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lovely
草間興信所。
怪奇的な難事件が毎日のように寄せられている忙しいその場所も、その日の始まりは穏やかな時間が流れていた。
「雨か‥‥」
窓から外を眺め、くわえタバコの探偵は頭についた寝癖を手で撫でつつ、呟いた。
昨日の夜から降り出した雨はシトシトと、冬から春に移り変わろうとする街並に静かに降り積もる。
時は止まらない。梅の花は散り、桃の花が色づき、桜のつぼみは膨らんでゆく。そして季節はやがて春の訪れを知る。
玄関のチャイムが鳴り、探偵はタバコを灰皿に押し付けて、玄関に進んだ。
ドアを開くとそこには、少し緊張した面持ちの少年が一人。
中学生くらいだろうか。
「こんにちわ。中へどうぞ?」
「‥‥」
探偵に誘われ、少年は応接室に通される。
そして、探偵の正面に腰掛けると、思い切ったように探偵に告げた。
「お願いです。‥‥俺が海外に行ってた1年間、‥‥恋人が何をしていたかが知りたいんですっ。調べてもらえますか?」
「恋人?」
草間は小さく破顔する。
まだ幼さを表情に残す少年は、けれど真剣な眼差しでまっすぐに探偵を見つめていた。
「恋人って幾つ?」
「16歳‥‥高校生です」
「そうか。年上の彼女だな」
そんなに苦労しそうな仕事ではなさそうだ。これが人妻とか女性教諭だと問題あるなと思ったが。
この興信所特有の風潮として、実は幽霊な彼女、とか、UFOに連れ去られたまま行方不明、だと難解すぎるし。
「それで名前は?」
「俺は結城・二三矢(ゆうき・ふみや)。彼女は‥‥」
「ぶっ」
その名を聞いて、草間は口に含んでいたタバコを吐き出しそうになってしまった。
「探偵さんもご存知ですよね? ちーのこと」
「‥‥な、なるほどな。君が」
草間は頭をかいた。
確かに知らないとはいえない。顔見知りだ。
「それで海外から戻ってきたわけだ」
「はい。先日、帰国しました」
「‥‥なるほどな」
草間は苦笑しながら、ソファから立ち上がると、部屋を出て行く。しばらくして、大量の書類を抱えて戻ってきた。
「さーて。これが彼女に関する一年分の資料だ。好きに見てくれ」
●
「相変わらずだな‥‥」
報告書を見つめる少年の目はとても優しい。
時々苦笑を浮かべたり、はっとして何度も繰り返して読んだり、ほっとした表情になったり。
そこにある恋人の行動は、二三矢の心の中にいる彼女そのもの。元気いっぱい、パワフルで、ちょっと口が悪いとこもあるのが玉にキズ?
純粋で、優しくて、涙もろくて、向こう知らずで、無茶で、強がりで。
「全く‥‥」
二三矢は深く吐息をつく。
離れていても、心配することなんてなかったかも。
自分が一番好きだった彼女のまま。
けれど、なんていうかちょっぴり妬ける。
自分の知らないところで、知らない友達を作って、素敵に無敵に暴れ回ってたのだなんて。
「ん? どうした?」
コーヒーを運んできてくれた草間に、二三矢の呟きが聞こえたらしい。
二三矢は報告書を読む手を止めて、草間を見上げた。
「‥‥いや、なんと言えばいいのかわからないけど‥‥、ここに俺の知らないちーがたくさんいて‥‥」
「知らない?」
「いや、知らないというのも違うけど」
二三矢は頬を赤くして、上手い言葉が浮かばないことを歯がゆく思う。
「‥‥側にいたかった、かな?」
草間が優しく告げた。コーヒーを置いて、正面に腰掛けた。
二三矢は顔を上げ、草間を見つめる。
「‥‥それだ」
二三矢は苦笑みたいに唇をゆがめると、コーヒーをとり、一口すすった。
コーヒーの苦さがじんわりと口に広がっていく。
思い出は二人で作りたい。
だって君は俺の素敵な人だもの。
俺の腕の中にずっといてほしいし、
俺がいつでも守ってあげたい
それなのにつれない君は
ひとりでどんどん先に行くように、
ひとりで挑んで、ひとりで傷ついて、ひとりで出会って、ひとりで泣いて、
でもその心の中には、
いつも俺がいたと信じてる。
君の知らない冒険を
こっそり俺もしてきたよ
だけどその時も、この俺の心の中には
いつも君がいたのだから。
「ん、雨ひどくなったな」
草間は窓の方を見上げて、雨足の音を聞く。
「そうですね」
二三矢もつられて同じ窓を見る。
「今日は依頼の電話もなかなかかかってこないし、のんびりしていくといい。報告書、それにまだあるしな」
「のんびりさせてもらいます。それに草間さんにも、ちーのこと、色々聞きたいし」
「人に聞く前に、自分で会って確かめるのが一番いいとは思うがな」
草間は笑って、その姫君思いのナイトに答えた。
おわり☆
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