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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


爆熱的高速度決闘〜Night by Fire

20XX 03/01 AM 0:02
投稿者:紅 閻十郎

誰でもいい。
俺と立ち会え。

俺の力を試したい。
爆炎を為すこの力で、俺は何が出来るのか。
……何をすべきなのかを知りたいのだ。

異能を以って何かを為している誰かならば、
きっと、俺の問いに答えてくれるだろうと思っている。

刻は一週間後のこの時間。
場所は有明、国際展示場駅周辺。
人数や、立ち会う際のスタイルは問わない。
一人ずつでも相手をするし、千人でも俺は必ず対するだろう。

ただし、以下のことに関してだけは守ってもらいたい。

命のやり取りはしないが、真剣勝負のつもりで立ち会うこと。
無関係の第三者を決して傷つけないこと。
建物などに関しても、なるべく非破壊を守ること。

これを見ている誰かとのやり取りが、何らかの答えを、
俺に与えてくれるであろうことを期待している。

蛇足だが、俺の能力の心得を以下に述べておく。

●瞬間的に爆炎、爆発をある程度自由な形で発生させることが出来る。
●射程は五メートルほどだが、炎は全方位に同時展開出来る。
●体を炎熱でコーティングすることが出来る。
●空手初段。

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 ――人工島。
 臨海副都心の区画内においても一際、人間の営みを感じられぬ場所……有明に、それはもっともふさわしい呼び名であるのかもしれなかった。
 ビジネスビル。
 ホテル。
 展示場。
 インテリジェント・エレガンスに綴られた通りに、人の影は無かった。
 午後一一時半。
 まだまだ眠らぬ街は眠らない。
 だが、人が住み、何かを為すような街では無いためか、それとも何らかの作用が働いていたのかどうか……理由はどうあれ、少々の気配すらも鉄のアベニューには感じられるものは無かった。
「……死んでるね」
「死んでいるわねぇ」
 ――気配が無いのに、声はしていた。
「まるで、私たちみたいな街じゃないか」
「……どのあたりがそのように?」
 見れば、屹立するビルに、その無機質に同化するかの如く、二人の人影が背を預けていた。
 二人とも女だ。
 どちらも肌が抜けるように白い。
 背の高い、中国娘を思わせる方は紅玉(ルビー)を連想させる瞳で、白衣を着た金髪の女は緑石(アメジスト)を想起させる眼差しで、どことなく大通りを見つめていた。
 紅蘇蘭(ホン・スーラン)とレイベル・ラブであった。
「駅前なんだよ? 人が全くいないじゃないか。あの電車は、廃線寸前なのかい?」
「妙なことを言うのね……あなたが、誰もここに呼ばれぬように、少々おせっかいを焼いたのではなかったの?」
「なんだってぇ?」
 紅の言う通りであった。
 "おせっかい"とは、閻十郎の無茶を通り越した横暴たる書き込みを見た人間が、むやみにその場に集まらぬよう、魔法の品――人はそれを賢者の石と称する――を使い、時に至るまで事実の操作を試みた故であった。
 ……だからこそ、レイベルは紅の言葉に驚いたのだが。
「まあ、私は人とは違う、ということかしらね……まあ、それはあなたもそうなのでしょうけど」
「へぇ……どのあたりがそう思ったんだい?」
 狂気すら孕んだ目つきで、レイベルは綽々気分の紅に訊ねた。
 顔は笑っているが、その両目はちっとも笑っていない。
 普通の人間が見れば、その日の夜はちょっとした悪夢が約束されるであろう、そんな瞳だった。
 だが、それすらも、この妖艶なりし人外の魔性には、ちょっとしたウインク程度の可愛げしか無いのも事実だった。
「あなた、生きてない感じがするもの」
「大正解。激しくアンサー」
 紅の言葉をレイベルは茶化しつつ、白衣の内ポケットから、何かを取り出した。
「だから、ルール違反の私らはオーディエンス、ってことね」
「それは?」
「折り畳みスリッパ」
 掌に、ぱんぱんと叩きつける音は心地よかった。
「盛り上げるのにちょっとね」
「……京劇の獅子みたいなもの?」
「よくわかんないけど、そう思うんなら、そうなんでしょ」
 言って、レイベルはケタケタと笑いを声に出して浮かべた。
 ……この女は普通におかしいのね。
 紅は素直にそう思って自分を納得させた。

