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<東京怪談ノベル(シングル)>


大怪盗の影

 夜の雑踏を、1人の少年が眺めていた。
 裏通りへと繋がる小道の入口に立ち、人の流れに目を向けている。
 篠懸(すずかけ)と呼ばれる衣服の上に、結袈裟(ゆいげさ)という胸のあたりに丸い飾りのついたものを羽織った格好は、いわゆる山伏のスタイルだ。
 これであとは頭に兜巾(ときん)という名の六角形の飾りをつけ、背中に笈(おい)という箱を背負い、手には錫杖を持てば完璧なのだが、その3つはなく、代わりに手にはなにやら長い袋を持っている。
 彼の名は北波大吾(きたらみ・だいご)。山を抜け出した15歳の不良修験者である。
 人の多い場所で山伏の格好などしていればかなり目立つのは明白であり、当然のように通り過ぎるほぼ全ての通行人の視線を集めていたが……本人はそんな事をあまり気にしてはいない様子だ。
 逆にこちらを見てくる人間全てにじろりと鋭い視線をぶつけて、見返してさえいる。
 普通の生活に身を置いている人間ならば、それだけで目を逸らし、あとは2度と大吾の方に顔を向けない。誰も好き好んで変わり者にお近づきにはなりたくないからだ。
 ……が、たまに例外もいる。
 今夜の場合は、コンパの帰りか何かと思われる女性の集団だった。
 大吾と目が合った瞬間、
「きゃーかわいー!」
「ねねボク、面白い格好してるけど、何してんの?」
「ひょっとして占い師か何か? だったらお姉さん占ってよー」
「ああんだったらあたしも!」
「あたしもー!」
 口々にそんな事を言いつつ、たちまち囲んでくるお姉ちゃん達の集団。
「……な……」
 全員の頬がわずかに赤く、アルコールの匂いもはっきりと感じる。まず間違いなくヨッパライだ。
 いきなりそんな状態の若い女性達に迫られて、さすがに少々焦る大吾だった。
「な、なんだってんだよ! てめえらなんぞお呼びじゃねえ! どっか行きやがれ!」
「あは、赤くなったー」
「かわいー!」
「ボク、お姉さん達とカラオケ行かない?」
「あそぼあそぼー!」
 一応凄んでみたが……逆効果だった。
 ますますきゃあきゃあ騒ぎながら喜んでいる。
 大吾にはなんでそうなるのか、さっぱりわからない。
「こ、この野郎……付き合ってなんかいられっかよ馬鹿野郎っ!」
 しまいにはそう叫んで、逃げ出していた。
「あん、まってよー!」
「どこ行くのボクー」
「お姉さんを捨てないでー!」
 すぐに笑いの交じった声が背中に浴びせられたが……振り返りもしなかった。


「……ったくよ……なんだってんだあいつらは……」
 しばらく走って、完全に姿が見えなくなった頃、ようやく足を止める。
 もちろん、追ってくるような気配などはない。
 ヨッパライも、ガラの悪い連中も別に恐くない大吾ではあったが、それが女性となると話は別だ。
 かといって、特にフェミニストというわけでもない。単に相手をする気がないのである。
 短気で傍若無人な彼でも、女性に手を上げるのは気が引ける。そういうことだ。
「今日は日が悪ぃのかもしれねえな……出直すか。くそ」
 面白くなさそうにつぶやいて、顔を上げる。
「……お」
 その口元に、笑みが浮かんだ。
 路地の向こうから、2人の男が歩いてくる。
 いずれも頭は短いパンチパーマで、渋い色合いの背広の上下を着ていた。
 ただし、その下に覗くシャツの柄は、対照的に原色の派手な模様だ。
 目つきはお世辞にもいいとは言えず、全体の雰囲気も、いかにもそれっぽい。
「やっと出やがった。へへっ」
 ウキウキしながら、自分から彼らへと近づいていく大吾。
 目の前まで行くと、じっと顔を見上げ、
「よう、お前らヤクザかチンピラだな?」
 いきなり、そう切り出した。
 言われた当人達が、ぽかんとした表情になる。当然だろう。何の面識もないおかしな格好をした少年に、突然そんな言葉をぶつけられたのだから。
「まあ、なんでもいい。とにかく俺は今少々機嫌が悪い。運がなかったとあきらめて、おとなしく俺に成敗されな」
「……餓鬼が、てめえ正気か?」
「おお、それだよそれ、なんて極悪そうなツラだ、嬉しくてゾクゾクするぜ!」
「……身の程を知らねえ奴だ」
「俺達が礼儀ってのを身体に教えてやるぜ」
「ああそうかい、やれるもんならやってみやがれ!」
 言いざま、片手で印を切ると、大吾は呪言を放った。
「操・踊・楽!」
 言葉と同時に、2つの青白い鬼火が湧き上がる。
 大吾が男達を指差すと、それらはまっすぐに2人の身体へと吸い込まれていった。
「な、なんだ!?」
「動かねえ!!」
 ピタリと、彼らの動きが停止する。
 必死にもがき、抵抗の意思をみせたが、それは全て徒労に終わった。
 力を秘めた言葉により、さまざまな現象を引き起こす術──言霊の呪(まじな)いである。
 ニヤリと笑った大吾が、
「踊れ」
 と命じると、男達の身体が意思に反して勝手に動き始めた。
「この野郎! おかしなマネしやがって!」
「ただじゃおかねえぞこの餓鬼が!!」
 凄んでも、それが阿波踊りを踊りながらでは迫力がない。
「お前ら、生まれは四国か?」
「それがどうした!」
「徳島だこの野郎!」
「そうか、あったかそうでいいな。今夜は思う存分故郷を思い出して楽しんでくれや」
「ふざけるな!!」
「くそ! ぶっ殺す!!」
「……おいおい、せっかく楽しませてやってるのに、そりゃねーだろうよ。よーし、ならもっと愉快な気分にさせてやらあ。せっかく2人いるんだ、かえるの歌でも輪唱しな」
「誰がそんなマネなんぞでき──かーえーるーのーうーたーがー♪」
「馬鹿野郎、てめなに歌ってやが──かーえーるーのーうーたーがー♪」
「……よしよし、その調子だ。だいぶいい感じになってきたじゃねえかよ」
 ニヤニヤ笑いながら、その様子を眺める大吾である。
 一旦術に落ちた者に、抗う事などできはしない。
 そのまましばし、強面の男達の歌と踊りを満喫する少年修験者だった。
「げろげろげろげろぐぁっぐぁっぐぁっ♪」


