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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡線・仮面の都 札幌>


調査コードネーム:奪われた魔導書 〜邪神シリーズ特別編〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :界境線『札幌』
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 良くないニュースでございます。
 保管されていたネクロノミコンが消えました。
 ええ。
 お察しの通り、紛失ではありません。
 強奪です。
 犯人の目星でございますか?
 推測の域をでませんが‥‥。
 おそらくは、ハスター教団。
 はい。
 風の邪神を奉じる邪教でございます。
 もちろん、世界平和のために魔導書などが必要なはずもありません。
 目的は、邪なものでございましょう。
 すでに奪還のために陸上自衛隊が動き始めました。
 とはいえ、戦力の激減してしまった自衛隊では心許ないのは事実。
 いま一度、あなたさま方のお力をお貸しいただけないでしょうか?
 報酬はむろんお支払いいたします。
 彼の者たちの居場所は、判明しております。
 中山峠。
 北海道の大動脈ともいえる交通の要衝でございます。
 同時に、天然の要害でもあります。
 道路封鎖は、すでに完了いたしました。
 一般車両は入れません。
 戦略目的は、ネクロノミコンの奪還。確保が不可能と判断されたときは‥‥。
 破壊してくださいませ。

 それでは、ご武運を。








※邪神シリーズ特別編です。
※バトルシナリオです。推理の要素はありません。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日と木曜日にアップされます。
 受付開始は午後8時からです。


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奪われた魔導書 〜邪神シリーズ特別編〜

 低く立ちこめる雪雲。
 黒く黒く。
 まるで不吉さを象徴するかのように。
 その雲の中を、何かが奔る。
 風の眷属。
 小神イタクァ。
 ウンディエゴとも呼ばれる怪物だ。
 目指す先は豊平峡ダム。
 札幌市民一八〇万を支える貯水池である。
 目的は、この巨大ダムの破壊だ。
 それによって、札幌の都市機能を麻痺させるのだ。
 ついでに、中山峠に集中している耳目を逸らすことができれば、重畳きわまりないというべきだろう。
 もちろん、邪神の眷属は自らの意思と打算で行動しているわけではない。
 命じたものがいる。
 星間信人。
 邪神ハスターの使徒である。
 櫻月堂を襲撃し、キタブ・アル=アジフを奪い、そしていま、護り手たちとの最終決戦に臨もうとしていた。
 その先陣として、イタクァに豊平峡ダムの破壊を命じたのだ。
 黒髪の小柄な青年は、どこまでも辛辣である。
 勝つためには手段を選ばないし、そもそも、札幌市が壊滅的な打撃を受けたとしても一向に痛痒を感じない。
 彼の忠誠はハスターにのみ向けられ、他を顧みる余地や必要など一ミリグラムもなかった。
 徐々にイタクァが高度を下げる。
 濁った視界に映るダムと、それを警備する自衛官ども。
 戦略上重要なポイントということで、一応、兵を配備したのだろう。
 だが、少ない。
 一個分隊程度だろうか。
 戦力の激減した現在の陸上自衛隊では、これが精一杯なのかもしれないが。
 いずれにしても、邪神の眷属と戦えるような数ではなかった。
 完勝の自信も高らかに、風に乗りて歩むものがダムへと迫る!
 と、
「やっぱりきましたね」
 木霊する若い女性の声。
 瞬間。
 イタクァの躯は数十の水の槍に貫かれていた。
 人造湖の湖面から顔を出す数体のダゴン。
 断末魔の悲鳴を残して消えてゆくイタクァ。
「こんなことで罪が消えるとは思えませんが‥‥これが私の責任の取り方‥‥」
 野戦服を身に纏った少女が呟く。
 槙野奈菜絵という。
 かつて、水の邪神の使徒として自衛隊と死闘を演じた仇敵。
 そしていまは、この国を守る護り手の一人。
「父を殺してくれたことには感謝を‥‥でも、どうあっても倶に天を戴けないようですね‥‥ハスターの使徒」
 紡がれた言葉が風に流れる。
 遠く離れた中山峠。
 厳寒の冬に現出した、灼熱の戦場へと向かって。