  ◆ ◆ ◆

 午後一一時五〇分。
 電車の出て行ってしばらくして、駅側から歩いてくる人たちの姿があった。
「さっむぅ〜! これ、季節、春とちゃうやん」
 そう言って、温厚そうな顔を寒さに歪めたのは、淡兎(あわと)・エディヒソイ。
 銀髪と学校の制服が爽やかな好青年であった。
「半分ロシア人でも寒いか? 淡兎クン」
「淡兎ちゃうゆいましたやろ。エディー。メールでみんなにも言いましたけど、エディーやで、兄さん」
「はいはい、わかったわかった」
 その独特なイントネーションを真似しながら、苦笑交じりに頷いたのは五代真(ごだい・まこと)。
「んなことゆうて。おっさんもジャンパーとジーンズだけやん――」
「誰がおっさんだ。馬鹿言うんじゃねえよ。俺はまだ二十歳だ」
「でもなんちゅうか……ほら、アレ」
「アレってなんだよ」
「結構毛だらけ猫灰だらけ。生まれも育ちも葛飾柴又――あんな感じやね」
「見た目をそう言われるのはおかしいぞ」
 ……その頭のバンダナとか、めっちゃそんな感じやわ。
 そう言おうとしたエディーであったが、やめておいた。
 江戸っ子を怒らせると性質が悪い。彼なりの、いや、関西人の処世術であった。
「しかし……その、閻十郎ってのは、何者なんだ?」
「それなんやけどな……DJなんやて」
「でぃーじぇー? ラジオのあれか?」
「いや、レコード回す方やな。今日も回していて、それから来るんやて」
「なんだよそれ。俺は聞いてないぞ」
「クミノちゃんからメールもらったやろ? 一応彼女がお迎え係なんやけどな」
「もらったらしいが、見てねえな。あいにく俺も、便利屋ってな忙しい仕事があってね」
「……なんか、ウチが、暇人の学生みたいな言い方するんやな」
「違うのか?」
「……まあ、違わんけど……」
「こうしてお前さんと逢ったわけだし、問題ねえだろ」
「上手くやり込められ取る気がする……」

  ◆ ◆ ◆

「大丈夫……ですか?」
「う、あ、はいっ……」
 ササキビ・クミノ。
 少女の顔面は蒼白そのものであった。
 声に応えはするものの、明らかに大丈夫などという情況ではないらしかった。
「気持ち悪いですか? クルマ、停めましょうか?」
「いや、別にいい……」
 着ている白いケープで、鼻と口を抑える。
「あ、花粉症なんですね? シートの下にティッシュがありますよ」
「いや、違くて――いや、なんでもない」
 理由は分かっていた。
 もちろん、今乗っている大型ワゴン車に酔ったのではなく、花粉症でもない。
 その理由が言えない、という理由も理解していた。
 BBSに無茶な書き込みをした紅閻十郎。
 それを自分で理解していたのか、不特定多数の人間に対して詰め折りを持って来るという、なかなか粋な用意をして来ていた。
 最高級芋羊羹、都合三〇〇箱。
 中身を分ければ五〇〇人でも一〇〇〇人でも問題無く、しかもその一箱は約五千円もするという超高級品である。
 だが、そんな閻十郎の心遣いは、彼女にとってはかえって仇になった。

 クミノは羊羹の匂いから、大の苦手だったのである。
 と言うより、甘い物全てダメだった。

 閻十郎から、自身の能力を説明され、一応自分も、メールで以前教えたことをそのまま反復した。
 その唇の動きすら、まるで自分のものではなかったような気がしていた。
 しかも、閻十郎は気遣いに溢れた、しかも外見が少年に近い短髪の青年。
 生きることに未だ目的の見えない自分と、オーバーラップするものがあって、それがクミノのちょっとした優しさすら喚起してしまう結果となってしまった。
 "羊羹の匂いだけでも死にそう……なんでわたしは……こんなにお人好しなのだろう――"
「何かおっしゃられました?」
「い、いや……」
 ……は、早く降りたい。
 心中で、クミノは素でぼやいた。

  ◆ ◆ ◆

「というわけで、僕が紅閻十郎です。今日はみなさん、よろしくお願いしますね」
 彼の自己紹介は最後であった。
 テクノカットが可愛い。声も可愛い。
 着ているロングTシャツに重ねたコーディネイトも良い。
 物腰は丁寧で柔らかい。
 菓子折りの中身は美味い――クミノ以外。
「……ばか者っ!」
 怒鳴り声に、閻十郎は身をびくりと震わせた。
「あの書き込みはなんだぁっ!」
 声を荒げているのは、レイベル・ラブその人であった。
「全然……全然!」
「全……然?」
 おそるおそる、頭を抱えながら閻十郎が聞き返すと、レイベルはおもむろに何かを取り出した――スリッパ!?
「ぜ、全然可愛い子じゃないのよっ! 何が"僕"だっ!」

 パコン!