 ──20分後。
 激しい踊りと同時に歌など歌ったりすれば、あっという間に酸欠に陥る。
 男達は青い顔をして、路上にへたばっていた。
「はっはっは。さすがに限界か。ごくろうさん、楽しかったぜ」
 そう声をかけてやりながら近づき、倒れている彼らの懐に手を入れる。
「さすがに持ってそうだな。てめえらがさんざん悪い事して稼いだ金は、俺が有意義に使ってやらあ、安心しな」
 分厚い財布を引っ張り出し、中身を確かめようとしたその時、大吾の手首が不意に押さえられた。
「な、なにっ!?」
 しまったと思った瞬間、身体が反転し、地面へと叩きつけられる。
 男達から目を離したほんの一瞬、偶然か狙っていたのかは不明だが、1人が起き上がりざまに大吾を投げ飛ばしたのである。かつて柔道でもやっていたのか、鮮やかな技だった。
「……この……餓鬼が……」
 荒い息と共に、男が近づいてくる。
 ……こりゃやばい……
 とは思ったが、頭を打ったようで、目がくらんで身体に力が入らない。完全に脳震盪を起こしていた。
「覚悟……しやがれ……身体中の骨を全部砕いてやるぜ……」
 暗く、粘ついた男の声は……たぶん本気だ。このままでは間違いなくやられる。
 ……畜生……油断した……ぜ……
 意識が、すうっと薄れていく。
 だから、次に耳に飛び込んで来た声は、幻聴だったのかもしれない。

 ──ざまあないな、小僧。

 ……!?
 それは、聞き覚えのある響きだった。
 そして、何かが何かを打つ音と、倒れる音。

 ──こんな事を続けていれば、いつかはこうなる。まあ、せいぜい気をつける事だ。

 たっぷり余裕のある笑いを浮かべた顔が簡単に思い出される、そんな声。
 忘れようと思っても忘れられない、いまいましい奴……

 ──だがまあ、やめろとは言わん。ワシも偉そうな事を言える身分ではないのでな。それに、ワシ自身もかつては通った道だ。心の底からやめようと思わん限り、やめられんだろう。お前のような阿呆は特にな。

 ……誰が阿呆だ、てめえなんぞと一緒にすんな。
 そう言ってやりたかった。
 しかし……言えなかった。

 ──これは貸しにしておく、あとで返せよ。もちろん利子をたっぷりつけてな。はっはっは。

 ……うるせえ……この……クソ…………ジジイ……
 笑い声が、しだいに遠くなっていく。
 同時に、残っていた大吾の意識も薄れ……気を失った。


「……!!」
 目を開けると、すぐにぱっと立ち上がり、身構える。
 ほんのわずかの時間しか過ぎていない事は、感覚的にわかった。
 傍らの路上に、2人の男達が倒れている。
 自分の足元には、彼らの持ち物だった財布。
 ……他には、特に気になるものは何もない。気配もない。誰も……いない。
「……」
 今のは……一体。
 ……ひょっとして、幻でも見たってのか?
 そう思った。
 が、それすらも……わからない。
 しばし、その場にただ立ち尽くし、
「……くそ」
 小さく、吐き捨てた。
 財布に目を向けたが、拾う気にもならず、背を向ける。
「礼なんか言わねえぞクソジジイ!!」
 そう叫んで、あとはただ立ち去る大吾だった。


 その小さな背中を、薄く微笑みつつ物陰から見つめるひとつの影。
 完璧に気配を断った人物に、最後まで大吾は気付かなかった。

■ END ■