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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『すいきょうさま』の怪【完結編】
●オープニング【0】
 LAST TIME 『『すいきょうさま』の怪』――。
 師走に入る前後よりゴーストネットの掲示板にて見られていた話題。
 それは自分の未来を見ることが出来るかもしれないという、『すいきょうさま』の噂。
 だがその噂には、『すいきょうさまの機嫌が悪いと、神隠しに遭う』という物騒な物も含まれていた。
 最初の内は『何ともなかった』という報告が相次いでいて、よくある噂話の類だと皆が思い始めていたその時――書き込みの傾向が変わってきた。神隠しに遭ったという報告が、行方不明当人の友人縁者から見られるようになってきたのだ。
 この話を知り、調査を始めた者たちが居た。実際に行方不明が起こった池に赴いたり、行方不明者の家族を尋ね歩いたりして、地道に情報収集を行っていた。そして見えてくる共通項と、全くそれに括ることの出来ない物事。
 そんな時、事態は急変した。
 真名神慶悟と渋沢ジョージが訪れていた池にて、食いちぎられたと思しき右手と左足が浮かび上がったのである。
 それだけではなかった。同じ頃、別の池を訪れていた七森沙耶が件の『すいきょうさま』によって、瀬名雫や天薙撫子の目前で池の中に引きずり込まれてしまったのだ……。
 雫は泣きながら草間武彦に連絡し、奇妙な縁もあって調査を行っていた者たちは草間興信所に集結することとなった。
 事態は一刻を争っていた――。

●ただ今、対策中【1A】
 重苦しい空気の中、時間だけが静かに流れていた。日は暮れて、もう外は暗い。
 事務所に今居るのは、草間とその頭の上に丸まっているこんこん、そしてさくらとジョージに、ようやく泣き止んでうなだれている雫という4人と1匹だけだ。
「急がないといけないんだけど……」
 しきりにカードをシャッフルしていたジョージが口を開くと、すぐに草間が答えた。
「ああ。分かってる」
 一刻を争う事態であり、今すぐにも沙耶の救出に向かいたい所ではあったが、何が起こるか分かったものではない。最低限何らかの対策を試みてから向かうべきだろう、という意見で一致していた。
 そのため、今は対策なり準備なりをしている者たちの帰りを待つ最中。全ては皆が再度集まってからのことだった。
「……どうもこのすいきょうさま、人の未来を映すんじゃなくて人の未来を身体ごと食べてしまうみたいネ。行方不明者の年齢層からしても」
「ああ。話を聞いているとそのようだな」
 ジョージの言葉に、短く答える草間。ジョージがカードを1枚捲った。出てきたのは何故か白紙、ブランクカード。まるで今の現状を示しているかのようであった。
「おやっ? どこで混じったかなァ……」
 首を傾げるジョージ。そこに、慶悟やみなも、シュラインがばらばらと戻ってきた。
「お帰りな……」
 声をかけようとしたさくらは、慶悟の表情を見てはっと息を飲んだ。いや、無表情ではあるのだ。だが、能面を思い起こさせるその表情の裏には、激しき怒りという感情が秘められていた。それをさくらは感じ取ったのだ。
「車の準備も済んだわ。必要だと思った物は、一応積み込んでおいたから」
 シュラインが床――階下を指差して言った。積み込んだのは毛布や温かい飲み物、応急処置の道具などといった、主に救出後に必要となる物だ。
「すまないな。他に必要な物は……」
 シュラインに礼を言ってから、草間がくるりと室内を見回した。すると、こんこんが草間の頭上から飛び降りて、台所の方へと走っていった。台所から、物をひっくり返す音が聞こえてくる。
「おいっ?」
 驚く草間だったが、すぐにこんこんは戻ってきた。サラダオイルをずるずると引きずりながら。