「痛っ! や、な、何するんですかっ!」

 パコン! パコン! パコン!

「うるさいうるさいっ!」
「そん、そんなぁ〜っ! いた、痛いですっ!」
 "賢者の石"を使った書き込みの後始末で溜まった鬱憤があったのに、相手が母性を強く想わせる美しい少年だったためか、レイベルの精神は混乱の一途であった。
「このまま大人しく叩かれなかったら、電柱にて撲殺の刑だっ!」
「お、おやめ下され殿! 殿中で――」
 エディーは狼藉を止めようとしたものの、

 スパコーン!

「ぶっ!」
 スリッパの先端が鼻先に命中したか、その部分を抑えつつ軽くうずくまった。
「つまんねえこと言うからだ……ともあれ、このたくさんの羊羹、俺達が食ってもいいってことだよな」
 半泣きに欠けていた眼鏡を曇らせるエディーを尻目に、五代は閻十郎に訊いた。
 ……既に三箱空けていたが。
「あ、はい――あ、いた、いたいっ」
「随分と賑やかねぇ……クミノ、あなたもどう?」
 差し出された、爪楊枝が刺さった"何か"に、クミノはくわっ、と目を見開き、
「断固として拒否します」
「……あらあら」
 苦笑交じりに、紅はそのまま羊羹を自分の口に運んだ。
 だが、頭では、全く別のことを考えている――その答えは数瞬後に出た。

  ◆ ◆ ◆

 大きな音がした。
 破砕音、とも言ってよかった。
 円を囲むようにして立っていた一同の中心、アスファルトの地面が、何かによって見事に穿たれていた。
「やるかよッ!」
 閻十郎が見上げながら、およそ先程までとは異なる野太い声で叫んだ。
 そして――飛んだ。
 形容では無い。
 きらめきにも近い光の筋をなびかせながら、閻十郎の体は暗々たる空へと飛翔していた。
 その様は、浮遊と言うよりは、ロケット花火を連想させた。
 全身を、ほの熱い膜が覆っている。
 熱のカーテンと言ってもよかった。
 それに反動的な意味でも守られながら、閻十郎は己の体を、瞬間的爆発による反動によって飛ばしていた。
 光が尾を引いているのは、周辺の空気――酸素と水素だ――が爆発したことによって生じた火花なのだろう。
 これを、紅は即座に理解していた。
 人を超え獣を越え、神仙に最も近い天仙的存在ゆえの認識であった。
「シンプルね」
 発散された熱のせいか、跡形も無くなったスリッパの先を見つめながら、レイベルもぼやいた。
 この女も、生命の理から外れた超常的存在であった。
「……そっちかッ!」
 閻十郎が身を翻し、展示場の方へと飛んでいく。
 その動きすら、小規模の爆発によるものだった。
 乱麻の如くなびく光の帯は、美しいといっても差し支えなかった。
「なんでぇ、全然本気モードじゃねえか!」
「ちゅうことは、まさしく真剣勝負開始、やな」
 言って、エディーは自分のかけていた眼鏡をスッと外した。
 するとどうだ。
 軽妙な表情はその存在を潜め、代わりに出て来た芯の強そうな男の面構え。
 その変化に、思わず五代はヒュゥと口笛を鳴らした。
 この男も、余裕のある心持ちと言わざるを得まい。
「いくで!」
 声を共に、エディーも飛んだ。
 幅跳びのような大きなストローク、しかしその距離はひととび二〇メートルを超えていた。
 まるで、重力の支配から逃れたかのような跳躍だった――いや、まさしくその通りのジャンプ一番であった。
 彼の力は重力制御。
 本来ならば、己がその影響を受けないままに行使出来る力である。
 だが、そのように操れること即ち、自身すらその重力に委ねることも、時として可能ということ……!
 ――こいつが空中で墜されないようにしなければ。
 同じ飛ぶにしても、自由に向きを変えた閻十郎と、月に降り立った宇宙飛行士のような飛び方をしているエディーでは、見た目的に後者に不利があると五代は感じた。
 感じただけで、実際はどうなのかは未だ分からないが、能力云々に疑問を持つ前から即座に追いかけ、故あれば助ける――そういった判断は非常に早かった。江戸っ子気質たる五代故の思考だ。
 ……実際はそう思う前に、既に五代は走り始めていたが。