「これじゃ保たねぇ! 第二小隊は後退しやがれ!!」
 巫灰慈がインカムに向かって怒鳴る。
 戦況は、お世辞にも有利とはいえなかった。
 ハスターの使徒たち‥‥名状しがたき教団が立て籠もる中山峠。
 攻勢をかけた陸上自衛隊は、およそ五〇〇名である。
 数の上だけなら、彼らが有利だった。
 だが、
「星間の野郎! 禁呪を使いやがったな!」
 闇色の愛刀を振り回し、屍食鬼どもを斬り伏せてゆく浄化屋。
 兵の質が違いすぎる。
 邪教の軍勢は一〇〇にも届かぬ数だ。
 しかし、どうやら星間は、部下たちの身体に屍食鬼を憑依させ、不死の軍団を作り出したらしい。
 外道というしかないやり方だが、人間の常識で邪教の考えを推し量るのは無益というべきだろう。
 いずれにしても、一般兵とグールでは、戦闘能力的に比較にならない。
 クトゥルフとの戦いに生き残った猛者たちだが、やはり不利は否めなかった。
 まして特殊能力者が巫一人という状態では。
「武さんたちの留守を狙うとはな。まさに機を見るに敏ってやつかよ」
 言葉とともに霊刀が振り下ろされ、グールが両断される。
 現状、浄化屋だけで戦線を支えているようなものだ。
 凶暴な破壊力を有する突撃銃も、命中しなくては意味がない。
 抜群の攻撃力を誇る戦闘ヘリも、荒れ狂う風の中では本来の能力を発揮できなかった。
 と、巫の半面が紅に輝く。
 上空のビヤーキーによって撃墜されたアパッチが、また一機墜落したのだ。
『くそ!』
 浄化屋と、指揮を執る三浦陸将補の声が、屈辱の二重奏を奏でた。
 損耗比率は、およそ一五対一。
 とてもではないが、これでは戦闘とは呼べない。
 一方的な虐殺である。
 撤退すべきではないか。
 疑問と敗北感が、巫の内心を蚕食してゆく。
 だが、ここで退いてはネクロノミコンは奪還できない。
 なんとしてでも取り返さなくてはいけないのだ。
 ことは、この北海道の問題だけにとどまらないから。
 禁断の魔導書は、最悪、世界を変える可能性すらある。
「綾が必死に守り抜いてきたこの国、絶対てめぇらの好きになんかさせねぇ!!」
 両手から数十の火焔球が飛び、不規則な軌道を描きながらビヤーキーとグールに降り注ぐ。
 物理魔法だ。
 なにものにも属さない無属性のチカラ。
 邪神の眷属どもが、どういう手段で倒されたのかも判らずに消滅する。
 むろん、不利を覆すまでには至らないが、わずかな隙が生じた。
「突撃!」
 三〇名ほどを率いた浄化屋が、要塞と化している山頂部に突入した。
 決死の斬り込み隊だ。
 人間の血とバケモノの血が吹き上がり、雪面に奇怪な紋様を描く。
 貞秀が唸る。
 突撃銃が火を噴く。
 屍食鬼の爪が、牙が、自衛官たちの喉を食いちぎる。
「どけ!!!」
 立ちふさがる敵を打ち払い、巫が走る。
 身体の各所から血を流しながら。
 これほどまでに無謀な突撃戦を繰り返して、無傷でいられるはずがないのだ。
 左腕の骨は折れ、もはや動かぬ。
 切れた頭部から流れ出た血が目に入り、赤い瞳を血の色で彩る。
 修羅であった。
 不退転の決意だけが、彼の行動を支えている。
 後にだけは、絶対に倒れない。
 浄化屋の背後には、恋人の住む街がある。
 けっして邪神どもに蹂躙などさせない。
 この命の最後の一滴が消えるまで、戦って戦って戦い抜いてやる。
「涅槃への旅は一人じゃ寂しいからよぉ。付き合ってもらうぜ‥‥一匹でも多くなぁ」
 笑う。
 凄絶な笑み。
 羅刹の笑い。
 手負いの野獣のように、巫が敵陣に躍り込む。
 闇色に輝く貞秀。
 一閃ごとに、屍食鬼が倒れてゆく。
 むろん、敵も黙って屠られるだけではない。
 爪で牙で、巫の身体に無数の傷を刻んでゆく。
 だが、浄化屋はガードなどしなかった。
 否、彼だけではない。
 自衛隊の猛者たちもまた、ひたすらノーガードで戦う。
 喉に喰らいつかれ鮮血を迸らせながらも、零距離で屍食鬼の腹に銃弾を叩きこむ。
 腹を食い破られ臓物を引き出されながらも、手榴弾でもろともに自爆する。
 常軌を逸した戦いぶり。
 それは、彼らの誇り。
 この島を、この国を、この世界を守るため。
 何も知らない人々、平和に暮らす人々のためなら、勝利の他に望むものなど何があろう。
 腕が千切られたら、その腕を投げつけてやる。
 首をもがれたら、その首で噛み付いてやる。
 愚劣だろうか?
 だが、彼らは人類の未来を背負って戦っているのだ。
 五〇億人類。
 五〇億の人生。
 五〇億の可能性。
 五〇億の喜怒哀楽。
 邪神などに好きにさせるものか!
 それが誇りだ。
 武人としての! 護り手としての!!
「どうしたぁ! この巫灰慈の前に立つヤツぁもういねぇのか!!」
 手首まで敵の血に染め、貞秀をかざした巫が吠える。
 虚勢であることは、彼自身が一番よく知っていた。
 もう戦う力など、残っていない。
「綾‥‥すまねぇ‥‥もうあえねぇかもな‥‥」
 内心の呟き。
『そう悲観したものでもあるまい。どうやら間に合ったようだぞ』
 突然、脳裏に響く声。
 幻聴だろうか。
 あるいは、彼の戦士としての本能が告げた声なのかもしれない。
 もう貞秀に魂など‥‥。
 空を見上げる。
 ビヤーキーが二匹、まとめて消滅していた。
 それは、たった一機の輸送ヘリの戦果だった。


