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<東京怪談ノベル(シングル)>


scoop on

 待ち合わせは、渋谷のハチ公前で。
『いいか、其処なら道行く幼児に聞いても場所を教えて貰える待ち合わせのメッカだ。聖域だ、必ず辿り着ける』
電話口で久方ぶりに聞く声、相手に決して見えはしないのだが、つい頷くだけで了承を示す。
『迷ったと思ったら必ず人に聞け。右に行った次の角を曲がるのが二つめだったか三つめだったか考える間があるなら道行く人間に声をかけろ』
噛んで含めるように、あらゆる事態を想定しながら、彼は更に続ける。
『それから…』
「今日は彼と待ち合わせてるの。彼ったら有段者なのに、試合に竹刀忘れるなんて。ほんとにうっかりしてるんだから」
鬼石曜は、くどい程に言い聞かされた言葉を忠実に繰り返した。
『男から『お茶』の一言が出たらそう言って切り抜けろ!』
全くに棒読みなのだが、縦長く、肩にもたせかけた袱紗が彼女の言に真実味を与える。
 途端、言葉を濁してすごすごと立ち去っていく背に、曜は鼻からひとつ息を吐き、これで幾度声をかけられたのか数えかけて思考を放棄した。
 既に両手足の指で足りない。
「やはり東京いうのは人が多いのだな」
嘆息に似た息に、少し足を止めただけで人にぶつかりそうになる…とはいえ曜が、ではない。
 周囲を埋める人々は足早でいて、乱れた足並みに動きが読み難く、道を曲がろうにも遠慮のない人波に流されて思う場所に行き着けない。
 尚且つ、歩みに一、二、三を数えればもう、
「彼女、何処の高校?可愛いセーラー服だねー」
とか、
「ねぇ今時間ある?ちょっと付き合わないー?」
だの、
「何処行くの?カラオケ行こーよカラオケ♪」
なぞと男が声をかけて来る事ひっきりない。
 そして必ず、
「「「とりあえずそこらでお茶でも」」」
と、最後に絶対こう来る。
 その都度、教えられた台詞で撃退していたのだが、こうも頻繁だと疲れる…が、セーラー服の上に羽織るコートはカシミアの黒に包まれた背には後頭部で一つに纏めて結わえて流した艶やかな黒髪が同色でも紛れる事なく、武芸を道とする身は常に凛と張った気に清たる空気を纏って、群衆の内に目を惹かざるを得ない。
 しかも一人歩きとくれば、事態は当然といえよう…が、その当人の認識には些か常識が欠如していた。
 一般的にお茶と言えばナンパ…基、偶然という素敵な出会いをそのままにせず恋の始まりのワンステップへ強引に持ち込むと手法と認識されるが、曜にとってのお茶とは振り袖の正装にて茶室、もしくは野外で真紅の傘の下での点茶を言う。
「それにしても、東京の男達は皆お茶を嗜むのだろうか?」
 薫り高い抹茶や、崩すのが惜しいような季節の和菓子の彩りは好きだが、如何せん、しゃちほこばった茶席の空気が苦手であった。
 まだ、道場で祖父を相手に真剣振り回してた方がどんなに気楽だ…が、「茶にするぞ」と言っては丁寧に点てていたのは祖父本人であり、常々「あんな女子供の行くような店」と喫茶店を称していた為、曜の内で「お茶をする」概念は異性とは点茶、同性なら喫茶店という奇妙な勘違いが生じていた…最もその勘違いが訂正されないままなのは周囲の作為によるものかまでは判然としない。
「しかし、見知らぬ他人に供しよう程に己が腕に自信があるとは…」
郷里の同級生どころか同年代の一族の者とて、茶を点てられる者はそう居はしないというのに…東京の男の子は侮れん。
「もしくは今日は近隣の寺で余程に盛大な茶会が…」
曜が真実から遥かに離れた場所で感心しながら歩を進めるのに、肩で支える袱紗…それが、カタと音を立てた。
 金属の触れ合う重い音が、竹刀でない事を示している。
『曜』
それは人の声…否、人の意思の形で以てその名を呼び掛けた。
『また道が違う』
冷静に正すに重なってもう一つ。
『一度、大路に戻ったが良いだろう』
