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<東京怪談ノベル(シングル)>


メイキングオブマイフェアレディ

「きゃあああーーーっ!!」
 狭い路地裏に、女性の悲鳴がこだました。
「……姉ちゃん、そんなに恐がらなくたっていいだろーがよ」
「そうだぜ。俺達とイイコトして遊ぼうぜ」
 それと同時に、下卑た笑い声、言葉が重なる。
「な、なに……するんですか!」
「おいおい、まだ何もしてないぜ、俺達」
「そうだ、するのはこれからさ。さあ、こっちに来な!」
「いや! 離してっ!」
 抵抗する女性の腕を掴み、引き寄せる2人の男。
 ここはビルの谷間で、あたりに人影はまったくない。
 会社からの帰り道、彼らにつけられて、ここに追い込まれたのだった。
「いやーーーっ!!」
「このアマ、大声出すと痛い目見るぜ!」
 引き倒され、路上に転ぶ女性。
 歪んだ笑みを浮かべつつ、男達が彼女へと近づき……
「……それくらいで、おやめ」
 ふと、静かな声がした。
 男達と、女性もが揃ってそちらに目を向ける。
 路地の奥、その暗闇から、ゆっくりと近づいてくる人影があった。
 やがて、彼らの前に姿を現したその人物。
 人工的な明りなどはあたりになく、周囲を照らすのは星と月の光のみだ。
 が、その2つよりも、目の前の人物の方が遥かに存在感という名の光を放っていた。
 大胆なカットのチャイナ風ドレスを身にまとい、悠然と立つ女性。その名は紅蘇蘭(ホン・スーラン)。
 どこか気だるげな表情を浮かべた美しい顔を向けられると、3人は一瞬息をする事さえ忘れた。
「困るのよね、うちの店の近くで変な騒ぎを起こさないでもらえる? ただでさえ、うちはそんなに流行ってるような店じゃないの。これ以上客足が遠のくような事件なんか起こされたらたまらないわ。生活できなくなったら、どうしてくれるのよ?」
 と言った声は、責めるというより、むしろのんびりしている。
「な、なんだてめえ……どっから……」
「へ、へへ、でもよ、いい女じゃねえか」
 話しかけられて呪縛が解けたのか、男達がそんな事を言いながら、遠慮のない視線を蘇蘭に浴びせる。
 ……戸惑いと、下品な下心。
 次第に後者の方が大きくなっていったのは、彼らの表情の変化を見れば誰にでもわかったろう。
 が、蘇蘭の方は2人の男のそんな視線も思いも気付いていながら、まるで気にした風もない。
 彼女にしてみれば、どうでも良い事だったのである。
 一目見ただけで、男達に”価値”がない事はわかった。容姿も、肉体も、魂もだ。
 それよりも……
「大丈夫なの?」
 と、路上に倒れている娘に声をかけた。
「あ、あの、はい……それより、逃げて下さい! この人達、危ない人です!」
「……へえ、いいわね、あなた」
「は、はい?」
「自分が襲われているのに、他人の身を案ずるその心。いい。合格」
「あの……ええと…………どうも」
 にっこり微笑みかけられて、思わず戸惑う。
 ……果たしてこの人は、状況がわかっているのだろうか。
 そう思った。
 男達の方も、それは同様だったようだ。
「いい度胸だな、姉さんよ。ついでに俺達と遊ぼうや。ちょうど2対2だし、いいだろ?」
 などと言いつつ、1人が蘇蘭へと近づき、肩に手をかけようとする。
 が、それをするりと交わすと、娘の前へと進む蘇蘭。
「ちょっと待ってなさい」
「あ……」
 彼女の顔の前で手を一振りすると、それだけですうっとまぶたが閉じ、眠りへと落ちていった。
 これから先起こることは、あまり見せない方がいいだろう。今は、まだ。
「さてと、じゃあ遊びましょうか」
 娘の寝息を確認して、振り返る。
 蘇蘭は、微笑んでいた。
 娘に向けたものとは、まるで違った種類の微笑を。
「う……」
 男達が言葉を失い、無意識のうちに身を引いた。本能的な動きだ。
 蘇蘭の細い指が上がり、ピン、と何かを弾く。
 小さなものが飛び、まっすぐに1人の男の口に吸い込まれた。
「ぐっ……!」
 喉を押さえたが、その時は既に遅い。
「な、一体何を……?」
 問われて、蘇蘭はこう言った。
「腹中虫って、知ってるかしら?」
「なんだよそりゃ……お、おい、大丈夫か?」
「ぐ……く、ぐぁ……ぐっ……!!」
 喉や腹のあたりを押さえながらビクビクと身体を震わせ、地面に膝をつく男。
「しっかりしろ! おいっ!」
 身体を支え、顔を上向かせた。
「だ……だずげ……」
 男の言葉が、途切れる。
 同時に目玉がくるりと回って白目を剥き、そして……
「うわーーーーーーっ!!!」
 無事な方の男が、悲鳴を上げて仲間を突き飛ばした。
 地面にゆっくりと倒れた男の鼻と口から、数十、数百の白いものが湧き出している。
 長さが20センチ程の、真っ白いミミズみたいな生き物だった。
 それがぴちぴちとうねくりながら、続々と這い出してくる。
「その子達が腹中虫よ。人間の腐った心が大好きなの。あなたの友達は、ずいぶんといい味らしいわ。みんな喜んでる。ふふふふ」
「あ……あああ……ああ……」
「まあ、安心しなさい。この子達は命までは奪いはしない。そんな風にしつけてあるから。もっとも、心を食い荒らされる時の痛みは、死ぬより痛いそうだけど」
「ひぃぃぃ〜〜〜〜!!!」
 蘇蘭の言葉をみなまで聞かず、男が背中を向けて走り出した。
「……おやおや、仲間を置いていく気? 薄情ねえ……」
 呆れたようにつぶやく蘇蘭である。


