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Hemophobia
☆オープニング
「お久しぶりです、草間さん。何年振りでしょうね?」
草間興信所に来た白衣の男。名前は氷神・司焔(ひかみ・しえん)。中性的な容貌の彼。
精神科の開業医の彼と草間の間に、どんな関係があったかは誰にも分からない。
草間は久々に味わう、ちょっと高級な煙草をふかしながら。
「そうだな……で、用件は何だ? お前が尋ねてくる時は、決まって俺に無理難題を吹っかけてくるからな」
「酷いですねー、病神のように見てるとしか思えないその言葉。まぁ、実際頼み事ですけれど。 私の患者のこの娘を、草間さんの助手として数日の間面倒を見て欲しいのですよ」
「……助手? すまないが、うちは助手を雇うほど金は無い。それにお前の患者なら、まだ病気なのだろう?」
「ん〜、私は精神科の医者ですから、体の病気の患者さんじゃありませんよ。この娘はもう、病気はほとんど完治しています、社会復帰のための経験が必要と思いまして、ね?」
にっこりと微笑む司焔。その微笑の中に「苦労しているときにお金を貸したんですけどねぇ」という影が見え隠れしている。
草間は頭を抱えながら。
「……分かったよ、やればいいんだろう? じゃ、名前を教えてくれ」
「ありがとうございます。 それでこそ草間君ですよ♪ 名前は紫織(しおり)。明日の朝に連れて来ますので、1週間程度宜しくお願いします。一応彼女の症状は、その時に渡しますから」
と言って、司焔は草間の前を出て行った。
☆来訪
平日の昼下がりの興信所に、司焔が一人の少女を連れてやって来る。
「というわけで、ではこれから一週間、この子の面倒、宜しくお願いします」
微笑を浮かべたまま、司焔は草間達に向けて頭を下げる。その横に緊張している風の女の子。年は18歳位といった所。結構可愛い容貌。
隣の少女が緊張しているのに気づき、司焔はその少女の頭を撫でる。
「ほら、紫織もご挨拶しなさい。 大丈夫、皆さん優しい人たちですから」
しかし、司焔の言葉にもその女の子は緊張を解かないまま。
そんな中、シュラインがその女の子へと近づく。そして僅かに腰を落とし、目線を一緒にして話しかける。
「貴方が紫織さんね? 始めまして、私はシュライン・エマ。そして、後ろで煙草をふかしてる人が草間武彦さん、そしてその隣の女の子が零ちゃんよ。皆貴方を待ってたわ。一週間だけだけど宜しくね?」
「そんなに緊張しなくていいぜ、皆紫織ちゃんがくるのを待ってたたんだからさ」
葛西・朝幸(かさい・ともゆき)が、紫織の緊張を解くかのように話しかける。
そしてその女の子はなんとか口を開く。
「え、えっと……榊・紫織(さかき・しおり)です……その……1週間、皆さん宜しくお願いします……っ」
言い終わると、すぐに顔を真っ赤に染める紫織。
葛西は、一瞬のその可愛さに鼻血を出しそうになりながらも。
「ああ、宜しくな♪ そうだ、紫織ちゃんはいくつなんだい?」
「その……18歳に、今度なります……」
「そうか、俺と同じ高校生なんだな。そっか、これから宜しくな♪」
一度は手を握ろうかとは思った葛西だったが、さすがにそれは思いとどまる。
「さてと……では、これが彼女のカルテ等です。皆さんにも分かるように、補足を書いておきましたから大丈夫だと思います」
司焔は草間達に封筒を渡す。数十枚の書類がその中には入っていた。
「この封筒の中に、紫織の事は全部書かれています。昨日電話にあった事も全て書いてありますので……それと一つだけ」
葛西が紫織と話している間に、ちょうどいいとばかりに司焔は草間達へ小声で囁く。
「考えたくはありませんが、彼女がもし発狂状態になってしまったら……これを使ってください」
司焔が草間達に手渡したのは、謎のカプセル。
「これは……なんだ?」
「鎮静剤とでもいいましょうか、これを彼女に飲ませてあげてください。この薬は副作用が強いので、出来る限り使わないで欲しいのですが、発狂してしまったら、これしか彼女を落ち着かせる手段はありません」
「……分かった。何かあったらまたお前に電話する」
「御願いしますね。 では、そろそろ私は病院に戻らなければなりませんので、失礼します。紫織、草間さん達の話を聞いて、色々な経験をしてきてくださいね。 1週間後に迎えに来ますから」
そう言って、司焔は興信所を出て行った。
司焔から受け取ったカルテを見る葛西。そこには紫織がどうして血液恐怖症になったかの理由が如実に書かれていた。
目の前で大事な両親が殺され、血液に対して過敏に反応するようになった紫織の真実。
真実を見て葛西は。
「……こんな体験をしていたのか、紫織ちゃんは……血液を見ると発狂するのも頷けるぜ」
彼女の笑顔の中に隠された悲しい過去を、思わずにはいられなかった。
夕方になり、学校から直接草間興信所にやってきた者がいる。
「えっと、貴方が紫織さんですね? 私は海原・みなも(うなばら・みなも)って言います。宜しくお願いしますね」