「お前達…」
曜は胸中の歎息を声にする。
「人の居る場所で話しかけるなというのだ。私が変人のようではないか」
『曜が変人の筈がなかろう』
『そう、人目など気にする必要はない』
根拠はなくとも、自信たっぷりにそう断言するのは、二振りの刀剣それぞれに依る意思。
 御神刀『天王』、妖刀『地王』。
 曜が抱える袱紗の中身、古より伝わる刀の名である。
 宿る刀神は鬼石の代々の主のみ、己を護る代わりに振るうを許し、鬼石は刀神を護る代償として与る力で連なる血を護って来た…そして今世の担い手は、齢18にして鬼石家当主を任ずる曜。
「黙って大人しくしていると約束したから、連れてきたのだぞ」
『大人しく黙っていたろう』
『曜が乗り換えを間違えそうになった時以外は』
ああ言えばこう言い、こう言えばああ言う…これではどちらが主だか。
 彼等が双刀で一対の意図は、陰陽の調和でなく実は揃ってたたみ掛けたいだけかも知れない。
 せめて片方にしておくべきだったか、との考えも今更だが、傍目、一人でぶつぶつと呟きを続けるアヤシサが軽減する訳ではない。
「茶でも飲んで一休みするか」
心的な疲労に肩で息をつき、適当な場所はないかと視線を巡らそうとした折に見知らぬ男が二人、両脇についた。
「彼女お茶飲みに行くの?俺らいい店知ってんだよ一緒しよー♪」
「そうそう、一人でお喋りしてるよか楽しーよー」
脱色した髪にへらへらとした笑いが揃って、同じ顔に見える。
「今日は…」
うんざりしながら例の台詞を口にしようとするが、相手はそれを待たずに曜の腕を掴んだ。
「いーから付き合えって」
あまりに不躾な行動に、曜がすいと目を眇めた。
『こういう不埒者には仕置きが必要か』
『それも悪くなかろうな』
曜が次の行動に移るより先、背後から長身の影が左右から曜の肩に手を置いた。
 誂えたように同じ衣服で…けれどそれぞれの髪の色に合わせてか、基本とする色彩を黒と白に分けた二人の青年。
 目の前でぽかんと表情を揃えて曜の背後を見上げる二人が感じさせる共通点、その決定的な違いは、表情にあるだろう。
 片や冷静に見下ろす瞳で、片や、笑みを浮かべる口元で。
 何かを真似たように己のない心持ちに類じるでなく、同じ気配は種を同じくし、族を連ねる者独特のいわば共鳴。
『我等が主にうぬが如き下賤が触れるを、誰が許した?』
『万死とは言わぬ。その身限りの死で許してやろう』
けれどその言を最後まで聞かずに、男達は脱兎の勢いで逃げ出した。
『追うか』
『言われずとも』
そのまま踏みだそうとする二人に片肘ずつをはっしと掴み、曜はその名を呼んだ。
「天王、地王」
神刀と同じ名で呼ばれた青年達は自分の顎より下にある少女を見下ろした。
『大丈夫だ曜、我等は先払いとして』
『曜は動けなくなった所を存分に…』
そういう問題ではない。
「いい加減にしないか、お前達」
本当に、どちらが主だか。
 確かに、彼等の知る歴代の当主…そして本来、継ぐべきであった者と比べて突出しているかと問われれば即答は出来ない。
 けれどあのような者に、むざ引けを取るはずもない曜を知っていよう。
 命じもしないのにわざわざ実体化した刀神達にどう言えば理解させられるだろう…ようは
「過保護なのだ」
と言いさして曜はふいと頭上を見上げた。
 ビルとビルの間に入り込まねば気付かなかったろう。
 遮光に薄暗い金属製の非常階段を、カツン、カツン、とたどたどしく響く靴音に深く項垂れた男の影。
 それは曜の目には、二重にぶれて見えた。
「いくぞ」
己が命を絶った後に、幾度も幾度でも。
 実感の伴わない、納得の行かない死に、生者の身体を使って死の瞬間の再現を繰り返す死霊が憑いている。
「ああいうものなら仕置きも構わないから」
走り出した曜は袱紗の紐を解く…青年達の姿は既になく、現れる、光を放つような純白と、それを吸い込むような漆黒。
 応意は短く、二つ同時に曜に返された。

 終