「きゅぅぅぅっ……」
 草間の足元にサラダオイルを置き、こんこんは高らかに鳴いた。
「お前……これを持ってけっていうのか?」
 草間がそう言うと、こんこんは前脚でサラダオイルをパンパンと叩いた。どうやらその通りらしい。
 みなもがサラダオイルを抱え上げ、草間に手渡しながらぼそっとつぶやいた。
「……水関係を汚したのは、赦しがたいです」
 『すいきょうさま』の正体が何であれ、みなもにとって水を汚すような行為は到底許される物ではなかった。だからこそのつぶやきである。
 その時、玄関の扉が開かれて撫子が姿を現した。それは巫女姿にたすきがけ、御神刀である『神斬』を帯刀しての帰還だった。
「お待たせいたしました……事件の決着を着けに参りましょう」
 まっすぐに皆を見据え、撫子が言った。赤みはまだ残っていたが、冷やした甲斐あって顔の腫れも引いていた。
「沙耶ちゃん……絶対助けてあげるからね!」
 瞳に残っていた涙を拭い、きっぱりと雫が宣言した。
 かくして――一行は沙耶救出に向かうこととなった。

●現場へ【2A】
 一行が向かったのは、沙耶が引きずり込まれた池だった。この件で行方不明者が出てない近場の池へ向かうべきだというシュラインの主張もあったが、今なお『すいきょうさま』と繋がりを保っている可能性が高いと主張する慶悟とみなもの言葉に押し切られた形である。
 ただし警察が居た場合には、シュラインの主張通り近場の別の池に向かうということとなった。
 実際現場に着いてみると、そこに警察の姿はなく、静かなものだった。沙耶の件は未だ警察には知らせていないので、動いていないのだろう。それに別の池で腕や足の一部が見付かったことを受けて再捜査するにしても、実際動き出すのは夜が明けてからと思われる。つまり――今が好都合かつ最大の機会なのだ。
「くれぐれも静かにな。下手に近所の住民を巻き込みたくないからな」
 草間が小さな声で皆に言った。それもあるだろうが、本音としてはあまりうるさくして警察を呼ばれたくないのだろう。傍目には、怪し気な集団に見えかねないのだから。
「じゃ、音楽かけるのは控えた方がよさそうね。せっかく水の結晶の話を思い出したんだけど」
「いい音楽を水に聞かせると、綺麗な結晶になるってあれか。悪いが控えてほしい」
 残念そうなシュラインに、草間が申し訳なさそうに言った。
「仕方ないわ。あれ……そういえば、さくらどこに行ったのかしら」
 きょろきょろと辺りを見回すシュライン。その肩には魔法瓶がかかっていた。そこに15歳くらいだろうか、小柄で可愛らしい金髪の少女が姿を見せた。
「おや、美人サン」
 ジョージはそうつぶやいた後、みなもや雫に向かって『知り合いか?』といった身振りを見せた。が、2人とも首を横に振る。
「ここで何してるのかな? こんな時間にここに居ると、狂った狼サンに未来ごと食べられちゃうヨ?」
 少女に対し、ややおどけたように言い放つジョージ。ようは体よく追い払おうというのだ。間もなくここは危険な場所となるのだから。
 しかし少女はきょとんとして、こう言い放った。
「私です、さくらですよ?」
 これにはジョージのみならず、皆が驚いた。唖然としてつぶやくジョージ。
「ば……化けたなァ?」
 まあ『女性は化ける』とは言うが……。
「すいきょうさまの好みをちょっと割り出してみて……いいとこ取りしてみたのですが」
 そう、さくらは今までの行方不明者の情報を分析して、文字通り『化けた』のである。
 そして化けたということは……何を考えているのかは一目瞭然。囮となるつもりなのだろう。

●扉【3A】
 一行は簡単に打ち合わせを終え、いよいよ救出作戦に入った。
 手順はこうだ。まず、さくらが池のほとりに立って例のおまじないを唱える。そして『すいきょうさま』が現れたと思しき瞬間、慶悟が『すいきょうさま』の居る空間への扉を一気にこじ開ける。最後に撫子が結界を張って扉を固定する、といった具合だ。