温和な表情で紫織に話しかけるのは、困っている人がいると放っておけない中学生の海原・みなも。
同じ女性で近い年頃というのも手伝い、紫織はすぐに海原と打ちとけ合う。そんな二人を見ながらシュライン達は。
「じゃ、私達は零ちゃんと一緒に歓迎の料理を作るわ。紫織さん、台所には入らないでね。台所には色々と危ないものがあるから」
と言って台所へと入っていった。
そして、海原は紫織から色々と話しかけられていた。
しばしの間、友達の事、学校の事など色々な事を根掘り葉掘り聞かれる海原。
「うん、学校は楽しいですよ? 友達も色々と面白い事、言ってきたりするから。 でも……どうしてそんな事を聞くの?」
何でこんな事を聞くのかな、という所まで聞いてくるものだから、海原は紫織へと聞きかえす。
「あ……えっと……私、学校って小学校の3年間だけしか行けなくて……その後はずっと病院の中で、学校には行った事なくて……どんな感じなのかなぁって……」
海原は見せてもらったカルテを思い出す。
「えっと、ごめんなさい。 私の話でよければ、いくらでも聞いてくれて構わないから。 さ……もうそろそろ料理が出来上がってくると思うから、一緒に食べませんか?」
「はい……宜しくお願いします」
紫織はにっこりと頷いた。
☆日常
そして次の日から、興信所では血を見せないような、色々な工夫を行っていた。
例えば、事務所の刃物類全てを、武彦のロッカーにしまったり。
書類や本を扱うときには手袋着用を義務付けられたり。
食事を作る時に、台所へ紫織が入らないように気をつけたり。
一つ一つは小さい事だが、複数重なると色々と面倒くさい事になったりもする。
【刃物等有り、封印中♪】
武彦のロッカーには、こうした張り紙が張ってあった。そして事務所内の全ての刃物は既に無くなっている。
誰が隠したのかと、草間は刃物を探していると、武彦はこの張り紙を見つけたのだった。
「どうするんだ? はさみとか使えないと、さすがに事務作業に色々面倒だぞ?」
武彦がロッカーの前でそう言うと、自慢気に葛西が言う。
「んなもの、俺のかまいたちで綺麗に切って見せるぜ。コントロールは抜群だからな。紙一枚からまぐろのぶつぎりまで簡単さ」
葛西は、実は興信所の刃物や、包丁・ナイフ、ひいてはグラスまで片付けた張本人であったりする。
「だからってお茶も、紙コップで出すのか? ……グラスまで片付けるのはどうかと思うが……」
「紫織ちゃんを助けたいだろう? だから、当然さ。一週間位我慢してくれよな」
同い年くらいの女の子に、いい所を見せようという風が丸見えの葛西だった。
と、噂をすれば影、二人が言い争っている所に、紫織がやってくる。
「……すみません……私のせいで……皆様にご迷惑をおかけして……」
瞳を潤ませる紫織。二人は慌てて取り繕う。
「そ、そんなことはないぜ? 別に紫織ちゃんのせいじゃないって。 な、なぁ? 武彦さん」
「あ、ああ……別にお前のせいじゃないから、気にしないでくれ」
「でも……でも……」
泣き出しそうな紫織。慌てて葛西が、気分転換にどうだと紫織を外へと誘う。
紫織が葛西と共に外に出て行くと、武彦はため息をつきながら思う。
(司焔のやってる事、大変な事なんだな……ふぅ)
精神科医師の辛さの一端を垣間見た武彦だった。
「そういえば……シュラインさん。あの、紫織さんの生活リズムって、カルテに書いていました?」
海原が、シュラインへと聞く。
「生活リズム? 何でそんな事を聞くの?」
「えっと……月のものがいつになるのか知りたくて。 それがある意味、一番血が出そうで、そして彼女自身が一番血を見そうだと思うんですけれど」
ちょっと考え、そしてシュラインがカルテを見る。
「……大丈夫みたいね、体温の変化を見ると。そこについては、司焔さんも考えてここに連れて来たんでしょう」
ほっとした海原。そして。
「良かったです、それじゃあとはご飯を作る時、気をつけないと……」
「そうね。 まぁ、ご飯については私と零ちゃんで作るから、貴方は出来るだけ彼女と一緒にいてあげて。彼女が一番話しやすいのは、きっと貴方だと思うから」
「ええ、もちろんです、シュラインさん」
と、海原は頷いた。
色々用心をしていたのが幸いし、血を見せることなく日が経過する。
何事も無く、紫織に血を見せることなく過ぎていた日々は、次第に紫織は草間達にも自然な笑顔や反応を示すようになっていった。
「それじゃぁ、紫織ちゃん。 この資料をコピーしてきてもらえるかしら?」
紫織の社会勉強だという事もあり、シュライン達は簡単な雑用を紫織に頼む事にする。
「あ、はい。この書類をコピーですね? じゃ、行って来ますね」
「あまり急がなくてもいいからね? じゃ、いってらっしゃい」
「は〜い、分かりました♪」
もう、彼女には血液恐怖症という事以外、普通の人とは代わらない状態になっていた。
そんな彼女との別れの日が、明日へと近づいていた。
「みなもさん……あの、ちょっと宜しいでしょうか?」
帰り支度を始めようとした海原を呼び止める紫織。