『よし。このまま旋回してビヤーキーどもを一掃するぞ』
 無線機から聞こえる武神一樹の声。
 正確に、シュライン・エマが操縦士に伝える。
 東京と北海道の二重作戦。
 それが、彼らの選択した作戦である。
 現在、調停者は東京を動くことができない。
 家族ともいえる蘭花が重傷を負い、加療中だからだ。
 そこで、輸送ヘリの索敵機能と調停者の封魔能力を連動させる遠距離作戦をとったのである。
 苦肉の策、ともいえる。
「でも、上手くいってよかったわ」
 疲れた顔でシュラインが微笑する。
 ロンドンから新千歳へ、そこから待機していた輸送ヘリに乗り込んで中山峠へ。
 文字通り不眠不休の強行軍である。
 疲労しない方がおかしい。
 しかもなお、この時点で戦場に到着できた能力者は少ないのだ。
「裕也」
「判っています。安んじてお任せあれ」
 野戦服の斎裕也が一礼する。
 戯けた動作だが、金色の瞳は笑っていなかった。
 油断ならざる敵であることは知っている。
 日本に帰着するまでにレクチャーを受けているし、それ以前に、戦場を包む邪気と妖気は鳥肌が立つほどだ。
「頑張って。それから、無理しないでね」
「無理をするのは俺の性分じゃありません。じゃ、いってきます」
 言った斎が、単身、輸送ヘリから飛び降りる。
 信じられない剛胆さだった。
 見送ったシュラインが、ふたたび視線を前方に戻す。
 それぞれに果たすべき役割があり、手に汗握って観戦するゆとりなどない。
「そっちどうなってる? 一樹さん」
『さくらが禊祓に入った。大丈夫だ。きっと助かる』
「絶対に死なせないでね」
『当然だ』
「じゃ、いくわよ」
 最後の一言は、操縦士にかけたものだった。
 頷いた操縦士が熟練の手腕を発揮して、縦横にヘリを走らせる。
 ビヤーキーの攻撃をかわしつつ、各個撃破の要領で封印してゆく。
 たとえ、自ら戦う力をもたなくても。
 たとえ、戦場にいなくとも。
 青い目の美女と黒髪の調停者は戦う。
 ユーワーキーの少女が同様に。
 邪神の眷属を阻もうとして重傷を負った蘭花。
 彼女は今、生死の境にある。
 小さな身体で、精一杯戦っているのだ。
 こちら側へ戻るために。
『めそめそしていたら、男が廃る』
「女だって廃るわよ」


 獲物をめがけて急降下してくる荒鷲。
 斎の勇姿は、そう喩えても大過ないだろう。
 八〇〇メートルの高さから、顔色ひとつ変えずに飛び降り、一直線に敵陣中央部へと落ちてゆく。
 パラシュートなど使わない。
 速度を落とせば狙い撃ちされるだけだからだ。
 もちろん、このままの速度で地面と抱擁したら確実に死んでしまう。
「そういう美しくない死に方は、勘弁ですね」
 薄く笑う斎。
 瞬間、輝く光に包まれ、落下がとまる。
 物理魔法のひとつ、ライトニングマグナムを応用した浮遊術だ。
 原理としては、イオンクラフトやリフターと同じである。
「遅れてすみません。巫さん。援護射撃いきますよ!!」
 両手を広げる。
 飛び立つ無数の蝶。
 深紅のゆらめくそれが、グールどもに張り付いてゆく。
 連続する小爆発。
 地獄へ誘う業火のように。
 一気に勢いづく自衛隊。
 敵陣の一角を食い破る。
「遅せぇよ。ばか」
 憎まれ口を叩いた巫が、ふたたび攻勢に転じる。
 満身創痍だが、まだ心の刃は折れていない。