「な、なななんだ! なんなんだよあの女! 畜生!!」
 必死に走りながら、男がわめいていた。
「なんだって言われてもねぇ……」
 と、すぐ近くで返事。
 ぎょっとして隣を見ると、すぐそこに蘇蘭がいた。
 美しい細工の刻まれた銀の長キセルを咥え、優雅に紫煙をくゆらせている。
「わぁぁぁぁーーーーーっ!!」
 走った、とにかく走った。
 しかし……
「ほらほら、スピードが落ちてきてるよ」
 逃げるどころか、引き離す事もできなかった。
 それに、彼女は走ってすらいないのだ。
 どうみてもゆっくり歩いているとしか見えないのに、全力疾走する男の隣にずっといるのである。
「ば、化物!!」
 それに気付いた男が、蒼白になって叫ぶ。
「……失敬ねぇ。いくらなんでも、面と向かってそんな事言われたら傷つくでしょう。女心がわからない奴は、ロクな死に方しないよ、こら」
 じろりと、男を睨む蘇蘭だ。
「ふん、まあいいわ。どっちにしろここからは出られないし、出さないよ。友達が寂しがるといけないからね。ほら、そこをごらん」
 言いながら、蘇蘭が長キセルで傍らの地面を示す。
 目をやって……男の目が限界まで見開かれた。
 なんと、かなり走ったはずなのに、1メートルと離れていない場所に口と鼻からおびただしい虫を噴出させる仲間の男が倒れているのだ。
「縮地って言ってね、距離を操る仙術の技なのよ。もっとも駆け出しの地仙だって使えるような、基本中の基本だけど」
「わ、わ、わっ! うわぁぁぁぁ〜〜!!」
 丁寧に解説する蘇蘭だったが、男の方は聞いているようには思えない。ただひたすら、死に物狂いで足を動かし続けている。
「ま、そういう事だから、せいぜいがんばりなさい」
 最後にそう告げると、彼女の身体がすうっと消えていく。
「助けてくれぇぇぇぇ〜〜〜!!!」
 男の絶叫と、蘇蘭の楽しげな笑い声が重なり、その場に響いていた。


「……う……」
 細い声と共に、目を開ける娘。
 そこは、薄暗いどこかの室内だった。自分はいつのまにか、ソファの上に横たわっている。
 周りには古書や壺、絵画、民具、家具調度品など、いかにも古そうな品々が所狭しと並んでいた。
 一見すると、アンティークショップだと思えるのだが……
「──ええ、そう。そういうわけだから、あとの事は頼んだわよ。適当に記憶でも奪って放り出せばいいわ。その後はどうなろうと知った事じゃない。というか、興味ないわね。ふふふ。任せたわよ。じゃあ……」
 チン、と古風な電話の受話器を置くと、娘へと振り返り、
「……目が覚めたのね」
 と、話しかける蘇蘭だ。
「え、あの……はい。ここは?」
「うちの店よ。あの男共を適当にあしらって運んだの。感謝なさい」
「は、はい。ありがとうございます」
「うんうん、そうそう。素直な娘は好きよ」
「……はあ」
 微笑みかけられ、娘も思わずそれに倣う。
 蘇蘭の方には、それ以上説明する気はなかった。
 ちなみにあの男達の処理は、華僑の仲間……というか大勢いる彼女の下僕達に任せている。先程の電話がそれというわけだ。自分でする気はまったくない。なにより蘇蘭は面倒が嫌いなのだ。
「そこに鏡があるでしょう。見てごらんなさい」
「……はい?」
 なんでいきなりそんな事を……とは思ったが、素直に従う。
「え……」
 一目見て……声を失った。
 そこに映っていたのは、見た事もない魅力的な女性だったのだ。しかもそれが自分の姿だと知って、さらに目を丸くする。
「こ、これって……」
「あなた、化粧がヘタなのよ。髪型も合ってなかったし。それを直しただけ」
「……」
 簡単にそう言われたが……信じられなかった。たったそれだけの事で、ここまで変わるなんて……
 呆然と自らの顔を見つめる娘の姿に、蘇蘭もまた薄く微笑んでいた。
 最初見たときから、なかなかいいと見抜いていたのだ。
 昔だったら”美味しそう”とか思っていたかもしれない。まあ、今でも充分それは思うけれど。
 ……退屈な日常に、また少しだけ潤いが出るかもしれないわね……
 娘を見ながら、そんな事を思う蘇蘭であった。


 その日から、彼女の店「伽藍堂」に、新しい常連が増えたとの事だ。
 蘇蘭の店では、商品はもちろん、お客さんも美しいものしか受け付けない。
 そういう意味では、今も昔も立派な”美食家”なのだ。

■ END ■