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<東京怪談ノベル(シングル)>


エリスのおもてなし

 山手にある高級住宅街の中でも、その家は特に大きく、周囲に存在感を示していた。
 石造りの土台の上に、高級建材をふんだんに使って建てられた洋風のモダンな外観は、まさにお屋敷という言葉がぴったりくる。
 そんな屋敷の玄関に、今、足音を潜めて近づいてくる数人の男達がいた。
「よう、本当にここをやるのか?」
 と、1人が先頭を歩く男に尋ねる。
「なんだよ、怖気づいたってのか?」
「いや、そうじゃねえけどよ……」
「ビビるんじゃねえ、今この屋敷にゃ誰もいないはずだ。なんでも海外旅行に出かけてるらしいぜ。でもって、これだけの屋敷のクセしやがって警報装置なんかが一切ないってんだ。ここを狙わなきゃどこを狙うってんだよ」
「そうか……そうだよな」
「しっかりしろ、この野郎」
 弱気な仲間を叱咤しながらあたりを見回し、再び歩き出す男達だった。
 彼らはいわゆる泥棒である。
 下調べをした上で獲物を選び、その上で家人がいない時間に侵入して犯行に及ぶ……そういう連中だ。


 そのまま進むと、大胆にも正面玄関へと一行はやってきた。
「よし、早くしろ」
「わかった」
 仲間の1人がドアノブの前にしゃがみこむと、ピッキングの道具を取り出し、鍵穴へと近づけた。
 留守なのだから、当然鍵がかかっているはずだと全員が思っていたのだが……
 突然カチャリとドアが開けられ、あたりを見張っていた男達が一斉に目を丸くして振り返った。
「いらっしゃいませ、どちら様でございましょう?」
 と、丁寧で柔らかな声が中から聞こえてきたのだから、なおさらだ。
 姿を現したのは、濃紺のメイド服を身にまとった若い娘だった。
 特徴として、ものすごく背が高い。その場にいた男達の誰よりも、彼女は上背があった。
「……」
「……」
 笑顔を浮かべた娘と、動きの止まった男達。
 奇妙な沈黙の間が数瞬流れたが……
「ど、どーもどーも、私共は宅急便の配達の者です」
 男達の中の1人が、ややぎこちない笑顔を浮かべて彼女へと近づいた。
「……宅急便の方、ですか?」
「ええ……」
 確かに、男達は皆、それらしい作業着姿だ。もっとも、こういう時のための用心で着ているわけだが……
「そうですか、それはご苦労さまです」
 納得したのか、メイド姿がニッコリと微笑み、お辞儀をする。
「いえいえ、いきなりすいません。なにか、お留守のようでしたので、失礼かとは思ったのですが、ちょっと中を覗かせてもらっていたのですよ」
「まあ、そうでしたか。でも、確かにただいま当家にはわたくししかおりません。他の皆は全て旅行に出かけておりまして、わたくしだけが留守番で残ったのです」
「ほう……そうですか」
 それを聞いて、男の目がすっと細くなる。
「ああ、申し遅れました。わたくし、当家に勤めさせて頂いております、エリス・シュナイダーと申します」
「……そうかい、じゃあとっとと中に入ってもらおうか、エリスさんよ」
「はい?」
 男の口調と態度がガラリと変化し、首を傾げるエリスであった。