「新手‥‥ふふ‥‥情報にはない方ですねぇ」
 陣の奥深く。
 古拙的な笑みを浮かべる青年。
 余裕たっぷりな態度。
 だが、頬を伝う汗が、彼の態度は嘘だと告げていた。
 イタクァによる陽動も失敗し、上空のビヤーキーも八割までが封印されてしまった。
 地上軍の方は、いまだ優勢に立っているものの、いつ劣勢に転ずるか知れたものではない。
 たった一機のヘリの出現によって、戦況は大きく変わった。
「さすがは武神さん、ということにしておきましょうか」
 ひっそりとした笑い。
 配下のビヤーキーを消した術の正体を、星間は正確に見抜いていた。
 十種の神法。
 調停者の最も得意とする封印術だ。
「まあ、彼らの到着まで持ち堪えた巫さんが、最大の功労者でしょうが」
 呟きに、やや苦みを帯びる。
 それは、事実上の敗北宣言だったから。
 もし自衛隊に援軍が現れなければ、名状しがたき教団の勝利は動かなかった。
「いまさら言っても、詮無きことですね」
 苦笑が漏れる。
 戦争にIFはない。
 いまここにある結果だけが、すべてだった。
「ここは、退却ですね」
 軽く全体を見はるかし、星間が言った。
 素早い判断である。
 星間の戦術能力の高さを、消極的ながら証明するものだったかもしれない。
 退却戦は、余力のあるうちでなくてはできないのだ。
 ここから先、戦況が有利に転ずる可能性は低い。
 主たるハスターを招来せしむることができるなら話は別であるが、星辰条件や敵の妨害を考慮に入れると、不可能とはいわぬまでも至難である。
 であれば、一度撤退して体勢を立て直すべきだろう。
 魔導書がこちらの手にある以上、最終的な勝利は彼らの手にあるといって良い。
 この場での戦術的勝利に固執してもうまり意味がなかろう。
 となれば、早々に引き上げるのが上策だ。
 さっと、星間の手があがる。
 オーケストラを指揮する指揮者のように。


