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<東京怪談ノベル(シングル)>


胸に残る影
いつ頃からだろう。
湖影 龍之介の胸の中には気になる影が焼きついている。
それは、焦がれるように苦しく龍之介を掻きたてる事もあれば、暖かくふんわりと癒してくれる時もある・・・そんな影だった。
影の主は、三下 忠雄。
三下とはある事件をきっかけにして出会い、それ以降、龍之介の忘れられない存在となっている。
初めて会った時から、龍之介の胸には三下の影が焼きついた。
一目惚れと言うには少し歪かもしれないが、龍之介の三下への思いは真剣で純粋な想いだった。

彼の側にいたい。
彼を守ってあげたい。

そんな気持ちが恋心のように熱く胸を焦がすようになるのに時間はかからなかった。
そして、三下の影は常に龍之介の胸の中に住まうようになったのだ。



「三下サン!資料の整理終わったッス!」
月刊アトラス編集部で、アルバイトとして働く龍之介は、頼まれた仕事を終えると元気よく三下に報告した。
編集部というのはとかく雑用が多い。
体力もあり、マメな正確の龍之介は編集部でも重宝されていた。
「ありがとう、じゃあ、今度はこの資料をFAXで送ってもらえるかな。えーっと、番号は・・・あ、わっ!うわわわわわわっっ!」
机の上に無造作に積み上げられた本の隙間を縫うように連絡用のリストを探していると、ホンの些細な拍子に全ての本が三下の上へと降りそそいだ。
「三下サンっ!」
龍之介は慌てて本の下敷きになった三下を助け起こす。
「大丈夫っすか?」
「アイタタ・・・あ、大丈夫だよ。湖影クンこそ怪我しなかった?」
三下は本の直撃を食らった肩を擦りながら立ち上がって、龍之介を見ると照れるように笑った。
「イヤンなっちゃうよね。片付けはちゃんとしなくっちゃなぁ・・・」
龍之介は言葉を失って、床に散らばった書類を拾い始める三下を呆然と見ていた。
「湖影クン?」
そして、三下の声にはっと我にかえる。
「あ、す、すんませんっ!俺が片付けるんで、三下サン、FAXの送信先探してくださいよ。」
そう言うと、湖影は顔を伏せるように書類や本を拾い始めた。
そんな湖影を三下はすまなそうに見ていたが、すぐにリスト探しのために別の場所へと行ってしまった。
足音が遠ざかって、龍之介はやっと安堵の溜息をついた。
頬に触れるとまだ熱い。
心臓がドキドキ言っている。
三下が龍之介を見て笑いかけたあの瞬間。
龍之介の心臓はまさに鷲掴みにされるようなショックを受けた。

あの笑顔
あの声
あの・・・

時折、見せる三下の仕草。
そんな仕草の一つ一つに、龍之介の気持ちは動揺する。
「まったく、人の気も知らないでっ!三下サンってばっ・・・」
小声で思わず毒づく。
しかし、その毒も鋭くはない。
やがて、その気持ちが治まると、涙が出そうになる。
「三下サン・・・」
時々、三下を思うあまり龍之介の気持ちは暴走してしまう。
全て三下を思うあまりのことなのだが、それが三下に理解はできないだろう。
三下が好きで好きで、いつも一緒にいたくて、側にいたくて、いつも三下のことを考えて・・・でも、その気持ちは普通なら理解の範囲外のことなのだ。
男の自分が男の三下が好きだと言う気持ちは、三下には通じない。
こんなにも純粋なのに、どこかが歪な感情。
さっきだって三下の笑顔に胸を射貫かれたようなショックを感じて・・・でも、それは表に出せない感情。
三下は自分をどう思っているのだろう?
龍之介の中には、いつもこの疑問が巡っていた。
疑問というより恐れと言ってもいいかもしれない。
聞けない。
でも、知りたい。
そんな矛盾が常に龍之介の胸を焦がしていた。
表に出したら、何もかも終わってしまうかもしれない。
だから、ずっと胸にしまっておくしかないのだ。

「湖影クーン、あったよ〜。」
何も知らぬ三下が、ニコニコしながら連絡用のリストを持って戻ってくる。
龍之介は気がつかれないように目じりを拭うと、いつもの元気な笑顔に戻って言った。
「ちゃんと机は片さなきゃダメですよ。じゃあ、FAXしてきます!」
三下の手から書類とリストを受け取ると、龍之介はそそくさとその場を後にした。



「さて、今日は残業も無いし、ご飯でも食べにいこうか?湖影クン?」
三下は最後の書類を碇の元へ提出し終わると、机で資料整理を続けていた龍之介に声をかけた。
「え?でも、俺、まだこれ終わって無いっすよ?」
龍之介は手にした資料を見せていった。
すぐに終わるような量ではない。
「それは明日でもいいよ。・・・って明日も大丈夫・・・だよね?」
三下は思い出したように心配そうな顔で龍之介にたずねた。
「大丈夫ですよ。試験も終わったし、しばらく予定は無いっす。」
龍之介の言葉に、三下はほっと安堵の笑みを見せる。
「よかったーっ!」
そして、三下は恥かしそうに指先で鼻の頭をかきながら言った。
「ほんと、・・・湖影クンには感謝してるんだよね。何かあってもすぐ助けてくれるし、困った時はいつも面倒かけちゃって、申し訳ないなって思ってるんだけど、なんだか湖影クンには甘えちゃうんだよなぁ・・・」
「三下サン・・・」
「だから、今日は今までのお詫びと、これからもよろしくを兼ねてご飯食べ行こうよ。大丈夫、給料は入ったから好きなもの奢るよ。」
そう言ってぽんと胸を叩く三下に、龍之介は思わず抱きついてしまった。
つい甘えちゃうんだよという三下の言葉が、龍之介には何よりも嬉しかった。
自分は三下の役に立ってるのだ。
少なくとも、三下にとって自分は不要な人間では・・・邪魔な人間ではない、必要な人間なのだ。
「こ、湖影クン?」
龍之介の様子に三下は慌てるが、しがみつく湖影の背中をぽんぽんと優しく叩く。
「いつもありがとうね。」
三下はそう言うと、にっこりと笑った。
「じゃあ、焼き肉でも食べに行こうかっ♪この間、取材の時に割引券もらったんだよね〜」
龍之介も笑顔を取り戻し、机の周りを片付け始める。


少しづつ、形を変えながら、それでも途切れることなく道は続く。
そんな湖影のある日の一幕であった。