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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


嘆きの人形
□オープニング
 三下は碇のデスクに場違いな物があるのに目を留めた。
「編集長、これ、なんですか?」
「雛人形」
 端的な答えにそりゃあそうですがと困ったように口の中で呟く。
 年代物と一目でわかる人形だった。豪華な衣装をまとっての立ち姿は雅やかだ。惜しむらくは、顔だ、少し煤けて……。
「このお雛様泣いてませんか?」
「そうなのよ。そうね、丁度良かったわ。人を集めて取材に行ってきてちょうだい」
 突然の台詞とともに数枚の資料が手渡される。
 ばらけた資料をページ順に並べなおしてから三下は読み始めた。
「三野村……? ダムの予定地で廃村になった村なんだ……」
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 □三野村
  Y県南部。別名人形村。
  昭和40年代にダムになる事が決まり廃村になる。
  ダムになったのは村の東半分。
  独特な風習として人形葬というものがある。
  死んだ人の遺髪と愛用の品を元に個人を偲ぶ人形を作るという物
 だが、その人形を奉納する場所などは村内の秘密とされ現在の所在
 地は不明。
  村内は東から順に日立、池内、松元、淵が江。北に御蔵、南に田
 元地区があった。
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 添付された書類にはそれぞれの写真がある。
 池や松林の多い風光明媚な光景に三下は目を細める。
「いいなあ、旅行とかで行ったら素敵なんだろうけど……、日立と池内と御蔵は沈んだのか……。淵が江には大きな木があるなあ……樹齢何年だろう。あ、このお雛様だ。嘆き雛?」

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 □嘆き雛
  三野村の村長家に伝わってきたという人形。現在は村長の遠縁の
 三河森光(みかわ・もりみつ)が所持。美術館に寄贈をと考えたが
 とある謂れの為に現在も手元に置く。
  嘆き雛は満月の夜に何かを探してさ迷うという。何を探している
 のか判らないが、一晩探し続けて消える間際に決まってある歌を詠
 うという。
 「なみだいけ ながすなみだは たがためか
          まつとたもとを わかれしつきよ」
  一見すると別れた相手を思う歌だが、涙池と呼ばれる場所を示す
 呪い歌の一首かもしれない。
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 読み終わって三下はため息をついた。
「歌を元に涙池を探すって事ですか? 難しいと思うんですが」
 聞いていない事を承知で碇にぽつりと言ってから、三下は心当たりを考え始めた。

□和歌の意訳
「涙池 流す涙は 誰が為か 待つと袂を 別れし月夜」
 誰の為にか流した涙が池になりました。待つと袂を別れた月夜に
 転じて月夜に別れたあなたを忘れられずに流す涙が枯れる事がなく池にまでなってしまいましたとなります。

□桜談義
 川沿いの道はうねりながら山へと向かっていた。
 暖かな陽射しに照らされた広い川の向こう側の斜面には深い緑の木々に混じって葉の落ちた枝がちらほらと見える。春になれば新緑に染まるのだろうか。
「この辺りは山桜が多いそうね」
 シュライン・エマは対岸を眺めながら言った。地図を眺めていた九尾桐伯(きゅうび・とうはく)が顔を上げて目を細めた。実際ナビの必要のない一本道だったが、運転手が三下という事もあり地図に集中していたせいか川の光の反射が目に眩しい。
「どうやらこちらも桜のようですし、春はいい光景でしょうね」
 彼の言葉通りこちらの岸の川べりに並んでいる木も桜である。春が来て川の両岸と斜面に咲く桜はさぞや美しいだろう。斎悠也(いつき・ゆうや)はその光景を想像したようだった。
「その時期に一度来てみたいですね。山桜は葉も一緒に茂るから普段見る桜とは風情が違うでしょうし」
「いいねえ。花見酒と行きたい所だけど、山桜には似合わないかな?」
 渋沢ジョージ(しぶさわ・)は開け放った窓に肘をついた姿勢で目を細めた。
「例えるなら山桜は純朴な娘って所かな?」
「じゃあ、ソメイヨシノはなんですか?」
「正統派美人だねぇ、それもうら若い清楚な」
「その論法で行くとさしずめ枝垂れ桜は大人の女性って所ですか?」
「そうそう、しどけないって感じの」
 男達の会話にエマは笑いながら聞いていたが、ふと思いついて訊ねてみる。
「じゃあ、八重桜は?」
 さて、と男達は顔を見合わせた。
「あの花びらの多さは華麗って感じですかね」
「大人の奔放で華麗な女性って言うのか、花の一つ一つに存在感があるよねえ」
「そうかな、俺は可愛い女性だと思いますよ」
「悠也だけ違う意見なの?」
「ほら、八重桜って桜としては遅咲きじゃないですか。……やっと微笑んでくれた大切な人の笑顔に似てる、なんて」
 ちらりと見せた笑顔は誰の顔を想像していたのだろうか、柔らかい。斎の言葉を受けて成程と九尾が頷いた。
「長くかかった花ほど咲いた時に嬉しい物はないというわけですか」
「うまく言うねえ、判るよ、その気持ち。……やっぱりエマさんも好きな男に見せる笑顔は他と違うんだよね? きっと華やかで綺麗なんだろうなあ」
 大きく頷いた渋沢が唐突にエマに話題を戻す。え、と顔を一瞬赤らめた彼女の脳裏によぎったのが誰だったかは言うまでもないだろう。その様子に斎と九尾が視線を交わして含み笑いをもらした。
 と、その時運転席から恨めしげな声がかかる。運転に集中していて一人話題に入れなかった三下である。安全運転で安心して乗っていられるのだが、どうやら運転している時は他に目が回らないようだ。……デートでドライブが出来ない体質である。
「みなさーん、楽しそうですねー」
「だったら話題に混じってくればいいのにさ」
「別に喋るなと言った覚えは……ないですよね?」
「ええ、ないわね」
「そりゃあ、そうなんですけど……。後10分位で着きますよ。で、その前の別れ道なんですが」
「はいはい。……次は右ですよ」
 九尾は地図に再び落としてそう答えたのだった。