 中山峠は天然の要害である。
 つまり、守るに易く攻めるに難い、ということだ。
 これはハスター教団が有利に戦闘を進めるのを助長した要因だった。
 しかし、退却するとなると、条件は異なってくる。
 山頂から降るルートは二本の道路しかないからだ。
 それ以外は分厚い雪壁の中である。
 したがって、星間が全軍に攻勢を命じたのは、勝負を決するためではない。
 全面的な攻勢によって相手の足を止め、さの間隙を突いて洞爺方面へと逃走する。
 そういう戦術構想だった。
 どうして洞爺方面かというと、札幌方面の防御陣の方が厚いからだ。
 札幌市内に雪崩れ込むには、現有兵力では少し役者不足である。
「いずれ我が主が復活を遂げたら、存分に遊んであげしょう」
 交戦しつつ退却を始める星間。
「いずれというものがあれば、ですけどね」
 豊かなバリトンが響く。
 瞬間!
 星間の周囲を固めていた屍食鬼たちが、まとめて消し炭と化した。
「逃がしはしませんよ。魔導書も、返していただきます」
 狂風に黒髪をなびかせて立っていたのは、斎である。
 激戦をくぐり抜け、ついに星間の至近にまで近づいたのだ。
 むろん無傷であるはずがない。
 野戦服は各所が破れ、裂け、秀麗な顔には赤い模様が描かれている。
 普段の伊達男ぶりは、六割ほど減殺されていた。
 それでも、
「初対面ですが、そろそろ退場してもらいますよ」
 朗々とした声は健在である。
 両手に生まれる静電気の青白いスパーク。
 他方、星間は無言だった。
 この期に及んで軽口を叩く気にはなれなかったのであろう。
 黙ったまま腕を振る。
 颶風が斎に迫る。
 触れたものすべてを腐らせる呪いの風だ
「破!」
 放たれた静電気球が二つ、風と非友好的な接吻を交わし、もろともに消滅した。
「なかなか強いですねぇ」
 軽く笑った斎だが、言葉ほどの余裕はない。
 いま彼が放ったライトニングマグナムは、アフリカ象をも一撃で気絶させるほどの威力があったのだ。
「それが相殺されるとは、ね。やっぱりアレの力ですか」
 内心で呟きつつ、星間の左手を見る。
 人間の皮で装丁されたともいわれる魔導書が、しっかりと握られていた。
 おそらく増幅されているのだ。
「厄介ですが‥‥」
 躊躇は、ごく短かった。
 いずれにしても、これを奪還しなくては話にならない。
 紅の蝶と静電気の鞭が星間を襲う。
「ふふふ‥‥」
 アルカイックスマイルを浮かべた邪神の使徒が右手のナイフを振るうと、蝶の形をした式紙がまとめて地に落ちた。
「あなた一人で、僕を止められますか?」
「やってみなくては、判らないでしょう!」
 斬り結び、薙ぎ払い。
 悪意の奔流が渦を巻く。
 斎には、はっきりと自分の不利が自覚できていた。
 技量というより、ネクロノミコンの魔力のせいである。
「だから、わざわざ忠告したんですよ」
 星間が嘲笑を浮かべる。
 ぎりぎりと歯を噛みしめる斎。
「いまラクにして差し上げますよ‥‥」
 ほとんど傲然と、魔導書をかざす星間。
「‥‥引導は、てめぇにこそ渡してやるぜ‥‥」
 耳道に滑り込む男の声。
 燃え上がるネクロノミコン。
「な!?」
 星間が初めて驚愕の声をあげた。
 見開かれた視線の前に立っていた‥‥否、這いつくばっていたのは、浄化屋だった。
 動かぬ体を無理に引きずり、ついにここまでやってきたのだ。
 まさに最後の力を振り絞って、禁断の魔導書を燃やし尽くしたのである。
 物理魔法で。
 そして、そのまま気絶してしまった。
 一瞬の自失。
 それを斎は見逃さなかった。
「あなたの負けです!!」
 静電気の鞭が星間の右手を打ち、ナイフが雪面に転がる。
「ちっ!?」
 身を翻し駆け出す星間。
 追いかける斎。
 だが、追走劇は長くは続かなかった。
 一〇メートルほどの距離を走ったところで、生き残りのビヤーキーが星間の身体を掬い上げたからである。
 そのまま上空へと逃走する。
「逃がしません!!」
 斎がライトニングマグナムで撃墜しようとする。
 が、静電気の弾丸は生まれなかった。
 代わって、耐え難いまでの脱力感がのしかかる。
 魔力を使い果たしていたのだ。
 へたりと地面に腰を下ろす。
 日頃のダンディーぶりをかなぐり捨てて。
 とにかく、少し休みたかった。

 振動がきた。
「きゃぁ!?」
 悲鳴をあげて、シュラインがシートベルトに掴まる。
 映像が乱れ、消える。
『どうした!? 大丈夫か!?』
 東京から武神が呼びかける。
「なんとか大丈夫だけど‥‥」
『モニターカメラをやられたな』
「そうみたい。いまビヤーキーが突っ込んできて‥‥」
『ぎりぎり確認できた。足に星間がしがみついていたな』
「そうなの?」
『ああ』
「てことは、逃げられちゃったんだ‥‥」
『そのようだな』
 悔しそうに会話を交わす武神とシュライン。
 ややあって、彼らの元に魔導書が焼失したとの報告が入った。
 禁断の魔導書が世に出るのは、とりあえず防がれたらしい。
 最善の結果ではなかったが。
 いつの間にか傾いた太陽が戦場を照らし出していた。
 血の色をした光で。


  エピローグ

 この戦いに参加した自衛隊員は四九七名。
 うち三五二名が死亡した。
 生き残った一四五名で、負傷しなかったものは一人も存在しなかった。
 まさに、死闘であった。
 希望があるとすれば、ネクロノミコンがこの世から消えたこと。
 そして‥‥。
 東京で加療中だった蘭花が、意識を取り戻したこと。
 この二つだけだろうか。
 北海道の大動脈ともいわれる交通の要衝に、夜が迫っていた。






                         終わり


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)       with貞秀
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0173/ 武神・一樹    /男  / 30 / 骨董屋『櫻月堂』店主
  (たけがみ・かずき)
0164/ 斎・悠也     /男  / 21 / 大学生 ホスト
  (いつき・ゆうや)        withライトニングマグナム
0377/ 星間・信人    /男  / 32 / 図書館司書
  (ほしま・のぶひと)       withネクロノミコン


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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「奪われた魔導書」お届けいたします。
特別編ということで、懐かしいNPCが再登場していたりします。
いかがだったでしょう。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。



☆お詫びとお知らせ☆

3月3日(月)6日(木)の新作アップは、著者、私事都合によりお休みさせていただきます。
ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。