 もし『すいきょうさま』が現れなかった場合は、慶悟が強引にでも扉を開くということだ。慶悟曰く、撫子の妖斬鋼糸に残っている気の残滓を式神に載せて導きとするらしい。
 念のため、池の周辺には撫子と慶悟とで人払いの結界を張っていた。これで余計な邪魔は入らないはずだ。
 さくらが池のほとりに立った。その背中には、いつの間にやらこんこんがしがみついていた。万一の時には、一緒に『すいきょうさま』の元へ行くつもりか。
 水面は暗いが、先程見た時より汚れが薄れてきたというか、透明度が上がっているように見える。
 そしてさくらがおまじないを唱え始めた。
「すいきょうさま、私の未来を教えてください。すいきょうさま、私の未来を教えてください。すいきょうさま、私の未来を教えてください」
 きっかり3度唱え終わるさくら。水面には何の変化も表れない。少し待ってみたが、それでも同じだった。
「やむを得ん。異界への扉をこじ開けよう……」
 慶悟が撫子から妖斬鋼糸を借り受けようとしたその瞬間、水面が一瞬光った。
「何、今の?」
 シュラインが驚いたように草間に尋ねた。だが草間にも今の光が何なのか分からない。
 次の瞬間――水中からぶよぶよとした白い手が伸びてきた!
「来ましたっ!!」
 撫子がぶよぶよとした白い手に、妖斬鋼糸を巻き付ける。そこへまたしても、水中から撫子の顔目掛けて物凄い勢いの水が放たれた。
 が、同じ手を2度喰らうほど愚かではない。撫子は身を屈めることで、その攻撃を逃れた。
 その隙に、慶悟が池の中に土を撒き散らした。ただの土ではない、土砂加持という儀に用いる霊峰富士の土だ。
「陰陽五行を奉じ……満ちる水気……相克土気を以て打ち破らん……!」
 慶悟が叫ぶと、水面に一瞬五芒星が浮かび上がって消えた。池の水の透明度がさらに上がってゆく。
 撫子が妖斬鋼糸に力を加えた。ぶよぶよとした白い手2本がぶちっと切れ、水面に落下する。
「固定します!」
 すかさず結界を張る撫子。すると水面は完全に透明となり――池のほとりに近い空間に、ぽっかりと大きな穴が出来上がった。中には光る下り階段が見えている。『すいきょうさま』の居る空間と現世が繋がり、完全に固定されてしまった瞬間である。
「さ……美しい女性候補を食べる罪深い輩は、とっとと消えてもらわないと。この世の財産を食い潰してるようなものヨ?」
 笑みを浮かべ、ジョージが階段を降りてゆく。慶悟が、撫子がそれを追いかけてゆく。
 そして雫も続こうとした時、草間が呼び止めた。
「ちょっと待った。お前はここで待機しておいてくれ」
「でもっ……!」
「全員が行くと、万一の時には誰も助けられなくなるわ。最悪、麗香さんが力になってくれるかもしれないし……」
 抗議する雫に対し、シュラインが神妙な表情で言った。
 正論である。誰か1人でもこちらに残っていれば、万一の事態が起こってもまだチャンスはあるのだから。 
「……うん、分かった。でもお願い! 無事に沙耶ちゃんや……皆連れて戻ってきて!」
 雫のその言葉に、草間がこくんと頷いた。
 階段を降りてゆく草間。シュライン、そしてさくらとこんこんがそれに続いていった。

●分かれ道【4A】
 階段を降りていった一行は、すぐにぶつかった分かれ道で思案していた。右と左、通路は2つに分かれていた。
「どっちへ行けばいいんだ?」
 難しい顔でつぶやく草間。単純に考えれば、どちらかが『すいきょうさま』の居場所に続く通路で、その反対が囚われの少女たち――沙耶の居場所に続く通路なのだろう。
「二者択一……だネ!」
 ジョージはそう言うと、おもむろに通路の床を目掛けてカードを2枚投げた。2枚のカードは床にぶつかり、くるっと絵柄の方を一行に向ける。左の通路のカードはハートのA、右の通路のカードはスペードのKであった。
「左だネ」