□人形の繰言
 三野村は既に廃村になって久しいらしく、家屋は半ば半壊している。やはり人の住まない家は傷みが早いのだろう。田畑も耕す人がいなければ既に空き地だ。
「夜に来たら肝試しが出来そうですね」
 思わずと言った感じで斎が呟く。
「確かにそうですが……ここに来るまでの方が大変かもしれませんね」
「そうね、最後の五分の道はひどかったものねえ」
「しかもろくに灯りもなかったし、来るだけで一仕事だよ」
 おかげで運転していた三下はすっかりへばって後部座席に寝転んでいた。その三下に斎が声をかける。
「人形はどこにしまってあるんですか?」
 むくりと起き上がった三下が示した場所に手を伸ばすと大切に梱包された包みがある。手にとった斎はその瞬間微弱ながら霊気を感じた。
 包みを開ける事でそれはよりはっきりとした形を伴った。感じられるのは淋しい、哀しいという心。実際に手を触れているだけで流れ込んでくる感情はかなり強い。
(……ここまで強い霊気があるとは……なるほど、夜毎にさ迷う姿が普通の人に見えるだけありますね。人形と言う型代に入っているせいでしょうか)
 斎の真剣さと違ったベクトルでやはりかなり真剣に人形を観賞している者がいた。
「うーん、美人さんだね……でも、いくら美人さんでも人形だと……」
 口の中で呟いている渋沢の言葉は常人以上に耳の良い三人にはしっかりと届いていた。はたから見ると何か悩んでいる風情の渋沢の呟きにいかにもらしいと言うべきなのか、或いはなんと言うべきなのかしばし彼らは沈黙した。
「……まぁ、でも泣いている女の子をそのままにはしておけないか」
「泣きながら何を探しているのかしらね」
「雛と言う事は対になっているのでしょうから、相手を探しているのではないでしょうか?」
「俺もそうじゃないかと、ただ今はこの人形からは詳しい事は感じ取れません。夜になるのを待つ方が良いかもしれませんね」
 斎の言葉に渋沢は軽く首を振り懐に手を入れた。取り出されたのは死神のカード。
「人形が夜だけ探してるって言うなら、夜に涙池が関わってくるって事じゃないかな? 今日は満月、もし月が満月の出ている夜を示しているなら今日がチャンスだ。早い方が良い」
「確かにそれはそうだけど、どうするつもり?」
「死神が示すのは死とそこからの再生。ならば、そのリバースは?」
 ――それは即ち死からの再生。
 渋沢が人形に逆さまにした死神を人形に向かって一振りした。カードの力を借りて人形が変化をとげる。宿る魂が一時的にかりそめの姿を与えられたのだ。
 うら若き少女がいた。雛と同じの着物を着た少女は泣いていた。人形と似た顔立ちの少女だった。
「教えてくれないかな? 君みたいな美人さんの頼みならぜひ叶えてあげたいんだ」
「ななです。……次郎さんはどこでしょう? 父さんはどこでしょう? 平助はどこでしょう? きっと皆ななを置いて涙池に行ってしまったのです」
 少女はすすり泣きながらそう言った。
「ななちゃん、キミは一体だれなんだい?」
「ななは三野の村の三河の娘です」
「三河って彼女の持ち主もそんな名前じゃなかった?」
「ええ、確か三河森光だった筈です」
 エマの言葉に九尾が頷いた。
「ななさんは三河森光さんを知っていますか?」
 斎の言葉にななは小さく頭を振った。
「あなたがいたお家の方なんですが、判りませんか?」
「平助がいなくなったずぅっと後に誰かのおうちに行きました。でも、知らない人です」
「平助っていうのは誰なんだい? 次郎さんは?」
「平助はななの弟です。次郎さんはななの旦那さま」
「おそらくは三河平助さんと言う人が三野村の村長だったと言う事でしょうね」
 斎の言葉にななは頷いた。そして涙声でたどたどしく訴える。
「平助は父さんの息子だから、きっとそうだと思います。平助もきっと涙池にもう行ってしまったのでしょう」
「それで、涙池って言うのはどこにあるの?」
 エマの言葉にやはりななは首を振る。
「知りません。生きている人が行ってはいけない約束なのです。死んだ後、皆お人形になって涙池に行きます。場所を知ってるのは歌と番人だけ」
「その歌が、『なみだいけ ながすなみだは たがためか まつとたもとを わかれしつきよ』って訳ね」
「はい。涙池は死んだ人を思って泣いた涙が作った池、死んだ人たちはそこで人形になって生きているのです。ああ、次郎さんに会いたい、父さんや平助に会いたい、涙池はどこでしょうか?」
 泣き伏したななを慰めるように渋沢が彼女の肩に手を置く。
「大丈夫、俺達が涙池を探してあげるよ。だけど、どうしてななちゃんは涙池に行かなかったの?」
「父さんがななと次郎さんが死んだ時、ななだけ手元に残してしまったの。『ななが早うに死んで悲しいから父さんと一緒に涙池に行くまで待っててくれな』、そう言ったのに、父さんはななを連れて行ってはくれませんでした」
「ななちゃんが死んだのはいつの事?」
「ななが19のときです」
 この場合の19は数えだろうか、まあ実年齢としても早すぎる死とも言えるだろう。おそらくは父親もだからこそせめて形見の人形なりと手元におきたいと願ったのかもしれない。九尾がふと疑問に思う、ならば何故父親が死んだ時に彼女は涙池に行けなかったのか。
「ななさん、平助さんはその時いくつでしたか? お父さんがななさんを手元に残した事を知っていたんですか?」
「平助とななは十違います。父さんがいなくなった後、平助はななを見つけて、姉ちゃんにそっくりだと言って大事にしてくれました」
「きっと、ななさんがそういう人形だって知らなかったんでしょうね」
「ええ、きっとそうなんでしょうね。そして代々大切に受け継がれたという事なのかもしれません」
 九尾の言葉に斎が答え、渋沢とエマも頷く。ななは哀しげに言う。
「でもやっぱり平助もななを涙池に連れて行ってはくれませんでした。きっと、平助も一人で行ってしまったのです。平助がいなくなっても、ずぅっと待っていたのに……、それ所かななを村の外まで連れて行ってしまった」
「だから、自分で涙池に行こうと思ったんだね?」
 こくりと頷きななは泣きながら言う。
「涙池はどこでしょう? 次郎さんに会いたい。父さんや平助に会いたい。涙池に行けばきっと会えるのに」
「大丈夫よ、ちゃんと涙池に連れて行ってあげるわ」
 本当? と涙に濡れた目を上げたななに、四人は頷く。漸く安心したかのようにななは笑みを浮かべそして消えた。
 九尾は軽く息をついて三人を見渡した。
「さて、では涙池を探さなくてはいけませんね」
「そうだね。まあ、場所は聞き出せなかったけど、探せば何とかなるだろうし」
「今日は満月の分明るいですが、でも夜が更ける前までには探し出さないと移動が大変ですね」
 渋沢と斎の言葉に頷き、エマが村内の地図を全員に手渡した。
「そうね、まずは手掛かりを手分けして探しましょうか」