 ◆ ◆ ◆

 分からないことばかりだった。
 しかし、分かることはある。
 こうした、炎を、爆発を操れることによって、自分が何らかの精神的浄化を味わっているという事実だった。
 火というマテリアルが生み出す浄化作用とは、種類が違う。
 クラブでレコードを回すのと似た、一種の陶酔、トランス感覚と言ってもよかった。
 故に、この感覚を閻十郎は恐れた。
 この感覚に溺れ、自らを失ってしまうのではないかと……
 おれは、この能力の何もかもに途惑っているのかもしれない。
 一瞬の巡行の内にそう思いながら、閻十郎は苦笑した。
 "僕"が"おれ"になっている。レイヴの時と全く一緒だ。

  Light My Fire
  Night By Fire
  Let's Gain Back To The Fire――

 盛り上がりが最高潮の時にいつもかける、High Energyの曲を思い出していた。
 ……どうするにせよ、おれは、誰かに背中を押してもらいたいのだろう。
「どこだ――」
 反動をかけ、着地する。
 展示場に続く橋の上だった。
 気配のような、予感めいた何かが勘に触っていた。
 不意打ちによって穿たれた穴が、水圧的な現象によるモノだとすぐに理解していた。
 生暖かい雫の感覚を頬で感じたために。
 だが、その存在を捉えることは出来ていない。
 見当違いか――?
 そう、閻十郎が思った、まさしくその次刻であった。
「な――?」
 地を這うモノもあった。
 彼方から飛んでくるモノもあった。
 それらはたった一点を目指し、一瞬で収束した!
 しまった、と思った。
 頬に集中し、そこから全身を包むように広がっていく水分状の物体。
 ゲル状、と言ってもよかった。
 思っただけで口に出せなかったのは、既に唇から何かの虜とされていたためであった。
 口の中に、誰かの指が差し込まれている――そう理解した瞬間には、既に全身を固められていた。
「まったく、生意気な餓鬼だよ――」
 半身はゲル状のままであった。
 しかし、上半身から上は、まさしく妖艶な黒髪の美女を象っている。
 肉体的な意味だけではない。
 漆黒のコートの下には、おそらく何も着ていないであろうことはわかる。
 だが、その布部分すら、下半身の無形部分に繋がっているのだ。
 その気になれば、どのような形ですらも取れるのではないか?
 そんな妖異が、閻十郎の体を完全に拘束していた。
「く、黒木(くろき)、イブ――」
「その通りだよ、閻十郎くんとやらね……真剣だってんで、速攻殺しにかからせてもらったよ……くふ」
 破滅的宣言だった。
「やりあうことに理由なんてない――てめぇだって分かってるはずさ」
 言いながら、少年を糧にせんと舌を舐め擦るその姿は、果てしなく倒錯的な美に溢れていた。
 だが、そのエロスが漂わせるのはタナトス――死そのものといえた。
「さぁて、どこから壊してやろう? 一本ずつ指を折ってやろうか? それとも……あたしに気持ち良く逝かせて欲しいのかしら?」

  ◆ ◆ ◆

「やっぱり、イブの悪戯だったのね……クミノ、あなたは行かないの?」
「その時が来れば、行くわ。それに、今のはこっちのセリフ」
 紅に問われ、クミノはそのままその質問を返した。
 およそ少女のモノとは思えぬ、射抜くような視線に、しかし応じたのはレイベルであった。
「ま、ちょっとした段階があってね。この子、美味しいところを持っていく魂胆なのさ。でも……」
「思ったより、したたかな坊やなのかもしれないわね……」
 二人の人外に、しかしクミノは頷いた。
 彼女は気付いていた。
 あのように能力を扱うのであれば、こうした、平面と直線だけで構成されている街での戦闘は非常に有利だ。
 曲線の動きが必要ない分、最短の動きにソフィスティケイトされた戦闘を、環境的にせざるを得ない。
「人がいようがいまいが、戦闘スタイルが変わることは無い。直線的でいて、それなりに広くて、人もまばらな場所は、ここ以外に東京ではそんなに多くない。ズルイね」
 呟きまじりに、レイベルも気楽な溜息を付いた。
「でも……? 大丈夫かしら?」
「閻十郎の方が? なんかさっきあなた、イブのイタズラって言ってたけど」
 何と無しに、レイベルは紅から、クミノの方に向き直った。
 紅と同じような顔をしていた。
「ちょっとー。二人で分かったような顔しないでよぅ」
 妙に可愛い表情でレイベルが訝しがると、クミノは冷静な表情そのままに言った。
「水は炎には強いけど、もし、紅閻十郎の熱が天井を知らなかったら」
「知らなかったら?」
「……一瞬で蒸発するわ」