 ジョージはきっぱりと言い切って、草間に目配せした。
「そうか……その言葉、信じたからな、ギャンブラー!」
 草間が右へ駆け出した。ほぼ同時にジョージは左へ駆けてゆく。
 草間の後を追ったのはシュライン、それとさくらの背中から飛び降りたこんこん。ジョージの後を追ったのは、撫子にみなも、それとさくらであった。
「あれ、真名神くんは?」
 シュラインのそんなつぶやきが聞こえてくる。そういえば、どこにも姿が見当たらない。
 ただ――左の通路を、蛇と龍が追いかけていた。

●交渉の余地なし【5B】
「ねえ……何だか生臭くない?」
 右の通路を走っていたシュラインが、鼻を押さえて言った。
「ああ。嫌な匂いだ」
 眉をひそめ、草間が同意する。
「きゅうんっ!」
 こんこんも、そうだと言わんばかりに鳴いた。どうやら気のせいではないようだ。
 生臭い匂いは、通路を進むにつれて強くなってゆく。やがて一行は、広間らしき空間に出た。
「なっ……! 何よあれ!」
 広間に足を踏み入れるなり、シュラインが驚きの声を上げた。
「ひょっとして、この生臭さの元凶か?」
 忌々し気につぶやく草間。
「とある有名ホラー小説で、こんなの居たかも……」
 変な所で冷静に分析するシュライン。目の前に居たのは、巨大な肉の塊。2本のぶよぶよとした白い手が生えていた肉の塊だ。
 例えるなら、心臓と肝臓を足して、円周率を掛けたような感じか。簡単に言えば、何らかの臓器のようにも見えた。
「きゅぅぅぅっ!!」
 床をバシバシと叩き、前脚をぶよぶよとした白い手に向けるこんこん。先程見た手と同じ物だ。
「何故に我の邪魔をする?」
 その時、一行の頭の中に直接語りかけてくる者があった。
「我はすいきょうさま、この空間の主なり」
「……あんたがすいきょうさま? 皆を攫った!」
 シュラインが怒りの言葉を発した。
「くく……それがどうしたというのだ。全ては我が力を得るためのこと。むしろ我の肉体の一部となれたことを、誇りに思うがいい」
「交渉の余地はないな……。ここで何とかしないと、ますます厄介なことになりそうだ」
 草間が小声でつぶやく。その通りだ。このまま『すいきょうさま』が力を得てゆくと、今後どのような事態に発展するか分かったものではない。
「さあ! お前たちも我のため、我の肉体となるがいい!」
 『すいきょうさま』はぶよぶよとした白い手を、草間やシュライン目掛けて伸ばしてきた。
「誰があんたなんかの!」
 するとシュラインは、肩にかけていた魔法瓶を開け、中の液体をそのぶよぶよとした白い手目掛けてかけた。ぶよぶよとした白い手は、たちまちに凍り付いてしまう。
 そこへ、こんこんが凍り付いた白い手目掛けて飛び上がり、体当たりをした。凍り付いた物は脆い物で、バラバラの欠片となって床の上に落ちていった。
「ぬおぉぉぉっ!?」
 『すいきょうさま』が驚きの声を発した。
「何をかけたんだ?」
「液体窒素よ」
 草間の問いかけに、シュラインがくすっと笑って答えた。どこで手に入れたか知らないが、液体窒素を調達してきていたらしい。
「今度はこれでも喰らえ!」
 草間がサラダオイルを『すいきょうさま』に投げ付けた。ペットボトルの中から流れ出すサラダオイルが、『すいきょうさま』を覆ってゆく。
「きゅぅぅっ!!」
 それを待っていたかのように、こんこんが狐火を『すいきょうさま』に浴びせかける。
 サラダオイルで覆われた所に火が来るとどうなるか、容易に想像は付くだろう。『すいきょうさま』は瞬時に燃え上がった。
「ぐおっ!? 熱い……熱いぃっ!!」
 油と火を組み合わせたのは成功だったようで、『すいきょうさま』が苦しみの声を発していた。だが、それだけで退治出来るほど『すいきょうさま』は弱くなかった。
「おのれぇ……許さん! その身体、八つ裂きにしてくれるわぁっ!!」