■まつとたもとをわかれしつきよ
 九尾は田元地区を歩いていた。田元が「たもと(袂)」と同じ音だった為、涙池がここではないかと思った為だ。
 池や川を地図に従い覗き込みながら歩く。
「もし、そこのお方」
 九尾はギョッとして振り返った。背後から声がしたのもだが、接近を気が付かなかった事にひどく驚いた。後ろに立っていたのは青い着物を着た老人だった。
「……あなたは?」
 何故老人がこんな所に一人でいるというのか、そんな疑問を抱きながらも九尾は彼に言葉を返した。
「涙池をお探しかえ?」
「……ええ」
 探るような視線を向けた九尾に老人は何度も頷いた。
「漸く迷子が帰って来おった……。一つ頼まれておくれ」
 嫌に訳知り顔の老人に警戒を隠せない九尾を尻目にあくまでマイペースに老人は一軒の廃屋へと指を向ける。
「あそこに二つの人形がおるので一緒に連れて行ってやっておくれ」
「何故あなたが行かないんです?」
「さて。お若いの、ただ池を探しちゃならん、死者の国は涙が染み込んだ先に死者のお国はある」
 まさか、そう思いつつも九尾はそれを口に出さないまま彼の言葉の方を今は吟味する。
「……涙が染み込んで死者の国に出来たのが涙池、と言う事ですか?」
「岩境が死者の国と生者の国とをわけておるよ。大きな大きな神様の岩がの」
「いわさか? ……大きな岩や樹齢を重ねた木がしめ縄などで祀られる事がありますが、それの事ですか? ……?」
 老人は既にいない。教えるべき事を教えたからだろうか。ある予感を持って九尾は廃屋に向かった。想像通り青い着物を来た人形がいた。もう一体は赤い着物の人形だった。
「人形は一人で歩けないと言う事ですか」