  ◆ ◆ ◆

 生意気な奴ほど、踏みにじった時の快感が大きいことを、イブは知っていた。
 人ならぬ妖魔の眷族ゆえの知識だ。
 もう少し締め上げれば、脊髄からまっぷたつ。
 その瞬間のことを考えながら、イブは己ながらに軽い絶頂を弄んでいた。
 ……だからこそ、その間隙を突かれてしまったのかも知れない。
 彼女は知らなかった。
 生意気な奴を踏みにじる直前で、その生意気な奴に追い詰められるという局面を。
 意識が吹っ飛んだかと思った。
 ひと欠片ほどの部位が残ったのは、奇跡とも言うべきだったのか、それとも閻十郎が手加減をしたからか。
 飛び散らされ、自らの存在が何かに付着したのを確認した瞬間、イブは即座に五体を再生させ、
「野郎ッ!」
 吼え声をあげた――エディーの頬から、体にくるまりながら。
 もちろんエディーは驚きつつ、橋の上に着地したが、閻十郎から目は放していない。
 熱が全身から放射されているのが分かった。
 まるで太陽のプロミネンス。
「なんやおばはん!」
「誰がババアだってんだよ!」
「やかましい! 舌噛んでまうで!」
 軽口を叩きつつも、反射で懐から出したグロック26――プラスティック製小型自動小銃――を照準する。
 ――このおばはんをギリでとどめんかったんは、まだまだ使い方迷うてるんやな。
 炎を扱う友人のことを思い出していた。
 あいつなら、こんな中途半端なことはしない。燃やすなら燃やし尽くすまで。
「あんたの炎、ヌルいで!」
 肩口に必殺の銃口が向いた。
 そして、乾いた音が空に木霊した――だけだった。
 閻十郎はピクリとも動かない。
 ただ、一瞬、炎の膜にしじまが生まれただけであった。
「あら? 外したんかな」
 目を点にしながら、思わずエディーは握った拳銃を見つめた。
「……それとも空砲やったんかな?」
「馬鹿野郎! 高熱で溶解させられたんだよッ!」
 ――このあたしと同じようにさ。
 そう豊満な胸の中で付け足しながら、イブは舌を打った。
「……ってことは……あかんわ。もうウチの力じゃ直接は勝てへん」
「な、こ、この役立たず! 不能! ××××!」
「なんやて! いくらウチでも怒るでおばはん!」
「――落ち着けッ!」
 場を制したのは――五代であった。
 しっかと足を踏みしめ、エディーとイブを後ろにしながら、閻十郎と対峙する。
「楽しそうじゃないか……え?」
 およそ状況とは吊りあい難いその問いに、しかし閻十郎はにやりと笑みを浮かべ、
「楽しいさ……こうすることが目的なんだって、思ってしまう程に。でも、それは違うはずなんだ」
「そう思っているわけだ。いい目をしている。でも、目的があろうがなかろうが、それで良いじゃねえかよ――」
 言いながら、五代は額に巻いていたバンダナを解いた。
 握った右手から、まるで生き物のようにそれは波打ち……即座に、一本の根へと姿を変えていた。
 彼の念が、バンダナをねじりながらに固定したのだ。
「こういうことが出来るってこと……これは、誰でも参加できるわけでもないカーニバル、ちょっとした祭りへの特急券なのさ」
「……深く考える必要は、無いってことですか」
「そういうことだ。まだ若いんだ。熱中したっていい。あんたが大将、そして俺らは主役」
「没頭しちゃいますよ」
「それでいい。まあ、お前さんの実力からして、一瞬で決まっちまいそうだけどな」
 じり、と二人の足が擦り動く。
 空気は張り詰め、いつしか誰もが口を閉ざしていた。
 五代の後ろで、判聴不能な罵詈雑言を並べ立てていたイブですらも。
 紛うこと無き真剣の空間であった。

