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<東京怪談ノベル(シングル)>


おさんポ。

 どこまでも突き抜けるような青い空。ぽっかり浮かんだ白い雲。絵に描いたようなノドカそのもの、とても気持ち良く晴れたある日の午後。透明感溢れる青い空に見えるのは、なんとも不思議な光景。もっとも、当の本人は極当たり前のような調子で、そのでっかい土偶…余りに巨大な遮光器土偶「アラハバキさま」の肩に乗っかって、御影は空中散歩の真っ最中。

 爽やかに頬を撫でる、まだ春浅く、心地好い程度に冷たい、頬を撫でる風。色に例えれば薄水色、音で表現すれば。

   さわさわ。

 大きな大きなアラハバキさまの肩の上で、投げ出した足をぼんやりと揺らしながら大好物のひよ子まんじゅうを頬張っている御影の表情はまさに至福。

   もぐもぐ。

 頬袋一杯にしているハムスターのように、本日何個目か分からないひよ子を口の中に放り込む。口の中にひよ子の味わいがいっぱいに広がると、その甘さと同じぐらいにこのうえない幸せが全身に染み渡るのだ。

   ぽろぽろ。

 食べる端から崩れて膝の上に落ちるひよ子の欠け片を手で払い落とそうとした御影だったが、ふと自分の周りに小鳥達が集まって来ているのに気付いた。零れたまんじゅうの欠け片が気になるのか、アラハバキさまの頭の上に乗っかって口々に鳴いている。アラハバキさまの飛ぶ速さは極々ゆっくりで、例えて言うなら。

   ふわふわ。

 そんな程度の速さなので、小鳥達でも充分追いついて羽根を休める事が出来るんだ。御影は目を細めて微笑むと、アラハバキさまの頭を突いている小鳥達に向かって手を振った。
 「おいでよ。みんなも一緒に食べるかい?」
 そう声を掛けると言葉が通じたよう、小鳥達は舞い降りてきて御影の周りに集った。膝の上に落ちていた欠け片はもちろん、御影が指で崩してくれたひよ子を美味しそうに突いている。御影も一緒になってひよ子を突きながら、足の下に広がる風景を見下ろした。

 そろそろ春も近いこの季節、山も野も少しずつみどりに色付き始める頃。まだ寒い冬の名残を残して、灰色だったり茶色だったりするところもあるけれど、そんないろんな色の混ざったところが、いかにもこれから芽吹くぞ的なエネルギーを感じさせるような気がする。特にこんな、勘違いしそうなぐらいに日差しのあったかい日には、明日にも桜が咲きそうだ。

   ぽかぽか。

 太陽の光に当たると、なんでこうイイニオイがするんだろうな。香ばしいって言うか、ちょっとホコリっぽい感じもするけど、胸いっぱいに吸い込むとすごく元気になれそうな匂い。空を飛ぶアラハバキさまの肩に座っているから、いつもよりも僕は太陽に近いところにいる。だからいつもよりもたくさんの太陽の光を浴びて、乾したてのお布団みたい。

   ふかふか。

 アラハバキさまに護られて小鳥達も安心なんだろうか、御影と並んで肩や頭に止まったまま、羽繕いなどして寛いでいる。ふと、御影が顎を上げて頭の上を仰ぎ見た。あんまり暖かな頭のてっぺんが、何かに呼ばれたような気がしたからなんだけど……うぁ。

   しぱしぱ。

 眩しい、余りに眩しい太陽の光が眼を直撃して、慌てて御影が目を瞬いた。一瞬だけ真っ暗闇に包まれて、痒いような気がしたから両手で目を擦った。

   ごしごし。

 開いた瞳はいつも通りだったけど、未だ黒い丸みたいな揺れる残像が残ってヘンな視界。そのままで辺りを見回して、視力がちゃんと戻った事を確認して。

   きょろきょろ。

 ああ、大丈夫だ。ちゃんと見える。まだ半分残っているひよ子まんじゅうの箱。和む小鳥達。アラハバキさまの、サングラスみたいにも見えるでっかい眼。そうして、青い空と白い雲。……あれ?

   ひらひら。

 こんな季節なのに、一匹の蝶が向こうから飛んで来て御影の顔のすぐ横を通り過ぎ、そしてあっちへと消えていく。冬が終わるのを待ちきれなかった、気の早いチョウチョなのかな。ちゃんと春になるまで、がんばっていてくれればいいけど。

   よろよろ。

 さすがにこの高度は蝶には辛かったんだろうか。白い蝶はそのまま下界へと落ちていく。身体が軽いから大丈夫だろうとは思うけど、何となく心配。ガンバレ。
 がんばれって言う言葉は無責任だって言うけど、でもやっぱりがんばってる誰かを見たらそう応援したくなる。がんばってる誰かは見てる誰かの勇気の素になるから。
 …あれ?アラハバキさま、ゆっくりと進む向きを変えてない?

   ぐるぐる。

 ぐるぐるって言うよりは、ぐーるぐーるって言う感じだけど、気が付けば、アラハバキさまはヒトツの小さな山の周りを回っている。なんでだろう、と不思議に思って御影は、軽く身を乗り出してその山を見下ろした。
 …ああ、ブナとヒバの木が多いね。もしかして、故郷を思い出した?

   しみじみ。…あ、ちょっと違う。

 もう一回だけ周りを回って、アラハバキさまは満足したよう、でっかい身体を、ゆっくりとした動きでさっきまでと同じ方向へと向けた。懐かしい匂いと色の山を後にして、また空中散歩は続く。

 しあわせはいつまでも続く事はない、予想外の昇ったり降りたりがあるから、人生は楽しいんだけど。
 それでも、今ここにある何気なくも穏やかな日々が、ずっと続けばいいと思ってしまうのは人の性。と言うよりは本能?そりゃ、誰だってしあわせになりたいもんね。そのために、みんながんばってるんだし。勿論、僕もね。

 そして、そんな夢物語がほんとうに叶いそうな、そんな感じの今日の散歩はまだまだ続く。

   ………えんえん?



おわり。