 玄関ホールに、ドカドカと男達がなだれ込んでくる。
「ひょー、こいつはすげえぜ!」
「なんだよこの絨毯、足首まで埋まっちまう!」
 豪勢な家具調度に口々に歓声をあげ、目を輝かせる泥棒達。
「さて、エリスさんよ、それじゃあ金目のモンがある所に案内してもらおうか。なに、おとなしくしててくれりゃあ手荒な真似はしねえよ。約束するぜ」
「……はあ、あの、ええと……」
「なんだよ?」
「認印のハンコが欲しいという事でしょうか?」
「……はあ?」
「宅急便を受け取るには、ハンコが必要なのですよね?」
「あのな……姉ちゃん……」
 頭を掻く、男。
「宅急便の配達員が、こんなモンを持ってると思うか?」
 と、懐から何かを取り出してみせる。
 黒光りするそれは……拳銃だ。
「……それがお届け物という事でしょうか?」
「なんでそうなる。ひょっとして馬鹿にしてんのか?」
「とんでもない。ただ、宅急便を受け取らねばと思っているだけです」
「だから……俺達は宅急便の配達員じゃねえんだよ! わかんねえのか!!」
 ついに男が叫んだ。
「まあ、そうなんですか!」
 エリスもまた、両頬に手を当てて驚いた表情をする。
「……姉ちゃん、俺達は泥棒だよ。察してくれ」
 2人のやりとりを見かねて、側にいた他の男がそう口添えをした。
「泥棒……さん」
「そうだ。でもってこれは拳銃だ! 俺達はここに強盗しに入ったんだよ!」
 とどめとばかりに、最初の男がたたみかける。
「なるほど……そういう事だったのですね。これは気がつきませんで大変失礼致しました」
「いや、わかってくれりゃあいいんだけどよ」
 申し訳なさそうに頭を下げるエリスに、困った顔をする男。どうにも調子が狂う。
「それでは、それなりにおもてなしをしないといけませんね」
 やがてぱっと顔を上げると、エリスがニッコリ微笑んだ。
「……何?」
 どういう意味だ? と聞こうとした時、エリスがすっと片手を上げ、指をパチンと鳴らす。
 その瞬間、
「うわっ!!」
「な、なんだこりゃ!?」
「か、身体がっ!!」
 男達の世界が、まるで違うものへと変貌していった。
 悲鳴を上げながら、みるみる姿が縮んでいく。
「な!? お、おめえ……一体何をしやがった!?」
 最初の男だけが、何も変化していない。彼は手にした拳銃を、まっすぐエリスに突きつける。
「ふふっ」
 小首を傾げて、微笑むエリス。男の指が限界近くまで引き金を引き絞ったが……撃てなかった。
 拳銃自体がムクムクと大きくなり、男の身体を下敷きにしてしまったから。
「のわーーーーっ!?」
 うつぶせに押しつぶされた男の鼻先を、1センチくらいに縮んだ仲間たちが悲鳴をあげつつ走っていった。
 まっすぐに開かれた玄関から外に出て行こうとするが……その前にぬっと巨大な影が立ち塞がる。
 ……シャム猫だった。
 高級猫の代名詞みたいな猫ではあるのだが、こいつは片目に十字の傷があり、全体的に筋肉質でえらくワイルドな印象がある。な゛〜ご、と鳴く声すら野太く迫力があった。
「紹介しますわ、その子はエティエンヌ。わたくしの友達で、このあたりのノラ猫のボスですの」
 ずん、とミニチュアとなった男達に一歩踏み出す。もちろん男達は顔を紙の色にしてあとじさった。
「いい遊び相手ができてよかったですね、エティエンヌ」
 な゛〜ご、と返事をして、男達に飛びかかる筋肉シャム猫。強盗団は死に物狂いで庭を駆け回り始めた。
「あとできちんとゴハンをあげますから、変なものを食べたらだめですよ」
 それだけ言って、銃の下敷きになった男に向き直る。
「おめえ……おめえは一体なんなんだ……」
 ジタバタもがく男の顔色もまた、真っ青だ。
「何と申されましても……当家に仕えるただのメイドなのですが」
 人の良い微笑みを浮かべながら、そっと拳銃に手を触れる。
 すると、今度はみるみるうちに元のサイズに戻っていき、エリスの手に収まった。
 弾かれたように立ち上がる男。
「ふうん……トカレフの模造品ですね。造りも甘くて、安物ですわ」
 一目で銃の品定めをすると、まっすぐに目の前に立つ男に向ける。
「お、おい、冗談は……」
 震える声で、男が手を上げたが……
「ふふふっ」
 花のような笑顔と、銃声が綺麗に重なる。
 弾は男の頭の上をわずかにかすめ、髪を数本吹き飛ばして、開かれたドアから大空へと抜けていった。
「ほら、安物だから、狙いがとても甘いです」
「……」
 当たらなかったとはいえ、その精神的ショックで、男の目がくるんと裏返る。
 やがて声なく後ろに倒れ……気を失った。
 ドアの前では、逃げた男達全員を咥えたエティエンヌが、きちんとおすわりをしている。
「まあ、偉いですね、エティエンヌ。約束通り、ゴハンにしましょうか。あ、でもその前に……」
 猫の前にしゃがみこみ、すっと手を出す。エティエンヌが口を開いて、その上に男達を乗せた。
 エリスの指が、パチンと鳴る。
 床に倒れた男の身体が縮み始め、彼も手の上に乗せる。
 さらに全員が揃って縮み……ゴマ粒くらいの大きさになると、おもむろに近くの窓を開け、ふっと息を吹きかけて飛ばしてしまった。
「……これで良しと」
 パンパンと手を叩きながら、満足げに頷くエリス。
「じゃあ行きましょう。今日はおいしいザッハトルテがあるんですよ」
 な゛〜ご、と返事をした猫を引き連れて、やがて屋敷の奥へと消えていく彼女だった。


 その日の夕方、高級住宅ばかりを狙っていた泥棒グループが、子供のように泣きながら近所の警察署に駆け込んできたという。
 自首の理由を尋ねても、彼らは貝のように口を閉ざして、決して語らなかったそうだ。

■ END ■