一瞬きょとんとしながら、
「え、はい? 何でしょうか?」
そう言って、笑顔で振り返る海原。
「あの……明日で私、帰らないといけないから、みなもさんともっと沢山お話したいなって思ったんですけど……駄目でしょうか?」
海原はちょっと考えた後に。
「……うん、分かりました。母さんに電話して、今日だけ泊まるって言ってくるから、ちょっと待ってて下さいね」
「……はい、分かりました」
笑顔で答える紫織。そしてみなもは紫織と一緒の布団へと潜り込む。
「明日で帰っちゃうんですね。 何だか、寂しくなります」
「……私も、寂しいです。でも……あまり長くいても、皆さんの迷惑になるだけだから……」
「ううん、皆迷惑だなんて思ってないわよ、きっと。 少なくとも私は、紫織さんが来て、ここにくる一週間面白かったもの」
「……そう言ってもらえると、凄く嬉しいです。 ……私、もし……この病気が治ったら、またここに来たいな。 ……皆優しいから、ここなら、上手くやっていけそうに思えるんです」
「そうね。 明日、帰る前に草間さんに言ってみたら? 私も、貴方が戻ってくるなら、ここに来るのが楽しみになりますから」
「……わかりました。明日……草間さんに言ってみます。もし、その時は……また、戻ってきたら色々教えてくださいね?」
「あはは……私のほうが教えられるかもしれないけど。でも色々勉強しておくわ。 じゃ……そろそろ寝ましょうか」
「はい……おやすみなさい」
電灯を落とす海原。隣ですやすやと眠る紫織の息遣いを感じながら、そのまま目を閉じた。
☆別れ
そして、別れの朝がやって来る。
「……もうそろそろ10時ね、紫織ちゃん。武彦さんを起こしてきてもらえるかしら?」
シュラインが台所から紫織へと頼む。
「あ、はい。分かりました♪」
武彦の部屋へと走っていく紫織の後姿。それはここに来たときとは大違いで、とても元気が良い。
彼女を見ながら海原はシュラインに話しかける。
「完全にという訳ではないですけれど、社会復帰への経験として、上手くいったのでしょうか?」
「そうね……血液恐怖症はさすがにすぐには治らないでしょうけれど。血を見せる事も無く無事にすんでよかったわ。でもきっと直るわよ、彼女、根は努力家だからね」
二人はお互いに微笑みあった。
「一週間、紫織の面倒を見てくださってありがとうございます。紫織も……心持ち明るくなったように思います。きっとあと少しで社会復帰は出来るでしょう。本当にありがとうございました」
司焔の満面の笑顔に、シュライン・海原・葛西達はほっとする。そして紫織からも。
「本当に、ありがとうございました……」
頭を下げる紫織。
「これから大変だと思うけど、頑張ってね。 そう、もし血を見そうになったら、何度も言ったけど、すぐに天井を向いたり、とにかく視線を避けるようにしたり、これはケチャップなんだ、って自分に言い聞かせなさい。そうすれば、血なんて怖くなくなるわ」
シュラインが、この一週間の間に何度も言ってきた言葉。そして紫織は照れながら。
「ええ、シュラインさんの注意は、これからずっと心がけますね。 ……あの、もし普通の生活が送れるようになったら、またここでお手伝いさせて頂いてもいいでしょうか?」
紫織の言葉に、シュラインが。
「ええ、構わないわよ。貴方がその病気を治したら、是非着て。いつでもここは人手不足だから、ね」
「ありがとうございます♪ じゃ……失礼します」
そう言って、紫織と司焔は興信所から出て行った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 /
翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト 】
【 1252 / 海原・みなも / 女 / 13歳 / 中学生 】
【 1294 / 葛西・朝幸 / 男 / 16歳 / 高校生 】
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■ ライター通信 ■
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どうも、花粉症で辛い燕です(汗)
血液恐怖症・Hemophobia、お届けいたします。
三名様全員のアクションを見て考えたところ、私が想像していた場所は全て抑えられていました。
なので、血を見せずに社会勉強は無事成功という事になっています。
紫織の供覧振りを見たかった方には申し訳有りませんが、御了承下さい。
では、またいつかの依頼でお逢いできることを……。
>海原様
参加、どうもありがとうございます。
紫織とは一番近い年頃の女性、ということで、一番直接話しているのが海原様だったと思います。
ただ、月のものに関しては、これくらいの執筆しか表現できませんでした。ご勘弁下さい。(大汗)
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