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<東京怪談ノベル(シングル)>


午後のひととき
静かな平日の午後。
都内某所に構えた事務所内にある一室で、神薙 春日は老齢の紳士と向かい合っていた。
男は金のかかった仕立ての良いスーツに身を包み、いつもなら先生顔で人の上に君臨するのを常としていたが、春日の前では神妙にしている。
それだけ、この春日のもたらす言葉は、男にとって重要なものなのだ。
「神薙様・・・予見はなんと出ておりますか?」
孫ほども歳の離れた春日に、男は頭を下げて言葉を請う。
「先危うき影あり、今頼りし綱は手を離せ・・・」
春日はじっと目を閉じたまま、静かに告げる。
「今、貴方の側に居る人物の裏切りが予見に出ています。今一度身辺をあたられた方がよろしいと思います。」
「は、はいっ。畏まりましたっ!神薙様、ありがとうございました!」
男は床に頭を擦りつけんばかりの勢いで何度も何度も頭を下げると、そそくさと部屋を出ていった。
あとに残されたのは藍色の袱紗に包まれた厚みのある・・・報酬。

「ふー・・・」
春日は男の足音が聞こえなくなるのを確認すると、きっちりとしめていた襟元を緩め、座っていた畳敷きの床に身体を投げ出した。
「は〜、おっさん共の相手すんのも疲れるぜー。なんでこんな面倒くせー事始めちまったかなぁ?」
春日は先刻とは打って変わり、不貞腐れた表情でごろりと寝転ぶ。
春日は、自分の能力である「予見」を生業とし、政治家や企業のトップなどに予見を与え、自らの糧を得ていた。
ここは春日の仕事場でもある「予見の間」。
それに、予見の間とは言っても何も無い和室の四方に御簾が下りているだけの質素な場所で、祭壇やごてごてとした宗教臭さがあるわけでもない。
もっとも、その簡素さが、若い春日の神秘性を極める演出を充分にしているのだったが。
「失礼します。」
ぐったりと畳に寝そべっていると、静かに襖が開かれて暗い部屋に光が差し込む。
襖を開けたのは春日の秘書の影守だ。
「代議士はお帰りになられました。本日のお仕事はこれで終了です。お疲れ様でした。」
影守は極めて事務的にそう言うと、春日の前に置かれた報酬を受け取り、自分の持ち場である事務室へと戻って行く。
再び襖が閉まったのを見て、春日は呟くようにぼやいた。
「なんだよ、そっけないなぁ。」
影守が極めて事務的に接しているのは、春日に対する感情を露にするのを避けてのことなのだが、春日にはつれない男にしか見えない。
「こんなに働いたんだから、もう少し甘えさせろよっ・・・」
そう言いつつも、春日は影守に感謝している。
この仕事を始めると言った時も、年下の春日を信用して、自らの一流企業での地位を捨ててきてくれた。
常に姿勢を正し、伶俐な様を崩さない影守だが、春日のわがままだけはちょっと困った顔をしていつも聞いてくれる。
今もそうだ。
気難しい政治家たちを相手に、きちんと仕事をこなしてくれている。
予見以外の仕事を文句も言わずに全てこなしてくれているのだ。

「まぁ、でも、俺の所為で深澄兄仕事辞めさせちゃったわけだし?・・・あいつらから金巻き上げて、ちゃ〜んと養ってあげるから心配しないでね。」
閉められた襖の向うに向けて、大きな声で春日が言う。
そこに影守が控えているのはわかっている。
影守は決して春日のそばを離れたりしない。
いつも側で、春日を見守っている。
だから、こうして頑張れるのだ。
しかし、甘えたい時は甘えたい。
「だから、今だけやすませろーっ!こらっ!」
春日は畳の上に転がったまま、駄々をこねるようにじたばたした。
仕事の時も、それ以外の時でも、決して見られない影守だけにみせる春日の一面だ。
しばらくじたばたしていると、音もなく再び襖が開いた。
「何をそんな子供みたいなことを・・・」
いつもの苦笑い。しかし、それは優しい苦笑い。
「いいんだよっ。これが俺の特権なんだからなっ・・・」
そう言うと、春日は寝転んだままちょいちょいと影守を手招きで呼んだ。
「なんですか?」
影守は持っていたお茶とお茶菓子の乗った盆を側に置くと、春日の横に正座した。
春日はすかさずその膝に頭を乗せると、膝枕を確保する。
「今だけだから・・・さ・・・」
スーツ姿の男の膝に、春日は眠たげに顔をうずめると静かに目を閉じた。
「仕方ありませんね。」
影守もそれだけ言うと、黙って春日に膝を貸した。

神薙 春日の静かな午後の一幕であった。