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<東京怪談ノベル(シングル)>


踊り踊り革命

「あの‥‥私、お掃除しなくちゃならないんですけど」
 困惑げに零は、自分の腕を引いて駅前の街路を駆けていく月見里・千里に言った。
 千里は零を振り返り、快活な笑みを見せて答える。
「今日はお休み! 良いじゃない、たまには」
「はぁ‥‥」
 興信所から半ば強引に外に連れ出して置いて、休みも何もあったもんじゃ‥‥とも思わないでもないが、零はとりあえず考えてみた。
 まあ‥‥確かに一日くらい掃除をしなくても、所内が腐海に沈むと言う事はないだろう。
 それに、夜中まで引っ張り回される事はないと思うので、夕食の片づけを終えてからでも掃除は出来る。
「‥‥わかりました。でも、何処に行くんですか?」
 聞く零に千里は、まっすぐに腕を伸ばしてその建物を指す。
「あれよ、あれ。ゲームセンター」
 ガラス張りの壁面から中のゲーム機が見える。
 看板のネオンは、まだ日も高いことから光をともしてはいなかった。
「OOKがバージョンアップしたのよ。やってみたいと思わない?」
 千里はゲームセンターに向かって零の手を引きながら問う。それには答えられず、零はもっと根元的な問いを返した。
「OOKって何ですか?」
「踊り踊り革命ってダンスゲーム。あれよ」
 言った時には既に、千里は自動ドアを通過して店内に入っていた。
 ゲームセンターの入口付近にはプリクラの機械や、音ゲーと呼ばれるゲー筐体が置かれており、女の子や今風の若者達がたむろしている。
 奥の方にはゲーム筐体が幾つも並んでいたが、どうも入口の方とは客層が違うようだった。
 千里が指したのは入り口付近に置かれたゲーム筐体。前後左右4枚の踏み板がついた台座とモニターの付いた筐体が一体化した形。それが2台、身を寄せ合って並んでいる。何も知らない零には、巨大な体重計にも見えた。
「ラッキー。まだ、誰も居ない☆」
 千里は手を叩いて自分の幸運に感謝する。
 人気のあるゲームだけに、大概誰かが居る者なのだが、今日は珍しく空いていた。
 さっそく千里は、ゲーム機の前に零を引っ張って行く。零はこの奇妙な機械を見、小首を傾げて聞いた。
「何をする物なんです?」
「ゲームよ、ゲーム。そうね‥‥やってみればわかるわ」
 千里はそう言うと、零をゲーム機の前に押しやり、コインを投入してしまう。
 そして、何も知らない零の為に、プレイ人数や難易度などの幾つかの設定を千里がすませると、モニター画面は踊る曲を選曲する為の曲リストへと変わった。
「まず、好きな歌を選んでね」
「歌‥‥『海の神兵』は無いんですか?」
 零はそう言いながら曲リストを探す。
 最近のゲームは妙にマニアックな歌まで網羅してたりするが、さすがに軍歌は無かった。
 そうこうしている間に曲選択の制限時間が過ぎ、曲は勝手に選択されてしまう。
「あ、始まったんですか?」
「じゃあ、画面を見て? 上から矢印が落ちてくるでしょ? それがこの下の線の所に行ったら、その矢印の向いている向きと同じ向きの踏み板を踏むの」
「踏む‥‥ですね?」
 千里の教えを受け、何が何だかわからないままに零は、タイミングを合わせて踏み板を踏み始めた。
 もとより兵器として開発された零であるから、その反応速度は常人のそれを遙かに凌駕する。
 所詮は、常人の能力にあわせて難易度が設定されているゲーム‥‥零にとってはどうという物でもない。
 零は、踏むべきタイミングに微塵も遅れる事無く、機械のような正確さで踏み板を踏んでいった。
 やがて、危なげもなく何曲かプレイし終わるとゲームは終了する。一応、零はゲームをクリアしていた‥‥が、
「ダメダメ! ちっがぁーう!」
 千里は踊り終えた零に千里は声を上げた。
「え? でも、ちゃんと踏みましたよ?」
 訳が分からない様子の零に、千里は小さく溜め息をつき、そして自分がいそいそとゲーム機の前に立つ。
「ただ、踏むだけじゃダメなの。こうするのよ☆」
 言いながらコインを投入。そして、音楽がなり出すと共に、踏み板の上でステップを踏み始める。
 更には身振り手振りなども加え、千里は踏み板の上で踊り始める。踏み板の方は少々ミスもしているが、それでもゲームオーバーになる程ではなく、ゲームは順調に進んでいった。
 と‥‥千里のダンスを見て、周りにギャラリーが増えていく。
 やがてゲームが終わり、千里はフィニッシュのポーズを決め、筐体から下りた。
「こうやるの。このゲームは格好良く決めなくっちゃ。零ちゃんみたいに、ただ踏んでるだけじゃダメなのよ」
 千里はちょっと自慢そうに零に言う。
「わかった? じゃあ、次は二人一緒に踊ろ?」
 ギャラリーがゲームを始めているから、もう少し後になるだろうが‥‥次には一緒にやろうと千里は誘った。
 だが、零は難しい表情を浮かべて答える。
「‥‥踊りですか? でも私、安曇節とかしか踊れないんですが‥‥」
 ゲームで流れる曲で安曇節は踊れない‥‥一見、同年代に見える少女達の間に流れるジェネレーションギャップの暗い河は、何処までも深かった。
「‥‥一緒に何回か練習すればすぐ出来るよ」
「‥‥そうですね。頑張ります」
 あまり気にしないで言う千里に、零も頷く。
 結論を言うと、零がちゃんと踊れるようになるまでには、結構な時間と幾多の試練を乗り越えることが必要とされた‥‥
 だがそれは次の歴史で語られるべき物語である。