 『すいきょうさま』の身体が一瞬震え、何かが生えようとしていた。腕だ。先程壊された腕を、再生させようというのだ。
 しかし腕は2本だけではない。4本、いや8本、違う……無数の腕が燃え上がる身体から生えようとしていた。

●『すいきょうさま』の最期【6B】
 けれども、そこまでだった。突然、『すいきょうさま』の動きが止まったのである。それこそ、ピクリとも動かずに。
「何だ? どうしたっ? 動けぬ……!」
 『すいきょうさま』の動揺する様子が伝わってきていた。
 その時だ。『すいきょうさま』を挟み込むように、2体の式神が現れたのは。それは十二神将の内、陰気司る大陰と陽気司る天空であった。
「酔狂な真似は終わりだ」
 広間に慶悟の声が響き渡った。しかし姿は見えやしない。
「いかな理由とて、他者が他者を脅かせば、報いは必ずやって来る。命を奪えば、相応の裁きがあることを知れ……手遅れかもしれないがな」
 静かに、けれどもしっかりとした口調の慶悟の声。やがて――『すいきょうさま』の真正面から、盛大に土が撒かれた。霊峰富士の土だ。
 それと同時に、慶悟が姿を現す。隙を突くべく、穏形法でぎりぎりまで姿を消していたのである。
「調伏なり!!」
「ぐいぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 調伏を行う慶悟の声と、『すいきょうさま』の叫びが重なった。
 一瞬の間の後、『すいきょうさま』の身体が霧散する。それが――『すいきょうさま』の最期だった。
「やった!」
 思わず叫ぶシュライン。しかし喜びも束の間。どこからともなく、妙な音が聞こえてきた。そう、何かが崩れ去ってゆくような。
「おい、逃げるぞ!」
 何事が起きているのか、察知した草間が皆を促した。こんこんがそんな草間の背中に、ぴょこんとしがみついた。
「奴は言ってたな、『この空間の主』だと! だったら主が居なくなった空間はどうなると思う!!」
「崩壊あるのみ、か」
 慶悟は溜息混じりにつぶやくと、式神たちに何やら命じた。恐らく脱出時のサポートを命じたのだろう。
「じゃ、向こうも危ないじゃない!」
 ここで妙な音が聞こえているということは、間違いなく反対側でも聞こえているはず。同じ空間なのだから。そうシュラインは言っているのだ。
「救出が間に合っているかどうかぎりぎりだな……南無三!」
 広間を出て、通路を駆け出してゆく草間。慶悟とシュラインはその後を追った。

●帰還【7】
 一行は分かれ道の所で無事に合流を果たし、懸命に現世に続く階段を駆け昇っていった。
 全員が現世に脱出して間もなく、『すいきょうさま』の居た空間へ繋がっていた扉が崩壊していった。光の階段は消え、穴も塞がり――再び池に静寂が戻ってくる。
「終わった……んだろうな」
 水面を見つめ、ぼそっと草間がつぶやいた。そして煙草を取り出そうとする。
「終わりました、きっと」
 撫子は静かに答えると、大きく息を吐いた。もうこれから、行方不明になる少女は出ないだろう。
「あら……」
 意外とばかりにシュラインがつぶやいた。シュラインの視線の先には、慶悟の腕の中で泣いている沙耶の姿があったのだ。
「怖かったです……でも信じてました」
 ずっと我慢していたのだろう、沙耶の瞳には涙が溢れていた。そんな沙耶の背中を、慶悟は無言でぽんぽんと叩いてあげていた。
「もう大丈夫。大丈夫だからネ」
 視線をずらせば、ジョージは捕らわれていた少女たちを慰めている最中であった。適材適所とはこのことか。
「結局……すいきょうさまは何だったんでしょうね。誰があんな噂を流したのかは、分からずじまいですし」
 みなもがさくらに話しかけた。行方不明の理由付けに、誰かが後から噂や証拠品を残したのだとみなもは考えていたのだが、『すいきょうさま』が倒された今となってはもう確かめる術もない。
「さあ……何でしょう。ですが、決して許されぬことをしていたのは、間違いないことですよ」