□涙池
 九尾の持っていた人形に斎は驚いた視線を向けた。
「桐伯さん、その人形どうしたんですか?」
「ああ、預かり物ですよ。これも涙池に連れて行くつもりです。……おそらくは最後の番人の人形ですよ」
「ああ……なるほど、そういう事だったんですか」
「悠也?」
「ああ、いえ。その子にさっき出会ったんです」
 何事もなさげに答えた斎にエマは驚きながらも頷きだけで答えた。九尾は彼の見解を口にする。
「最後の番人でしょうね」
「番人の人形ってのは、ななちゃんと同じ境遇って訳かい? ……入り口らしき物を見つけたよ」
 一番遅れて集合場所に着いた渋沢の声に三人と三下が振り返る。
「ご苦労様です。どこにあったんですか?」
「森の中。でっかい岩の奥にどうも池があるようなんだよね。時間が時間だったから一度引き返して来たんで中は確認してないケド、奥で水音がしてたよ」
「え? 地下にですか!?」
「やっぱりあの森にも川が通っていたのね」
「やはり地下に池があったんですね」
「大きな岩、岩境ですね。間違いなくそこでしょう」
 地下に池があるという意外なニュースをもってきたつもりだった渋沢は三人が驚かない事に僅かな不満を覚えた。――三下が驚いたのはお約束なのでどうでも良いらしい。
「まあ、俺もそこがビンゴだと思うけれどね、……でもさ、もう少し、なんて言うか驚かない?」
「まあ、情報収集の結果だと思ってください。早速で申し訳ないんですが案内してもらえますか?」
 渋沢もその点については異論はない。先頭に立って歩き出した彼に三人と三下は続いた。
 自然と暮らさぬ者にとって、慣れない足場を通るのは難しい。それが夜の闇に閉ざされたとなれば尚更である。三下の悲鳴が時折響く中、彼らは森の奥へと足を進めていた。余談であるが、ななの人形は三下にはとても任せられないと渋沢が引き取り、取材の機材も傷がついたら大変だと言う事で男性陣が手分けをして持っている。手ぶらであると言うのに歩くのが困難な三下は少しだけ傷付いた。もっとも都会に慣れすぎた人間にとっては夜の森を歩く事は大抵の場合困難だと言えるかもしれない。
 ともかく、彼らがその場所に着いたのは月がかなり空高くに昇ってからの事だった。
「……綺麗だわ。それに月の光ってこんなに明るいのね」
 青白い月を見上げてエマが呟く。その言葉に斎が頷いた。
「ええ。普通に生活していると街の光に慣れてしまいますからね。本来月はこんなにも明るいものなんですね」
「夜の街は光の洪水かなのもしれませんね。そこに馴染んでしまっている私達は夜がこんなに暗いものだとは忘れがちですが」
「暗い、か。闇ってのはもっと深いもので夜は月と星とで明るいもんだと思うよ。人間は闇への恐怖を心の底に押し遣ってるけれどね。入ってみるかい?」
「危険な霊気は感じませんし、奥へ入ってみましょう」
 岩をくりぬいた短い通路を懐中電灯の小さな光を頼りに歩く。程なくその場所に着いた。
 天井の小さな穴からまっすぐに月の光が降りていた。
 池の水面にゆらゆらと浮かび上がる月がある。水面の光がそう広くない洞窟の中を照らしていた。
 青白い月の光で浮かび上がるのは人形。その白い面は月の蒼さに染まる。
 人形達は一様に水面を、天からの光を見つめているようだった。
 その面に浮ぶのはどんな表情なのか。ただ、静かで諦観に満ちた空気がそこを支配していた。
「人形は死者を模したもの。死者の住まうべき場所は地下。……地上は生きている者の場所ですからね」
「生者が死者を想い流した涙がここに溢れ出す、それが涙池という訳ですね」
「地下を流れる川がこんな場所に池を作った。そして地下だから地図に残らず場所は不明だったのね」
「『涙池 流す涙は 誰が為か 待つと袂を 別れし月夜』か、ななちゃんの言う通りの場所だね。人形を返してあげようよ」
 ――本来あるべき場所に。
 斎が人形の気を辿り場所を見つけ出す。そして、ななを、最後の番人をそっと置いた。
 月の光を見つめるように。
 流した涙を見守るように。
 人形達は静かに集い、そして寄り添う。
 エマがそっとななの煤けた頬を拭う。その面は嘆き雛というには穏やかで幸せそうな物だった。隣の男雛にもそっと手を合わせ、彼らはその場所を後にする。
 ここは生者のいるべき場所ではないのだから――。

