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<東京怪談ノベル(シングル)>


bat around

 夜籐丸星威は、椅子に背を預けて思案に眉を寄せたままだった。
 黒を基調にした自室、所々に配された木製の家具が和らぎを持たせる自室に、一日を終えて就寝前の自分の時間である。
 机上に広げられるのは彫金の道具…整然と並べた鏨やバーナー、使いかけの板銀や裸石のとりどりな素材を入れたケースなどが整えられていた。
 使い勝手が良いよう、持ち手を削ったり研ぎを変えたりと使い込まれている感がある。
「…さて」
呟きはするが、それ以上の行動に移れない。
 星威は机の中央…置かれた二つのアイテムに視線を据えたままだった。
 一つはリボン。
 ただ黒いばかりの糸で連なるレースは、有と無それだけで構成する幾何学模様は花を思わせて華やかに。
 もう一つは銀細工。
 燻銀に暗い黒く変色させ、皮翼を広げた形に平たくデフォルトされた蝙蝠は、瞳に安っぽい赤い硝子を嵌め込まれている。
 共に昨日、買い物から戻った姉に渡された物だ。
「このペンダントトップ、チョーカーに直してくれないかなぁ?」
手首に絡めた銀の鎖、掌に大切に包んでいた蝙蝠を見せる…まるで子供の頃、キレイな鳥の羽根や小石の宝物を見せ合った時のように、仄かに頬を染めたような表情で視線を落とし、こっそりと。
 大切な想いを込めた、若しくは籠もったものなのだと判断をつけ、受け取った。
 最もその折、弾んだ声で「お願いね♪」と自分の顔を見上げて一瞬…込み上げる笑いを堪えた表情の奇妙さも気になりはしたが。
 依頼のそれは、いつものと毛色が違う。
 元々に好きで始めた彫金、乞われて指輪やネックレスを作る事も多いのだが、姉がカタログでみかけて選るのは大概に女の子らしい細工や半貴石を好んでの品ばかりだというのに。
「………誰かの、影響か?」
半ばの確信で以て、呟いてみる。
 思えば先から少々様子がおかしい…星威とて、大学の講義に姫巫女護の役、日々の鍛錬などに追われて、社会人である絢霞とそう時間が合うわけでもないのだが。
 先ず思いが及ぶは先立って、女性ばかりが発症するという奇妙な精神病『willies症候群』が流布した折。
 迎えを請われて車を出した星威を待っていた姉はしとどに濡れそぼり、『虚無の境界』なるテロ組織が、それを散らす場に居合わせたのだと説明した。
 けれど、大切そうに抱えた男物のコートについては何も語らずに。
「姉上、僭越ながら…」
ハンドルを握り、星威は疲れからかうとうとしかけてい.姉に声をかけた。
「そのように握っていては、濡れた革に癖がつく。急いで水気を拭って暗所で干さねば取り返しがつかなくなるのでは」
もっとも、既に手遅れの感があるが。
 綺麗な緑に染め上げられていた髪が眠りにこっくりと落ちかけていたのが、慌ててガバと起き直り、
「どうしようーッ星威!早く家に…あッ、でもお祖父様がいらっしゃったら…!」
軽いパニックになっているのを落ち着かせるのに結局、コートの出先については言及出来ないままだった。
 考えを巡らせながらも手は動く。
 蝙蝠の頭部の部分の輪は、鎖を通す為の物だが、蝙蝠自体の大きさに合っていない…指先のとっかかりに、輪の部分だけ後付したのだと見当がつく。
 細いそれは、鋸を使う程でもない、と鏨を使って造作なく切り取る。
 思っていたよりも柔い手応えは地銀は良い物を使っているようで、目のガラスとのアンバランスさに、素人が作ったのではないだろうかと思いつつ、星威はそのままでは引っかかる切り口を金鑢で削る。
 シュッ、シュッと、削る面が滑らかになるまで丁寧に。
 単調な作業に、思考は自然と姉へと向き、何か変なことに巻き込まれていなければいいが、と切れ長に金の瞳を細め、無意識にレースリボンを手にし…ふと考える。
 1mの長さは、多分に蝶結びにして黒いながらも首元に華やぎを持たせる為と見たが、幅広のレースの中央に、燻した銀のくすみを配しても映えない。
 少々悩んだ末、星威は立ち上がると、レースと蝙蝠とを手に部屋を出た。
 姉の部屋に向かい、扉をノックしかけてその隙間が少し空いている事に気付く…中から漏れる光はなく、早い時間であるがもう眠ってしまったのかと、そっと部屋を覗き込んだ。
 東側の窓辺に椅子を置き、其処に腰掛ける姿を月光に臨む。
 その手にした…赤く光を透かして細長い硝子、のような物をに微笑みを向ける。
 それは、弟である自分には決して向けない種類の表情で。
 星威はしばしの躊躇いの後に、音なく扉を閉めた。
 姫巫女を護るという、使命。
 幼い時分から姫巫女護として育ち、義務でなくその主人を月姫と定めた身に後ろめたさも迷いもありはしないが、本来ならば、長子である姉が金の瞳を持って居れば…男に、生まれてさえ居れば得た任であり、仮にそうだとすれば、自分の存在はなかったかも知れない。
 自分がその座を奪ったように感じるのは、家という一つの世界の中で、姉に与えられる場所の無さの為だろう。
 分家の長である祖父に、女である…それだけで不興を買い、存在意義を失くしている彼女を守れない、それだけは口惜しい。
 故に、想う相手が居るのならば、奔放な彼女の生彩を奪う家から早く連れ出してやって欲しいと…想い、願うが故に、完璧に彼女を護り通す、そんな御仁でなければ認められないと決意しているあたりは、少々シスコン気味の星威である。
「…私が彼の者に会いに行く、べきでしょうか…?」
呟きは、多分にコートの持ち主へ向けて。
 その名どころか、顔も居場所も知らない…けれど、月姫に請えば手がかりは掴める筈。
 星威は思案のままに長くなりそうな夜を予感しつつ、それがヒントであるのを知らずに手の中に赤い蝙蝠と視線を合わせると、星威は小さな息をついた。