 きっぱりと言うさくら。みなもはその言葉に大きく頷いた。『すいきょうさま』が何者であれ、絶対に許すことの出来ない行為をしていたのは事実なのだから。
「沙耶ちゃん、無事だったんだね! よかった……よかったよぉっ!」
 ずっと待機していた雫が、沙耶に飛びついていった。よっぽど心配だったのだろう、目には涙が浮かんでいた。
「……おい、誰だ? 俺の煙草ケースに、よく分からん足の写真入れたのは?」
 草間の間が抜けた声が聞こえてきた。少女たちからくすくすと笑い声が起こる。ようやく現世に戻ってこれたのだと、草間の言葉で実感出来たようだ。
「きゅぅぅっ♪」
 こんこんは楽し気に鳴くと、草間の背中から定位置の頭の上へと駆け上がっていった。

【『すいきょうさま』の怪【完結編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
  / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 0102 / こんこん・ー(こんこん・ー)
               / 男 / 1 / 九尾の狐(幼体) 】
【 0134 / 草壁・さくら(くさかべ・さくら)
         / 女 / 20前後? / 骨董屋『櫻月堂』店員 】
【 0230 / 七森・沙耶(ななもり・さや)
                   / 女 / 17 / 高校生 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
               / 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
                   / 男 / 20 / 陰陽師 】
【 1252 / 海原・みなも(うなばら・みなも)
                   / 女 / 13 / 中学生 】
【 1273 / 渋沢・ジョージ(しぶさわ・じょーじ)
                / 男 / 26 / ギャンブラー 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全15場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、『すいきょうさま』の完結編をお届けいたします。若干の謎を残しての終わり方となっていますが……『すいきょうさま』復活ということはないので、ご安心を。
・で、『すいきょうさま』の意味の解説を。皆さんのご推察通り、『水鏡』『酔狂』『水凶』『水狂』などの意味を含んでいました。まあ『すいきょうさま』本人だけを見ると、『水狂』が一番しっくりきそうなんですけれど。
・これは蛇足だったんで本文で触れるのを止めたのですが、条件に当てはまっていたはずの雫が無事だった理由を少し。実はですね……本当に偶然だったんですが、ほぼ同じタイミングで『すいきょうさま』のおまじないを唱えた少女が居た訳ですよ。そして『すいきょうさま』はそちらの少女の方に向かってしまい、結果的に雫は助かっていたと。ですから今回、雫を囮にすることも可能だったんです。
・今回は場所をまたがった連続の依頼だった訳ですが、この先も展開次第で場所をまたがる依頼が増えてゆくのではないかなと思います。皆さん、お疲れさまでした。
・シュライン・エマさん、45度目のご参加ありがとうございます。液体窒素は秀逸だったかもしれません。入手先はたぶん、どこかの理系の大学の先生か何かを通じてなんでしょう。あ、『すいきょうさま』の結晶ですが、恐らくは崩れまくっていると思います。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。