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人形供養
>オープニング
寺がある。
大きな寺という訳でもなく特別な由来もなく、良くある地元の寺。
その寺の売り物は人形供養で、テレビで宣伝している為に地元ではそれなりに知名度があった。
そこで最近、訪れた客が何者かに脅かされるという事件が頻繁に起こっていた。
被害者はカップルや家族連れ、友達同士など複数で来た客ばかり。
しかも男だけ、女だけの場合は被害に遭わず、男女で連れ立って来ている場合のみ被害にあうようだ。
犯人については皆、奇妙な着物を着た女ということしか覚えておらず、またその女は捕らえようとしても奇妙なチカラに阻まれて捕まえることが出来ず。
そしてその姿も知らぬうちに消えてしまうのだという。
「…様…何処へ……返して…私の主様…」
手がかりと言えるのは被害者が聞いたその言葉だけ。
そしてついに。
脅かされた女性が逃げる途中、転んで大怪我を負うという事態が発生した為、草間興信所へ事件解決の依頼が持ち込まれた。
>零
その部屋には沢山の人形が所狭しと並べられていた。
ぼろぼろになったものもあれば新品同様のモノもあり、人形の種類もゲームセンターの景品のような人形から豪華な鎧兜をまとった五月人形まである。
ここにある人形は供養の為に納められ、その日を待っているもの達。
窓が小さく、昼でも日の入り難いその部屋で今、西日に赤く染められた人形達の視線は、何故か斎達を見ているようにも思えた。
「奇妙な着物を着た女性…人形に宿ったモノが供養されきれずに、持ち主を求めて彷徨っているのでしょうか」
その言葉に横にいる少女――草間零は首を傾げ、同行者を見上げた。
まだ若い男だ。
成人したかどうか――という程の。
服装は黒を基本として落ち着いた色で纏められている。
華奢とまではいかないが、すらりと背が高く、腕や首など露出している部分が白く細い。
髪は肩の上で切り揃えられた、柔らかそうな黒髪。
しかし前髪は何故か少し長めで、整った顔立ちに影を落している。
髪の下から覗く瞳は、金。
10人中10人、とはいかないかもしれないが、街を歩けば殆どの人間が綺麗だと思うであろう容姿。
その為にここへ来るまでの間も随分と人目についたものだが――零も本人も別段気にする様子はなかった。
「人形というものは何かを宿し易いものですから……疲れましたか?」
零の視線に気がついたのか、気遣うように問い掛ける。
「大丈夫ですよ、斎さん」
「もしお疲れなら向こうに休憩所がありましたし、遠慮なくおっしゃって下さいね。
あなたに無理をさせては草間さんに怒られてしまいます」
青年――斎悠也が微笑みをみせた。
優しげな微笑み。
この事件を草間興信所で受ける際、悠也は一つ、草間武彦と零へ願い出た。
零に現場へ一緒に来てもらうことである。
この事件、男女の組合わせでなければ遭遇できないと考えた斎は、女性役を零に頼むことにしたのだ。
申し出に難色を示したのは本人零ではなく、保護者である武彦の方だった。
必ず護るという悠也の言葉と事件の内容を考え、最終的にOKを出したものの、それも条件付き。
1つ。事件に遭遇する為一緒にいるだけで、解決自体には零は関わらないこと。
2つ。零は危険になったら悠也を置いてでもすぐに帰って来ること。
3つ。無事に終ったら速やかに興信所まで零を連れて帰ってくること。
父親のような態度でその3つを斎と零に承諾させ、やっと武彦は二人を送り出してくれたのである。
そういった経緯があるだけに、約束は絶対に守らなければならない。
心に留めて悠也はここへとやってきた。
「でも本当は、俺が喉が渇いたから少し休みたいかなと思ったのですけどね。
付き合ってもらえます?」
本当は別に喉など渇いていない。
しかしそう尋ねれば零のことだ、同意してくれる筈。
悪戯っぽい笑みを浮かべ問い掛けた悠也に、零は微笑みを浮かべながら頷いた。
>求める者
周囲を木々に覆われたその寺の一角、そこは小さな公園のようになっている。
まだ寒いこの時期の夕方、流石に人の姿はなく、咲き誇る梅の木と風に揺れるブランコ、そして不似合いな自動販売機だけが存在をアピールしていた。