「「ハァッ!!」」

 同時に動いた。
 五代の根の一閃が。
 閻十郎の熱を纏った右手が。
 真っ向からぶつかり合っていた。
 熱がバンダナを溶かしていた。
 しかし、そこに通った念はしっかりと形を成したままに、閻十郎の掌を押し返していた。
 体格の差で、五代に分があるかと思われたが、閻十郎には爆発による後押しがある。
 それでも互角だった。
 お互いに……歯は食いしばっていない。
 それどころか、笑みすら浮かべていた。
 まるで、この一瞬に陶酔するかのように。
 確かに、異能は、普通の人間の預かり知ることの出来ない空間へと、その使い手を誘う切符なのかもしれなかった。
 恐れ、迷う必要など何も無かったのだろう。
 この五代のように、真っ直ぐに自分の力を使う者もいれば、イブのように、己の欲望を指針として力を操る者もいる。
 力そのものに、答えなど潜んでいないのだ。
 力は常に無色で、扱いによっていくらでもその相を変えるものなのだ――そう、閻十郎は理解した。
 ……いや、彼だけではなかったのかもしれない。
 この場にいる誰もが、おのずからの能力の認識から、そんな感情の片鱗を感覚的に掴みとっていた。
 言葉ではない。言語ですらない。
 ただ、何を言わんとしているのかは、分かりすぎるほどに分かる……誰もがそんな認識を共有した瞬間だった。
「……分かったのなら、こいつでケリをつけさせてもらうわ――」
 その言葉に、皆が天を仰いだ。
 奇妙な長物の銃を抱えた、クミノが立っていた――宙に。
 あっ、と誰かが声を上げる間もなく、その長物の先端から、数条にたわめられた何かが放射されていた。
 その光線の乱反射は、閻十郎と、一合併せていた五代までをも包み。
 ……数瞬を待たずして、二人は倒れた。
 それを見届け、ふわりと着地する彼女を、エディーとイブは呆気にとられた、しかし同じ気持ちで以って見つめるしかなかった。
 熱で雷撃は防げない、と。
 そして、美味しいところ持って行ったなこいつ、とも。

  ◆ ◆ ◆

「フリーレンジライオット……どうも、横文字は苦手ねぇ」
「拡散雷撃砲。雷撃は熱どころか、真空すら貫通する。電気を通さない物質すら、それはあくまで通さないだけであって、防がれたり消滅させられたりするわけではない……考えたもんだ」
 遠くから橋の上を眺める、女二人。
「クミノが浮いたのは……賢者の石の力かしら?」
「今回の記憶操作で余ったのを、特別に握らせてやったわ。でも、思ったより強力じゃないのあの子。ヤバイのが千人来ても、あれだったらそれなりに戦えていたかも」
「使命誰不在、願望進也為、己願也成――」
「何、その詩みたいな発音」
「とある燕人の詩ね。使命など誰にもないのだから、自分がしたいと思うことをしろ、って意味かしらね。今の閻十郎、いや、あの子らにぴったりだとは思わない?」
「どーせあんたの言葉とか、そんなオチなんじゃないの?」
 レイベルの問いに、紅はただ、ふふ、と笑い――羊羹を口の中に放り込んだ。
 そんな佇まいを多少不審に思いつつ、レイベルも至高の甘味を舌で味わう。
 ……一番堪能したのは、結局はこの二人なのかもしれなかった。


                 The Night Completed.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【0606/レイベル・ラブ  /女/395/ストリートドクター
【0898/黒木・イブ    /女/ 30/高級SM倶楽部の女王様
【0908/紅・蘇蘭     /女/999/骨董店主/闇ブローカー
【1166/ササキビ・クミノ /女/ 13/殺し屋じゃない
【1207/淡兎・エディヒソイ/男/ 17/高校生
【1335/五代・真     /男/ 20/便利屋

(整理番号順に列記)

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■         ライター通信          ■
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……ど、どうも、Obabaです。
皆様、今回の依頼にご参加いただきありがとうございました。

……激しく無茶苦茶な話ですいません。
いや、展開は王道っちゃあ王道なのですし、
各人、要求を反映した見せ場はしっかりと書かせて頂きました。
……が、決定的な何か、そう、言うなれば違和感があるんです。

……この話、半分お笑いじゃないか、と。
バトルしてるけど、それでもお笑いじゃないか、と。
締め切り当日まで粘って、それで書いた物は結局お笑いなのか、と。

……ご意見ご感想ご文句、テラコンにてお待ちしております。

よろしかったら、じ、次回、また別の依頼でお逢いしましょうっ。
Obabaでした。