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<東京怪談ノベル(シングル)>


Sweet Sweet Sweet
守崎 北斗は悩んでいた。
目線の先には3月のカレンダー。ご丁寧に14日の日にはWhitedayの文字。
製菓会社の戦略に踊らされているとわかっていても、無視できないのがバレンタインにチョコレートをもらってしまった男の運命だ。

「やっぱりお返しは必要・・・だよな・・・。」

街を見ても、TVを見ても、ネットを見ても、バレンタインほどでないにしろイベントの空気が溢れている。
その上、チョコレートをくれたのは無敵の幼馴染。
三倍返しよ!と強く攻め寄るようなことはないが、チョコをもらった時のあの笑顔を思い出すと無視はできない。
こう言う贈り物などは、双子の兄のほうが得意そうだが、こればかりは相談もできない。
兄に相談してもからかわれたりはしないだろうが、何となく弱みを見せるような・・・その鬼の首を取ったように微笑むだろう兄の顔が目に浮かんでしまうのだ。
「よしっ。」
しばらくカレンダーと睨みあっていた北斗だったが、やがて意を決したように拳を握り締めると掛けてあったブルゾンを取った。
とりあえず、街へ出て店を見てみることにした。
街はホワイトデーのキャンペーンでいっぱいだから、上手く行けばそれに乗っかっていい物が見つかるかもしれない。
そして、北斗はブルゾンを羽織ると、兄に見つからないようにこっそりと家を出るのだった。



「確か、こないだ雑誌で見た店がこの辺に・・・。」
北斗は記憶を頼りに店を探す。
幼馴染殿が遊びにきた時に見ていた雑誌に載っていた店。
少しでも彼女が喜びそうな物をと考えた時に、真っ先に思い出した店だった。
あの時の様子を思い出しても、その店に行けば必ず良いものに出会えるような、そんな気がしていた。
「おかしいなぁ・・・駅から離れてないって思ったんだけど・・・」
そう呟きながら駅前の広場を横切ろうとした時だった。
視線の端に、見覚えのあるロゴ文字の看板が入る。
「あっ、あった・・・?」
確かにその看板の店は目的の店だった。
しかし、北斗は呆然とそれを見つめている。

「・・・マジかよ・・・」

それは溜息にも近い呟きだった。
確かにセンスのいい小物とアクセサリーを取り揃えている店だろう。
それは店の概観や雰囲気から感じる。
だがしかし、男の北斗がそこには入れるかと言ったら話は別だ。
店先は可愛らしくディスプレイされ、仄かに香るローズの香りが心地よい。
店の中には商品以上に買い物客の女の子たちが溢れている。
「この中に俺に入れ。と・・・」
北斗は通りをはさんだ反対側から、恨めしそうに店をみつめた。
ふかふかモヘアのテディベアと薔薇のアンティークに囲まれた可愛いお店。
幼馴染へのお返しの品は確かにここ以外で考えられない。
北斗の良く知る彼女の趣味にピッタリだ。
しかし・・・しかし・・・
北斗はその可愛い店を睨みながら、熊のようにうろうろと大来を行き来する。
漢のプライドと幼馴染の笑顔の板ばさみだ。
思い切って店の入り口まで行って見たりもした。
しかし、自動ドアの前に敷かれた可愛らしいドアマットを踏む勇気が無くて、慌てて通りの反対側に退避する。
そのうち、何やら店の中から店員が、訝しそうな目でこちらを見ているような気すらしてきた。

どの位そうしていただろうか?
北斗はおもむろに立ち止まり、気合を入れるために自分で自分の頬を叩くと、小さくガッツポーズを決めた。
「よしっ!あたって砕けろだっ!」
北斗はついに恥かしさを乗り越えて、店に入ることを決心した。
男のプライドより、幼馴染の笑顔だ。
そして、北斗は知人などの姿が無いか辺りを用心深くうかがった後、思い切って店の中へ飛び込んだのだった。



北斗はまるで毒ガスが充満する危険な祠にでも突入するような勢いで店の中へ入った。
息を詰めて、目を閉じて、拳を握り締めて足を踏み入れる。
「いらっしゃいませ。」
店員のやわらかな声が響く。
店の中は静かなBGMが流れ、こっそりと目を開くと、買い物客はみなそれぞれの品に夢中だ。
(なんだ・・・)
北斗は自分に視線が集中していないことを確認すると、店の中の品を見る余裕も出てきた。
ふと、髪の長い買い物客の女の子が目に入った。
(そう言えば、あいつも長さあのくらいかな?)
幼馴染の姿を思い出す。
そう言えば、活発な彼女は、いつも長い髪をポニーテールに結い上げていた。
何の気なしに、北斗はその彼女と影をダブらせた買い物客の側へ行ってみる。
客はどうやら髪留めを探しているようだ。
「あ・・・。」
北斗の目に、小さなバレッタが目に入った。
緑と青の星がついた茶色のバレッタ。
シンプルだけど、女の子らしさを感じる。
北斗は沢山並んだ中から、そのバレッタを手に取るとレジへと向かった。
さっきまでの緊張が嘘のように、今はそのバレッタをつけた彼女のことを思うばかりだった。



出かけた時の緊張が嘘のように、目的の品を手に入れた北斗はにこやかな笑顔で家路についた。
もちろん、店を出るときと帰り際に知人に会わないように注意を怠ることはなかったが、それでも大義を全うした喜びは隠しようがない。
「完璧じゃんっ♪」
思わずハナ歌も出てしまいそうなほど、北斗は綺麗にラッピングされた小箱を入れた紙袋を手に大満足だった。

自宅のドアの前に立つその瞬間までは。

「あれ?どこか出かけてたの?」
ドアに鍵を差し込もうとした瞬間、背後から聞きなれた声が響く。
振り返るとそこには、鏡に映したように見慣れた双子の兄の姿が!
手には隠しようの無い可愛いプリントの紙袋!
「あ・・・その・・・」
北斗はシドロモドロで紙袋を背後に隠す。
別に、バレンタインのお返しを買ってきたといえば済むことだが、北斗は真赤になるだけで言葉が出ないのだった。


兄の笑顔が妙に優しく悟り顔に見えた、北斗のある日の出来事。