姿の大半を地平に隠した太陽が、二人の影を長く長く伸ばす中、自動販売機の横にある四阿へ向かって歩を進める。
と。
ごとん、と何か重いものが落ちたような音が聞えた。
そして何かが転がるような音が続き聞えてくる。
見れば大きな石がこちらへ向かって凄い速さで転がってくるではないか。
「雫さん」
急ぎ、零の手を取って引き寄せると、転がる石は零が居た場所を僅かに逸れた地点を通り、やがて神社の木々の中へと姿を消す。
石が転がって来た方向をと視線をやれば、丁度翻った着物の袖が木陰へ消えるところであった。
「零さんは四阿で待っていて下さい」
零がこくりと頷いたのを視界の端に見届け、悠也は駆け出す。
木陰の向こう小さくざわめく音に制止の声をかけながら。
草叢を、梢を掻き分け、枝を踏み折り追いかける。
――途中でふと気がついた。
確かに後を追っているというのに、悠也が通るこの道を、誰かが通った形跡がない。
……やはり、人ではありませんね……
人であれば悠也と同じように梢を曲げ、草を踏み、枝を折り進むだろう。
ゆっくりと慎重に歩くのであれば兎も角、これだけの速さで逃げている人間が自然をまったく痛めずに、獣道でもない場所を通るのは無理。
「逃げないで下さい。主様に会いたいのでしょう?」
だから、足を止め前へ向かって声を飛ばす。
ちょっとした賭けだ。
それで足が止るかどうか、また何かの反応があるかどうか。
そしてこの声が聞えるかどうか。
悠也は、賭けに勝った。
「主様…」
姿さえ見えぬものの、確かに知らぬ女性の声で返答が返って来たのだから。
声のした方向へ、顔を向けると目元を柔らかくして穏やかに微笑み。
「こんにちは。俺はあなたの助けになれるかもしれません……お話を聞かせていただけますか?」
>主
「残りはここだけ…ですね」
立ち入りを禁ずる柵と看板を前に悠也はぽつりと呟く。
自分に確認する為に。
件の女性と思われる相手に遭遇し、話を聞くことができた――までは良かった。
彼女が探している主様というのが問題だったのである。
主様というのは雛人形の男雛――お内裏様とも呼ばれる雛人形だ。
そしてその男雛は心無い恋人達の手で持ち出されてしまったのだという。
彼女は男雛を心配し、その心配が彼女のチカラを高め、彼女は己の身体を動かせるようになった。
そして男雛を探して境内をさまよい、思いが募るほどに彼女のチカラも増していき。
やがて彼女は人と同じ姿へと変化できるようになったというのである。
しかしそれでも男雛を発見することは出来ず、そのうち恋人同士と見られる者達を見つけると、その時の二人ではないかと思うようになり…
人間を、連れていった二人を憎いとは思わない、ただ無事に返して欲しい。
その気持ちが襲うのではなく脅かすという行動に駆り立てたようだ。
『付喪神』
『九十九神』とも呼ばれる器物の妖怪。
長年愛された道具や、逆に乱雑に扱われた道具達が愛情や憎しみなどの感情を持ち、やがてはっきりとした意志を持つようになるモノ。
彼女は付喪神だ――悠也は確信する。
人形はその形から身代わりに使われたりすることもあり、魂や念が宿り易いと古来より言われている。
だからなのか…呪いに使用されたり、髪が伸びるというような話も多いのだが。
彼女からは傷つけたりするつもりはなかったという言葉通り、邪悪な意志を感じることはなく、だからこそ素直に彼女のいう主様を見つけてあげたいと思えた。
しかしカップルというだけでは手がかりがあまりにも少ない。
何せ彼女は二人の顔すら覚えていないのだ。
そこで悠也は本堂へ詣で、住職に許可を貰った後、習い覚えた術を使って男雛を探すことにした。
占い、である。
占いで男雛は寺の境内から持ち出されてはいないという結果が出た為、彼女と共にくまなく探し回って――場所が何処かまでは特定できなかった――いたのだが…
それでも見つからず、最後に残ったのが今目の前にある柵の向こう側。
柵を越えて奥へ進むと、ここに寺を構えた最初の住職が、悪霊を封印したといわれている塚があるのだという。
だがその場所は崖のようになっており、危険だということで数年前から立ち入りを禁じられている場所だった。
が。
「この奥だとしたら…一体何の為に持っていったのやら。」
