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<東京怪談ノベル(シングル)>


朴念仁、弥生の出来事
●受け取りしは
「あのっ……!!」
 それは放課後の正門前、守崎啓斗が校外へ足を1歩踏み出した時のことだった。
「え?」
 左側、正門の陰から声をかけられ、啓斗は反射的に身構えていた。だが、すぐに警戒を解く。目の前に居たのは、クラスで見覚えのあった女生徒だったのだから。
 その女生徒は可愛くラッピングされた、小さな包みを両手に抱えていた。そしておもむろに啓斗に向かってそれを差し出す。
「これ……受け取ってくださいっ!!」
 啓斗はパチパチと何度か瞬きをしてから、包みに手を伸ばした。
「受け取れって言うなら、もらっとくけど……」
 訝りながらも、包みを受け取る啓斗。すると女生徒は、一瞬喜びの表情を見せたかと思うと、すぐにその場から立ち去っていった。
 啓斗も首を傾げながら、包みを手にこの場を立ち去っていった。しかし、気になるのは包みの中身だ。いったい何が入っているというのか。
 結局啓斗は、道すがらラッピングを外して包みの中身を確かめることにした。警戒心が本能的に働いたのだろう。
 しかし、中身は変な物ではなかった。入っていたのは、香ばしく焼き上げられた包み一杯の焼き菓子。梅の花に近しい形で、焼き菓子1枚の大きさは一口大といった所だろうか。
 啓斗は1枚摘まみ上げると、軽く匂いを嗅いでみた。香ばしく美味しそうな匂いが、鼻の奥を突く。
 そして端の方を、少しかじってみる。舌の上で転がしながら、味をしっかと確かめてみた。
「……不味くはないか」
 口の中の物を飲み込んでから、啓斗がぼそっとつぶやいた。少なくとも、毒物が混じっているということはないようだ。
「それにしても、変わった味の蕎麦ぼうろだな」
 啓斗はかじりかけの焼き菓子をしばし見つめてから、残りを口の中に放り込んだ。
 これが2月14日の出来事である。

●教えを乞う
 さて――それから時は流れて、3月の13日。昼下がり、啓斗の姿は草間興信所にあった。
 事務所に居るのは、啓斗の他には主の草間武彦だけ。仕事で忙しいのか、草間は啓斗が来た時からずっと机の前で書類に目を通していた。
「という訳だ」
 ソファにどっかと腰を降ろしていた啓斗は、腕を組んだまま草間に言い放った。
「『という訳だ』は別にいいが、だからってどうして俺の所に来るんだ?」
 草間は書類から目を上げることなく言った。
「さすがの怪奇探偵、草間武彦に知らぬことなどないだろ?」
「だからその呼び方やめろ! 俺は怪奇事件専門じゃない!!」
 しれっと切り返した啓斗の言葉に、さすがに草間も啓斗の方を見て叫んだ。自覚があるだけに、今の一言は堪えたのだろう、きっと。
「たく……知りたいのは、ホワイトデーのことだな?」
 ぶつくさ文句を言いながらも、草間が啓斗に確認する。啓斗がこくっと頷いた。
「テレビでそういうのがあると知ったんだが、その後すぐにチャンネルを変えられたからな」
「ああ、分かった分かった。教えてやるが、タダで教えろって訳じゃないよな?」
 少し投げやり気味に言う草間。すると啓斗は荷物の中から、包みを取り出してきた。
「蕎麦ぼうろなら出せる」
「蕎麦ぼうろ? えらくまた、古風な物を……」
 草間は書類を机の上に置くと、立ち上がってつかつかと啓斗のそばまでやってきた。包みを無言で差し出す啓斗。包みの中には焼き菓子が数枚入っていた。
 草間が包みを覗き込んで、一瞬おやっという表情を見せた。が、そのまま1枚摘まみ上げて、半分ほど一気にかじった。
「……おい」
 草間が啓斗に視線を向ける。何故か呆れたような眼差しだ。
「蕎麦ぼうろにしては、変な味だろ?」
 口に合わなかったと思ったのか、啓斗はそう草間に言った。しかし、草間からは全く予想外の言葉が返ってきた。
「これはチョコクッキーだ」
「……チョコクッキー?」
 きょとんとなる啓斗。草間がはっとして、啓斗に尋ねてくる。
「ちょっと待て。これ、どこで手に入れたんだ? お前、その様子じゃ自分で買ってないだろ!」
「もらったんだ、先月」
「先月のいつだ!」
「あれは……14日か」
「馬鹿! だったらそりゃ、バレンタインのチョコだ!! お前は恋愛音痴の朴念仁かぁーっ!!」
 草間の叫び声が、事務所に響き渡った。啓斗はその言葉を否定することは出来なかった……。

●怪奇探偵、講義す
「なるほど、そうかそうか……2月の14日は、好意を持つ異性にチョコを贈る日だったのか……」
 感心したように頷く啓斗。たった今、呆れ返った草間からバレンタインデーの講釈をとくと受けた所だった。
 何しろ日々忍びの修行漬けで、現代の若者文化に疎い啓斗のこと。一般的な常識が、妙な部分で欠落してしまっていたのだ。
「そうだ。で、そのバレンタインと対になって、明日3月14日のホワイトデーがあるんだ。この日は、チョコをもらった相手にお返しをするんだ」
「ふむふむ。それがホワイトデーなのか」
 ようやくホワイトデーの正体を知り、納得した様子の啓斗。しかしここで新たな疑問が生じたのか、啓斗は草間にこう質問を投げかけた。
「そのお返しとやらは、チョコを返すのか?」
「いや、基本的にキャンディーやクッキーなどと言われてるが、特に決まってはないな。まあ、しっかりお返しはしろよ」
 草間はそう答えると、窓際に歩いていって外の景色を眺めた。
「ただ決まってるのはお返しの程度だ。普通……そうだな、3000倍が妥当か」
 窓ガラスに、草間のニヤッと笑った表情が写っていた。が、啓斗からは何の反応も返ってこない。
「おい、どうした?」
 振り返る草間。けれどもそこに啓斗の姿はない。ただ、開け放しにされた入口の扉が目に入るだけ。
「……まさか嘘を真に受けたんじゃないだろうな?」
 失敗したか、といった表情を見せる草間。そして、小さく溜息を吐いた。

●清水の……
 草間の発言から30数分後。啓斗の姿は何故か呉服屋にあった。それも、オレンジ色の振袖を指差して、大真面目な顔で店員に何やら話していた。
「はい、こちらの振袖でございますね? ありがとうございます。ご準備いたしますので、しばらくお待ちいただけますか」
 愛想のいい店員が啓斗にそう言って、奥へ引っ込んでゆく。啓斗はというと、懐からパンパンに膨らんだ財布を取り出して、深い溜息を吐いていた。
「3000倍はきつい……」
 草間の危惧は、まさに適中していた。草間の冗談を真に受けた啓斗は、お返しとして振袖を選ぶはめに陥ってしまっていたのだ。
 何せ原価100円としても、3000倍では30万円。そりゃあ、振袖を選ばざるを得ないだろう。
 ただでさえ、出費は好まない啓斗。振袖を買うというのは、清水の舞台から飛び降りる所か、長篠の合戦で織田信長の鉄砲隊に単身突進してゆくような物だった。それほど辛いということだ。
 啓斗はがっくりと肩を落とし、もう1度深い溜息を吐いた。さて……啓斗が真実を知った時、どのような反応を見せるのやら。非常に楽しみである。

 今日の教訓――ケチで生真面目な男を騙してはいけません。

【了】