□夢
 朝を待って帰る事にした彼らはあらかじめ目星をつけておいた空き家に男性陣が、そして車の中にエマがそれぞれ毛布を使った寝床で目を閉じた。
 ぽつねんと佇んでいたなながやっと誰かを見つけて笑顔になる。
 それは、同じ年頃の実直そうな青年。
「次郎さん……」
「やっと、やぁっと会えたね。ずっと待っていたよ」
 青年の言葉にななは頷き、彼の伸ばした手にそっと体を寄せる。
「すまなんだな。連れて行ってやれんで」
「姉ちゃん、ごめんな、気付いてやれなくて」
 申し訳なさそうに言う壮年の男と幼い子供。ななは首を振る。
「大丈夫、会えたから、帰ってこれたから」
 それを見守るように立っていた。男女があなたに向かって深く頭を下げた。
 ななも夫や家族と共に頭を下げた。
 声はなくとも伝わる言葉がはっきりと胸に残る。
 それは朝目覚めても変わる事なく胸に刻まれていた。
 それがただの夢かどうかの答えは一体誰が知るというのだろう。真実は常にその人の心のうちだけにあるものかもしれない。

fin.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 0332/九尾・桐伯(きゅうび・とうはく)/男性/27/バーテンダー
 0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
 0164/斎・悠也(いつき・ゆうや)/男性/21/大学生・バイトでホステス
 1273/渋沢・ジョージ(しぶさわ・)/男性/26/ギャンブラー

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■         ライター通信          ■
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 依頼に応えていただいて、ありがとうございました。
 小夜曲と申します。
 今回のお話はいかがでしたでしょうか?
 もしご不満な点などございましたら、どんどんご指導くださいませ。

 相変わらずのギリギリ納品でございます。いつも本当に申し訳ございません。
 その昔、人形遊びを「ひいな(雛)あそび」と言っていたそうです。そして雛祭りは人形を型代に厄を流すという祭りでした。二つが混じり合って、現在の雛祭りに続いているそうです。
 さて、和歌の正解ですが「松と田・元を別れし 月夜」でした。つまり「松元と田元を別つ場所 月夜」という条件です。皆様の解釈はいかがでしたでしょうか?
 また依頼文で誤字がございました。原文では「村内は西から順に日立、池内、松元、淵が江。北に御蔵、南に田元地区があった。」でしたが、今回の掲載に辺り「村内は東から順に日立、池内、松元、淵が江。北に御蔵、南に田元地区があった。」という正しい形に修正させていただきました。大変申し訳ございません。

 九尾さま、五度目のご参加ありがとうございます。
 怒った九尾さまを書けずに終ってしまいました。個人的にかなり残念です。
 嘆き雛がはぐれてしまったのは時の悪戯というか、誤解で成立しています。代々大切にされたからこそ、さ迷う時間も長くなったのです。
 また、死に別れた恋人の遺髪を使ったお内裏様があると言うのは正解でした。
 今回のお話では各キャラで個別のパートもございます(■が個別パートです)。
 興味がございましたら目を通していただけると光栄です。
 では、今後の九尾さまの活躍を期待しております。
 いずれまたどこかの依頼で再会できると幸いでございます。