困惑をあらわに悠也は呟き、後ろを振り返る。
と、その視線の先、少し離れた木の陰から付喪神の女性が見守っていた。
「……やはり行くなら一人でですよね…」
苦笑混じりの溜息と共に視線を戻し、柵に手をかけると素早く柵の向こう側へと降り立った。
と、同時に背筋を寒気が伝う。
邪悪なものではない。むしろその逆。
神気とでもいうような清涼な、全てを退けるチカラ。
多少なりと霊感のある人間なら、ここへ立ち入ることを嫌だと思うだろう。
それが人間ですらないものだったら。
チカラの弱いモノなら、この地の気配に己の存在を消されてしまう。
だからこそ、彼女は男雛を思いながらも近づくことが出来ず、ぎりぎりの木の陰に身体を隠しながら見守るしか出来なくなってしまったのである。
「一つの魂と想いを助ける為なんですから……しばし探索することを許して下さいね」
そう声に出すと、足元に気をつけながら男雛の捜索を開始した。
声に出した言葉で、早くここを出たいという自分の中の衝動を意志で押さえつけ――
>精霊路
「長い間待たせてしまいましたね、すみません」
申し訳無さそうに頭を下げた悠也へ、零は無事に終ってなによりと言葉を添えて、微笑みながら頭を振る。
陽は既に沈み、雲一つ無い濃紺のカーテンの上には、幾つかの星と三日月が静かに光を湛え佇んでいた。
男雛は塚の影で落ち葉に隠れるようにして発見された。
砂や雨などで汚れてしまった着物も、何処かにぶつかったのか欠けてしまった顔の作りも、元は立派なものであったことがはっきりと解る。
「それで…付喪神は?」
「彼女は眠りました。それが彼女の望みでもありましたから」
男雛を差し出すと、彼女はそれをいとおしげに抱きしめた。
涙を流し、擦り切れた着物の袖で丁寧に丁寧にその姿を撫でながらやがて小さく一つの望みを口にする。
――私を主様と一緒に送っては頂けませんか?
彼女がチカラを持つ長く、この寺に置かれた理由。
人間にとって様々な価値があったからだと、彼女は語った。
それは恐らく男雛も同じ……しかし、長く野外に放置された為に痛みが酷いそれを、わざわざ修復するかどうかは微妙。
――こうなっては一緒にいられないかもしれません…それは嫌…
悠也は彼女がどのような人形なのかを知らない。
だが彼女の話が本当なら、寺は彼女を失う事を嫌がるだろう。
魂だけの供養をすれば良い、というかもしれない。
魂は確かに大切なもの。
しかし、その魂を宿すだけの器、それも確かに彼女なのだ。
そして彼女の望みは魂と器と両方の喪葬。どちらが欠けてもならないモノ。
「だから二人一緒に弔いましたよ。
寺の皆さんには内緒で……零さんも内緒にしておいてくださいね」
「内緒に…?」
「草間さんにですよ。
お寺から草間さんが怒られたりしないように、草間さんが悩まなくてすむように。
二人だけの秘密にしておきましょう」
悠也の立てた人差し指を唇へ添える仕草に、零は小さく「はい」と答えて頷く。
「では、帰りましょうか。
俺達が怒られないうちに…」
明るい笑顔を零へ向けて、悠也は草間興信所への道を歩き始めた。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0164/斎・悠也(いつき・ゆうや)/男/21歳/大学生
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、ARCANAです。
人形供養に参加していただきましてありがとうございました。
神道系…という設定があるにも関わらず舞台が寺だった為あまりそれを表現できてませんね…(汗)
祝詞と方法は宗派によって違いがあるようで、それらのイメージ違いを防ぐ為に表現を避けさせていただきました。
オリジナルが作れれば良かったのですが…申し訳ありません。
また今回は草間興信所のNPC、零さんを連れてということでしたが彼女のイメージにも四苦八苦。
試行錯誤の上、今回のようになりましたが「こんなの零さんじゃない!」という御意見などもお待ちしております。
それでは、斎悠也さんのご活躍をお祈りしつつ…これにて失礼致します。
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