくださいまして
誠に有難うございます。またのお買い上げを心よりお待ち申し上げて
ございます。
 ありがとうございました。